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■ 練習1
「母さん・・・」 ちりんと風鈴が鳴った。誰も答えてはくれない。縁側を夏の夜の風が抜ける。真っ暗な空に、白い星が輝く。薄靄のような雲が気ままに漂う。 今、帰ってきてこの家のどこかに、あるいはすべてに、あの人がいるのだと思うと、八朔はそわそわした気分になった。縁切り術者と言ったって、実際に帰ってきた人を見ることはできない。母がいる、なんとなくそんな気がする。その程度の感覚。 「・・・」 うれしさをかみしめるように、八朔は唇をかんだ。10の時にいなくなった母。あれから十年経った。どんな人だったかとか、いなくて寂しいだとか、そういう感情はあまりない。いないことに慣れた十年。それがふいに覆される数日。 今の自分をどう思ってるんだろう。 大人になって何度目かのお盆に、八朔はふと思うようになった。答えはわからない。鏑噺四のばあさまなどは、立派になったお前を喜んでいるだろうよなんて言うが、それはどうだろう。 父も八角もまだ戻ってこない。八朔は縁側に腰かけた。もし今、人が見たら自分は何かとても温かいもう一人の誰かと一緒にいるように見えるかもしれない。 一人だということを忘れてしまうような、そんな幸せな錯覚。夏の夜の、希なる幻。
2009年07月27日(月)
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