番茶日記
札幌編から神奈川編へ
PC持ってないからかなり不定期更新
内容も寂びれてます

2002年11月07日(木) 気持ちも心も25度の角度で

「あれ!」
「あ!」
「なにしてたの?」
「カレー食ってきたさ」
「美味しかった?」
「うん」
「よかったね」
「スプーンにカレーすくうことにらっきょ一個食ったね」
「ははは、このらっきょ女」

「なんかこういう会話って幸せを感じるね」
「何で?」
「いや、どうってことない会話だけどすっごい平凡でいいじゃない?」
「そうなの?」
「平凡さが、一番幸せだよ」
「へー」



2002年11月05日(火) 季節の変化に体が追いついてない

季節の変わり目で体がついていきません。
アレルギーのせいで内臓が鼻から飛び出すんじゃないかと思うほどのくしゃみとかめったに使用しない喘息の薬もこの時季には役立ちます。

この4日間、非常に健康的な生活を送ってました。
朝夜の犬の散歩とご飯もちゃんと作り、お弁当までこしらえておりました。
野菜もたくさん食べたし。
親が不在な時の方が健康的に過ごせるってなんだか微妙ですね。

90%の平気と10%の不安、ちょっとしたはずみで逆転することだってある。
といった人生相談をパソコンの先生にしてしまったりして気づけば1時間ほど話込んでしまいました。
退会届を書いていて、なんだか悲しくなってしまって
ついつい弱気な本音の羅列。

漠然とした不安を目に見える物全てに変換できたとしたら、気が楽になることは簡単なのでしょうが
漠然と不安を抱えてそれでもやっていかないと、生きてはいけないのだろうと少し思ったり。

昔「いつも幸せそうでいいね、悩みなんてないでしょ?」と平然と言われたことを思いだして、すごく嫌な気分になりました。
絶対そんな言葉を言えるような人間にはなりたくないと思った今日。




2002年10月31日(木) なんて自然な不自然さ

明日から4日間、パソコンに触れません。
そんなわけで、日記も書かなきゃHPの作成も一時中断というわけです。



2002年10月29日(火) 今日は霰が降ったからガツンとこれは違うだろっと

「いいよ」
「それはダメだよ」

わかりやすい優しさってあると思うんですよ。
なんでもかんでも「いいよ、いいよ」というと「なんだか優しいなぁ」と思ったりするけど、それでいいものかと
自分で良かれと思ってやってることに「いいことかもしれないけどちょっと違うじゃない?」と叱ってくれるものも優しさの一種じゃないかと
「うーん」となって「でも私はこう思うからこうする!」って気づけるし、「ハッ」として「私なりのやり方もあるけど、こういう考えもあるなぁ」と気づけたりしません?

私、個人的に自分の周りの人はキチンとしてる人が多いので好き勝手にやることがいいことだと思ってますが、自分で責任ぐらい取れる心がある人たちだから、つまり信じてるってことです。(こういう人は事が最悪の事態になっても後でも、人のせいにするなんてことしないから)
内心「違う」と思ったらいいます。うわべ「いいよー」なんていうとなんか生半可なナヨナヨな付き合い方になりかねないし。

全ての人にそういう対応をとるわけでなく、心から信用してる人にはそうしたいと心掛けてます。
全ての人を心がけていても疲れるだけじゃないですか。
好きな人限定!

好きな友達が落ち込んでいるとき駆け寄って心配する気持ちも大事ですが、
そっとして欲しいときに「大丈夫?」を連呼すると、それは優しさの押し売りです。
そして、「ほっとく」と「見守る」では大きな違いがあります。



2002年10月28日(月) 珍しく携帯が朝から晩まで鳴っていた

最近寒いです、カクテルなんてオサレチックなものより日本酒熱燗がじわじわと美味くなる季節到来。
2リットルの焼酎とナプキンを近所のスーパーで買うあたしはナウでヤングなウブなあの子じゃないっすか。(しかも自転車で持ち帰る)

今日は母・姉・私で「男なんて女々しい生き物談義」を居間でくり広げてしまいました。
母いわく「えばる男なんてたいしたことない、つまんないことにこだわるくせに、手柄をすぐに欲しがる奴が多い」と辛口で
姉は姉で「女の子が仕事できると、文句いう奴が必ずいる」とこれまた辛口。
私も私で今の職場って女の子がしっかりしてるから成り立っていて店長(男)は意味もなく細かいところにうるさくっておもわず
「こんなんだったら、手伝ってくれないほうがまだマシ」と暴言を吐いてしまうこともしばしば。

「俺ってスッゲーぜ」という男に限って口だけである確立は高いと思うのですよね。これは性別とわずにいえることなんですけど
口より信じれるのは態度なのだと思う。
私見た目男っぽいのですが、以前職場の人間関係にウダウダいったときに「なんかいってやっかぁ」やら「守ってあげるよ」といった女の子に強さを感じた(ごめんねぇ、こんなフニャチ○女で、ついてないけど)
墓穴掘ってしまった。

話は戻って、女3人今雑談へ
結婚の話になって、姉も私も結婚する気がさらさらなくって。
それを母にいったところ「変な人と結婚するより、一人でいたほうが気楽だからいいんじゃない、ただ一人で暮らしていける術を身に着けておけ」とさっぱりといってました。

この夜、父は私の灰皿のタバコてんこ盛りを注意し、その傍で母は「早くねよっと」と寝支度をしてました。
この世で一番強いのは「肝っ玉を持ったお母さん」ではないのでしょうか



2002年10月26日(土)

車内にビール持ち込んで、一気の飲んだらゲップをかます。
タバコをスパーと吸って、煙まみれで外を見る。
揺れる電車から見えるのは、何もない田舎の風景。
「もう、疲れてしまったのですこの場所に、だから遠くにいきました。
一人でそっと誰にも知れず、立つ鳥後を濁さずに」

すいません、嘘です。
従姉妹の結婚式に行ってきました。
家族で主席するくせに、現地集合というので一人電車に揺られて行ってきたのです。
従姉妹の家族写真になぜかイッチ家も乱入して、写真には10人中男は父と叔父だけ、他8人みんな女。(女が多い家系)
いやーみんな着物で煌びやかでしたよ。
スーツ着たのはあたし一人(しかも黒)あまりに地味で母は「あんた北朝鮮のバッチでもつけたら?」とシャレにならない(本当に)冗談をかましておりました。
着物着た従姉妹も「くの一」といってふざけまくりでした。

内心「結婚しないの?」攻撃に遭うのではないかと思っていたのですがそんなこともなく、飲んで食ってカラオケでモーニング娘。なんか歌ったりして、「新郎はトランクスではなく、ブリーフ派」(控え室で目撃したので)といういらん情報も流したりして式は和やかに終わりました。

母は最初から最後まで泣きっぱなしで、父は家で練習をしたという万歳三唱(?)を披露し、訪問着を着た姉は皆に「サイコロ投げろ」といわれるぐらい極妻だった。
母は泣き顔でも、私がどっかにフラリと行く度に「拉致られんじゃないわよー」とまたシャレにならない冗談をかましておったのです。





2002年10月25日(金) 昔があるからこその今現在

たまには昔の話をしてみよう。
「私昔、ゲイバーで働いてました」
と書くと「女じゃないじゃん」とつっこみがきそうですが

昔、友だちと昼間にゲイバーを月1で貸しきってカフェをやろうという話があって、ススキノのマックで企画書を手書きで書いて。
ゲイバーの方からOKが出て、実際一日ゲイバーで働いて色々のお店の方からご指導いただいたわけです。
お客さんからは「あれ?女の子がなんで中に入ってるの?」と聞かれたりしりして「一日体験入店ですぅ」と笑いながら接客したりして。

いざ始まってみるとお客さんは友だちだらけで、仕事帰りのノンケ友だちも遊びにきたり、友だちが持ってきたケーキをみんなで分けて食べたり、
6時過ぎてアルコール解禁時間になったら働いている私が速攻でウォッカをストレートで飲んで接客してたり。
みんなもみんなで好きなこと話して、後かたつけとかも率先してやってくれた。
お金を貰ってやっていたわけではないし、儲けとかも全然意識してなかったから出来た芸当なのでしょうが。

みんなで何かをやることでたくさんの人と仲良くもなれたけど
集団でいるからこその息苦しさとかを感じてしまったし
揉め事とかもあったし、やる意味がなくなったので辞めてしまったけど。
めったに出来ないいい経験をやらしてもらったと思う。

あのカウンターしかない小さい店はもうないし
一緒にマックで企画書書いた彼は今は東京で学生として暮らしてる
私は私で個人としての楽しさを感じつつ生活してる
今でも、あの店で教えてもらったレシピは私の机の引き出しのどっかにある。
そして今現在、私がカフェをやってきたときにお客として出会った子が今、違うゲイバーでカフェを続けてる。

私は私の生活が、昔出会って別れた人には今の生活が。
それなりの違う人生があって、それでも元気にやっている




2002年10月24日(木) なんとなく、思う

平気じゃないところとか、大丈夫じゃないところ
言葉で伝わるように、明確に伝えることがきるなら
きっと平気で大丈夫でいられると思う。

「何がどうで」「あれがこうで」
「こう思う」

だから そうだから そう思えるから、私はきっと...

漠然とした不安が心を覆ったとしても
寝たら、どっかにいってしまうのです。





2002年10月23日(水) 私をスキーに連れてって

そう、正解ピンポーン(ダッシュ?)
あなたです。
生きてるといろんなことがありますねぇ、だから生きてることは楽しいのかも。

私の地元の山に初雪が降ったそうです。
今日職場の子に「イッチさんて、T区(札幌市民にはバレバレ)だよね」と言われ「そうだよ」と答えてみたら「あそこの区は冬が厳しいよね」と言われてしまいました。
基本的に高い建物もないから(田舎)地吹雪すごくって、山と海が近いからもう雪なんてつもるつもる。
よく「遭難するかと思った」っていうけど、これってマジですよマジでデジママジデシマで。
そんなことを熱くいってみたら「100m先が見えないってイッチさんと同じ区の友だちがいっていた」とコメントされた。

そういえば去年の冬、遅刻同然の時間に目が覚めて外を見たら大量の雪で「こりゃ、雪のせいにすればいいや」と駅に向かったら、ホワイトボードにうんちゃらかんちゃら長々と書かれていてなんと書かれていたかというと
「いつ電車がくるかわかんないから、他の交通手段つかってよ、その方か早いから」みたいなことが書かれていたわけです。
結局、職場についたのは笑っていいともが始まっていた時間だった。

あたしにとって雪とは宿敵で、絶交したいぐらい見たくないものです。
そしてこの冬、会いたくもないのに再び再会。



2002年10月20日(日) オカマとおなべ(第2幕)

寝ぼけ眼の私の目の前に飛び込んできたのは
「札幌で綺麗めなドラァクです」と言っている割にいまいち綺麗めとはいえない女装をやってるDQ名「トマコマリジェンヌ」こと「トマコマリコ」が夜中4時のトークショー「札幌ゲイナイト裏舞台」を開催してました。

「汚いショータイムは、ひく人も多い」と言われ(例えば生茶を口に含んで、レタスをお口に含んでお客に吐く「実話」)
「勝負服汚されて、文句いう輩はくんな」と私は言って
「あんたは異常だからそう思うのよ!!」
とお叱りを受け。
「女の子は、女装にもクラブにも興味ない子がおおいし、これからだね」と言われ、またしても
「えー全然私踊るよ、女装大好き!」といったら
「あーたは、異常だからよ!!!」と怒られました。

なぜか、私ゲイの子が好きというか、そうではなくって柔らかい感じに人が好きなんですそういう人がゲイには多い、妙にわけのわからない男らしさってやつを意識してるたまにいるレズの方より、女の子っぽいゲイの子の方が好きなのです。
だって「俺さぁと大股開きしていっている」女より「僕ねぇといって物腰柔らかい」ゲイの子の方が数倍かわいくっていいぞ。
そしてパッと見女の子っぽいけど「中身がサバサバ」してる女の子なんて尻尾振ってついていくね。

そんなことを書きつつ、優しさは言葉使いがどうかという問題ではなくって見た目でもなくって結局、その人が態度で表す心の大きさだと思うのです。

ちなみに、ゲイの人だからといってみんなが女言葉を使うわけではないし
レズだからといって男言葉を使う人が多いとは限りませんのであしからず。
肝心なのは、その人の人間性よ、
矛盾点は多いけど、こういう人だからこういう人って決め付けれることではないのですね。






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