こんにちは。八月最後の日記を綴ります。
この前月、前々月は、 経正様を追いかけて、 平家の関連小説や、 DVDや資料など、 少しずつ、少しずつ、辿っておりました。
その結果、得られたものは、 「いま生きているそのことを、 もっと、感謝しよう」。
「――自分なら、どうだろう? こう死ねるだろうか?」。
言葉に書くと、ありふれた、 ごく当たり前のことですが、 何人何十人の死を、 その死に様を追うことで、 突然しかも理不尽に、 死に見舞われた人々の、 気高い終わりを見ることで、 そんな、思いや自問をいだく、機会を得たのです。
「たとえばあした、死ぬ身なら、 どんなことにも、きっと絶対、 腹は立たない」
「たとえばあした、死ぬ身なら、 同じことにも、きっと絶対、 より感動できる」
あしたは居ない、そのつもりで、 今日一日を生きるなら、 感謝をし、生きるなら、 今よりもっと、「よく生き」て、いけるかも知れない…
ある小説で、さらにはまった、 兄上たちの生き方を、 この先忘れずに。
たとえばどんな、痛みを得る、 病気のうちに逝くのでも、 「ありがとう〜!」と、笑って逝ける、人生であったら…
そんな終わりであったなら、いいなと思います。
お気楽アバウトな自分が、 そういうことを思うのも、 「遙か」に巡りあえたから。 出会いがあったから…
「遙か」を通して得られたものに、感謝、感謝です。
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