ついに、ガス馬車御者の生活が終わった。 山奥大学にいたときから、やってみたかった職業の一つ。 理由はどうあれ、締める決意をした。 そして、それを実行に移した。 ただそれだけ。 ただそれだけ。 ただそれだけなんだ。
本当にやりたい職業は他にある。 それは、おいらの中ではっきりしている。 本当にやりたい職業につくための勉強。 そう割り切っていた。 そして、実際そうだった。
はげは嫌い。人間的に大嫌い。奴のせいで辞める気になったようなもん。 無線番のばーちゃんだって、自分の都合の悪いことはすっとぼけて聞いてないふりをした。癇癪を起こしたりもした。 鼻毛課長は、自分の学歴をひけらかし、ガス馬車御者を馬鹿にしていた。その反面、ガス馬車御者連中に意見できずに、井戸の中でいきがっていた。 年取ったガス馬車御者連中には、滅茶苦茶された。自分の都合の良いように事実を曲げられ、すべて罪をおいらが引っかぶったこともある。その割に、自分たちは過去の栄光に浸り、自慢話ばかりをしていた。そして、口ではなんといようと、全く行動に移す勇気を持ち合わせていない奴らばかりだった。
思い出しても、いいことは思い浮かばない。 奴らの嫌なところばかりが思い出される。
でも、仕事自体は嫌いじゃなかった。 いろんな人に合い、いろんな話を聞いた。
予定日を過ぎた妊婦さんから、赤ん坊の話を聞いた。 娘を殺人犯に殺された、八十歳のばあちゃんに話を聞いた。 ガンでせがれを無くし、日々を惰性で生きるばあちゃんに話を聞いた。 女子高生に、なんかしらんがよろこばれた。 幼稚園児と話をあわせるため、仮面ライダーの勉強もちょっとした。 乗せているお客さんの会社にこないか、といわれたこともある。 事故にもあった。 タイヤ交換も覚えた(笑) コギャルやヤンキーっぽい高校生が、実は意外に素直であることも知った。 芸能人とも話す機会があった。 偶然とは思えない、人とのつながりを感じた。 年金を使い込んだ老人の末路も見た。 息子に虐待される母親も見た。 農業の問題の裏に高齢化の現状を垣間見た。 そして、何よりこの地に住む人たちの一員として働いているという意識をもつことができた。 たった二年間だったが、いろんな人の人生を垣間見ることができた。
多分、今まで生きてきた十八年と七年よりも、このガス馬車を駆っていた二年間のほうが、実のある生活だったような気がする。
ガス馬車御者は、確かに誰でもできる職業かもしれない。 ガス馬車が駆れればいいわけだから。 けれど、上を目指せばきりはない。 運転技術や、危機判断、話の技術がすべて調和したとき、至高のガス馬車御者になれるんだと思う。 そして、誰も友達のいないおいらが、こちらの町で人間関係を構築していったのも、おいらの苦労の一つだった。
そういった苦労が、今日でべてが終わる。 けどね……。 なんか、寂しい。
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