2004年02月11日(水) 牛丼祭りの裏で

最後の牛丼を食べようとした人が、カメラで取られ、インタビューされる。
かなーり異常な図ではある。
しかも、BSEの影響という嘆くべき事態であるのに関わらず、どこかお祭り風情で見ている一般人がいる。
牛丼が発売停止になる。
これは、どこぞのミュージシャンやアイドルが引退するのとは本当は訳が違う。
そのはずなのに、どこかそれと同じレベルでみている。(おいらもそのひとりだけどさ)

ニュース番組で、アメリカのBSE検査率は、0.1パーセントを下回るという。
日本が全頭検査をしているのに、だ。
その辺は、他のニュースサイトを見ればいいとして。

おいらが言いたいのは、お祭りとそうでないものの区別が全くなくなっている、ということだ。
牛丼祭りで踊るのが悪いこととはいわない。
そうやってストレスを発散しているのかもしれないし。
親父狩りやオレオレ詐欺。暴走族にくらべればずっとマシ。
他の人には迷惑かけてないから。一部、ぶん殴ってみたり、牛丼投げつけてみたり、というくそどあほうもいたけどさ。

実際、牛丼がなくなることで、お祭りですむならまだいい。
でも、国によっちゃ暴動起きるよ。結局、BSEは、国が怠慢な対応しかしなかったことと、営利主義に走りすぎた結果だって言われれば、否定はできないでしょ。たぶん。
人の払った税金で、お前らなにやってんだ、というそしりは免れまい。
狂牛病の新説は知らないよ。
ただ、どこかで手をぬいたり、無理に合理化を測ったり(無理に計る時点で合理化じゃない)、そういうことをしたから、今にいたるわけで。

悪がき三人組の一人と、最近経済についてよくメールする。
聞けば聞くほど、上に立つ資格のないものが上にいる現状が明らかになってくる。

・仕事とは何?
・業務とは何?
・上司とは何?
・給与とは何?
・賞与とは何?
・営利とは何?

そういうことを忘れた労働者、そして経営者があまりに多すぎる。
今の上役といわれる人間は、なんだかわからないまま就職し、なんだか分からないまま働き、なんだかわからないまま昇進し、なんだか分からないまま今にいたる。
色々仕事というものは経験しているかもしれない。
しかし、大元の問題について、本当に考えた人間がどれほどいただろうか。
自分が、給料どおりの働きをしているかどうか。これがわかる人間はいないだろうなあ。
結局、ボーナスも、査定は本人やその人の努力を見ないで、画一的に与える。
その結果、人は単純にボーナスが高い、給料が高いところに動く。
高くないところは辞め、就職しない。

全てを考えなくなった時点で、日本の景気は低迷するしかなかったのかもしれない。
おいらは、日本の経済が復活する鍵は、言葉尻じゃなくて、『物事の本当の意味を考える』人間の育成だと思うんだよね。
それがないかぎりは、日本は景気がよくならない。というか潰れる。
最近痛切に思う。

常識。慣習。それ自体は決して悪いものではないと思う。
先人が、物事の法則とか、様々な生きていくために必要なものをまとめ、それさえ覚えていけば、ある程度のことはできる、という手引書のようなものだと思う。
しかし、その意味を考えず、それにがむしゃらについていき、執り行うことで、意味が全くなく、暴走しだす。
暴走しだした常識という名の魔物。
常識に従っていれば、とりあえずオッケーという、楽をしたい根性がいつしか常識に足元をすくわれる。
常識はいつも常識ではない。先人の生きる知恵は、そのまま使えるものとは限らない。

今回の牛丼祭りの踊りの輪の中で、そんなことを思ったのでした。

PS
牛丼そのものは美味かったっす(^^)


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彩葉 [MAIL]

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