夢見る汗牛充棟
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2005年04月11日(月) 月曜 ひたすら雨

月曜 ひたすら雨 風も強い

ワイルド苺とミント類以外雨避け。


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唐突に、042のSS
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官舎のドアをそっと開けると、枕を背中にあてて
ぼんやり窓の外を眺めている椎名さんの細い肩が見えた。

彼は頭がいい人で、純粋で、ある意味非常に素直だ。
私は、もちろん頭がいい人間だが、純粋で素直ではない。
むしろドライで非情で計算高いのだと思う。

決して非情な人間ではないのだが、助けるべきものと
そのために犠牲にすべきものの選別をしたら
絶対にためらわない。

人間と向き合うという事は、データや論文と四六時中顔を付き合わせるのとは
訳が違っている。当然のことだ。椎名さんが理論をこねくるように人間をこねくり回
す学者でなくて良かったなと思う。その善さ故に揺れ動き、悩んでしまう彼で良かった。
だから好ましく、だから助ける甲斐がある。

042号を変えながら実は根底から覆されつつあるのは椎名さんの方だろう。

いろいろなことを考えながら、おそらく遠くに向けた目は、複雑で悲しい色をしてい
るのだろうなと私は思った。

痛めている首をかばいながらこちらを振り向いたときには、彼は予想通りいつもの茫
洋とした笑顔だった。考え事を中断したことを申し訳なさを覚えながら、彼も私もいい大
人なのだ。お互いそんな思いなどおくびにもださない。

「笹塚さん。こんにちわ」
「どうも」

だから、私は手にした小さな鉢植えを示しながら明るく問いかけた。
「お加減はいかがですか?」

「そんなに悪くないです。ええと…でも首がちょっと不便ですけどね」
微苦笑を滲ませて彼は言った。

「いいですか、無理しちゃだめですよ。ですが可及的速やかに復帰して下さいね。
…ああ、これ見舞いですよ」

誰からとは言わない。
手にした小さな鉢植えを私はぽんと彼の手にのせた。
お日様の色の可憐な花が咲いている。
椎名さんは、一度二度瞬きをした。
途方に暮れて私の顔を見て、それから花に視線をおとして。
ためらいがちに指先が、つんと花をつっついた。
花がふるりと揺れるのを見守って。

「…やだなぁ、弱ってるのにキツイなぁ。…僕が寝付いちゃったらどーするんです
か…」

「そんな迷信信じてないでしょう?いやぁ、見せたかったですね、とても可愛かったですよ。
ハサミをもって長いこと苦悩してましてね。でも、結局切れなくてですね、で、移植コテで植え替えです」

「…なんで…彼は、僕に花、くれるんでしょう?」

椎名さんは、ぽそりと呟いた。
私は椎名さんの顔を見た。

学者でも、解が容易く出せない問いがあるらしい。
それとも、解を見つけたくないのかもしれない。

「そりゃ、椎名さんのことが好きだからでしょ。
風邪までひきこんで、部屋で一人、消沈してると聞いてとても心配してましたよ」

「……誰からそんなこと聞いたんですか?」

「いや、ははは、もちろん私からなんですが。彼の気持ちなんですから、心して元気になって下さいよ」

椎名さんは笑って「ええ」とは言えなかった。

大人のくせにね。
もちろん、私はそんな椎名さんがとても好きだと思う。


そのかわりに花を抱きかかえるようにして深くうなだれてしまった。

さらりと流れた前髪が、彼の表情を覆い隠して見えなくした。



恵 |MAIL