夢見る汗牛充棟
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2006年04月21日(金) ※私的メモ 十七条憲法 1〜5  聖徳太子

一に曰く、和を以って貴しと為す。
(忤)さからうこと無きを宗(むね)と為す。
人皆党あり。亦た達者少なし。
是を以って或いは君父に(順)したがわず。
乍(また)隣里に違う。
然れども上は和し、下は睦む。
於いて事を論ずれば諧(かなう)。
即ち事理自ずから通ず。
何事か成らざらん。

和するのは貴いことである。逆らうことのないようにせよ。
人は徒党を組むものだ。また優れた人は少ない。
それゆえに君や父に従わず、また隣里と違う(?)ことがある。
けれども上は和し、下は睦みながら事を論ずるならばうまく調和し、
物事の筋道は自ずと通じるので、うまくいかないわけがあろうか。




二に曰く、三宝を篤く敬え。三宝とは、仏、法、僧なり。
則ち、四生の終に帰るところ。万の国の極めの宗(むね)。
何れの世、誰人が是の法を貴ばざることあらん。
人は尤も悪しきこと鮮(すくな)し。能(よ)く教えれば之に従う。
其の三宝に帰らずば、何を以って枉(まがる)を直(ただ)さん。

三宝を篤く敬うべきである。三宝とは仏、法、僧を指す。
(三宝とは)すなわち(四生:卵生・胎生・湿生・化生)
すべての命あるものが最終的に落ち着くところで、万の国の極めて中心となるものである。
いつの世、何人がこの法を貴ばないでいることがあろうか。
人は根っから悪いということは少なく、よく教え導けばそれに従うものだ。
(教えるに?)三宝によるのでなければ、何をもって曲がったことを正せる
だろうか。





三に曰く、詔(みことのり)を承りては必ず謹め。
君はすなわち之を天とし、臣はすなわち之を地とす。
天は覆い、地は載せる。
四時(しじ)順(ととの)い行き、万の気は通うを得る。
地が天を覆うを欲せば則ち壊れるに致るのみ。
是を以って君は言い臣は承る。上は行い下は効(なら)う。
故に詔を承りては必ず慎め。謹まざれば自ずと敗る。

詔は必ず謹んで承るべきである。
君(きみ)は天であり、臣は地である。天は覆い、地は載せるもの。
(そうあることによって?)(四時:春夏秋冬・朝昼夕夜)世の営みは
ととのい、万の気が通じることができる。
もし地が天を覆おうとするならば(世の中は)壊れるしかない。
これゆえに、君が言い臣は承る。上が行うことに下はならうがよい。
故に、詔は慎んで承るべきである。そうでなければ物事は駄目になる。

よっぽど、謹んで承ってもらえなかったんだなぁと思える。三に曰く。

四に曰く、群卿百僚、礼をもって本(もと)と為せ。
其れ民を治むるのもと、要は礼に在り。
上礼(うやまわ)ざれば下斉(ととのは)ず。
下礼無くば以って必ず罪有り。
これ君臣に礼あれば、位次乱れず。
百姓礼あれば、国家自ずと治まる。

群卿百僚(百官:多くの役人)は礼を大切にせよ。
民を治める根幹として肝要なのは礼であるから。
上に立つものに礼がなければ、下は調わない。
下に礼が無ければ、悪事や過ちが生じるものだ。
君臣の間に礼があれば、物事の順序が乱れることはなく
人民に礼があれば国家は自ずから安定する。


五に曰く、餮(むさぼ)るを絶(や)め、欲を棄て、明らかに訴訟を弁(おさめよ)
其れ百姓の訴訟、一日に千事。
一日で尚、況乎(いわんや)歳を累(かさね)てや。
(一文字意味不明・さんずいに頁)訟を治める者、利を得るを常と為し、
賄を見て讞(ゲン:申す)を聞く。
便(接続:すなわち)財有る者の訟は、石を水に投じる如し。
乏しき者の訴は水を石に投じるに似る。
是を以って貧しき民は則ち所由(よるところ)を知らず、
臣の道はまた焉(これに)於いて闕(か)ける。

利を貪ることなく、欲を棄て、明らかに訴訟を処理するべきである。
人民の訴えは一日に千も起こる。一日でもこうであるから、年を重ねれば言うまでもない。
訴訟を調べる者は、常に利益を得ようとする。賄賂を見て訴えを聞くのである。
だから、富む者の訴えは水に投げ入れられた石のようにのんでもらえるし
貧しいものの訴えは、石に投げられた水のように跳ね返される。
だから、貧しい民は、救いを求めるためのよりどころを知らない。
この状況は、臣としてあるべき道を過っていることになる。

で、いいだか? よくわからん



気が向いたので、単に気まぐれで読んでみています。漢文の授業なぞ
ほぼ忘れているので、かなーり嘘くさく読んでます。
なんとなく意味がつかめりゃいいやってことで。どんまい。
昔の人は、尊敬するです。よくぞ、こんなものを読み書きできるもの。
漢字ばっか。すごいなぁ。しみじみ思う次第。
日本書紀な時代から、五に曰くみたいな悩みがあるなら
政治をクリーンに、役人を清浄になんてそれこそ俟河清ってやつですね。


恵 |MAIL