54歳になりました>MZOヒストリー�� - 2021年02月16日(火) 本日、誕生日。 忍さん(父)と美智子さん(母)のおかげで この世に生まれ出でました。 今は亡き父(享年59歳)と、 今も健在の母(今年6月で85歳)に感謝を!! ちなみに忍さん方は愛蔵さん(祖父)とヒデさん(祖母) そして美智子さん方は菊男さん(祖父)とタメさん(祖母) 私は祖父母4人共にかなりきっちりした記憶があるし なんなら結構大きくなって(いわゆる成人して)からも 何度も会っていた。 今思えば、もっともっといろいろ聞いておけば良かったなぁと。 ■□■ 愛蔵さん(父方祖父)の職業は大工さんだったと聞いている。 私(7歳=小学校二年生)の記憶の中では初対面で すでに(病気で)半身不随。自宅(鹿児島県)のベッドに寝たきりだった。 ベッドそばに簡易トイレがあって祖母が一人で介護をしていた。 今考えると尿意や便意を伝えることができて 人(祖母)の手を借りて(トイレに)移動する間の時間 我慢することもできて、なおかつ用を足し終わったことを 伝えることも出来ていたので 今の発達したリハビリ医療を施すことができていれば 愛蔵さんはもう少し良い晩年を過ごすことができただろうと 今、この年になると思うことが多い。 愛蔵さんは会話が出来ないわけではなかったけれど 7歳の時に初めて会ったおじいちゃんに 「あなたのヒストリーをお聞かせください」と 言える(勇気)も聞ける(能力)も その当時、そういう好奇心もまったくなかったわけで。 何歳の時に撮った写真かわからないけれど 我が家には父の隣に愛蔵さんがいる。 □■□ 菊男さん(母方祖父)は・・・もともと農家だったけど 農家の仕事は一切せず毎日昼間から一升瓶抱えてた(笑) もちろん私(四歳)の記憶スタート時なので当時60歳代ぐらいかなぁ。 菊男さん(母方祖父)は中肉中背のすでにスキンヘッド。 つまり私が男で生まれていたら今頃リアップ使ってるかも。 なぜなら私は外見、体質ともに母方の遺伝子を 割と多く引き継いでいるから。 肝臓が丈夫(酒飲み) 受け口(小学生から矯正してたけど、しなかったアパッチ健(ふるっ) みたくなると矯正歯科で言われた)などなど。 菊男さんの家(母の実家)は札幌近郊の農家だったので 繁忙期には母は姉と私を連れて手伝いに行っていた。 幼い私は田んぼの畔道で姉と追いかけっこをしたり タメさん(母方祖母)が作ったナスの漬物を食べすぎて 口の周りから舌から紫色に染めたりしていた。 菊男さんは農家の仕事をせずに何をしていたかと言うと 一応、地元の顔役的なことをしていたらしい。 母いわく「外面がいい」「役場に出入りして」 「えらそうに」「家のことは祖母任せ」な人だったみたい(笑) 幼い私が知っている菊男さんはいつも酔っぱらっている(イメージ) 家族、親族から「まったくもー」と思われている存在。 しらふの時に「あなたのヒストリーをお聞かせください」と 聞けたらまともに話をしてくれたのかもしれないよね。 まぁ、当時の私にはそんなことを言える(勇気)も 聞ける(能力)も(以下省略) ◇◆◇ 愛蔵さんと菊男さんのDNAは アトピー性皮膚炎(愛蔵さん)と酒飲み(菊男さん) という形でしっかり昭和生まれの私に引き継がれたと思っている。 それじゃないだろってツッコミは あの世からじゃなかなか届かないよねー。 こんな孫娘ですいません。 Marizo -
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