ダメダメちゃむ日記
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↑という言葉がありますが、何言ってやがんだい!? と思って手元の辞書(S学館・1992年発行)を引くと、予想通り、(多分高名な)男性国語学者4名による編集で、 ゛「産みの・生みの―苦しみ」�―仍困里箸�の苦痛�∧�ごとをつくりだすときの苦労″ と書いてあった。日本語としては正しい解説だ。健康な人にとって正しい説明だ。
けれど、私はもう一つの「うみの苦しみ」も知っている。日本で正しく共通に理解されることがない、日本語としては不適切な、しかし、私にとってはこちらの方が遥かに重く深刻だった苦しみ。 ――膿みの苦しみ―― 体の怪我が膿んだことがあるでしょうか? その時はどうでしたか? 心が膿んだことがありますか? それは想像を絶する苦しみです。
子どもを産んだことは2回ありますが、運良く何の事故もなく普通分娩できた身には、産んだ途端に忘れる程度の痛みでした。具体的にと言われれば、「鼻の穴にメロン入れてみてください」と答えますが、過ぎ去った途端に新生児可愛さに忘れてしまうくらいの一過性の痛みでした。<運がよかっただけですが。
心の膿み――これは痛くありません。自分でも気付きません。多分生き延びるために、自ら記憶までも封印し、思い出さないように、気づかないように、見ないようにしないようにしなければ生きていけない、自覚さえもできずに他人による無責任な評価に合わせて自分という人間までをも壊してしまう――とんでもない苦しみです。
膿みは出さなければ、治ることはありません。 体も心も一緒です。 そのために、一人ひとり形も立場も違う私たちには「語る」ことが必要なのです。 この1ヶ月、私はお客様へのご迷惑も省みず、ひたすら自分の心の膿みを言葉にして吐き出し続けました。ただ黙って見守って下さるお客様と温かいお言葉を掛けてくださるお客様がいらっしゃいました。 回るカウンターの中では、私は決して独りではありませんでした。 自分で自分の書き込みを改訂するために削除したことはあっても、お客様の書き込みを削除したことはありません。 私が作った「場所(サイト)」を私が誇りに思えるのは、一重に温かいお客様あってのおかげです。
他人のサイトに書き込みをするのはとても勇気の要ることです。 でも、私は誇りを持って言えます。 「ここはあなたの膿みを吐き出していい場所です。 温かいお客様が、あなたの痛みをきちんと見守ってくださる場所です。 そして、管理人である私が、あなたを守ります。 心の膿みを見つめてみませんか? 吐き出してみませんか? 生きなおしてみませんか? あなたのために作ったサイトです。 あなたが生きるために、私のサイトを使ってください」
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