まゆ日記
DiaryINDEXpastwill


2005年12月28日(水) ドキュメント まゆ家引越し

12月24日。
朝から吹雪。これはもう笑うしかない天気である。運転するのにも道路がどこだかわかんない、5分コンビニによれば、車は雪で埋もれているといったような感じだ。
そんななか、早々に食事を済ませ、お子をまみゅ宅に連れて行き(お子は完璧に楽しみで楽しみで仕方がなかったようである^^)、ダッシュで家に戻って引越し荷造り最終作業である。直後に仙台兄夫婦も到着。
とにかくこうなると片っ端からダンボールにぶち込む作業になってきて、どの箱の中身がどうなっているのか、やっている自分もだんだんわかんなくなってきていた。そのうち、山形から電車で手伝いに来てくれた実家両親の仲人した夫婦2組(先日旦那の見舞いにも来てくれてた)1組は奥さんに用事ができちゃって無理だったけど、とにかく到着。
早速荷造りを手伝ってくれている。みんな現役転勤族なので、こと引越しにかけてはプロみたいなもんである。
予定では9時か9時半に着く予定の引越しトラックが、遅れに遅れて10時半に到着。一足先にσ( ̄▽ ̄)、引越し先のアパートに荷物の一部を持って移動し、トラックがタンスやらでかいもの関係を待ちながら、荷解きしたり、荷物をどけて場所を確保したりなんかしていた。
トラックがタンスをはこんできた〜と思ったら、タンスは雪まみれの、でろでろ状態。雑巾は何枚も濡れ雑巾と化し、部屋にはもう「靴のまま入ってください!」ってな感じで、板の間の床もでろでろ。σ( ̄▽ ̄)靴下びじょびじょ。
続いて届いた机も、そんなもんで、もうとにかく、濡れ雑巾を大量に作成しましたって感じだった。
ケーブルTVの配線工事の人がやってきたのは午後一の約束の時間通りだったのだが、そのころようやく昼ごはんにありついたぞ状態で…。
しかもそのときTVもPCも届いていなかったものだから、あとで実家父と仙台兄が二人で配線をしてみたら、1つのチャンネルしか映らない状態になってしまい、PCは全くネットが出来ないようになっていた。
だがそんなことに気がつくのはその日の夜のことで…
実際荷物を部屋につっこむだけつっこんだあとで、仲人夫婦の、来てくれた奥さんのおそろしくてきぱきした指示で、夕食の準備のできるような台所になり、寝るための布団を引くスペースを空けて、とりあえず食事の取れる茶の間状態のものを確保するまでには、それほどの時間はかからなかったのも、すっごいと思った。
仙台兄が「プロジェクトXみたいだよねえ。なんだか自分、感動しちゃったよ」と、電車で山形仲人夫婦1組半が帰ってから改めて出来上がった茶の間もどきを見ながら言う。
んじゃσ( ̄▽ ̄)地上の星を歌うか?と、笑ってから、おもむろにお子を迎えに行って帰宅。すると、茶の間もどきはお子のランドセルやらカバンをかけているポールに緑のリースが飾られ、窓に「Merry Xmas!」の大きな飾り、テーブルには緑と赤のランチョンマットがならべてあって、義姉が用意したごちそうと、兄がセレクトしたピンク色のケーキ!
これにプラスまみゅ家のごちそうと、ほんとうにもう、大クリスマスパーティになってしまってて、σ( ̄▽ ̄)は本気で泣きそうになったんだけど、お子は「うわ〜すごい」と大喜びでそれどこの騒ぎではなかった。
ケーキはイチゴ味のクリームのケーキで真ん中には果物がたっぷり、まみゅ家のごちそうは鳥の唐揚げにサラダにイチゴにウインナーを春巻きの皮で巻いたのとか盛りだくさん。
みんながみんな、ガバガバ食った。実家両親もσ( ̄▽ ̄)も兄夫婦も飲んだ飲んだ。お子ははしゃいだ。
引越しの荷物の移動だけでもなんとか無事に乗り切ったって安心感でいっぱいだった。

12月25日。
お子は夜中まで兄に遊んでもらったようでいつまでたっても目が覚めない。
実家両親と兄が元の借家の片付けに行き、σ( ̄▽ ̄)と義姉はお子の相手をしながらお子の本棚や机の中身の整理をしたりなんかして過ごす。
元の借家の掃除も済んで戻ってきた実家両親と兄、義姉とお子と、σ( ̄▽ ̄)でラーメンを食べに行きその足で旦那の病院にいく。
ちょうどその時間は病棟のクリスマスパーティをやっていた。カラオケやったり、サンタさんの格好をした看護師さんがプレゼントを配ったりしている。
ほかの患者さんには小さなケーキと飲み物が準備されていたのだが、旦那は流動食をチューブ経由でいれているので、なし。
でもプレゼントは旦那もいただいた。
旦那は兄夫婦の顔を見て号泣して、プレゼントを看護師さんからもらって号泣して、σ( ̄▽ ̄)を見て号泣して、実家両親の顔を見て号泣して、とにかく号泣しっぱなしである。
顔を拭いていると「記念に一枚いかがですか?」とカメラをもった職員の人が近づいてきた。
お子にトナカイさんのカチューシャをつけてもらって、旦那と三人で、カシャッ…のはずが、またも旦那、号泣…
二枚目でようやくましな写真が、撮れたんだろうか。
病院の駐車場で兄夫婦はそのまま仙台に帰り、その後、アパートに戻ってから再度σ( ̄▽ ̄)外出。
お子にサンタさんは今朝こなかった(用意できなかったのよ、昨日)ので、今日こそと、DSの犬のソフトを購入。
今日も今日とてとにかく雪のせいで道が混みまくり、いつもの三倍の距離を運転しているような感じだった。

12月26日。
朝、お子はいつもよりゆっくりモード。
今日から学校なのだが今日が終業式である。
前の登校班の集合時間より20分も遅いのだ。そんなに学校にここ、近いのかなあと思いながら、だがいつものゆっくりモードに輪をかけてゆっくりなので結局あと数分ってとこでお子をばたばた急き立てて送り出す。
「アパートの前に7時50分に立っていて」と班長さんに言われたと言うのだが、いったいどこにいけばいいんだろうと不安いっぱいになっているお子につきあって、外に出てみると、吹雪の中、歩いてきた一団が、お子の登校班の子供達だった。
学校への進行方向にむかって10歩くらいもどったとこが、集合場所だった。だから班長さんの子はお子に向かって「アパートの前に立っていて」と言ったのだった。なるほど。
お子を送り出してからσ( ̄▽ ̄)も出発。今日は実家両親に家の中のことを任せて手続関係を一気に行うつもりだった。
駐車場が混んでいたから中も混んでいるかと思ったら案外空いている市役所。20分くらいかかったかなあ。住所変更と住民票を念のため3通作ってもらうまで。
その次に近くの銀行1行目の、通帳の住所変更。これが何枚も何枚も届出の紙を書くことになり、えらく時間を食ってしまう。
続いて電力会社。もともとアパートの二つの部屋の境の壁をすこし壊して二つをつなげて使うんで、二つの部屋分の電気の手続が必要なんで、説明やらなにやら結構ここでも時間を食う。
その後、銀行2行目。ここはσ( ̄▽ ̄)がメインで使っている1個だけの通帳の住所変更なのでわりと簡単だった。
さてその次に警察。免許証の住所変更である。免許証の住所変更だからと住民票を出したら、住民票は返してくれた。へー、原本提出の必要ないんだ〜と意外に思ったりする。
で、ここにきて昼近くになり、旦那の病院に急いだ。
旦那の病院には約束よりずいぶん遅れて到着。職員の人が焦って待っていた…その割には、旦那は着換えもしていない^^;
1時からリハ専の、おおもとの病院に旦那を連れて行き、えんげ検査をするのである。予約はリハ専でやってもらっていた。
最初、σ( ̄▽ ̄)とこの会社にリハ専から電話が来て「えんげ検査の予約をとりましたので、介護タクシーのお手配などをお願いしたいんです」とのこと。えんげ?れんげ?ろんげ?なにそれo(・_・= ・_・)o って感じだった。
えんげ検査って食べたものをちゃんと飲み込めるかどうかの検査なんだって。旦那の場合、両方の脳からの出血だったんで、喉の中も麻痺しているとこがあるだろうから、食べるものはどうだろう?って感じなんだそうな。
おかゆだの、固形のバナナや、とにかくすこしづついろんなものをバリウムでくるんで、ごくんってしたとこを放射線をあてて見るんだってんで、どんなかんじなんだろうって、介護タクシーに乗り込むσ( ̄▽ ̄)と旦那である。
検査の予約時間には大渋滞の雪道にもかかわらず、なんとか間に合った。早速検査開始である。
放射線をあてるのでσ( ̄▽ ̄)や、来てくれた旦那の親は直接どんな感じなのかは見ることができず、廊下の長椅子で雑誌を見ながら待っていた。検査は30分程度です、って話だったのにやたらに時間がかかった。なんなんだろうなあって1時間後にようやく旦那は泣きながら出てきた。
バリウム交じりのお食事は激マズだったらしい。それはさぞ嫌だったろうと旦那をなだめる。ちょうど昼ごはんの流動食もしちゃいましょうってことで、口からいつものチューブをいれている。
それが済むまでそれから20分くらいかかり、結局2時間くらい軽く時間がかかってしまった。
リハ専からつきそいしてくれた看護師さんが「この調子だと、先生(主治医)に相談の上ですが今夜の夕ご飯から、流動食じゃないお食事ができそうですね」とのことである。
…よかったよ… 本当に、と心の底から思った。


まゆぼうずメインへ

My追加

番目に読んでいただき多謝 いい加減なカウンタです^^;