INDEX|←back|next→
予告編の印象から割とシビアな内容だろうなあと予期していたので私としてはかなり硬派な心構えで観に行ったんですが、不覚にもエミネム萌え。だってウサギさんですよ!うさたんエミネム!寂しいと死んじゃうよほら抱き締めてあげないと!(違) いや私エミネムって名前くらいしか知らなかったけどこんなにかわいい人だったんですか。ちょっと小柄で華奢な感じで微妙にヘタレで(序盤だけね)おっきい瞳でじーっと見つめてたりしてなんかもう言動がいちいちツボでしたよ。それに左利き! …あーでも鍵開けるのも殴るのも右だったので左なのは書く時だけかもしれません。どうでもいい話ですね。すみません。
デトロイトのプレス工場で働きながらラッパーを目指すうさたんエミネムの自伝的ドラマ。もちろん予期した通りシビアな内容ではあったんですが、個人的にはもっと子供の頃からの半生を振り返るような感じかと思っていたのでこういうある一時期だけを切り取った作りになってたのはちょっと意外でした。よーーーく考えるとストーリー的な起伏は乏しいんだけども、それを十分カバーするだけの緊張感があるので退屈はしませんでした。あとやっぱ音楽が効いてる。とても良い意味で音楽映画だったと思います。ラップって、音楽と言語が融合したすごい即興芸術だよなあ。強弱アクセントを持つ英語の特性が見事に生かされていて、日本語はとてもかなわない。必死に字幕にしがみつくことしかできない自分が情けなかったです。
それはそうとキム・ベイシンガーの存在感はさすがでしたね。ダメな母親っぷりが何とも素晴らしく、出演してるシーンでは常に目を離せなかった。女優ですな!
****** 8マイル 【8MILE】
2002年 アメリカ / 日本公開:2003年 監督:カーティス・ハンソン 出演:エミネム、キム・ベイシンガー、 メキー・ファイファー、ブリタニー・マーフィー (劇場鑑賞)
| 2003年06月20日(金) |
(番外編:読書感想「オスカーとルシンダ」) |
うーんと、本の感想は本館の日記の方にアップするのが習わしなのでどうしようかちょっと迷ったのですが、映画関連ということで今回は例外としてこっちに書きます。いやそれでも「ダロウェイ夫人」なんかは向こうに書いたんですがね…ああこうしてだんだん境界が曖昧になってゆく…こうしてまた本館の更新が滞ってゆく…(言い訳)。
 | オスカーとルシンダ
ピーター・ケアリー 著 / 宮木陽子 訳
DHC出版 1999.1 --------------------------- "OSCAR AND LUCINDA" by Peter Carey ,1988 |
言うまでもないことですが映画「オスカーとルシンダ」の原作です。映画を(ビデオで)観たのはおよそ二ヶ月前、感想は→こちら。その後原作を読みたくなって図書館で取り寄せてもらいちまちま読み始めたもののなかなか進まず(だって京極夏彦ばりに分厚いんだもんよ!)、結局貸出期間を最大限に延長してもらって無理矢理読了し、つい先程閉館ギリギリに返却してきたところでございます。待ってた方いらしたらすみません。
英国で厳格な父親に育てられた純真無垢なオスカーと、両親の遺産でガラス工場を買い取り経営しているオーストラリア育ちのルシンダ、不器用で上手く社会にとけ込めない二人のラブストーリー……いや、ラブストーリーと呼ぶには辛すぎるな。風変わりな二人の人生が交錯する瞬間を主軸としたシリアスドラマであり、宗教哲学でもあると申しましょうか。オスカーとルシンダそれぞれの生い立ちが非常に重要で、実際二人が出会う以前の物語にかなりのページが費やされています。
前回も書きましたが、彼等の共通点は社会に上手くなじめないことと、“賭け”に魅せられてしまったこと。それは例えば二人が出会ってまもなくオスカーが声高に主張した次の言葉に集約されるでしょう。
「神がわたしたちに要求しているのは現世に存在するあいだ、すべての一瞬を賭けることです……本当です! 生きているかぎりその一瞬、一瞬をかけなければならないのです。つまり神が存在するという証明できない事実にもとづいて、あらゆるものを賭けなければならないのです」
――― ピーター・ケアリー「オスカーとルシンダ」 |
「その瞬間、瞬間を」とまるで自分に言い聞かせるように何度も繰り返しながら、オスカーは人生の全てを神の判断に委ね自ら苦悩を抱え込んで生きてゆく。一方ルシンダにとって賭けと同様に人生のキーワードとなっているものは、ガラス。「弱さと強さを象徴」し、「だれかの心を映し出す」もの。少女の頃、“ルパート王子の滴”なる涙型の特殊なガラスが砕け散るのを目の当たりにし、彼女は涙を流します。
「ルシンダが泣いたのはもっとずっと単純な理由からだった。こんなにも美しいものが針で刺した風船のように、一瞬にして消えてしまうことが悲しかったのだ。しかし彼女の気持ちはけっしてそれだけのものではなかった。平手打ちを浴びせられたときのような失望感と相まって、人生を奥の深い豊かなものにする、ある種の感情を覚えたからだった。そう、それは驚異だった。それは麻薬のようにあとに引く感情だった。」
――― (同上) |
けれども、物語の終盤で彼女は心から後悔することになるのでした。―― 「私の情熱のすべてが、知性のすべてが、修練が、愛が、結局は愚行を生みだすことにしかならなかった」。あまりにも不器用すぎる二人の、もどかしい愛。
映画の方の感想で「意外と重くてキッツイ」と書きましたが、原作はもっと重いというか、何て言ったらいいかなあ、決して暗くはないのに、救いがない。無論突き放される意外性は文学の醍醐味でありますからこれはこれで悪くないんだけども、わたくしは甘チャンなので、やっぱり映画の方が好きだったりします。まあ私の好き嫌いはともかく今回改めて感じたのは、映画作品としての「オスカーとルシンダ」、これはかなり見事な映画化であると断言してもいいんじゃないかということ。原作のエッセンスを無駄なく組み込んで、それでいてきちんと映画オリジナルの仕上がりになっている。完成度が高い。
もちろんそれには主演の二人の功績も大きいわけで…、と、ここから恒例のレイフ・ファインズ話が始まるわけですが、いや原作を読んでわかったけどレイフたんとケイト・ブランシェットはかなり完璧な役作りですよ! 仕草、気質、雰囲気、どれも申し分なし。特にレイフたんのオスカーっぷりときたらもう、どっちがオリジナルだかわからなくなるくらい完全にオスカーです(いやその言い方がわからんよ…)。貧乏揺すりとかカマキリみたいに手を胸のあたりでゆらゆらさせたりとか全部原作にあったんだね〜。それからベッドでシーツを噛んだりしてるんですよ!うぎゃー抱き締めたさ120%! ああダメだ。私の中ではますますオスカー=レイフです。なけなしの母性本能を総動員して偏愛中。
ところで映画「オスカーとルシンダ」のサントラで、レイフたんによるこの原作(の一部)の朗読を聞くことができます(kaiさん情報サンクスでした)。これがまた耳元で囁いてもらってるようで(勘違い)最高っすよ〜。
|