好きな学問をするためにロンドンに行っていた弟が先日帰国し、 その報告の電話がかかってきた。
4歳下のこの弟の専門分野は教育哲学。 私にはちょっとわからなすぎる世界であり、会話をしていると 立っている場所のギャップを感じ、とても面白い。 例を引いてみると、
私「なあなあ○君て今どんな音楽聴いてんのー?」 弟「今はそうやなあ。チューダー朝の音楽かなあ」 私「……さすが○君、聴くもんが高尚やなあ…」 弟「いや、別に高尚とちゃうよ?チューダー朝の音楽には 教会派と世俗派があって、僕が聴いてるのは世俗派の音楽やから 俗やねん」
……いや、すでにそういう問題とちゃうと思うけど……
(ちなみに王朝はチューダー朝じゃないかもです。うろ覚えで すみません…)
例2 私「で、その世俗派の音楽ってどんなタイトルの曲があるのん?」 弟「『ああ奥様』とか」
……すごい……すごいタイトルや……
例3 私「わ、○君、また難しそうな本読んでるねえ。なんて いう本なん?」 弟「ああこれ?『ギリシャ哲学最前線�供戞�
…………単語の連なりに大きな矛盾を感じるんやけど……
この○君、性格がものすごく優しくて親切で 私は大好きなのだが、一点欠点がある。 それは、博愛主義なのだ……
AさんとBさんと付き合っていて、 両方同じように大好きで愛している! と言い切れる。どちらかに振られると本当に 落ち込んでしまう(付き合って飲みにいった…)。
これだけは私には理解できない〜〜〜〜(頭を抱え)。
鷹通が友雅に出会った頃のわからなさも、 これくらい大きかったのかも知れない… (いや、或いはそれ以上かも知れん……)
ああ、やっと白虎に落ちました。 ではではまたです〜。
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