| 2002年12月12日(木) |
’72パリ医科大学解剖学教室は梁山泊 |
Autoposis de anatomieShinchan達はパリ大学の医学部基礎解剖学教室へ行くようにと士官学校の大佐から言われました、詳しくはUniversité Paris�垢任后6瓩�には美術学校がありサンジェルマン・デュプレの大通りに面しています。 セーヌ川を左に見テ歩いて行くと、ソルボンヌ界隈に出ます、いわゆるカルチェラタンと言われている町です。ここではよく学生達がカフェで議論の花を咲かせていました。
 パリ第五大学(医学部) 外見からは全くここが医大?という感じです、大佐の命令は骨学と筋学を観察するようにという事でした。 好奇心に駆られ、死体は男かな?女?なんて思っていそいそ行きました、その広い教室、解剖台が真ん中にあり、小さなコロシアムのように学生席が段々に高くなっているのです、で聴講や講義に来ている学生は、これは後で解ったのですが、美大、体育科、士官学生など医学関係以外の学生が多く来ていました。
Shinchanが大使館の書記官からもらった、仏和医学ノートはかなり古い物でした、まず漢字が旧漢字だったので、ひよっとしたら戦前の留学生が残していったのかも知れません、そのノートはパリを去る時に返しました。 最初の講義は髭をたくわえたプロフェッサーが五人の助手を連れて、そけぞれ手に鋸やナイフ、かんぬきのような物を持って、白い布に覆われた死体(献体)とともに現れました。「ボンジュール、今日は腕の筋肉に電極を通してどの筋が指を動かすか見て見ましょう」と言ってバサッと布を取り・・・!!!お!女だ! 鋸で肩の方から切断して皮をはいで(恐ろしかったです)赤と白の電線をあっちこっちに突き刺しました。
「体育と音楽の学生は前にくるように」なんて言われて、恐る恐る降りていきました、消毒薬と死臭が混ざった臭いがツーンとします、そして電極をコントロールしている配電盤のように沢山あるスイッチの一つを押すと、人差し指がピョコピョコ動きました、そして良く解らなかったのですが、薬指と小指の筋はどうしても同時に動いて困る、と言う事を言っていました。 フーンなんて感心していたら、腕を切り取った女性の死体を助手達が正に解剖を始めたのです、ウヘー!!でも、もうそこから動けないのです。 筋肉の説明だけじゃないの? 皮をはいで黄色い脂肪が見えて、やがて骨が見えました、すると今度は肋骨を鋸で切り、な!なんとその破片がShinchanの席まで飛んで来ました、見る見る内に身体が開かれ、内臓が完全に見えるようになりました。 教授の説明は腕の筋肉について喋っているのですが、横で解剖している助手達のほうに、学生の眼は行きます。
 杉田玄白と『解体新書』
講義が終わり友人達とアラブ国際研究所でミントティーを飲みながら「しばらく肉は食えないよなー」・・・

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