夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2002年07月24日(水) 差別とは・・・

 ビデオ録画しておいた、NHKにんげんドキュメント「津軽・故郷の光の中へ」(再放送)を見た。
 少年時代に「らい」(ハンセン病)隔離政策のために故郷・津軽を追われ国立療養所(群馬県・草津の栗生楽泉園)に強制収容された桜井哲夫さん(本名・長峰利造さん)が、六十余年ぶりに里帰りする様子をカメラが追いかけていた。既にご両親は亡くなられているが、その葬式の際に里帰りは許されなかったという。
 昨年5月、熊本地裁で争われた「ハンセン病国家賠償請求訴訟」(国の隔離政策の過ちを認めさせたうえで謝罪と損害賠償を求め、名誉回復をはかろうとして、元患者・療養所入所者によって提訴された)において原告勝訴の判決が出され、その後国側の控訴取り下げにより判決が確定した。原告たちの手によって奪われていた人間の誇りが勝ち取られたわけだが、これで一件落着とはならないのだった。
 桜井さんは里帰りを実現することができ、断たれていた人間の絆を取り戻すことができたが、患者の多くは「社会復帰」も叶わず、故郷との関係も依然断たれたままである。
 実は4年前の夏、私は「栗生楽泉園」を訪れ、数人の入所者から話をうかがった。その際、桜井さんともお会いしている。桜井さんはその時すでに本名も明らかにしていたが、多くの入所者が「偽名」のままに生き、「偽名」のままに生涯を閉じる。しかも死んでなお故郷に戻ることなく、療養所内の「納骨堂」に遺骨が納められるのだ。入所者の多くは「家族に迷惑をかけられない」と言って、本名を隠し、「もはやこの世に存在しない者」として今もひっそりと生きている。
 ある入所者は言う。「親・きょうだいに拒まれようと、私は親やきょうだいを憎む気持ちにはなれない」「この病気に対する差別が、親やきょうだいに及ぼす影響は計り知れないのだから」と。
 差別、それは誰をも決して幸せにしない。にもかかわらず、この世から差別はなくなりはしない。人間のなかに闇の部分は必ず存在するのだから。「反差別」を唱える私自身、「差別意識」から自由にはなっていない。私が言う「反差別」とは「差別のない状態」を目指すこととは違う。社会のなかに存在し、自分のなかにも存在する「差別意識」と常に向き合っていこうとする姿勢のことであり、運動(ムーブメント)のことである。そこでは、恐らくひとりの人間といかに向き合うのかが問われているのであろう。


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夏撃波 [MAIL]