ムッキーの初老日記
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| 2002年09月05日(木) |
なんでこんなに可愛いのかよ |
うちには子供がいないので、その分友達の子供がすごく可愛い。
孫のように、いやいや��( ̄▽ ̄) 甥っ子姪っ子のように可愛い。
特に鹿嶋に住む友人の子供達、りー(小4)と、かー(小2)姉妹は
私とオットの、小さな親友だ。
お姉ちゃんのりーがまだ3歳くらいの頃、私の膝に乗っていた時
いきなり私の胸をムンズとつかんで
ムッちゃん、これ、何が入ってるの?お菓子?
と聞いて来た。 お、お菓子(゚◇゚)!
初老の胸がデカくても色気も何もないが、私のカップはFだ。
りーの母はAだと聞いているので、デカイ胸というのを見慣れなかったらしい。
「これはおっぱいだよ。お母さんにもあるでしょう。」
「おっぱい?」
「そうだよ。まあお母さんのは小さいからわかんなかったかな。」
と私が冗談で言ったら、りーは
おかあさんちっちゃくないよ!おっきいよ!(`□´)
と怒り出した。「胸が小さい」と言うのが悪口だと何故わかるんだ。
母をかばう健気な娘よ。
母はいいなあ、こんな小さな娘にかばってもらえる。
同じ日、私がそろそろ帰ろうと用意をしていると
「まだ帰らないでー!一緒に遊ぼう」と半べそをかき始めた。
「うーん。ムッちゃんももっとりーと遊んでたいけど
オッサン君(オット)がお仕事から帰って来るんだよ。
お腹ぺこぺこで帰って来るから飯作ってあげないと可哀そうでしょう?」
と言うと、りーはこう言い放った。
オッサン君にはラーメンでも食わしとけばいいじゃん!
繰り返すが、3歳である。
いったいどっからそんなセリフをおぼえて来るんだ。
きっと友人が「お父さんにはラーメンでも食わしとくか!」なんて
りーの前で言ってるのかと思い、なじった所
「天地神明にかけて言ってない!」とのこと。・・・不思議だ。
あんな小さかったりーも、もう小4。
たまに母のPCから私にメールを送って来たりする。
大きくなった。嬉しくもあり、淋しくもある。
私が遊びに行くと、家から飛び出して来てくれるのも、あと何年かな。
◇◆オッサン君の独り言◇◆
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大人になって良かった、と思うことのひとつに
座高測定がない ことがある。
私はどうも身長に対して座高が高いようで
この座高測定がイヤでイヤで仕方がなかった。
特に、人目が気になり過ぎる中学生になってからは
身体検査の何日も前からブルーだった。
どうにか1�僂任盧孫發鯆磴�したいと
地道な研究を日々重ねた結果、遂に私はこの技を編み出した。
�仝〆座罎法△錣�らない程度に 浅く座る。
�△錣�らない程度に 背中を丸める。
��わからない程度に 骨盤を下げる。
�い錣�らない程度に 首とアゴを前に出す。
これが簡単なように見えて意外に難しい。
しかも検査員にバレたら元も子もない。
細心の注意を払い、何気なく、かつ大胆にやらねばならない。
この「わからない程度」の積み重ねが
確実に貴方の座高を10�僂歪磴�見せる事になるだろう。
測定の日、周りの友人達にこの技を伝授して大変ありがたがられた。
ある時、熱弁を振るう私にしみじみと友人が言った。
鬼だ・・・。あんたは座高の鬼だ!
これは大人になっても大変役に立った。
結婚式の、親族集合写真撮影の時。
オットとは10�儖幣綽板杭垢�あるのにもかかわらず
座るとその差がなくなってしまうのだ。
一生残る写真にそんな姿は残したくない!
私は、自分がかつて「座高の鬼」と呼ばれたことを思い出し
この技を駆使し、無事危機を乗り切った。
写真の中の私の座高は、オットよりグッと低く写っている。
座高の鬼は、健在である。
◇◆オッサン君の独り言◇◆
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私の友人で、東京は白金に住む医者夫人という 人も羨む境遇の子が一人いる。 こういう人種はお高くとまったヤツが多いが、なんと彼女は性格もいい。 ご主人は彼女が大好き。浮気や不倫とは無縁の仲睦まじさ。 来春には第一子誕生予定と、女の幸せと言われる物を すべて手に入れた感のある彼女なのだが・・・・。
この彼女が私にポツンと言う。
「結婚してからクラス会に呼ばれない」と。
クラス会に呼ばれない?そんなことってあるの?と思ったが、本当にあるらしい。 彼女は高校まで、地味で目立たない少女だったという。 勉強もそこそこで、男の子にモテたこともなかったそうだ。 だからクラスの目立つ女の子達に敵意も持たれず 彼女達の優越感を満たしてくれる存在として 「ここにいても、よくってよ」という扱いだったそうだ。
それがどうだ。
高校を卒業してから、彼女は花が開いたように可愛い娘さんに変貌してゆく。 学校の勉強は出来なかったかも知れないが もともと思慮深く、頭のいい彼女の目は理知的で美しい。
クラス会のたび綺麗になってゆく彼女を、目立つグループの女の子達が どういう目で見ていたか、私にも容易に想像がつく。
だがまだ彼女達には「結婚」という自慢できる物があった。 (結婚がどうして自慢なのかイマイチ理解に苦しむが。) クラスで一番に結婚したとか、ダンナがエリートだとか、 金持ちだとか、家を建ててもらっただとか、どうとかこうとか。
ありったけの宝石をつけて着飾ったクラスメイト達は自慢しあったらしい。
「貴女はどうなの?結婚はしないの?」
そんなセリフを吐くそいつの顔は、きっとイヤらしい顔だったろう。
だが、またしても大逆転劇は起こった。 30まで仕事を続けた彼女が、結婚した。 相手は東京に住むお医者様。しかも次男坊だ。 結婚に「いい条件」なんて物があるとすれば それの全部に当てはまる結婚だ。
そして、それっきり、彼女にはクラス会の通知が来なくなった。
仲良くしていたクラスメイトに聞いてみると、彼女にだけ通知を出さないよう 目立つグループだった子たちが、裏で手を回しているらしい。
「うへえー!イヤらしいー!やな奴らだな!」
だいたい、クラス会が自慢大会になるのはなんでだ? 人よりちょっといい服を着て高い指輪やバッグを持って ダンナがエリートなのがなんでそんなに自慢なんだ? 他人が何を所有しようが、あなたの人生に何の関係が?
例えば私の友人の彼女。確かに羨ましいかもしれない。 だけど、それは彼女の幸せで、私の幸せとは違う。 もし私が彼女の旦那さんと結婚したら幸せになれるか?
絶対なれない。 私は、私が選んだ今の結婚でしか幸せになれない。
傍目から見て、私と彼女の境遇が天と地ほど違うのは確かだ。 でも彼女になりたいとは思わない。 彼女は彼女。私は私。だからこうして友達でいられるんだ。
人に自慢するために結婚したのか。条件だけで夫を選んだのか。 見せびらかすためにそのバッグを買ったのか?
いやらしいのう。
「そんなクラス会行かなくて正解だよ。行っても嫌な思いするだけじゃん」
そう慰めると彼女は、ちょっと淋しそうに笑った。
◇◆オッサン君の独り言◇◆
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昨日、母と一緒にペット霊園に行って来た。 ここには、去年の秋17歳で逝った「キャロル」が眠っている。
キャロルは、私が二十歳の時、家にやって来たシーズー。 一緒に暮らしたのは4年だけど 実家に帰ればいつでもキャロルがいた。
去年の春に病気になり、手術をしてどうにか一時元気になったが 夏ごろからだんだんと弱って行き、最後の2週間はもう いつ逝ってもおかしくないくらい弱ってしまっていた。
丸々してたのに、ガリガリのショボショボになって 毛糸玉みたいだったのに、ぼろ雑巾みたいになって・・・。
11月の中頃。 それまでグッタリしていたのに急に頭を上げて 「キャンキャンキャン」と3回鳴いて そして逝ったと、母に聞いた。
私が結婚して、母がひとりになっても キャロルがいたから少し安心していられた。
11年前の秋、母がガンになった時 キャロルはすでに7歳になっていたが
「お母ちゃんを頼むよ。まだまだ長生きして傍にいてあげてね。」
と頼まずにはいられなかった。 それから10年。 10年というのはガン患者にとって「完治」の一応の目安だ。 キャロルは私の頼みを解って、母が安心できるようになるまで 10年間も、頑張って生きてくれたんじゃないかと思う。
そして、キャロルが逝ったのは私の誕生日の翌日だった。 もしかしたら、苦しいの我慢して、私の誕生日まではと 待っててくれたのかな、とも思った。
こじつければ、何でも意味ありげに思えるんだとは思うけれど、 せめてそういうふうに考えて、あの子のけなげさを讃えたい。
17歳まで生きたんだから、天寿をまっとうしたんだと思う。 人間で言ったら90歳。大往生だったと思う。 ペットを飼う以上、死なれることは仕方ないことだとわかってる。
でもキャロルには、もっともっとずっとずっと生きてて欲しかったよ。
今も、実家に帰ってキャロルがいない事に慣れない。 「ただいまあ」と言っても、キャロルが飛び出して来ない事に慣れない。
帰るたびに、キャロルの不在を思い出し、寂しくてたまらない。
ウチのそばを走る高速道路の側道に、
1ヶ月くらい前から浣腸が捨ててある。
しかも100個くらい。
おびただしい数の浣腸が、野ざらし状態。
その道を車で通るたびに、気になってしょうがない。
薄ピンク色でお馴染みの
あのメーカーの 未使用品。
いったい、誰が、何のために・・・・。
◇◆オッサン君の独り言◇◆
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ムッキー

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