Bonjour♪ソワレ日記
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ツアーも終わりリサイタルも終わり毎日新聞(読売ね)ばっか読んでいるソワレです Macを買い替えたということで、これはなかなかの進歩だけれど、 たかだか16万(強がりね)払うのに1時間くらい本気で悩み、 付き添いに有近さんのマネージャーさんの飯塚さんと和恵ちゃんを頼んだのはほんとです
まあ、これだけ久しぶりに書き進めるとキャラとかパブリックイメージとかも、 あんま気にならないし、1こ歳も重ねたってことで、つらつら、書かせて頂きますわ
最近、僕の周りでは新しいハコが雨上がりのタケノコの様に生息して来ていて、 そこにお味見をしにお出かけするのが楽しいのですが、まあ、どこも個性的なこと。。 唯我独尊系もあれば90年代彷彿再構築系、コンセプトと器がUNバランス系とか、ほんと、いろいろ 大方、紹介で行くので今現在オーガナイズ業をしていない僕の食指はなりをひそめている‥ けれど。。実は心の奥底ではマグマが沸々と休火山のアタマをなぜている。。 まあ、流れにまかせて、と
今日はフランス大使館に打ち合わせでお伺いした僕がパスポートを持参したのはほんとです お約束のお時間に間に合うようにお家を出たらスコールで、行き方の段取りを変えたら遅刻して、 段取り取ってくれたあっちゃんから「あんた!大統領を待たせている様なものよ!」と怒られて ヒエ〜!と無言になったわたしたちでした 大使館に入って更に無言 大使公邸にお邪魔してもっと無言 フランス語での会話に笑顔の無言
とにかく、Macつながったから、ネットたくさんやるぞ! …河合奈保子さんばっか聴かないようにしなくちゃね
| 2006年04月26日(水) |
ちゃんちゃらおかしいね |
って、おかしくない? おしまい リサイタル、きてくださいね 日記のページがなくなってしまってごめんなさい 6/12の前には 5/27@テアトル銀座 渚ようこコンサートにでます そちらも、ひとつ、お知り置きを…
予定を変更してお送りします
かぼちゃ商会に出会ったのは1999年の3月でした どうして覚えているのかというと、理由はふたつ 1/お昼の昼間、日曜日の下北沢でライブをみたこと 2/あまりに素晴らしくて衝撃だったこと …気付けばあれから6年ですか、長かった様な短かった様な お互い、いろんなことがありましたが、マクどの、純ちゃんをはじめとした、 メンバーの皆様はいつもいろんな意味で僕の傍にいてくれました それは、これからも変わることないでしょう ほんとに、はじめて音を見た時の衝撃は、なかなか言葉では表現出来ないのですが、 まあ、ひとことで言うと、やられた、って感じです 音楽のはじめを教えられた気がして、そういう時ってあたまが真っ白で、 更にとっても素直になっちゃうのね。。 そういう体感、いろんなしがらみが出来ると素直に感じなくなっちゃうので、 あの時かぼちゃに会えた運命にすごく、感謝するのです 気持ちってあんまり衝撃を受けると凝固してそのまんまトルソみたいになって、残るのね
それから様々な場所で共演させて頂けた僕はとっても幸せものでした ブエノス東京、野毛の大道芸、そして、青い部屋 戸川さんと共演して頂いたり、ピエール・バルーさんと出会ったり、そして、メンバーが 変わったり、かぼちゃ以外の音楽活動では、 うんちゃんやまるちゃんにお世話になって、何といっても ちんどんブラス金魚が誕生したり、本当に思い出は尽きません 個性のないことは値打ちがないってことを決定的に教えてくれたのも、かぼちゃだったかも知れません そして、今月をでかぼちゃ商会は休止するそうです それならば、こんな素晴らしい人たちともう一度共演出来たら、僕はどんなに幸せか、と 12/26のイベントにご出演いただける様、お願いいたしました 今夜は、すごいことになりそうですよ まやも、フランスから帰って来ます ここで音楽と出会えたみなさまが、僕のように幸せな気持ちになれます様に なんてね。。でも、きっとそうなります 自信あるのだ、それは、かぼちゃは最高だから!
いかんなあ、さすがに出来事は覚えていても、時間軸がまるっきりちんぷんかんぷん もう、ひとつきも経つのだものね、がしかし、これは書いておかねばならぬので… あ、そうそう昨日は実家のウインドウズで書いたのだけれど、使い方、やっぱ、わかんないわ。。
11/9から〜その2 我が友まやの幼なじみメロディ(本名、ちなみに名字は山下です)は面白い 基本的にパリに住んでいるので、パリで逢うのが正しいのだけれど、日本でしか逢ったことなくて、 まあ、日本でもパリでもやってることは僕たち、おんなじ まやが忙しい時はメロに随分とお世話になって、深夜のカフェとか買い物とか付き合ってもらいました そんなメロと水パイプを頂きながら、お喋り 「なんで続かないのかねえ」 これは、僕たちのことじゃあ、なくってね とにかくメロは愉快なひと、トークが下品でそこもいい
さて、ある日 ほんとはライブをやるはずだったシャトレ辺りのレストラン (パリは普通のカフェとかレストランでほんっとにすごいライブをばんばんやってるの)のオーナーさんから お食事のお招きを頂いたとのことで、まや一家(これほんとはバルー一家と言うべきね)と 行って来ました まやの弟、あきらちゃんと食前酒を頂いてダーツで遊んで、メインダイニングへ いい予感はしていたのですが、最初に出て来た前菜はたぶん、白子みたいなものの上にキャビアがどっさりの 前菜…ですか、これは その次は生牡蠣どっさりのおつくり(もう違う)、最後に出て来たステーキを頂いたのは、 あきらちゃんと僕だけ まあ、ほんっとにすごい豪華なお料理達だったのですね、これが 見たことも食べた事もあったはずなのに、それを表現することが出来ないでいた今までの人生 キャビアなんて大して美味しくないわね。。とかほざくわたくしとあきらの間には、 その言葉に大きな違いがある。。
翌日はまやのゴットファーザーの食事会にご招待を頂き、これまた、豪華なお食事 フランス人のみなさまはほんとにお食事をゆっくりとなさるのね ひとつひとつのお料理に蘊蓄がきっとあると思うのだけれど、そういうとこは、実はどうでもいいみたい こんなもの食べたことないけどなあ。。とか、まあ、いいみたい
そんな合間にもベルビルのバーのライブに行ったり、サンセヴェリーノのギターの彼のライブ(最高でしたね)に 行ったり、ダリダのお墓参りに行ったり、クリニヤンクールのTATIに行ったり、 NAOKOという日本料理屋の看板を見つけたり、おいしいレモンタルトにはまったりしていて、 おまけにまやに内緒で素敵なコートをセレクトしてプレゼントしたりしてて、 ルーブルもエッフェル塔(パリに着いて5日目くらいに遠くからやっと見ただけよ)、 シャンゼリゼもムーランルージュ(ここは高い!)も、ラセーヌも体験しないで フランス珍道中は終わりを迎えようとしていたのでした
11/14 いよいよ明日帰ります 今日はアレフを借りてのレコーディング ここにはほんとにお世話になって、何よりここはあたたかくて、ここでやりたいと言ったのは 僕で、それが叶って嬉しかったのでした サンセベリーノのギターの彼、ベース、そして、まや いい唄がうたえました、これが日の目を見るかどうかはもう少し、待ってもらわねばいけないけれど 夜は今回知り合った素敵なひとの一人、18歳のアルノーとメロディも加えて、夜遊びね このメンツでピエールさんのライブに行った時、そこはホームレスのボランティアだと知らず、 ドレスアップしたエルナ姉はいかにもホームレスキングの人にアプローチされてたなあ。。 3階から移動したリビングが寝室、こんな僕を包んでれて、ありがと あら!気付いたらメロもアルノーもエルナ姉も、まやも傍で寝てるのね さて。。トランクを軽くして、帰り支度をはじめましょうか
11/15 モンパルナスの露店で買った5ユーロの時計 8時ですね、では、みんなを起こさないようにさよなら 時間より早く着いたドゴールでまたトラブルが 荷物が重すぎて飛行機に乗せてくれないんだって 僕の荷物は3キロオーバー…え?だったら手荷物にするからと言う間もなくその荷物はコンベアに乗せられて… ちょっと、待ちなさいよ!こういうのはおかしいでしょ!ババア!と浴びせる罵声も通じないのね そのババアはこの人と代わる、といってワシッ鼻の小柄なババアにそのカウンターを 譲ってひらひらどっかに消えました 何とか手続きを終えて離陸を待てども、霧の為飛行機は飛ばないと待たされること2時間 やっと乗ったエアフランスは大揺れに揺れて、おまけにトランジットの飛行機は行っちゃって、 イタリアで6時間待ち。。 ああ、信じられないワ やっと取れたJALの座席はトゥギャザーじゃなくてまあ、隣の人に事情言って代わってもらいましょう、とか 言ってたら、僕だけなぜかビジネスクラスのシートがあてがわれてて、 こんこんと眠り続けひとり優雅に帰って来てしまったのでした
こないだのフランス帰りもこうだったな。。運をここで使ってしまう運命なのだな …次もこうでありますように。。これが運ならそれでいい パリ日記はこれでおしまい、残念ながら明日は関西ツアー日記ですので、よろしくね
ここからは箇条書きで失礼いたします
アレフでのライブ、感激覚めやらず大忙しのスケジュール ・・・とか書いている今は12/7ですので、何たるていたらく まあ、気にしないで進めます、どこまで覚えているかしら
11/3 朝まで騒いだ翌日のお昼にまたまたピエールとのリハ これは、3日後に迫ったナントでのライブ用、こう、何度も言うけれど、音楽で繋がれるっていうのは、 いいものだ、譜面があればある程度何とかなる ところでここはパリのまやのお家、もちろん文化の違いで靴を履いたままリビングに いるのだけれど、落ち着かない僕はチャイニーズのシルクのスリッパを持参いたしました まあいいや、とにかくリハはさくさく進んで、夜はサンマルタン運河沿いのクラブでライブ ここはとっても素敵な場所でした、関西弁を喋るオーガナイザーはフランス人 終電乗り遅れてタクる、パリはタクシーいないけどいたらすんごい安いのだな、ふむふむ
11/4 今日はアレフのお芝居をみにゆく まや、頑張ってるなあ。。そういうのを見ると僕も頑張ろうと思う とか、なんて陳腐な感想、イケナイワ、いくら言葉が判んないからって 今夜はアレフのミディのバースディ、みんなで朝まで盛り上がる さすがに声の調子が。。何とかごまかしながら遊ぶ、踊っている時はそういうことも 忘れちゃうから恐ろしい
11/5 ナントへ向かう、僕は18歳!フランスの新幹線TGVに乗って 2時間の旅の中、僕はお店のスタッフにもらった加湿器を手放せない ・・はずなのに、まやと喋る喋る、だって楽しいのだもの 宵闇のナントの街に雨が降る。。これはバルバラの唄のタイトルと同じだな かんどー、綺麗な街、そして今夜のコーディネーターというか、城主のおじさまの お迎えでどこにゆくかと思ったら、バーデンパウエルのご子息のライブ会場に 素晴らしかったです、えっと、お名前は何だっけ。。とにかく素晴らしいギターソロ 1時間近いライブ、全然飽きることなくおしまい 明日のライブにゲストで来てくれるとのこと、全くすごいことになったわ 今夜はお城に泊まらせて戴くのだけれど、これはほんとにお城です 600年前の大きなお城、ライオネスコーヒーキャンディーのCMに出てくるお城みたい 翌日に聞いたところによると寝室10こだって ナントの街でうなぎのコドモを捕まえて日本に輸出しているジプシーのみなさまの集落の傍を通って お城に着きました、もう少しでエルナお姉様はジプシーのお仲間に入れてもらえるところだったのに。。 天蓋付きのベッドでおやすみ、明日は声が出ますように。。
11/6 さあ、ナントのお城でブランチコンサートです! 声も何とか復活、緊張のリハの後、お魚を焼いたりパスタを茹でたり、素敵なお食事 生のパスタはとっても美味しい、シャンパンも開けて近所の老人ホームの皆様をお招きしてのライブ なんて素敵なひとときなのでしょう これは心の中のできごとになってしまって、もう、うまく言えません ソレイユは1こで、フランスでも日本でもおんなじソレイユが輝いているのね ピエール、ありがとう、彼のピアノに会えたことは大きな僕の財産です ライブが終わってラジオの取材を受けて、さあ、ここからヴァンデに移動!この時既に夜の真ん中 車でブブブーと進むその車窓は地平線と工場だけ、でもたまに見える小さな集落にいちいち感動 してたのだけど、ほんと、コンビニとかないのね。。 たまにみえるバーミリオンのネオンがなぜかほっとする、新宿住まいのソワレくんでした
11/7と8 ちょっとした遊びにしては大胆なところ それは、ヴァンデ、ここにはなんにもない あるものは水と緑と大きな空 ここに来た理由はまやのソウルがある場所で、是非来て欲しいと言われたからなのだけど、 ここは、ほんとに来れてよかったなあ。。 カヌーに乗って犬と遊んで、野山を駆け回って、畑からトマトを盗んで。。 ひとのソウルが置いてある場所は必ずあるけど、まやがここにソウルがあるとしたら、 改めてものすごく大きなことだなあ。。と思います、その事実 ひとを知りたくなる時に、その人のふるさとに出かける、って素敵ね、あったかくなって 大きな星空に流れる流れ星や美味しいガーリックトーストに暖炉の前でのエアメール そして、僕は猫の生態というものを全く、知らなかった! フーフー言うから怒ってると思ってじーっと機嫌が治まるのをベッドの上で寝た振りして待ってたのに、 あなた、喜んでたのですってね。。 ああそう。。あたくし、犬派です
11/9から何日かのこと パリに帰りて さて、まだまだやりたいこともやることもたくさんなのだ この日は実父のバースディ、一昨日は越路吹雪さんのご命日だったのだけれど、今年はパリね この辺りになると何しててかよくわかんないのだ ということは、いろんなことがいっしょくたになってるから CDのお買い物にゆく、あらら、僕の参加したオムニバスが売ってるじゃないの さあ、今度はソロのCD出さなきゃね、サンセヴェリーノのギタリストの彼はやばすぎる、背中もでかい やばいなあ。。こういうぞくぞくは初体験よ へみちゃんのお家も素敵、ヤニックのアフリカ横断物語も浪漫ねえ。。 まあ、色々ありながらちょっとしたエトランゼ気分 ちょっとした。。アヴァンチュール気分。。なんて、これは気分だけでおわったことを白状しよう
つづく
10/31朝、成田へ向かう やるべきことは全部やり、段取りもバッチリ組んでとりあえず逃げるように向かう気分、ってのは おかしなものであるが、実際、そうであった オーヴォワ、ジャポン、何が待ってるのか今回は全然わからない 空港でのエルナ姉と僕との荷物総量は60キロ弱 カウンターのお姉さまは「帰りは軽くなりますよね」 僕の荷物は10キロが日本食だから平気だけど、姉さんはさすがに。。とりあえずウイとお答えする これが後に大問題になるとは知らずに 大問題ではないが、お姉さまの荷物が検査で引っ掛かる なんだか、ライターが入ってるとか…ないよねえと言いながら派手な衣装を 全部広げる、係の人は巨大なヘビちゃんのぬいぐるみに一瞬、たじろいだが、 「これです」 まさかまさか!これはただのヘビちゃんの小道具(よりは大分、大きいけど)ですよ! もう1回検査機に通されたヘビちゃんの尻尾に、ある影が それは、まさしくライター すごいなあ。。背広の裏地に入り込んだ小銭のようなそいつを差し出してやっとこさ飛行機に乗り込んだ
パリに着いたのは10/31夜 ここでまた引っ掛かる、メトロのチケットが小銭がないと買えないことを知らなかった カードでも買えない、かたことの英語で周りの人に聞いてみる ダメだ、ルクサンブールでまやと待ち合わせなのに、乗るはずの電車は行ってしまった そして残った終電の時間と格闘しながら僕は知らない人達にチェンジザムネ?と聞きまくる このちっこい東洋の男の子をみんなはどう思っていたのだろうか、ヤケでアブないアラブ系の人にも頼み込む みんなのお返事はノンである もう、仕方ない、かたっぱしから声掛ける するとある紳士が手招きをするではないか、何だろう?? これは一緒に入ったら平気だよ、の合図であった、なんだ、キセルか、しかし、まあ、しょっぱなから。。 僕は中に入り60キロの荷物を改札越しに渡し受け、お姉さまはそこをジャンプしてとりあえず再終電車に乗れたのであった
最初からこんなだから、もう書く事は山のようである とりあえず無事に駅に着いてまやとロマネスクのトビさんと抱擁を交わす え〜ん、まやチャン逢いたかったのよ〜、ソワくん一気にテンション上がる エルナ姉はどこに居たってマイペース、これはひとつの才能だと帰る真際に気付く、遅いって とにかく遅い時間に着いたパリ、明日からのことも考えず喋りまくる まやのお家は5区にある素敵なフラット、ほんと素敵 ここにしばらく、お世話になるのだ、3階の部屋で寝る ダブルベッドにまや&エルナ、その下に敷いたマットレスでソワくんが寝る、という形はこの日に決定された だって、2人ともイジョ〜に寝付きいいのだもの これも、才能、僕は懐中電灯で持って来た高英男と林真理子の本を何度も読む夜更けがはじまる
11/1 リハである、はじめてアレフにゆく ここのよさ&暖かさ&素晴らしさが判るにはもうちょっと時間が掛かるのだが、実際入った瞬間は 自分のことばっか、ああ、とうとうフランスでシャンソン唄うのね。。とか ラパンアジルもいいけど、ああいうとこは僕と一番遠いところにあるから、そこじゃなくて、よかった。。とか 自分のことばっか まやのテンションは日本と全くおんなじ、この人はすごいなあと思う、仲良しの大事な人を素直にそう思える自分は割と好きである リハは日本人のミュージシャンの諸氏とはじまる、パリ在住 う〜ん、どうもうまく行かない手応えだなあ。。というのが本音、これは誰のせいでもなく、相性だと思う とにかく、マビイを10回も唄うのはおかしいことだと思うのだ、僕は でも、そういう類というかやり方もあるから、いいけど、僕には合わないのだ 解決策が見えないままおしまい、どうしたものか 明日来るジャズ系のピアニストとやろうかなあ。。この人はフランス人だけど、音楽に国境はないから 夜、ピエールさんにご挨拶 日本語ダメとフランス語わかんないが揃ってもつまんない、と思うだろうが、そうでもない にこにこにこにこ ただ、やっぱりコミュニュケーションが取れるのは会話だから、そこは、残念だな フランス語勉強しよう。。。
11/2 いよいよ、ライブである アレフというパリ郊外(といってもひと駅行ったら市内なの)にある劇場である 午前中からまや宅に来たピアノのピエール・フランソワ、彼は素晴らしかった! こういうのが音楽でしょう!と僕は思っちゃう、早速プログラムを考え直す リハはスムーズに進み、今回のテーマであるエロチック・サンクの練習をする 昨日も深夜までやってたのだ、これはエロチック・トロワのテーマのようこさん部分をまやが唄い、 ロマネスクのミヤちゃんとトビさんのを加えた、8分くらいの大作である これ、振り付けが大変なの!本元のトロワでさえ練習なんかしたことないのに。。 因に昨日の練習では振りでエルナ姉は何度も電気スタンドのコンセントを抜き、まやはスタンドをぶっ倒し、もうメチャクチャであった アレフは1階がバー&ライブスペースで2階が中劇場になっている素敵な造り 基本的には1階でイベントは行われ、2階でピエール・バルーさんの映画が上映される仕組みである まやはオーガナイズ&進行&通訳&司会で大忙し、今回はなんにもお手伝い出来ないダメなあたしね〜である 開場してしばらくすると、お客様はいっぱい これはほんとにいっぱいである、こんなにたくさんのフランス人をいっぺんにはじめて目にした、こんな近くで あ〜ここはフランスなんだなあ。。と思う、でもまだ実感がない 久しぶりにお友達のヤニックとへみちゃんに逢う、とっても嬉しい、こういうの はじまりはエロチック・サンク まやの司会からはじまり、暗転の中楽屋からスタンバイするのだが、楽屋の扉が開かない位の満員 ここから先は怒濤の様に進んでいく でも、エロチック・サンク失敗しちゃったの。。みんなで落ち込むが何故かすごいよかった〜と沢山の人に言われて、照れてしまう 僕の出番はラストである マビイから唄い出す、すごい拍手、その次のミロールでは何にも言わないのに合唱と手拍子がはじまる じ〜ん、ここはシャンソンの国、いつかここでニッポン・シャンソンを唄うのが夢だったソワレくんの この手応え。。ただその中にいる僕は音楽でつながっている、フランスの人と。。 そこから先は僕の曲ばかり、ピエール・フランソワの出番である 最後に選んだ曲はキスをちょうだい、なんでこんなに盛り上がるの?? 僕の方が面喰らって、とにかく唄う唄うシャバダダ〜 いつまで経っても終わらない、もう10分くらい唄ってるでしょうか 思わず口から出たのはドリフのオープニングの唄であった ♪えんや〜こらさ、どっこいやんじゃんこ〜らさ 出演者のみんな唄って振り付けをして宴は終わる ああ。。これは、僕の心にどう返って来るのでしょうか まだまだ、わかんない。ただ、僕はフランスでデビューしちゃったってことは、ほんとです ここから先に全盛期のアイドルみたいなスケジュールをこなすことになろうとは、知らなかった この夜はほんとにあっという間、タクシーで帰ったのだけれど、個人的に覚えている特に印象的なことは、 上に書いたことです、こういう機会をくれたまや、そして協力して下さったみなさま、いらして下さったみなさまに 心からの感謝を申し上げます、ありがとう、メルシアンフィニモ!
みなさまボンジューお元気ですか? 僕は今フランスのパリにいます 毎日刺激たくさん、まやのお家の近所のレモンパイが おいしいです まやのお宅には日本食がたくさんあって素敵です いろいろ書きたいのだけど、アレフの仲間と仲良くなれて嬉しいこととか、 ナントのお城に泊まったこととか、ヴァンデのカヌー遊びは最高だったこととかは また今度 じゃ、オーヴォワ!
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