新知庵亭日乗
荷風翁に倣い日々の想いを正直に・・・

2005年02月08日(火) 江田島滞在記��

GONNAの広島公演が終わり、予てから行きたかった江田島旧海軍兵学校、現幹部学校技術学校へ向かった。
 何故、予てということは僕のホームページに書いている。

 朝とある所に電話して「兵学校」に行く旨を伝えた、丁重にも迎えを遣すという誘いを自分で行きたいと断り、GONNAのメンバーと別れて市電の人となった。
 宇品内港から見た風景

高速艇に乗り約20分、この日は小春日和でマフラーでさえ捨てたくなった、波静かで心晴朗なり・・・隣には大学の講師かな?と思われる白髪混じりの紳士がコーラを飲んでいる。
 小用という江田島の港に着き、丁度海上自衛隊第一術科学校方面大垣高校行きのバスまで10分、おー仕官候補生らしき青年も同乗してきた、やはり黒靴はピカピカだった。
 そうとうな山の上にある、戦前戦中の生徒は勿論歩いたのだろう。着いてみると土曜ということもあってかのんびりしている、警備の隊員・・・というよりは未だ学生に見える、そして来校の旨を伝えた。
生徒館

海自とは言え軍隊であるからして、徹底的な階級制度には変わりない、世界の海軍では共通の儀礼、旗様式、旗、光通信手段があり、そういう意味で海軍文明と言われるのだろう、作家の海兵68期豊田譲さんが「なぐりなぐられの海兵生活」というエッセーを書かれていたかと思う、現代の海自では特訓しごきはあっても鉄拳制裁はない???との事である。

此処が正門なのだ、海外からの貴客や校長の赴任も此処から上陸して行われる、これも世界共通の事例だ。
古鷹山が見える、今も昔も生徒は駆け上がる、いきあがる


スポーツをしている生徒達は今の学生となんら変わらない、違うのは国から給料が支払われている事だ、高校生で税金もかからないで経費を抜いて手取り15万円ぐらいだそうな、防大もそうだものな。
 案内してくれている退役士官は「いやー昨日はカレーでした、何十年毎金曜日に食べてますが、美味いですよ海軍カレーは」
 そして面白い話を聞いた「自分が若い頃ルッキング(海軍用語でお見合い)のため住民票が必要となり役所へ行きました、自分の住所は護衛艦だったのです、居住区の狭いベッドが、自分の世帯、で、自分はそこの世帯主、日本一小さい世帯かもしれない、と思ったのであります。」






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