迷宮ロジック
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ムジナ


2002年01月25日(金) はじめに

私は文章が苦手です。
それでも書きたい気持ちがあるから矛盾してるなあと思うのですが。

私は小説を読むのが好きです。
小説を読んではまって
意識がただそれ一点に加速していく瞬間が好きです。

ただ自分でそういう小説が書けるかというと
はあとため息をつくしかないのですが。

私は1年前くらいからホームページを開いています。
絵と日記と読書日記と。
それにちょこっと小説も。
そして、連載してた小説を数ヶ月に渡って中断している現状を
我ながらまずいなあと考えまして。

やり方を変えてみようと思いました。

エンピツで
書きやすい環境で書いてみれば少しは書くかもしれないなあと。
まあ多少、希望的観測が入ってますが。


と言うわけで
私と一緒に小説という迷宮を彷徨って下さる方を募集。
試行錯誤すると思いますが
頑張りますのでよろしくお願いします。

最初は書きかけだった「ムジナ(仮)」という小説を
書いていくつもりです。

ジャンルはファンタジーかな?
まあよろしく☆


2002年01月26日(土) ムジナ 第1章プレビュー 第2章レビュー

ムジナ

第一章──プレビュー

いつの間にこんな所まで来たのか。
私は、見慣れない通りに立っていた。
いつもの通学路からちょっとだけ違う道を帰ろう。
そう思っただけなのに、私はどうやら迷ってしまったようだ。

辺りには人影もなく、目立つのは田んぼと、直線に伸びるヤケにだだっ広い道路と、一軒だけぽつりと立っている看板の大きなタバコ屋。

看板には、本、雑貨、食料品、新聞、タバコ、などといろいろな品物が書かれていたけど。
ひとつだけ、目に付いたものがあった。
映画の前売り券。

普段、私は映画にそう行く方ではない。
友達に誘われて2ヶ月か3ヶ月に一回行けばいい方だ。
行くにしても券など買わず、映画の日とか女性の日とか、安くなる日を選ぶことがほとんどなのに。
どうしてだか目に留めてしまったのは理由がある。

「ハンニバル」を見に行きたかったのだ。

世界一有名で優雅な殺人鬼レスター博士は左手の指が6本ある。
その美食と鋭い分析力にかなうものはいない。
原作「レッドドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」で彼のイメージが膨らんだせいで、彼は私の中で密かなヒーローとなっていた。
アンチヒーロ、悪趣味と言われても構わない。
好きなものは好きだから。

……とはいえ、高校のお上品な友達が好む映画とはとても思えなかった。

だから、一人で見に行こうと思っていたのだ。
どうせだから、前売り券やパンフレットも買って、贅沢に楽しもうと思っていた。
ちょうど、良い機会かもしれない。
わたしは思い切ってたばこ屋の中に入った。

思ったよりも中は暗く、客は誰もいなかった。
年齢不詳のお爺さんが一人、椅子に腰掛けたまま、新聞を読んでいた。
「……こんにちは」
声を掛けても、お爺さんは返事もしなかった。
はやくも私は入ったことに後悔していた。
食料品は少ないし、野菜はなんだかしなびている。
狭い店内は、ほこりをかぶった箱や怪しい人形、縁がさびたジュースなど得体の知れないものばかりがあった。
こんな所に前売り券などあるのか。

あきらめを感じながらも、一応聞いてみることにした。
「すいません」
返事がない。声を大きくしてもう一度。
「すいません!ちょっと聞きたいんですが!」
「そんなにどならなくても、聞こえるが」
……聞こえてるなら返事位しても良いじゃん。
そういいたいのをこらえて、私は聞いてみた。

「映画の前売り券ありますか。ハンニバルの」
「ハンニバルだと?」

一瞬、薄暗闇の中でお爺さんの目が光った気がした。

「あるよ。」
「ホントですか」
私の声は多分弾んでいただろう。
お爺さんはさっきとは打って変わった満面の笑顔を浮かべていた。

「お前さんは運がいいよ。残り2枚だよ」
「2枚ですか。じゃあ1枚いくらですか」
「2枚はどうじゃ」
「え、えっ?なんでですか?」
お爺さんは、私の質問には答えず、椅子の脇の棚から、10枚綴り定期券のような形の紙切れを取り出した。

ハンニバル、と確かに読めた。
切り取られた後があり、残り2枚のように見える。

「2枚とも買ってくれたら安くするよ」
私は少し迷った。
2枚買っていっても一緒に行く人のあてなどない。
しかし、もしかしたら2回見たくなるかもしれないし……。
「どうだい、2枚で4300円だよ。安いもんだろ」
自画自賛しながら、映画の券を切り取り、何やらぺたぺたとスタンプを貼っている。
……高い。
前売り券って買うのは久しぶりだけど。たしか、1枚で2千円はしなかった気がするのだけど。
それにお金は今日そんなに持っていない。

「……すいません。やっぱり1枚で良いです。1枚下さい」
お爺さんは不機嫌そうな顔になり、「1枚、1枚ねえ」とぶつぶついっている 。
「いくらですか」
「1枚なら2000円だよ」
あれ、バラの方が安いじゃないんかい。
なんだか不思議に思いながらも財布を探る。
千円札が1、2、3、4枚、隅の方で1枚縮こまっているから5枚。
なんだ、結構持ってるじゃない。

気が大きくなった私は、店内を見回してみる。隅の方に真新しい広辞苑が1冊あった。
「あ、券一枚とそこの広辞苑もください」
なぜだか急に欲しくなったのだ。
「広辞苑もだと」
お爺さんの声がやけに低かった。
あれ?と思ったが、気にせずにいう。
「そうです、2つでいくらですか」
「4300円だね」
お爺さんは素っ気なくいった。
「はい」
お金がちょうどあったので渡し、品物を受け取ろうとしたとき。

急に世界がぐらりと揺れた。

「え、なに?地震?」
おろおろする私に、お爺さんはニヤリ、と笑った。
「残念だな、もうここからは出られないぞ」

いつのまにか、背後の扉は消失しており、前方には見慣れぬ路地が広がっていた。
たばこ屋本体もない。消えたのか、拡大したのか、拡散したのか。
とにかく、私は見たこともない世界に来てしまったらしい。
「残念だったな。ハンニバルだけならまだ見逃したものを」
お爺さんの声と高笑いだけが響き、私は、そのまま意識を失ってしまった。
………………………………
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…………………
………………
……………
…………
………
……

どこかで水の音が聞こえた気がした。
私は、まだ目覚めてはいない。










第二章──レビュー

………………………………
……………………………
どこかで水の音が聞こえた気がした。

ひやり、としたものが頬に触れ、なにか懐かしい匂いをかいだ。
誰かの顔がぼんやりと浮かび、意識する前に消えていった。
まだ半分は眠りの中だったが、私は徐々に目覚めつつあった。

目覚めのときは時に不安になる。

もしも、とんでもないところで目覚めてしまったらどうしよう。
もしかして隣に知らない人が寝ていたらどうしよう。

そんな不安を持ちながらも、いつものベットで一人目が覚める。
それがわたしの日常。

日常のハズだったのだが。

くしゃん。
隣でくしゃみの音と、身じろぎする気配がして。
私は、一瞬で記憶を取り戻した。
そういえば、映画の券、広辞苑、お爺さんの高笑い。

嫌な予感がする。
あれは本当のハズがない。
そんな非現実的な、超SF的な、シュールなとんでもないことがよりによって私の現実の中に入り込んでくるなんて。

うわ。目を開けるのが怖い。
だけど、こうしていても事態は改善するわけもない。
わたしは、おそるおそる、薄目を開けてみた。

目に入ったのは、豊かなウエーブのかかった茶色い髪。
どう見てもお爺さんのものではない。
ちょっと安心したが、安心している場合ではなかった。

誰なのこれ。
ここどこよ。

栗色の髪の持ち主は、こちらに背を向けていて、顔かたちは見えない。
だけどこの背格好からするとどう見ても大人には見えない。
やけにちっちゃい。小学生?

そして今まで私が寝ていたのは、なんだか乙女チックな感じがするピンク色の部屋で。
ダブルサイズはあると思われる巨大なベットに正体不明の人物と二人で寝ていた、としか思えない状況で。
これが笑い事ではない証拠に、枕元には広辞苑と映画の券がちょこんと置いてあったりする。誰が運んだんだろう。

私が部屋を見回しつつ、近くにあったくまのぬいぐるみをもてあそんでいると、ちょんちょんと背中をつつかれた。
「ダメよ。ゆうちゃんを虐めちゃ」
振り返ると、超絶美少女が、頬を膨らませていた。
うわ、可愛い。
なんというか世界中の美少女を集めて、良いところを取り出し、さらに砂糖を振りかけたような雰囲気だ。
「ゆうちゃんって……」
答えは分かったけど敢えて聞いてみた。
もっと少女の声を聞きたかったからだ。声も可愛いのだ。これが。
「くまのゆうちゃんよ。私のお友達だもん」
「ぬいぐるみがお友達なの?」
「だって。だってそうなんだもん。ゆうちゃん友達だもん」
何だか泣きそうだ。
あわてて私は熊を美少女に手渡した。
「ありがとう」
美少女は途端に気分を直したらしく、にっこりと微笑んだ。
つられて私もにこりと微笑みかけたが、次の少女の一言に、一瞬で笑みが凍りついた。

「それで、お姉ちゃん。誰?
ここにきたってことは、魔王に気に入られたんでしょ?何をしたの?」

私はまだ目覚めていない、と思いたい(泣)。
 


2002年01月27日(日) ムジナ 第3章 デビュー 第4章 スクリュー

第三章──デビュー

「ええとちょっと教えてくれる?」
混乱しながらも、私は事態を確認しようとした。


「まず、あなたの名前は?」
「ルリよ。でも私が先に聞いたのに、お姉ちゃんはお名前教えてくれないの?」
「あ、ごめん。私は神崎美里(かんざきみさと)。ミサトでいいよ」。
「じゃあ、ミサトちゃん、よろしくね。ほら、ゆうちゃんもご挨拶」
クマの手をぱたぱたと曲げて挨拶してくれる。

可愛い。

と、一瞬なごみかけたとき、ドアがバタンと開かれた。
「おいルリ、新顔は目覚めたのか」

これはまた。
思わず、じっと見つめてしまった。

年は20を越えるか超えないかくらいの青年で、身長は170センチ前後、顔立ちはわりといい方だと思うのだけど、なんというか全体的に赤いのだ。
赤く染めた髪、赤い目(多分カラーコンタクトかな。顔だちは日本人ぽいし)、赤いシャツに赤いジーパン。靴下まで赤と来てる。

「火の玉ボーイ……」
思わずつぶやいたら、ぱこんと頭を叩かれた。

「なにいってんだよ!自分だって黒一色の癖に」
「こ、これはうちの高校の制服なんだから。仕方ないじゃないですか!」
「高校の制服だって」
急に、火の玉青年の目がマジになり、ふっと口元だけで笑いやがった。

「ああ。あの私立T女子校ね。」
「な、なんで知ってるんですか。もしかして制服マニアとか」
「違うって。俺は近くの男子校に通ってたんだ。凄いよなあ。夏服も冬服も黒一色って。黒子ってあだ名されてるのもこうやって見るとよく分か……」

最後まで言わせずに、近くにあった枕を投げてやった。
奴は、う、っとかぐっとかむせたような音を立てたけど、自業自得。

「あのね、現役の女子高生を捕まえて黒子呼ばわりは非道すぎじゃないですか。この制服は、ある有名デザイナーにちゃんとデザインしてもらったんですよ。けっこう気に入ってるのに」
「だけど、リボンもシャツも黒って言うのは行き過ぎじゃないか」
「リボンはグレーです!シャツも微妙に色合いが違うんだから。好きで真っ赤にしているあなたに言われたくないです。」
「お前なぁ……」
「なによ!」じーっとにらみ合ってると、とんとんって背中をつつかれた。

「喧嘩しちゃだめだよ〜」
あ、ルリちゃん、なんかまた泣きそうな顔をしてる。

はっと我に返り、慌てて笑顔を作った。
「あ、ごめん。お姉ちゃん喧嘩してるんじゃないの。ちょっと意見の相違を議論していただけだよ」
「なんだよ、ルリに対してはえらく態度違うじゃないか」
「もう、シュンおにーちゃんもやめてよ、せっかく仲間が増えたのに」
「仲間って……」
私は思わずシュン、とか言う名前の青年の頭のてっぺん(多分スプレーか何かで立ててある)を見つめてしまった。

「俺とあんたと、ルリのことさ。いわゆる魔王のとらわれの小鳥たちってこと」
シュン、は頭を掻くと、にやりと笑った。

小鳥たちねえ……キザだなあ。まあいいけど。

そういえば、ルリもいってたけど魔王ってなんのことだろ。
ちょっと気になったけど、先に手を差し出されたので聞くタイミングを失った。

「ま、そういうわけでよろしく。風間シュンだ」
「……神崎美里です。まあ宜しく」
あえて手を握らず下からぺしっと跳ね上げてやった。
不意を打たれたのか、ぽかんとした顔になった。わはは。
「何をするんだ!こっちが友好的になってるのに」
「はいはい、どうもありがとうございます」
「お前なあ……」
再び、嫌な空気が流れ始めたとき。
ルリが、本格的に泣きそうな顔でいった。

「もう、お姉ちゃん達やめてよ〜。シュンちゃんはミサトおねーちゃんを運んでくれたんだよ。噴水の所からルリの部屋まで」

「え、噴水って?」
「あれ、気づいてなかったの?」
シュンがいかにも意外だって顔をした。
「ほら、あれさ」
指さした先。
ドアの隙間から見えたのは。

大きな噴水だった。3階くらいの高さはありそう。
まるで水の塔のようだ。

「これが、この世界の中心にして、元凶なんだ」
「なによそれ、どういう意味?全然分からないよ」
私は、なんだか泣きたくなってきた。
どうして、よりによって私がこんなことに巻き込まれたんだろう。

私はファンタジーなんか大嫌いなのに。







 

第四章──スクリュー

私はファンタジーなんか大嫌いなのに。

考えてるうちになんだか腹が立ってきた。
「納得いかない。絶対!」

思わず叫んだら、二人ともきょとんとした顔をしていた。

「どうしたのお姉ちゃん」
「どうした?いきなり」
「私は三人姉弟の誰よりも現実的だっていわれてたのに。というか、そうなろうと努力してここまで頑張ってきたのに。いまごろになってどうして、こんなファンタジーっていうより訳の分からない目に遭わなきゃならないのよ。『ハンニバル』の券だって買ったばかりだったのに」

「あのな……」
ふうっとため息をついてシュンがいった。
「兄弟云々はよく分からないが、納得いかない目に遭ってるのはお前だけじゃないんだ。俺だって、間近にライブを控えてた矢先だったんだぞ。」
「それに……ルリだって」
そういってシュンは、軽くルリの髪をなでた。

「親戚のおじさんの家に引き取られる途中だったんだ」
「途中って……」
なんだか、嫌な予感がして、言葉を潜めた。
「ルリは唯一の肉親だったお母さんを事故で亡くしたんだ。だから、そこに行くしかなかった」
「それは……」
何とも言いようがなくて、私は沈黙した。

ルリはただニコニコしている。
その笑顔が胸に痛い。

「ルリちゃん……大変だったんだね」
「ううん」
ルリが頭を振ると髪が柔らかく揺れた。
「ゆうちゃんに会えたし、シュンおにいちゃんもいるし、今はミサトお姉ちゃんもいるからもう寂しくないよ」
可愛いというか健気というか。
思わず私はルリちゃんを抱きしめた。
ルリちゃんは何も言わずに私の背中に手を回してきた。
「お姉ちゃん暖かいね」
「ふふ。ルリちゃんだって暖かいよ」

「……どうでもいいけどさ」
背後から不機嫌そうな声がした。シュンだ。

「こんなところでいちゃいちゃする前に今後の対策を立てた方がいいと思うんだが」
「わあ、シュンおにいちゃん妬いてるんだ」
「あのなルリ……。そうじゃなくってさ」
なんだか、言いずらそうにこほん、と咳払いをうった後、

「ええと、神崎。ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」
「何よ?」
「ここに来る前何をしていた」
「え」
そういえば、たしか……。
「雑貨屋みたいな所で買い物してたけど。『ハンニバル』の券と広辞苑を」
「そうか。やっぱりな」
一人だけ納得したようすで、うんうん頷いているのでちょっとカチンときた。
「あのさ、何か分かったんならハッキリいってくれないかなあ」
「ああ、済まない」
そういいながらも、もったいぶって一歩二歩歩いた後、くるりと振り返った。

「俺達がとらわれたのは一つの原因があったんだ」

「原因?なにそれ」
「まず俺は、ふと入った店で中古のギターを見つけたんだ。それと日本童謡集」
「ええと、ルリはゆうちゃんとこの絵本を見つけたよ。お店の中で」
といいながら、枕元にあった一冊の本を取り上げた。
あ。「ぐりとぐら」

「……私は『ハンニバル』の映画の券と広辞苑をかったな」
「で、どこで買ったんだい」
「……得体の知れない雑貨屋」
同じだ、というしるしに二人とも頷いて見せた。

そうすると。もしかして、あのお爺さんが。
「魔王ってあのお爺さんのこと?」
シュンは深く頷いて見せた。
信じられない。だけどそうとしか考えられないかも。

私が混乱していると、どこからかチャイムの音がした。
学校で聞いてるような、ごくありふれたチャイムの音。

「魔王のお呼びみたいだな」
シュンは不意に苦々げな顔をした。




2002年01月28日(月) ムジナ 第5章 バリュー 第6章 メニュー

 
ムジナ

第五章──バリュー

「魔王のお呼びみたいだな」
シュンは不意に苦々げな顔をすると、行くぞと私の右腕を掴み、引きずるようにして歩きだした。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!どこいくのよ」
「噴水の所だよ」
「そこに、魔王が来るわけ?」
「いや、魔王本人って訳じゃないんだが」
気が付くと、ルリも私の左側を小走りで付いてくる。ちょっと遅れがち。

「分かった。行くから引っ張るのはやめてよ。制服が伸びちゃうよ。それにスピード早すぎ。ルリちゃん走っちゃってるし」
ああ、悪い、といってすぐにショウは手を離してくれた。
走ってはいない。だけど、ふつうに歩くよりはかなり早いペースだ。
もともと歩くのが速いのかもしれない。だけど、横顔を見ると、緊張しているのか、こわばったような表情だ。

いったいなにが始まるのだろう。

思わず横にきたルリの手をぎゅっと握る。ルリも無言で握り返してきた。

噴水を間近で見た感想は、「変な建物……」だった。
噴水と言うより見かけは塔に近い。高さも結構高そうだし。

タロットカードでみた「塔」のカードをつい思い出してしまった。
やだな、不吉っぽい。

水は、ただちょろちょろと塔の壁面をぬらすような形で流れているだけで、通常の噴水とはかけ離れていた。
下に溜まっている水は浅そうだった。
せいぜい10〜20センチくらいしかなさそう。
そして不思議なのが、テレビのモニターらしきものが、あちこちに設置されていることだ。
塔の上。塔の途中。水の上。水に半分浸かっているようなものまで。
ありとあらゆるところに様々な大きさのモニターがある様子は、なにか異様な雰囲気を醸し出していた。

それらのモニターすべてが、不意に、発光した。

「な、なに。何が始まるの?」
「まあ、黙って見てなって」
ぶおおおーんと機械音を発した後、ふいに画面には映像が映った。

「ようこそわたしたちの王国へ」
言葉を発したのは、冷たく笑う、見たことのない女の顔だった。




第六章──メニュー

「ようこそわたしたちの王国へ」

大小さまざまなモニターに映ってるのは同じ顔。
高価そうな安楽椅子に座り、喋っているのは、見たことのない女だった。
年齢は二十代なかばか、やや上くらいだろうか。

ひとめ見た印象は、知的な美女。

細身だか均整の取れたプロポーション。
その体を包むのは、チャイナ服に似た、ただし長袖で裾も地に着くほど長い赤のドレス。
艶やかな黒い髪はあごの辺りできれいに切りそろえており、小ぶりの顔には美しいが濃いめの化粧が施されているようだ。
その化粧でも隠せないのが、口元の右側にひとつあるほくろと、あからさまな冷笑だった。

そうだ。女は笑っていた。
画面越しなのに、ぞっと背筋が総毛立つほど、ものすごい笑みだった。
いやだ。この人。
すごくいやな感じがする。


「今度はなんだ」
すぐ右側から声がし、はっと我に返った。
シュンだった。
硬い表情はそのままで、まっすぐ正面の、たぶん一番大きなモニターを見つめている。
「なんだ、だなんて。分かっているじゃないかしら」
張りのある女の声と表情には、あからさまな侮蔑が含まれていた。
しかし、驚いたことには、返答にほとんど時間のロスがなかった。
どこかに音を伝える機械でもあるのだろうか。

「……また、あれをやれというのか」
「あら。分かってるじゃないの」

疲れたようなシュンの声に、からかうような女の声がかかる。

しかし、話が掴めない。
二人が何を言ってるのか全然分からなかった。

「なんのお話ですか」
思い切って声を掛けると、女はいま気づいたかのように、こちらの方を見た、ようだった。
「あら、分からないの。そうね。そちらのお嬢ちゃんは初めてだわね」
「……お嬢ちゃんって私のことですか」
「そうよ。それがどうかして?」
「やめてください。私にはちゃんと名前があるんですから」

「何言ってるの」

不意に、女は声のトーンを下げた。
「あなたたちは自分の立場が分かっているのかしら。」
「何よ。立場って。なに威張ってるの。莫迦みたい。自分こそ何様なのよ!」

おい、と途中でシュンが腕を揺すって止めたが、私は止めなかった。
こんないやな女に絶対負けたくない。と思ったから。

「おお、怖い。」
女はくすくすと笑った。
「知らないなら教えてさしあげるわ。私は女王。この世界を魔王のために、代わって統べる者よ」

「女王……」

私はへたり込みそうになった。
魔王だけではなく、今度は「自称」女王まで……。

「あともう一つ、」

「女王」はさもおかしそうに笑ってみせたが、目はまっすぐに私の方を見つめていた。

「これから始めるのはゲームよ。あなたたちがもとの世界に戻れるかどうかのね」
「ゲームって……なによ」

どうなってるの。この世界は。
私はただもうなにもかも捨てて叫びだしたくなった。


2002年01月29日(火) ムジナ 第7章 デジャ・ビュ

第七章──デジャ・ビュ


女、いや「女王」はいった。

「これから始めるのはゲームよ。あなたたちがもとの世界に戻れるかどうかのね」
「ゲームって……なによ」

まるで神様気取りで。
いったい私たちをなんだと思ってるのよ。

そう叫びだしそうになる気持ちを抑えて
私は女王を
正確には女王の映っているスクリーンを見つめた。

ここで感情を表した方が負けだ。
そう思ったから。

「そうね……」
女王は口元だけでかるく笑い、続けた。

「簡単よ。塔のてっぺんまで登ってくればいいのよ。蝋燭が一本燃え尽きる前に」
「ただ、途中で鍵がかかってる扉が3つあるだけ」
「鍵を開くには言葉が必要なの。正しい言葉を選ばない限り」

「また最下層まで突き落とされる」

「最下層ってまさか」

「そう、あなた達のいるこの場所のことね。
 大丈夫よ。 必要最小限のものは揃えてあるから
 ここにいる限り、あなたたちは死ぬことはないわ」

だけど。
私はこんなところ好きじゃない。
それに。

「なんで私がそんな真似をしなきゃならないのよ。
私は早くここから出たいの。
だって映画『ハンニバル』を見なくちゃならないんだから。
私だって知ってることだけど。
誘拐監禁の罪は重いのよ。分かってるの。」

「それはあなた達の世界の決まりでしょう。
ここにいる限りあなたにもこの世界の掟に従ってもらいます」

「なによそれ」

さっきまでの冷静になろうとする決心を忘れかけ、私は思わず声を荒げてモニターに近寄った。

一番大きいモニターは下一部のみ水に浸かっている。
とはいえ水はせいぜい数センチ。
少なくとも今の私を止められるほどじゃなかった。


だけど、とたんに。
モニターは始まったときと同じく
ぶうううんという嫌な音を立ててブラックアウトした。

怒りのやりどころがなく
真っ暗な画面のフレームを握りしめていると。

ふいに、やけに響きの良い女王の声だけが聞こえてきた。
こう告げた。

「一度部屋に戻ることを許します。
準備が済んだらすぐに始めて下さいね。
次のサイレンがなっても部屋から出なかった者については
ゲームを放棄したと見なしますから。

次回がいつあるかはわかりません。
くれぐれも後悔しないように。」  

そうして。
その声さえも消え。
あとはただ無言で立ちつくす私たちのみになった。

私は無意識に頬を擦った。
濡れていた。

水は浅い。
そう思ったのに、水しぶきは派手に飛び、頬に、服に当たったようだ。
少し寒かった。

「とりあえず戻ろう、風邪ををひくぞ」
振り返ると、すぐそばに、シュンとルリが立っていた。


2002年01月30日(水) ムジナ 第8章 誤謬 

第八章──誤謬 

「とりあえず戻ろう、風邪ををひくぞ」

「お姉ちゃん、大丈夫だった?」

振り返ると、すぐそばに、シュンとルリが立っていた。

「だいぶエキサイトしてたな。そんなに女王は嫌いか」
「嫌いなんてもんじゃない。大嫌い。吐き気がするほど嫌い」

私は思い出すだけで腹が立ってきた。

「あの人、一体何様よ。あのきどった喋り方も嫌い。
一方的に喋って一方的に消えて。
この私の拳のやりどころはどこにいけばいいわけ。
こんなに腹が立ったのってほんとに久しぶりよ。もう最悪。」

「わははは。それだけ元気があれば大丈夫かな」
「笑い事じゃ……」

もっといおうとした口元にそっと人差し指が添えられる。
黙ってのサイン。

「ここは、多分盗聴されてる」
「盗聴って、え。」

「部屋のものはほとんど外した。ここはまあ水音があるから、小声なら大丈夫だと思う。聞いてくれ、あのゲームに参加する以外ここを出る方法はないんだ。入り口はこの噴水塔の下部にあるドアしかない。このドアが開くのはゲームが開始したときと終了したときのみ。だからお願いだ。」

「君にもぜひゲームに参加して欲しい。何度か挑戦した経験から言うと、たぶん俺とルリだけじゃ謎は解けない」

「お願い。お姉ちゃん、一緒に行こうよ」
いつのまにかルリが私の腕にしがみつき、すがるような目で見つめてくる。
シュンもいつになく真剣な目をしている。

「私は……」
数秒間迷った。
ここでゲームに参加するとあの女の口車に乗ったようでとても癪に障る。
だけど、このままここに留まっていても、現状は変わらないことも確かだ。

「分かった。私も参加することにする」
その途端、ルリが抱きついてきた。
「お姉ちゃんありがとう。嬉しい」
「そうか。そうか。それは良かった」
シュンも心なしか嬉しそうだ。
だからって人の頭をぐしゃぐしゃにするのはやめて欲しい。

「でも、その前に……」
私は思わず派手にくしゃみをした。

「部屋に戻って良いかな。本気で風邪をひきそうなんだけど」



2002年01月31日(木) ムジナ 第9章 亜流

第九章──亜流

「ふう」
熱いお湯が冷え切っていた体の節々を緩やかにほぐしていく。
ほんとに生き返ったみたいだ。

ホントはこんな余裕はないかと思ったんだけど「大丈夫だ。いつもどおりなら2時間くらいは余裕があるはずだ。とにかく風呂に入って暖まった方がいいぞ」とのシュンの一言で甘えさせてもらった。
制服はルリが乾燥機で乾かしてくれるという。
有り難いことだ。

しかしここってなんでこんなに揃ってるんだろう。

今入っているお風呂はルリが使っていた部屋にあるものだけど。
シャワーに大きめのバスタブに小さいけどサウナルームぽいのまで付いている。

隣の部屋には洗面所にトイレ。洗濯機、乾燥機がある。
その隣にはシンプルだけど台所が付いていて簡単な料理くらいは出来るようになっている。食料棚にはインスタントや缶詰類。冷蔵庫にはミネラルウォーターやジュースなど。それに冷凍庫にはアイスが一杯。
普通の部屋は多分6畳くらいが2つ。私がさっきまで寝てたダブルベッドに、本棚に、机。クローゼットには一通りの服は揃っている。

さっき聞いた話だと、シュンが使っている個室も同じだという。
しかも噴水を取り囲むようにぐるりと円形に個室が配置されている。
全部で個室は6つ。
しかも全室冷暖房完備らしい。
噴水動かすのにも動力がいるんだろうし。

いったい、この施設は何なんだろう。
やはり魔王がこれを用意したんだろうなあ。
でも、何のために……。

「あのねー、お姉ちゃん。服乾いたから置いておくね」
「あ。ルリちゃんありがとう」

ルリちゃんの声でやっと我に返った。

悩んでる場合じゃない。
これからが本番なんだから。


2002年02月01日(金) ムジナ 無題1

無題一

まだ誰もまだ知らないところで。

『魔王』は待っていた。
全ての始まりを。

『魔王』にとって全ては虚しかった。
何もかも思い通りになるから。

むしろ思いがけない事態を望んでいた。

そう例えば
ばかばかしいまでの悲劇。
むなしいまでの喜劇。

すべての破壊など。

彼らがどこまでやってくれるのか。

お膳立てを整え、役者を揃えた。

『魔王』は現在ただの観客である。

仕切るのは『女王』のみ。

それが『魔王』が自分に課したルール。

これから少しは楽しませてもらえるといいが。

まだ黒いスクリーンを見つめながら
『魔王』はそうつぶやいた。


2002年02月02日(土) ムジナ 第10章 予兆

第十章──予兆

「準備出来たか」
「うん。もういいよ」

ドア越しにシュンに声を掛けられたときには、すでに準備は整っていた。
ルリが乾かしてくれた制服は暖かいし、ノンアイロンだからしわにもなってなくていい感じ。
荷物は2つだけだし。
とりあえず持っていくのは広辞苑と間に挟んだ「ハンニバル」の前売り券。
そのままでは持ちにくいので、部屋にあった風呂敷に包んで持ってきた。
模様は緑と黒の虎縞。
渋い。なんでこんなものまであるんだろう。
しかし……制服と風呂敷ってものすごくミスマッチだなあ。

ふとルリを見ると、クマのゆうちゃんを背負っている。
「あ、ゆうちゃんはリュックだったんだね」
「うん。そうだよ。可愛いでしょ」
「可愛いね〜。ところで何か入ってるの」
「ぐりとぐらの本と、あとは……えーと秘密☆」
「えー寂しいなあ」
ちょっとすねてみせると、ルリは困ったような顔をして、ごめんね、っていった。
「すごく大事なものだから、人にいったらいけないような気がするの」
「そっか。まあ言いたくないことだってあるよね」
真顔で言われると、それ以上強くは言えなかった。
「でも、大丈夫そうだったら最初にお姉ちゃんに教えてあげる」
「ホント?ありがとう。じゃあ、シュンを待たせてるし、そろそろいこうか」
「うん」
私はなんとなく嬉しくなって、その勢いでドアを開けると。


「やあ」
私は、呆気にとられた。
ドアの前にはシュンが立っていた。
シュンは別の部屋で準備してきたらしい。
それはいいのだけど、背中にはえらく大きなリュックを抱えていた。
夜逃げでもする気なのか。

「あの……その荷物は一体?なんでそんなに大きいわけ」
「いや本とかギターとかいろいろ入ってるし」
「本はともかくなんでギターが」
「いったろ。俺が買ったのは日本童話集と中古のギターだって。
 俺とギターは一心同体なのさ。ふっ」
「そのわりにはさっきは噴水の所に持っていかなかったような」
「一心同体だから強い絆で結ばれてるのさ。ちょっとくらい離れても大丈夫」
「……それは屁理屈だと思うけど」
「まあ気にしない。気にしない」
「気にするよ。ふつー」
「俺は、お前の風呂敷の方が気になるけど」
「い、いいじゃん。日本の伝統文化よ」
「黒子に風呂敷は似合いすぎ……。あいたた。冗談だって」
「あのねー。黒子は禁止ワード。こんど言ったら拳固で殴るからね」
「禁止っていう前に殴るなよ……」

そんなくだらない会話を交わしながら、なんとなく噴水の前までやってきてしまう。

目の前には噴水の入り口のドア。
黒い扉が、なにか威圧するような雰囲気を湛えて、そこにあった。


2002年02月03日(日) ムジナ 第11章 恩寵

第十一章──恩寵

黒い扉の前の噴水は水が枯れていた。
モニターに残る水滴がその名残となっているのみ。

「もう入る準備が出来ているようだな」
シュンがつぶやく。それに呼応するように。

「やっときたのね」

唐突にスピーカーから音声が漏れる。
女王だ。
やはり、こちらの動きは筒抜けらしい。

「最初の扉は過去。あなたのうちのだれかが裁かれる」

「どういう意味?」
「誰に俺達を裁く権利がある。それともお前たちは、俺たちの身内か関係者の一人なのか」

「その質問に答える義務はないわ。
 想像力がありすぎるのと、なさすぎるのは同じくらい不幸なことね。
 あなた達を見ているとそう思うわ」

「ふざけるな」
「何言ってるのよ」

「幸運を祈るわ。一応」

一方的に用件を告げるとスピーカーは耳障りな音を立てて切れた。


「ルリちゃん、どうしたの?寒いの?」

「ううん。大丈夫だよ。おねえちゃん」

青ざめた顔色で
自分の両手を抱えるようなしぐさをしながら、
ルリは笑ってみせた。

とても大丈夫には見えない。

「すこし休んだほうがよくない?」

「ほんとに大丈夫だから」

そのままルリはこちらに背を向けてうつむいてしまった。


2002年02月04日(月) ムジナ 第12章 延長

第十二章──延長

「ルリちゃん……」
私は何と言っていいか分からずに口ごもると、
ルリが振り向いた。
その眼にはかすかに涙の跡があった。

「お姉ちゃん、ひとつだけ我が儘言っていい」
「なに?」
「少しだけ手を繋いでいて欲しいの」
「そんなこと」
別に我が儘でもなんでもないじゃない。

返事代わりに小さな手を握りしめる。
すこし冷たい。
「ほんとうをいうと少し怖いの。もとの世界に戻るのが」
「どうして?」
「ここはおねえちゃんとおにいちゃんがいる。ゆうちゃんもいる。誰もルリのことを嫌がったりしない。ほかになにもいらないのに」
「それは、だけど」
私はハンニバルが……なんてルリの真剣な瞳を前にすると言えなかった。

「あのな、ルリ」
すこし前を歩いていたシュンがひょいと身をのりだした。
「この世界は本当じゃない」
「どうして」
「ここは限定されていて、静かすぎるから。」
「静かじゃいけないの」
「いけなくはないが、なにも発展がないな」
「このままでもいいよ。ルリは」
「いつも魔王の思うがままに操られていてもか」
「それは、いやだけど」
「俺は、いやなんだ」
シュンはきっぱりと言った。
「俺はいつまでも魔王の意のままにいたくはない。あの魔王の鼻をあかして、一発蹴りでも入れてやらなくちゃ気が済まないんだ」
「それに」
シュンはにやっと笑った。
「あの女王の化粧がどの位厚いのかも見てみたいしな」
「上に行けば会えるかな」
思わず私も口を挟んだ。
「ああ、確証はないが多分そうだ。これだけの設備なら制御する場所があるはずなんだ。この辺りには見あたらないとなると、この噴水の中にあると推定するのが妥当な考え方だろう」
「すくなくとも本拠地には近くなるはずだ」
「だからルリ」
そう言うとひょいとルリを肩に載せた。
「上に行くには、三人で頑張るしかないんだ。この世界も悪くはないが、ルリはもっと大きい世界を知るべきだと思う」
それに、と付け加える。
「俺のライブにも行ったことないだろう。俺一人でも音楽は作れるが、またバンドのみんなで作り上げる音楽はもっと素晴らしいんだ。ルリにもぜひ聴いて欲しい」
「……お兄ちゃんの作る音楽、ルリも聴いてみたいな」
「そうだろう。そのためには」
そういって指さす。
「この扉をルリに開けて欲しいんだ」
シュンの肩にのったまま、ルリはしばらく躊躇っているようだったが。
「分かった……」
そうちいさくつぶやくと、その手を伸ばして。

黒い扉を開いた。


2002年02月05日(火) ムジナ 第13章 符丁

第十三章──符丁

扉はかしゃんと軽い音を立てて開いた。

そうしてルリとシュンに続いて私が入った途端、勝手に閉まった。

まるで見えているかのように。

「ちょ、ちょっと。なんで開かないのよ」

「ムダだよ。一定時間が経つか、次の部屋へのドアを見つけるしかこの部屋から出る方法はない」

「なによそれ。悪趣味〜」

むかついてドアと思しきところを思いっきり叩いてみるが反応はなかった。

「一方通行ってことさ」

中は暗い。というより真っ暗だ。

暗闇恐怖症ではないもののどうも落ち着かない。

「どこかに明かりはないのかなあ」

「そうだなあ。俺の記憶ではこの辺りにスイッチがあったような……」

探っているようではあるが、明かりがつく気配はない。

「シュンの記憶力もたいしたことないね〜」

「う。まあそういうこともあるってことさ」

「あの……お兄ちゃん」

躊躇いがちなルリの声。

「ルリも探してみるから、降ろして」

「わかった。暗いから気をつけろよ」

近くで小さな風が起こるのを感じた。

布のこすれるような音がしてふっと音の方に振り返ったとき。

急に眩しい光が目を射した。

ルリちゃんがつけたんだ、と気付いたのは数秒して目が慣れてからのことで。

その瞬間、私は口がふさがらなくなった。

「なに、これ……」

思った以上に異常な世界がそこにあった。

部屋中が真っ黒だった。

それは下手なペンキ塗りがただ気まぐれに塗りたくったようなムラのある黒さで

ところどころ地の色らしい煉瓦色が見えている。

外形は六角形。

天井はやたらと高く、広さはたぶんテニスコート2つか3つ分くらい。

そうして部屋の中央には見慣れない生き物がいた。

いや生き物と言っていいのか。

「やあ。よく来たね」

そいつは、サビが来たようなガラガラ声でいった。


2002年02月06日(水) ムジナ 第14章 転調


「やあ。よく来たね」

慣れているらしいルリちゃんとシュンはやあとか、こんにちは〜とか気軽にこたえてたけど
私は思わず絶句しそうになった。

「あなたは、いったい…」
「見たとおりのものさ。君は初めてだね」
「…ええ」
やっとそれだけ答えた。

人間、あまりに予想を超えたものを見せられると、無口になるものらしい。

事実はシンプルだ。

中央には縦横直径それぞれ1メートルほどの円柱の台があり、上にはヤカンが三つ乗せられていた。
ほかになにもない。
どうやらつまり、やかんが喋ったらしい。

いかなる方法でかやかんたちは発声器官をもっているらしい。
(まあどこからかスピーカーを繋いでいるのかもしれないけど)
あと違うところといえば3人ともふたの脇からカタツムリの角らしきものが生えているが、これは目の代わりなのかもしれない。

ほかは通常のやかんと変わりない。

それぞれ背中?をあわせるようにして置かれて(座って)いる。
(注ぎ)口からはしゅうしゅうと煙がたっている。
そのうち喋ったのは黒光りして表面がでこぼこした一番年季の入っているらしきヤカンらしい。

「短い間だろうがまあよろしくな」
そういいつつ上ふたをカタカタ鳴らしてみせたから。


なるほど、年季が入ってる分声にサビが来ているのも無理はないなあ。

いまさら驚くよりもなんか納得してしまったのはこの世界に慣れつつあるからかもしれない(ちょっと嫌だけど)。

「黒じいさん、なにいってるんですか」

どうやら一番若い(新しい)らしいアルミ製の青いヤカンがやや甲高い声で不満そうに言った。落ちつかないのか注ぎ口のふたをせわしなく開閉している。

「まだ俺達一門目の試練さえくぐっていない奴らにそんな気をつかうことないっすよ」

「まあまあ、青ちゃんも落ちつきなさいよ」となだめたのは、丸々とした形の赤いヤカンだった。
声にときどき笛のような音が混じるのは笛吹きケトルなのかもしれない。

「赤にいはそういうけどさ。締めるときは締めとかないと」
「だからって、かりかりするのはみっともないぞ。」

赤にいにたしなめられたせいか、青ちゃんヤカン(もうめんどうくさいから青ちゃんでいいや)は黙った。が
まだ不満らしく、注ぎ口をかたかた言わせるのは止めていない。

「青ちゃんや。大事なことはそれではないだろう。まだ口上さえ述べてないんだからさ。そちらに集中しような」

「…すいません。」
黒じいさんのことばには青ちゃんは素直に反応し、部屋は不意に静かになった。

なにやらお湯が沸くような音がこぽこぽと響いているだけ…。

「それでは、皆様。時間を無駄にするのはよそう」

黒じいさんはややひびわれてはいるが、威厳のこもった声で続けた。

「まず第一に…」



2002年02月07日(木) ムジナ 第15章 不調


「まず第一に、…」

といったところで黒じいさんはふいにつまった。
なんだかすこし動揺しているようだ。

「ええと、そちらの初対面のお嬢さんの名前は?」
「…神崎美里ですけど」
「美里さんか…。いい名前だな。その格好もなかなか良いな。こちらは見た目どおり黒。青。赤だ。私は黒じいさんと呼ばれているがね。まあ好きなように呼んでくれ」

「さて最初の課題だが…」
とうとう来たか。私は少し身構えた。

「上手い嘘のつき方とはなにか」
…え。なんですと。

「各自5分以内で考えること。わしのお湯が5分後に沸くから、その時答えてくれ。以上。」
そういうと、黒じいさんは沈黙した。

そういえば、黒じいさんは蒸気を上げてなかったなあ。
ということは湯沸し待機状態だったのか。
あ、もしかしてやかんたちが乗っているのは電気で沸かせるタイプの、なんだっけあれは…。

い、いやそうじゃなくて。
あせって二人を見てみるとルリはゆうちゃんを肩から降ろして抱きしめたままじっとしているし。シュンは座り込んでじっとやかんの方を見つめている。
ど、どうしようか。

「え、えっとシュン。」
「どうした神崎?」
「毎回こんな問題なわけ?何なの一体」
「まあ、毎回問題は違うけど。大体こんなものだね」
「こんなのに正解があるわけ?私この問題無理かも。嘘なんてまともについたことないし。大体嘘つくのって嫌いなのに」
「ふうん。それはなんというか」

シュンはじっとこちらを見つめた。
「神埼って幸せな人生を送ってきたんだね」

「なによそれ…」
ちょっと絶句してしまった。
「いや、ごめん。嫌味をいったつもりじゃないんだが」
それはいったいどういう意味さ。君は何を体験してきたんだね。
逆に訊きたかったけど。
シュンの顔はなんだか寂しげに見えてそれ以上追求ができなかった。

「そうだね。これは正解というより、向こうの気に入る回答が出るかどうかだし。
三人のうち誰かがそういう答えが出せればいいってこと。」
そういうと、頭をぽんとたたいた。
「あいた。」
「はは、強すぎたかな。ごめん」
でもたぶんこれは。
とシュンは私の顔を見ずに続けた。

「俺の為の質問だと思う。
だから神崎が気に病む必要はない。思った通りをいえばいい」
それは。いったい?


訊きたかったけど、黒じいさんの湯が沸く音がした。
時間が来てしまったのだ。
まだ、なにも考えていなかったのに…。
というかシュンの考える邪魔をしたかも。
最悪…。


              

月町夏野 |MAILHomePage

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