やっと巴里のアクトサド社から届いた、LLIBRE VERMELL OF MONTSERRAT、 Hesperion XX(エスペリオンXX盤)のCDモンセラートの朱い本、中世のスペインで "朱い本"がこのように沸き立つリズムで自由奔放に歌われていたのかとイスラム教とキリスト教の攻防がこのように打楽器ウドやサズの伴奏が印象的で舞踊音楽とミサ曲が混在しているのは不思議だ。
スペイン、バルセローナ近郊のベネディクト会モンセラート修道院に伝わる14世紀頃のノート。この<朱い本>のネーミングの由来は、19世紀の終わりにこの写本の表紙につけられたビロードの色からきている。ラテン語の詩歌が多い。この修道院には1200年頃から伝えられている黒いマリア像があり、スペイン北西部のサン・チャゴ大聖堂と並んで当時も今も若者たちを惹きつける有名な巡礼所である。
黒いマリア像
13世紀のスペイン、レコンキスタのただ中に王位にあった賢王(エル・サビオ)と呼ばれるアルフォンソ10世が編纂した400曲あまりからなる、中世のマリア信仰による民衆宗教歌の数々。 当時、抒情詩に適するとされた中世ガリシア語で書かれている。 ガリシア語は殆どポルトガル語に近く、巡礼の本拠地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラやビゴ、ラ・コルーニャなどでは今も話されている。 レコンキスタでセビージャをイスラム教徒から奪還したのが彼の父親が王位にあったときということからも分かるように、当時スペインの南はアラブ文化圏だった。 そこで、アラブとカトリックの文化融合が起こっていたはずであるということから、アラブ色を含めた演奏が増えている。
黒いマリア像��

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