| 2006年11月11日(土) |
たけしの日本教育白書 |
途中から見て途中までだったのですが……。
・給食費を払わぬ保護者 ・学級崩壊 ・いじめによる自殺 ・救急車をタクシー代わりに使う男 ・火災現場に加えタバコ ・保育園の演劇のシナリオを変える親
これ、今ガス馬車御者を困らせるお客に共通する「自分は割り食いたくない」「いざとなったら無言の脅し」をかけてくる連中だな、と思ってみてました。 いや、ガス馬車業界の話をするつもりはないんですが。 前から散々書いてるし。
この保護者とかの年代って、実はおいらたちの年代なんですよね。 あるいは少し上か。 保育園、幼稚園、小学校の運動会で朝からビデオ撮影のために並ぶ親を、実はおいらは滑稽に思っていました。 そりゃ、子どもはかわいい。 けれど、その行動はちょっと常軌を逸していないかい? ずっと思ってました。
子どものリアリティが足りない。 そりゃ、親の責任です。 けれど、みてるとその親(おいらたちの代)の親が、実は大した教育を受けていないのではないか? そんな気がしてなりません。 そりゃ、お勉強はできるよ? いい大学は入ってるかもしれない。 けれど、それ以前の、人としてどうなのか。人間としてどうなのか。 そのへんが、実は全くわかっていない人があまりに多いのが目に付く。
そいつらの教育をしたのは、実は団塊の世代。もしくはちょいその上。 こいつらがおいらたちの世代をあおり倒してだめにした。 いい成績取らなきゃ。 先生にはこびへつらわなきゃ。 いい大学はいらなきゃ。 いい企業に入らなきゃ。
誰がっていうもんじゃない。 戦後の歴史の必然。 そんな気がする。 けれど、その問題に気づいたのなら、手を打たないと。
諸事情により、この番組は最後まで見れなかった。 けれど、おいらが見ている限りでは、だめな子どもの原因は親、というテーマは見て取れた。 そして、蕨駅の駐輪問題も、学級崩壊も、どぎつく言えば、値段崩壊のスーパーつめ放題の暴動のようなあの状況すらも、根は同じ、割を食いたくない、という美学のない思考に端を発しているということも、番組内で示してくれたような気がした。
この番組を、たけしや爆笑問題の二人がどうまとめたか見たかったが(以前の番組のようなフェードアウト的な終わりはないだろう)まあ、仕方ない。 あとは、最終的な原因をどこに求めたか。それにも興味があったなあ。
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