おやじが、定年でリタイアする。 就職先を探したりもしたが、実質60以上の求人なんかありゃしない。 吐き捨てるように言ったおやじの心中は、まだ自分はやれる、ということなのだろうか。 その一方で、おいらに輪をかけてぐーたらなおやじ。 定年後は、一週間のうち半分ゴルフ。 そんな、夢みたいなことを言ったりもした。 はたして自分の気持ちはどっちなのか。
おやじの大学の同級生の納骨で近いうちに群馬に来るという。 友達が死んだというのは、おいらの年代からすれば異常なこと。 どういう気持ちなんだろうか。 カブトムシやクワガタの話をすると、目を輝かせるおやじ。 おいらをそのまま老け込ませたような、でかい小学生はいまだ健在だった。
人生80年(だと思いたい)。 一体、人は何のために生まれてきて、何のために生きていくのか。 少年期から青年期への過渡期の哲学的な悩みとはまた違い、親が老いていく姿を見て、同じ問いを投げかける。 その当時は、自分は何のために生まれてきて、何のために生きていくのか、という問いだった。 おいらはその答えを既に見つけている。 しかし今回のそれは、自分に対する問いではない。
親の今までの行為を無駄だった、というつもりはない。 ただ、聞いてみたい。
『あなたは、今まで生きてきて、ある程度でも満足していますか? これからも、自分の満足を求めて生きていけますか?』
自分の満足。 ともすれば、自分勝手ともとられかねないこの言葉。 他人を踏み台にして得た自己満足もある。 他人に尽くす自己満足もある。 自分の目標のためにがんばった結果の自己満足もある。 一般的な思想からして美しい物が何かという定義はある。しかし、実際のところ何がいいのかはわからない。
けれど、どういう結果であれ、今まで生きてこれて良かった、と思える人生を送ってきましたか? もし、まだでもまだ間に合う。 自分の満足を追及してみようよ。
そんな気持ちになった食事会だった。
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食事会の場所は、吉祥寺のコノハナというお店。 お勧めなので、是非いってみてください。 歯の悪いばーちゃんの話をしたら、そのための特別メニューを組んでくれたりしました。 チェーン店のマニュアルサービスではない、人の気持ちの篭ったサービスが気持ちよいです。
http://www.fujikohosha.co.jp/konohana0602.htm
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