++ 記憶の中へ
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■ 遊びのルール その3 2004年02月14日(土)
 
 午後一番、友達が二人やって来た。
 「カービィのエアライド」をセットしながら、友達の一人が言った。

「○○んちで×××をコピーして来たんだ」

 「何それ?」と私。「マシンが強くなる」とか何とか言ったけれどその意味がよく分からなかった。ゲームが始まって、何気なく見ていると友達二人のカービィが今まで見たことの無いごついマシンに乗っている。そのうちの一人が「今だ!」「行くぞ」とか何とか言っている。明らかに二人で組になって何かをしようとしている。嫌な予感がして、海渡の画面を見ると、照準をあわせるようなマークが出てカービィにピッタリ合った瞬間、マシンが粉々になり海渡のカービィが転がった。

 何のことはない、二人で強いマシンに乗り、二人いっしょになって海渡のカービィを狙い、壊した(子どもたちはこれを殺すと言う)のである。言い換えれば二対一の弱い者イジメだ。

 海渡が健常の子どもなら、私は何も言わずに見ていた・・・いや見てもいないかもしれない。でも、海渡はただカービィに乗ってマシンを走らせたり、せいぜい偶然拾った何かを放り投げるくらいしか出来ない、他の子どもたちにしてみれば全然相手にならないレベルだ。ほかっておいても海渡はリタイアするかビリになる。それをわざわざ二人で攻撃したのだ。しかも強くなって。

 海渡はもちろん、この状況の意味がわかっていない。
 マシンが壊れてカービィが転げ落ちたとたん「あれ〜?」と言いながら新しいマシンを探し回っている。二人がいっしょになって自分を攻撃したことなど全く気がついていない。でも、私はすぐにわかってしまった。

「二人で強いマシンに乗って、いっしょになって弱い一人を攻撃するのはおかしいんじゃないの?」

 ひとりが「しまった」と言うようなとばつの悪そうな顔をして振り返った。もうひとりはあわてて「僕は海ちゃんを守るよ」と急に言い出した。

 たかが子どものゲーム。子どもの遊びに口を出すのは大人気ないとは分かっている。でも、言わずにはいられなかった。

 ゲームの世界は何でもアリだ。子どもたちは相手のマシンを壊すことを「殺す」と言い、「死ね死ね死ね」と連呼する。そして、邪魔な相手がいると他の子と相談していっしょになって攻撃して「殺す」。

 リアルな遊び、たとえば鬼ごっこやかくれんぼなら、恐らく二人で組になって海渡をやっつけるという状況は起きないんじゃないかと思う。それがゲームの世界だと簡単に「弱いものイジメ」ができて、しかも罪悪感がない。

 実際に弱いものイジメをしているのはゲームの中のキャラだけれど、それをコントロールしているのは、7歳か8歳のまぎれもない生身の子どもたちだ。それを考えたら妙に嫌な気分になってきた。現実にはできない「弱いものイジメ」も、ゲームの中だと簡単にやれてしまうのだろうか。簡単に殺したり、リセットして生き返らせたりするように。

 たかが子どもの遊びだけれど、それでも、バーチャルなゲームにもリアルな遊びにも、それなりの「ルール」「やってはいけないこと」があるんじゃないだろうか。それとも、そう考えることそのものが甘いのだろうか。考えすぎなんだろうか。海渡がたまたま知的なハンディを持っているから、神経質になってしまっているだけだろうか。

 海渡が相手にならないほど弱いからハンディをつけてほしいとか、ちょっと手加減してやってほしいとか、そんなことは思わないんだけどね・・・・なんか嫌だったんだよね・・・・

 ゲームをさせなきゃいいのか、でもそういう問題かなとも思いつつ後味の悪い気持ちをひきずっている。


 



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