日々是精進(マジで)
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2004年01月27日(火) 今更ながら。

日曜日のイベントにて、お客さんと30分?くらいお話してて気が付いたこと。

ワタシってばサモの世界を思った以上に愛してんだな(笑)

内容は、サモンナイト世界におけるリアリティの追求、みたいなことで私はサモにはリアリティは求めていないので、正直お話がきちんとまとまるかどうか会話しながらひやひやしましたが、何とかお互い収まりましたね(苦笑)。ああいう話は乗り出すとどうしたって白熱してくるから、本当は立ち話では限界がありますよね。

イベント会場は、自分だけじゃないので、実はものすごく気を使わないといけないのですが、結構失敗します(苦笑)。カプ話を大声でやってたりすると背中合わせで真反対カプの人がいたり(笑)。今回は、裏側がワタシがダメなタイプのゲームの人たちでしたが、30分の話の中でそのゲーム系統の(批判的な)会話も含まれてしまって、多分聞こえただろうな。本音ですから嘘は言ってませんし、その人たちを傷つける意味でいったワケじゃないんですが、人の会話から漏れる単語というのは大概一番耳に入れて欲しくないものだったりします。以後はもう少し気をつけます。

でもその会話で再認識したのが、自分が思ったよりもサモンナイト1の世界を好きだということでした(笑)。というか、サモ1における現在の高校生という主人公の設定?がね。いいなって。

この歳になると(いくつかっていう突っ込みはナシ)、正直作り手側との世代のシンクロ率のほうが高くなるので、「どんな意図で作ったか」というのは読まずにはいられません(笑)。特にゲームはね、エンターテイメント性が絶対条件だから、「どんな風に遊んで欲しいか」の姿勢がないと、ゲームとしては成り立たないし。

 サモ1において主人公を現代高校生にしたのは、リィンバウムという新しい世界観と召喚術というツールに慣れてもらうために、どうしたって説明しないといけないから、その説明を受ける側がプレイヤー=主人公であるなら、一番簡単なのは、そして受け入れられやすいのは、プレイヤーと主人公の視点が同位置の設定にすることなので。だからサモ1のみ、主人公が現在からの来訪者なのはとても理解しやすいんですよ。それでいて、「エルゴの王」という「リィンバウムにおける最異端」という設定も1の終結の中で付加して、2でそれ使ってるしね。

 その上で、提示された物語を読み解くのは(どう読むかどこまで読むかも含め)プレイヤー次第、なんですが。最近になって1の主人公がリィンバウムに与えた影響っていうのを考えてたりします。もしかしたら、ものすごいことだったのかもしれない。とかね。「異世界からの来訪者」は、当然価値観とか思想とか全然違うわけじゃないですか。きっと、レイドとかラムダとかマーン3兄弟とかに与えたプラスの方向の影響ってあったと思います。ハヤトでプレイしたせいもあって、特にそう思うのかもしれないけど。その影響というのは、同じ価値観と世界の中で生きている2や3の主人公が周囲に与える影響とは全く異質なんじゃないかと。

つか、そこまで私ってば考えちゃうくらい好きなのね、ってことを、ね(笑)。再認識。所詮、愛は歪んでますが(爆)。しょうがないんですよ、愛情は歪むものなんです(開き直るな)。

でもそういう話、書きたいなあ…そのうちね。当面は煩悩のみで(笑)。


綾多