新知庵亭日乗
荷風翁に倣い日々の想いを正直に・・・

2004年05月11日(火) 連休の(゚o゚)(@_@)その��

岐阜県は恵那郡加子母村にある明治座にネコさんと一緒に行った。

 この日は出し物はなかったけれど、ボランティアのおじさんの案内で舞台裏、楽屋、スッポンなどを見て回った。
 29〜5月1日までは本当に皐月晴れだったが2日からは曇り雨となった、地歌舞伎とか地芝居とか言っているらしいが僕は基本的に能は農に通ずという世阿弥の言葉が残っているように、都から遠く離れた山村に芝居小屋を造り、役者を呼び又自分達で演じたのは日本の農業システムから離れた山間の民の習性か?以外と日本も一括りなんて出来ない、こりに海洋の民が入ってくるともっと文化の多様な伝播力になる・・・。

そして下呂温泉で有名ですが、鳳凰座の地歌舞伎を見に行った。もう既に満員御礼で福袋が出てた、な!なんとここで、恥ずかしながら初めて『与話情浮名横櫛』(よわなさけうきなのよこぐし)源氏店を見ました、子供の頃、盆踊りで流れた「エーサオーげんやだな」???「死んだはずだよお富さん生きていたとは〜」そう春日八郎のヒット曲で・・・

切られ与三

芝居ではあの有名な「ご新造さんへ、おかみさんへ、お富さんへ、いやさ、お富、久しぶりだなあ〜」なーんか覚えているんですねーこれが。
 そのお富さん役を演じた田之上芳孝さん、彼は大変な人気役者で本職はホテルマンだそうだ、そして下女のお由を演じた西岡貴子さんは小学校の先生でした。なんか良いですよね―。
 これにはスーパー歌舞伎もかないませんね、まるでジャイアント馬場の十六文キックを解っていて喜ぶ日本人の習性でしょうか・・・。





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