鶴は千年、生活下手

2011年06月01日(水) 支援教育と療育

支援教育と療育について、勉強不足ながら今の気持ちを。

先週、スクールカウンセラーさんと先生との面談を行った。
衝動性について話をした。
多動の子に対する薬物療法について話を聞いた。
薬を使うのは、行動が激しくなる前の2年くらいの使用でいいと
いうことも。

薬の使用に対して抵抗が有るのは、正しい診断がされるのかとい
う疑問と、薬そのものに対する正しい理解ができていないからだ
と思うと伝えた。
正しい診断、というとここが一番だと思いますと教えられたのは
電車に乗っていかなくてはならない大学病院だった。
自分自身が別の大学病院に通った経験から、その待ち時間の長さ
はいやというほど知っている。
だから、本心では大学病院はよほどのことでなければ行きたくは
ないと思っている。

今週に入って、発達障害らしき子を持つお母さんの集いにて、そ
の話をした。
薬について、経験が有る方が教えてくれた。
その方のお子さんが通っているクリニックが、もぐちゃんを最初
に診断したクリニックであることから、そこでもう一度診てもら
って相談してみてはと助言をいただいた。
ということで、予約を取ろうとしているところである。

薬の効用はよくわかったが、そこに行く前にもう一度支援教育と
いうものについて考え直す必要が有るかもしれない。
支援教育と療育は違うのだと思った。
いわゆる文部科学省で言うところの支援教育とは、教育を支援す
ることであり、厚生労働省管轄の、その子自身の成長をサポート
する療育とは異なるのだろう。
教育と福祉の違いか。

たとえば、グループでいろんな場面を想定しての心の持ちようを
学んでいくとか、そういうことは療育なんだなと認識。
学校での支援教育というのは、あくまで学校のカリキュラムにつ
いていくために少人数でサポートしながら学習させることなのだ
なと認識。
だから、心の問題は置き去りにされがちなのかもしれない。
勉強は教えるけれど、心の持ちようや対処方法を重点的に教えて
くれる訳ではないのかもしれないと今更ながら思う。
そう考えると、支援級の担当の役割には、交流級と児童や家庭と
の連絡係的なことが一番に書かれている。

1年生のときは、こんなにフォローしてもらえるのかと感動する
ほどだったのに、2年生になったらなんだか違って見える。
もぐちゃんが成長すればするほど、心の成長が追いついていない
ことを忘れられがちになり、普通の子を叱るように叱ってしまう。
否定は怒りにしかつながらないのにだ。
学習面で遅れがないのなら、普通級にいて支援級に通うような通
級という方法の方が良かったのだろうかと思ったりする。
何のために支援級にいるのだろうと思うこともある。
特別な支援とは、何なのか。

やはり、心の持ちようやいろんな場面での対処方法を学ぶために
は、学校とは別の療育機関に通わなければならないのか。
それか、薬を使って、落ち着くことの効果を実感させ、我慢する
ことを覚えさせるしか無いのか。

まずは、来週あたりに、クリニックに行ってからのこと。


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市屋千鶴 [MAIL]