日々は旅日記

2003年01月26日(日) 今日は個人的なお話なので、お嫌な方は・・・

 休み中、たまっていた家事をして(大げさだが)、思う存分ネットもして、自分でご飯をつくって食べて、友達と電話で話しして・・・。
 すごくそれでしあわせなんだな、と思う。
 明日からまた頑張ろう。

 やっぱり、「黄泉がえり」、頭から離れない。サントラも、RUIのCDも、手に入れようと思う。ただし、スタンプ倍の日に。そしてたまったポイントで、ドリスマのDVDの足しにするのだ。

 そいで頭から離れない私は、WOWOWで友達に撮ってもらったビデオを見返し、情熱大陸も見返して、結局涙ぼろぼろ。

 もう、ラストの平太が一心に走っていくところ、そして葵とみつめあうところで、涙がおさえきれない。
 来週こそもう一度見に行きたい。

 パンフにもあったけど、極楽とんぼの山本さんが、キャッチボールのシーンで本当に泣いていたと本人も語っていたのをあらためて聞いて、そこでもまた涙したりしたわ。もう涙腺ゆるい・・・。

 私の父親はもうずいぶん昔に亡くなっている。でもいまだに夢を見る。その時は死んだんだという実感はない。
 父親にはある問題があって、それで母親は不安定で、私にもずいぶん当ってきて、つらい思いをした。今でも相当な傷になっている。
 そして、父親は病院で死んだ。突然の死で、それまで病院に通って看病していた私にとって、それも傷になったと思う。
 そのことを、深く考えたことはなかった。深く考えるともっと傷つきそうで。
 
 父親と、小さい時からあまり話をしたことがなかった。看病している時も、正直面倒くさいとか、考えていた。そして、亡くなった時にひどい話だが、ほっとした自分があったことも事実だ。
 そして自分にいろいろあった時に、”こうなったのは、家庭をきちんとできなかった父親のせいだ。ちっとも好きではなかった!”そう思って、すごく心の中で父親を責めた。
 そして、他の人が自分の父親に買ってもらったものを見せられたり、話をされたりすると、やはりうらやましかった。でもあまり気にならなくもなったりした。経済的なことなどがあると、やはり父がいないことをうらんだりもした。

 でも、やはり・・・。
 映画を見ていろいろ考えた。それでもやっぱり、私は父親が好きだったと思う。死んだ時にきちんと悲しめばよかった。生きている時に、話したいことをいろいろ伝えてればよかった。そしてうらんだことをきちんと謝りたいとも思う。
 それが伝えられれば。

 そう言ってるけど、実は生きている家族との間にも確執がある。これもこじれにこじれてしまって、今では顔を見たり、声をきくだけで、私の体の具合が悪くなってしまうようになってしまったのだが。
 でも、お互い生きているうちになんとかしたい、とも思ってはいる。映画を見てそういう気持ちも大きくはなっているのだが・・・。
 
 頑張ろう。少しでも精進していこう。






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睦月。 [MAIL] [HOMEPAGE]

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