ムッキーの初老日記
DiaryINDEX|past|will
昨日の「歌の大辞テン」は昭和51年。
「およげ!たいやきくん」や「北の宿」など、私の世代なら 「もううんざりするほど聴いたよ、それ。」 という曲が多かったなかで、私が一番注目したのは
「わかって下さい」 因幡 晃だ。 ↑歌詞が見れます。
昔から気になっていた。 誰も指摘してるのを聞いた事はない。 だが、絶対因幡晃はこう歌っていると思う。
わがってください と。
♪涙で、文字がにじんでいたぁなら〜 わがってぇ〜、くださいぃ〜♪
なぜ誰も指摘しないんだろう。 いい歌なのに、気になって気になって仕方がない。
誰か私のこんな気持ちを、
わがってください。
| 2002年11月27日(水) |
TOO MUCH PAIN |
その時、私はブルーハーツを聴いていた。 愛車の中。 天気の良かった日の夕方、仕事帰り。
曲は「ダンスナンバー」
ダンスナンバーで 踊りつづけよう くだらないことは たくさんあるけど 誰かが決めた ステップなんて 関係ないんだ デタラメでいいよ
真島くんの歌詞はいいなあ。 ヒロトの声もすごくいい。
私は一緒になって大声で歌った。 一人で運転している時はたいがい歌っている。
カッコ悪くたっていいよ そんなこと問題じゃない 君の事笑う奴は トーフにぶつかって 死んじまえ!
ゥワオ!ノリノリの私。
そこまで歌った時、信号が赤になり、停止した。
その時。 前のセダンのオジサン(推定65歳)が車を降りてきた。 なんだろう?道でも聞きたいのかな? オジサンはコンコンと、私のクルマの窓を叩いた。
「はい?どうかしましたか?」笑顔で答える私。
オマエ!今俺の悪口言ってたな!
��( ̄▽ ̄;) ヘ!?
とぼけんな!バックミラーで見てたぞ! 俺のことをバカと言ったな!
ああ。歌ってる口見て何か悪口言ってると思ったんだ。
「いやいや言ってないよ。今これと一緒に歌ってたんだよ。」
そう言ってボリュームをあげて曲を聴かせた。
だがそのオジサンは
だまれ!ウソつくな! 貴様も俺の悪口を言うか! みんな俺をバカにしてるんだ! みんなで俺を・・・!俺を・・・!
と大声で訳のわからない事を怒鳴りまくっている。 目がイッちゃってるよオイ。
あかん。 この人ちょっとおかしい。
「言ってないっていってるでしょう!ホラ、信号かわったよ!」
オジサンがはっと前を向いた隙に、窓を閉めてロックした。
「あ!このヤロウ!開けろ!」
オジサンはまだ怒鳴ってる。 やばいなー、やな人とかかわっちゃったよ。 どうしようかと思ったその時、私の後ろの車が ブブー!っとクラクションを鳴らし 「何やってんだ!青だぞ、早く行けよ!」 と叫んだ。
それでオジサンは、やっとブツブツ言いながら車に戻った。
はあ。助かった。 世の中いろんな人がいるよ。 こういうので揉めて、刺されちゃったりする人もいるんだろうな。 こわいこわい。
先行車があって、まだ日が高いうちは 一緒に歌うのはちょっと控えよう、と思った。
ダンスナンバーで 踊りつづけよう くだらないことは たくさんあるけど・・・
| 2002年11月26日(火) |
うっかり八兵衛ついうっかり |
先日、遊びに来た友人と「今まで偶然会った有名人は誰だ」という話をした。 挙がった名前はグッチ祐三、きたろう、ジョー山中、松鶴家千とせ、などなど さすが「偶然」に会っただけあって、 「マジで!すっげー!」 と言うほどの大物は、ハッキリ言っていないのが現実だ。
「クルマを運転する田村正和とすれ違った」友人の目撃談が一番華やかか。
「いいなーマサカズ。俺なんか瀬古選手しか見た事ないよ。」とオッサン君。
「何言ってんの、ベンチャーズ見た事あったじゃない(参照ページ)」と慰められていた。
その時、私は思い出した。 もうかなり昔に、あおい輝彦と高橋元太郎に会った事を。
水戸は、言わずと知れた「黄門様」ゆかりの地だ。 毎年「黄門祭り」や何やらで「水戸黄門」に出演している役者さんが来る事も多い。
その日は、ある集まりで割烹料理店で4、5人で食事をしていたのだが そろそろ終わりという時に、おもむろにあおい輝彦と高橋元太郎が入って来た。 助さんとうっかり八兵衛である。
有名人のいきなりの来訪に、私たちはビックリしたが あおい輝彦さんは、もうすでにちょっとほろ酔いらしく上機嫌で
「今日は何の集まりですか?キレイどころが揃ってますね。いい所へ来たなあ」
なんて、見え透いたお世辞だが、こちらがいい気分になるような事を言い にっこり微笑んだ顔は、さすがにスター、元ジャニーズ!と言う感じであった。
その後私達全員にサインをしてくださり、写真撮影も気軽に応じてくれた。 私達の真ん中に座り、肩に手をかけてくれ
「いやあ、両手に花で嬉しいなあ」などと言いながら。
ファンサービスを忘れない、とても気さくでいい方だった。
しかし。
高橋元太郎はと言うと、ものすごく感じが悪くて 「うっかり八兵衛」の可愛らしい憎めないキャラとは正反対だった。
いやいや、あくまで役だから、いつも八兵衛であれ!とは言わない。
でも、あおい輝彦さんが上機嫌で私たちと会話をしている時 隣で苦虫を噛み潰したような顔をして 「今日は何かイベントだったんですか?」の問いにも答えず、 写真も「一緒にお願いします」と言ったら、あからさまに嫌な顔をして チィッ! と舌打ちしたね。
聞こえたよ、八兵衛。あれはないんじゃないの。
別にあおいさんとだけ撮れればよかったのに それじゃあからさまかと思って気をつかったんだよこっちだって。
君がいくらドジな役柄を演じてみせても 人の良さそうなトークをしてみせても あたしゃ騙されやしないよ。
たとえモンキーズのデイビージョーンズの吹き替えをやってたとしても。
| 2002年11月25日(月) |
愚でもいい。直に生きる。 |
昨日は、オットの亡き末弟、ももの命日だった。 朝からオットの実家に行き、シュー・トメと2番目の弟と4人で墓参りに行き 帰って来てからアルバムなど見ながら、ももの思い出話などして過ごした。
ももは14年前、交通事故で亡くなった。16歳になる前だった。 初めてももと会って、ほんの数ヵ月後のことだった。
もものバイト先のバーガー屋に、オット(当時は彼)と二人で出かけた。 まだ15歳なのに身長は175cm近かった。少年らしく線が細く 肌もヒゲもなくツルツルとして、本当に美しい少年だった。 いきなり行った私達を『兄貴のヤロウ』と言う感じに 苦笑いしながら見ていた顔が印象的だった。
後日オットが
「ムッキーってどう思った?姉ちゃんになるんだぞ。」
と聞くと、
「・・・なんか冷たそうじゃねえ?」と言ったそうだ。
その後オットの家に遊びに行った時、ももが外出から帰ってきたので 「これ、食べる?」と買って来たチョコレートを差し出すと
「うん!」と素直に手を出した。むしゃむしゃチョコを食べてるももに
「そのスタジャン、カッコイイね。」と言うと
「そっかな!?エヘヘヘ」と照れ笑いをした。
「彼女にもらったんだよな、もも」とオットが言うと
「まあな〜!」と言ってますます照れていた。
その後、ももの私の評価は「冷たそう」から 「いい人」に変わったそうだ。
その数日後に、ももは逝ってしまった。
私は、ももの姉ちゃんになり損ねた。
ももが逝ってしまって1年くらいは、どうやって葬儀をしたのか どうやって生活していたのか、記憶が曖昧だとシュー・トメが言っていた。
子供を亡くすとは、どれだけの哀しみだろうか。
先日、35歳で突然逝った、友人の弟の話を書いたが やはり、親より先に逝くのは、一番の親不孝かもしれない。
たとえ会えなくても、離れていても 生きていると思えば耐えられる。
でも、もう居ないとしたら・・・・。
愚でもいい。 まっすぐに生きていきたい。
せめて母よりも長く。
月餅。 
それは中国から来たお菓子。
口当たりのいい皮の中には、胡麻油で香りよく練り上げた固めの餡。
その餡の中には、クルミなどの数種の木の実が細かく砕かれ入っている。
日本の大福やみそ饅頭とは、また一味もふた味も違った
色んなものが複雑に混じり合ったその味わい。ベリーグー。
今うちは「月餅ブーム」だ。
もちろん、スーパーで買える1個100円とか120円の安い月餅だが
それでも充分美味しい。
昨日など一緒に買い物に行ったオッサン君が
「これ最後の2こだったよー!ふー、あぶなかった!」と言って
和菓子売り場から、真っ先に月餅を持って来た。
1個で充分満足できる濃厚な味は、お茶にもコーヒーにもよく合う。
さあ、今日のおやつに、あなたも月餅はいかがかな?
ムッキー

|