内田百�涼�「恋文」
さきの「恋日記」につづいて、百ケン先生のめくるめく恋心を赤裸々に、えいこれでもか、と書き尽くし埋められた、妻となる親友の妹である清子さんに宛てられた手紙。
はじめのころは、ただ気をひきたいだけの、ユーモアや知識や親切の内容だったものが、やがて恋人となり、「僕の清さん、清さんの僕」と、もはやひとりの自分であることなど考えられないほどの恋しい内容になってゆく。
現実の結婚のために、と内容も濃く、
結婚とはコンベンションであり、感情生活をエンジョイする僕たちにはこだわる必要もないのだけれど、やはり社会で生きるなかでは必要なことでもある……。
と語りはじめ、どんどん突っ走る(笑)
僕が一項本をめくるたびに、清さんの僕がえらくなるのだし、僕の清さんがまたえらくなるのは嬉しいから、しっかり勉強しませう。
と書いてあったりする。
僕の叱ったことに不満があっても、人前でもそうでなくても、まずは謝ってください。落ち着いたのちに、あれはああであった、と言ってくれればよいから。
だとか、
会いに来ると言って来れないのは事情がわかっていても腹立たしい。かといって、天気の悪い日に来てくれると無理をして可哀想に思うから来なくてもよかったのに、と思ったりもする。 こんなむつかしい僕を、僕として受け入れてください。
などとも(汗)
すべて清子さんに送ったり渡したりした「恋文」
重いって、こりゃあ。 よくもまあ清子さんは受け止めたものだ(汗)
これだけ熱烈に恋し愛して結ばれて、終生大事にこれらの「恋文」を保管していた清子さんは、なにがあっても百ケン先生を思い続けていた素晴らしい女性です。
百ケン先生は、清子さんと三人の子どもをもうけ、やがて……。
やがて、家を出てしまう。
書くには子ども三人がいては書けない、ので仕事部屋を借りるが、帰らぬ日が増え、別の女性と暮らしはじめる。
お父さんはむつかしいひとだから、机の上の紙の位置がずれていただけでも、鉛筆の先がうまく削れていないだけでも、お仕事だけじゃなく具合を悪くしてしまうの。 だから、そのためにそのためだけのことをしてあげられるひとが必要なの。 お母さんや奥さんをしているひとと一緒にはいられないの。
といったことを娘に話していたよう。
だけれども、百ケン先生は清子さんや子どもたちを愛していたのは変わりなく、遊びにきたり帰ったり、ただたまに会えるお父さん、という思い出がある程度、と娘さんは語っている。
なんにせよ。
ここにある愛を感じた。
愛に、愛たるゆえんの愛を、どれだけ心の奥底からそのすべてをつぎ込めるだろうか……?
|