本日、お客を乗せて町に行く。 今日は、その町はお祭りで、人でごった返していた。 祭りだから浴衣を着ている人も多い。
おいらは、浴衣を着ている高校生風の女の子や、楽しそうにしているカップルを見ると、妙に胸が痛む。 胸が痛む、というよりは、何か、その時代にやり忘れたことがあるのではないか、と焦るのだ。
おいらの高校時代といえば、偏差値が高くもないのに進学校を語るインチキ高校で、いい大学に入っている連中は、浪人して必死に勉強して入っているのだ。それを教師は自分らのおかげだと思い天狗になっていた。 えせ進学校だから、一応模試のようなものもやる。しかし、それは、完全に大学の過去問にとらわれていて、傾向を分析するような真似はしない。というか、そういう能力はなかったに違いない。 そもそも、奴らに大学の問題を解ける能力はなかっただろう。 どうせ赤本(大学の過去問集ね)についている答えを見て採点したに違いないのだ。
一応進学校を名乗っているから、勉強には力を入れていたようだ。的外れだったけど。 んで、何が犠牲になったかといえば、学祭であり、体育祭であり、そういうのを総括した高校生ライフだった。 中間テストが終われば期末に向けて課題が出され、期末テストが終われば夏期講習の課題が出され……と、半永久的に続いていた。 そんな生活だから、高校生独特の恋愛や、高校生ライフを楽しむことができない。
都立高であれば、学祭の前夜祭や、フィナーレが盛り上がる。 学祭の後に、内緒で屋上に上がって花火をしたり、高校三年最後の夏、クラスメート同士で旅行に行ったり……。 そういう勉強以外の思い出が数多くもてたはずだ。おいらの幻想かもしれないけど。
ところが、おいらの高校生活には、そういうのがまるでなかった。 そんなんだから、おいらには愛校心がない。 高校に対する愛着もない。 同窓会に参加するつもりもなければ、学校がつぶれようが破産しようが知ったことではない。
だが、高校生活だけは、未だに取り戻したいという気持ちが強い。 多分、恋愛を初めとする、高校生時期に遣り残したもの、というのがあるのだろう。 そして、その不満足が、焦りとして感じているのだと思う。 ただ、いまさらどうすることもできない。 甘酸っぱい過去の記憶として認識することしかできないのだ……。
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そんな話を、うちの姫にしてみた。 ところが、驚くべき答えが。 「あたし?あたしは当時嫌というほど遊んできたから、そういうのはないなあ。単に遊びが足りなかったんじゃない??」
その一言で片付けるか!!? 確かに、遊びが足りなかったのは事実だ。 燃えるような恋愛もなかったし、高校時代のほとばしる体力を発散させる場所もなかった。 そして、そういうモノが体験できれば、いい思い出として残るのだろう。
でも、それとは別にして、誰もが持っている少年時代最後の三年間への憧れ、というのがそういう気持ちを引き起こすんではないのかなあ。 どんなに充実した学生生活を送っても、今の高校生を見たら、当時の自分らを思い出して、甘酸っぱい記憶に浸る。そして、戻れるものなら戻りたい。そういう情緒溢れる、誰もが持つ記憶だと思ってたんだけどね。 遊びたりない、という俗物的なもので終わって欲しくないんですけど。
皆さんはどうですか? 遊び足りてたら、高校生のあの三年間に、何も忘れ物をしてこないんですか? ひじょーに気になる(−−;
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