迷宮ロジック
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ムジナ


2002年02月05日(火) ムジナ 第13章 符丁

第十三章──符丁

扉はかしゃんと軽い音を立てて開いた。

そうしてルリとシュンに続いて私が入った途端、勝手に閉まった。

まるで見えているかのように。

「ちょ、ちょっと。なんで開かないのよ」

「ムダだよ。一定時間が経つか、次の部屋へのドアを見つけるしかこの部屋から出る方法はない」

「なによそれ。悪趣味〜」

むかついてドアと思しきところを思いっきり叩いてみるが反応はなかった。

「一方通行ってことさ」

中は暗い。というより真っ暗だ。

暗闇恐怖症ではないもののどうも落ち着かない。

「どこかに明かりはないのかなあ」

「そうだなあ。俺の記憶ではこの辺りにスイッチがあったような……」

探っているようではあるが、明かりがつく気配はない。

「シュンの記憶力もたいしたことないね〜」

「う。まあそういうこともあるってことさ」

「あの……お兄ちゃん」

躊躇いがちなルリの声。

「ルリも探してみるから、降ろして」

「わかった。暗いから気をつけろよ」

近くで小さな風が起こるのを感じた。

布のこすれるような音がしてふっと音の方に振り返ったとき。

急に眩しい光が目を射した。

ルリちゃんがつけたんだ、と気付いたのは数秒して目が慣れてからのことで。

その瞬間、私は口がふさがらなくなった。

「なに、これ……」

思った以上に異常な世界がそこにあった。

部屋中が真っ黒だった。

それは下手なペンキ塗りがただ気まぐれに塗りたくったようなムラのある黒さで

ところどころ地の色らしい煉瓦色が見えている。

外形は六角形。

天井はやたらと高く、広さはたぶんテニスコート2つか3つ分くらい。

そうして部屋の中央には見慣れない生き物がいた。

いや生き物と言っていいのか。

「やあ。よく来たね」

そいつは、サビが来たようなガラガラ声でいった。


2002年02月06日(水) ムジナ 第14章 転調


「やあ。よく来たね」

慣れているらしいルリちゃんとシュンはやあとか、こんにちは〜とか気軽にこたえてたけど
私は思わず絶句しそうになった。

「あなたは、いったい…」
「見たとおりのものさ。君は初めてだね」
「…ええ」
やっとそれだけ答えた。

人間、あまりに予想を超えたものを見せられると、無口になるものらしい。

事実はシンプルだ。

中央には縦横直径それぞれ1メートルほどの円柱の台があり、上にはヤカンが三つ乗せられていた。
ほかになにもない。
どうやらつまり、やかんが喋ったらしい。

いかなる方法でかやかんたちは発声器官をもっているらしい。
(まあどこからかスピーカーを繋いでいるのかもしれないけど)
あと違うところといえば3人ともふたの脇からカタツムリの角らしきものが生えているが、これは目の代わりなのかもしれない。

ほかは通常のやかんと変わりない。

それぞれ背中?をあわせるようにして置かれて(座って)いる。
(注ぎ)口からはしゅうしゅうと煙がたっている。
そのうち喋ったのは黒光りして表面がでこぼこした一番年季の入っているらしきヤカンらしい。

「短い間だろうがまあよろしくな」
そういいつつ上ふたをカタカタ鳴らしてみせたから。


なるほど、年季が入ってる分声にサビが来ているのも無理はないなあ。

いまさら驚くよりもなんか納得してしまったのはこの世界に慣れつつあるからかもしれない(ちょっと嫌だけど)。

「黒じいさん、なにいってるんですか」

どうやら一番若い(新しい)らしいアルミ製の青いヤカンがやや甲高い声で不満そうに言った。落ちつかないのか注ぎ口のふたをせわしなく開閉している。

「まだ俺達一門目の試練さえくぐっていない奴らにそんな気をつかうことないっすよ」

「まあまあ、青ちゃんも落ちつきなさいよ」となだめたのは、丸々とした形の赤いヤカンだった。
声にときどき笛のような音が混じるのは笛吹きケトルなのかもしれない。

「赤にいはそういうけどさ。締めるときは締めとかないと」
「だからって、かりかりするのはみっともないぞ。」

赤にいにたしなめられたせいか、青ちゃんヤカン(もうめんどうくさいから青ちゃんでいいや)は黙った。が
まだ不満らしく、注ぎ口をかたかた言わせるのは止めていない。

「青ちゃんや。大事なことはそれではないだろう。まだ口上さえ述べてないんだからさ。そちらに集中しような」

「…すいません。」
黒じいさんのことばには青ちゃんは素直に反応し、部屋は不意に静かになった。

なにやらお湯が沸くような音がこぽこぽと響いているだけ…。

「それでは、皆様。時間を無駄にするのはよそう」

黒じいさんはややひびわれてはいるが、威厳のこもった声で続けた。

「まず第一に…」



2002年02月07日(木) ムジナ 第15章 不調


「まず第一に、…」

といったところで黒じいさんはふいにつまった。
なんだかすこし動揺しているようだ。

「ええと、そちらの初対面のお嬢さんの名前は?」
「…神崎美里ですけど」
「美里さんか…。いい名前だな。その格好もなかなか良いな。こちらは見た目どおり黒。青。赤だ。私は黒じいさんと呼ばれているがね。まあ好きなように呼んでくれ」

「さて最初の課題だが…」
とうとう来たか。私は少し身構えた。

「上手い嘘のつき方とはなにか」
…え。なんですと。

「各自5分以内で考えること。わしのお湯が5分後に沸くから、その時答えてくれ。以上。」
そういうと、黒じいさんは沈黙した。

そういえば、黒じいさんは蒸気を上げてなかったなあ。
ということは湯沸し待機状態だったのか。
あ、もしかしてやかんたちが乗っているのは電気で沸かせるタイプの、なんだっけあれは…。

い、いやそうじゃなくて。
あせって二人を見てみるとルリはゆうちゃんを肩から降ろして抱きしめたままじっとしているし。シュンは座り込んでじっとやかんの方を見つめている。
ど、どうしようか。

「え、えっとシュン。」
「どうした神崎?」
「毎回こんな問題なわけ?何なの一体」
「まあ、毎回問題は違うけど。大体こんなものだね」
「こんなのに正解があるわけ?私この問題無理かも。嘘なんてまともについたことないし。大体嘘つくのって嫌いなのに」
「ふうん。それはなんというか」

シュンはじっとこちらを見つめた。
「神埼って幸せな人生を送ってきたんだね」

「なによそれ…」
ちょっと絶句してしまった。
「いや、ごめん。嫌味をいったつもりじゃないんだが」
それはいったいどういう意味さ。君は何を体験してきたんだね。
逆に訊きたかったけど。
シュンの顔はなんだか寂しげに見えてそれ以上追求ができなかった。

「そうだね。これは正解というより、向こうの気に入る回答が出るかどうかだし。
三人のうち誰かがそういう答えが出せればいいってこと。」
そういうと、頭をぽんとたたいた。
「あいた。」
「はは、強すぎたかな。ごめん」
でもたぶんこれは。
とシュンは私の顔を見ずに続けた。

「俺の為の質問だと思う。
だから神崎が気に病む必要はない。思った通りをいえばいい」
それは。いったい?


訊きたかったけど、黒じいさんの湯が沸く音がした。
時間が来てしまったのだ。
まだ、なにも考えていなかったのに…。
というかシュンの考える邪魔をしたかも。
最悪…。


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月町夏野 |MAILHomePage

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