雑感 - 2006年02月15日(水) 気温のアップダウンが激しすぎる。寒いのか暖かいのか、良くわからない。。だから春先は疲れやすいのかな、などと思ってみる。 おまけに雨もよく降る。春雨(はるさめ)、というやつですな。この前までと違って、雪じゃない、というところがミソか。 ++ うかうかしていたが、もうすでに病院見学の季節なんだなあ。。汗 クラスメートと話していて、少しお尻に火が付いた感じ。 旅行とか浮かれてる場合じゃなかったような。。f^_^; (いや、いける時に行っておかなきゃ!) 学生課に募集を見に行こう。。 あと、別の友人は北欧に視察に行くと言っていた。 ワタクシとは雲泥の差(当たり前だ)。 私も(!?)、足跡を形にし、 チャンスを逃さず捕まえていきたいものです。 ++ あの、春先に流れる唱歌「友だち百人できるかな♪」という歌は、罪作りだと思う。 結論から言うと、できるわけないだろ?クラスに合わない人がいるの普通だろ?その合わない人と、いかにうまくやってくか学ぶのが(人付き合いが苦手なので、多分、とつけておこうf^_^;)オトナになる、あるいや社会でやってけるようになる、ってことだろうが。 ちなみに、女性誌のアンケートでは、友人5〜10人と10〜15人がそれぞれ4分の1ずつらしいが、そんなに私、友だちいるかな。。とふと思う。いると言えばいる。 けど、普段、一緒に遊びに行く友だちは片手で(どころか2、3人ではないかしら)足りてるのが実状です(笑)。 ま、交友関係に費やせるエネルギー(時間など)やら趣味やら居住地やら、いろいろな関門がありますからね、 オトナになればなるほど、不自由になるのよ、と自分を慰めております。 ++ 柳月堂のパンが美味しすぎる。焼き立てだったせいもあると思うけど。。 ★http://www.lookpage.co.jp/topics/no011011/panya5.html おやつのつもりが、ついつい食べ過ぎ、 せっかくご馳走を頂いた(>感謝感謝!)のに、夕食に戴けず。。 明日の朝を楽しみにしています! ちなみに、パン、ワタクシは食パンの白いところより、食パンの「耳」(「へた」「端パン」とも言うらしい)の方が好きなんですよ。 貧乏臭いと哀れんでくれる人もいらっしゃいますが、 ほんと、こげ具合といい、パン生地の外側に集まるイーストや表面に塗られたタマゴといい、美味しく香ばしくって、ワタクシ耳パンの方が好きです。 今日は、一袋下さい、というつもりで「下さい」といったら、 お店の人がある分全部(二袋)くれました(笑) しばらく、楽しめますσ(^_^;) ++ 【語学】昨日と今日のトレーニング ・ラジオ「ビジネス英会話」 ・NHKラジオ 英語ニュース聴取 - 初めての確定申告/散歩 - 2006年02月14日(火) 午後のグループワークが、早く抜けられる状況だったので、 初めての確定申告に行って参りました。 久しぶりに通る、京都・左京区の岡崎道界隈。ちょっとうっそうとしていて、湿気があるような場所。 丸太町を少し戻って、左京税務署、Sakyo tax office発見。初めての税務署。 かつて、何百回と通ったであろう道なのに、全然意識されていなかった 灰色の建物でした。 受付で案内されて奥の別館へ。 会議用テーブルが沢山並べてあり、 平日の午後と言うこともあり、空いていました。 ガクセイ風情が他にひとりと、あとは黒いコートのおばさま2名ほど。 臨時の職員さんの指導を手取り足取り受けて、自分は氏名住所銀行の口座番号の記入と、なつ印のみ。スキャンしての読み込みも、職員さんにやってもらいましたf^_^; 「学生で、アルバイトの収入の確定申告をしに来ました」といったら、 オボコいせいもあるんでしょうがf^_^; 「健康保険は?年金は?生命保険は?」と簡単に質問され、 さらに採点や原稿執筆の業務に必要な経費は、と尋ねられ、それまでも おじさまが勝手に設定してくださり(ちゃんと把握した経費がある場合は、それを述べるのがいいでしょう) すぐさま申告終わり。イエイ(^o^)v こんな簡単なことだったのね。。σ(^_^;) これで、各安航空券(欧州系航空会社)でヨーロッパへ行けるくらいは帰って来ます(*^_^*) うれしいなあ〜〜 こんなことでお金が帰って来るなら、もっと早くからすべきだった。。 同時に、自分では頑張ってアルバイトしてるつもりだったけど、 収入がショボイことを実感。。苦笑 やはりちゃんと働くのが一番です(とありたきりのことを再確認するのでした)。 税務署からの帰り、聖護院の方から東大路を通り、さらに小奇麗な医学部構内を抜け、吉田の家々やアパートの間を懐かしくおもいながら、歩いて帰りました。自転車には乗っているけれど、最近あまり歩いてないなあ、と身体が重くなっていることを痛感。税務署に行くという、心理的な距離が遠くて腰が重かったけれど、2キロ弱しかないんだなあ。 途中、かつての知塩寮、現・京都大学YMCA会館の前を通りました。 文化庁指定の「有形文化財」というプレートがいつの間にかはめ込まれていて、びっくり。確かに、由緒ありげでしたもの。。 ひところ、破れていたガラス窓も、今はきれいにガラスが嵌められ、窓枠のペンキが赤サビ色に塗られています。 気にならない程度の細かい小雨の中を歩いて、ふと思う。 町中にいたからといって寂しくない訳じゃないし、人がいてもそれが自分と関係ある他者かというと、決してそうとは限らないけれど、やはり寂しいところはちょっと苦手で、人気(ひとけ)があるところのほうが、私はほっとするなあ、と思った帰り道でした(そのくせ、1人になる時間=自分の時間は、確保したいんだけどね)。 歩くのはいい。普段、目に入らないものがどんどん飛び込んで来る。 久々に、ちょっとした散歩をした気分です。 ++ 時々、集団の中に要るのが苦痛になる。 居場所がない、身の置きどころがない気がする。 それも仕方ないか、と流してみる。 守られた「グループ」って組織の中にいないから。 だから、辛うじて点と線で個別に繋がっている友人は、貴重、なのです。 - 朝、春の光が/ニート合宿 - 2006年02月13日(月) 朝、学校に行く時に見た光、ちょっと眩しくて、青くどこまでも繋がる空の色をしていて、去年も春、この色の空を見たな、と思い出した。イタリアの光の色はもっと強いだろうけれど、イタリアの地中海の空の色。。 ++ 冬休みに、下の妹と「ニート村を作って地域振興したらいい」と盛り上がっていた。 したらば、ネットニュースにでてるじゃないの! ▼離島の町が、ニート合宿企画http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060213-00000013-kyodo-soci ▼海士町などがニートを対象にした就労体験塾開講(島根) http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/20060206wm02.htm おお。我々の意見が採用されたかと思っちゃったよ!(嘘) 自然の中で作業し、人と触れあうことでの 人間力推進プロジェクトなんだそうだ。 いっそ、ニート増加「防止」のために、 大学や高校でも 自然の中で就労体験という「人間力推進就労体験プロジェクト」を 導入したらどうかな(苦笑)。 んで、地域のボランティアとして働いてもらい、「労働実習」という単位にするw ++ (参考) 海士町などがニートを対象にした就労体験塾開講(島根) 海士町と町内の牛肥育会社が、進学や就職をせず、職業訓練を受けない「ニート」と呼ばれる若者らに、コンビニ店もない離島の豊かな自然の中で、牛の餌やりや塩作りなどをし、社会性を養ってもらう「若者島体験塾」を開く。26日から3週間合宿しながら、島の人々ともふれあって〈人間力〉を回復するのがねらいだ。 町職員が、まちづくりで交流のある東京都国立市を訪れた際、ニートの若者が多いことを聞き付け、都会からのIターン者も多く、のどかな島の暮らしが役立つのでは、と発案した。 35歳ぐらいまでの働いていない10人程度を募集。木造家屋で共同生活しながら、肥育会社で牛の餌やりや堆肥(たいひ)作り、首都圏のスーパーなどへ送る魚の凍結作業、製塩、老人福祉施設での介護など、天候と時期を見ながら様々な作業に取り組んでもらう。食事は地域の女性が世話をする。 企画のまとめ役、町財政課の吉元操課長は「自然の中での作業は気分がすっきりする。江戸時代は北前船が立ち寄るなど昔から人の交流が盛んで、島の人情は厚い。元気になって、働くパワーを身につけてもらえたら」と話す。好評なら、定期的な開講も検討するという。 参加費は食事、宿泊費で計3万1500円(1日1500円)。途中からの参加も可。15日までに申し込む。問い合わせは同町中央公民館(08514・2・1221、メール=nakagawa−minoru@town.ama.shimane.jp)へ。 (2006年2月6日 読売新聞) ニートに離島で就業体験 島根・海士町が合宿企画 仕事や就学をせず職業訓練も受けない「ニート」と呼ばれる若者らに働く意欲を持ってもらおうと、島根県沖の離島・中ノ島の海士町が「若者島体験塾」として3週間の合宿を企画、参加者を募っている。 午前7時に起床し、牛の堆肥作りや魚釣り、旬の岩ガキの出荷作業など、離島の生活をそのまま体験。ホテルで清掃や接客、保育所の子供の世話など、さまざまなプログラムを予定している。 同町の人口は約2600人。町役場の吉元操さん(46)は「恵まれた自然を観光産業だけに使うのはもったいない。合宿を通じて都会の若い人が仕事の意味を考えたり、自分を見つめたりして元気になってくれれば」と話している。 合宿は2月26日―3月18日。35歳ぐらいまでで就労していない若者10人程度を募集する。参加費は食費・宿泊費込みで3万1500円。交通費は自己負担。締め切りは2月15日。問い合わせは電話08514(2)1221まで。 (共同通信) - 2月13日6時26分更新 - 春色の空 - 2006年02月12日(日) 日が少しずつ長くなって、空が薄桃色に近付いている。 まだまだ寒さは続いていて、今日も粉雪が舞っていたけれど。。 これから春にかけて、 どんどん見たいものがでてくるので嬉しい悲鳴?を上げられるかな? - オスキー試験終わる - 2006年02月11日(土) オスキーの試験が一応、終わりました。 待ち合い室でわいわいと確認しながら過ごせたので、 おかげで私も、一応、おたおたせずできました。。 ただ、医療面接はゆっくりしすぎて最後まで終わらないわ(嗜好品アレルギーの質問ができなかった、まとめができなかった) 外科手技で結び過ぎて、糸が一度パチ〜〜んと切れ、 ぬい直した(で、ギリギリ。片づけやっている最中にベルがなる)、 ←練習してたのと違って縫いにくかったのよね、、というのは言い訳。。 胸部で最後心臓の聴診までいけなかった、というのがあったり、 腹部の打診で膝立ててもらうのを忘れた、などというぽかも、、汗 合否発表まで、友人に残ってもらって教えてもらったのですが、 判定会議が長引いてたラシイです。 ぜったい、私、最低点で判定会議で救ってもらったに違いありません。 あとは医療情報で一応進級ができるはず。。 ともあれ、練習におつきあい下さった皆様、 ありがとうございました! - オスキー練習 - 2006年02月09日(木) 冬至からはや1ヶ月半近くがたち、大分日が長くなって来た。 夕方の空の色が、幻想的な茜色と紫色で、素敵だ。 オスキー実技、学校にいって練習。。しかし、集中力がすぐ切れてしまい、せっかく練習時間が2時間40分もとってあったわりにあまりできてない。。(><) 同級生のご指導を受けられたのは良かったです。 心音とか、最近全然聴く練習をしていないので、これからなんとか詰め込みます。 確定申告とか、自動車運転免許の更新(全くのペーパードライバー)とか、いろいろしなければならないことがあるのでそれも気になります。 落ち着いてできますように。 明日の朝は、氷点下4度という予報。。くわばらくわばら。 - 確定申告/医療面接 - 2006年02月07日(火) 今日は、確定申告についてレクチャーして頂きました。 私は源泉徴収書を持っていけば良いということがわかりました。 過去に遡って持っていくぞ! そのあと、ちょうどセールだったため(汗)、いや、オスキーで必要だと思ったので、チャコールグレーのパンツを。仕事しようって感じで良い。あと、タックがさり気なく主張し過ぎずに入っているので、お尻が大きい私にはちょうど良いかと。spick&spanで60%off!!!やりい。すでに店は、早すぎる春物がひしめいているけど、感覚的にはまだまだ秋冬物が欲しい時期だ。尚、藤居大丸のニ階ではharrisその他のブランドが70%になっていた。惹かれる、、けど心を鬼に。。 その他は、白いブラウスを買った。ブラウスは、綿だと汚れがすぐ目立つようになる。丁寧に着たい。 ++ あと、医療面接の練習も友人とやってみました。 面接に時間が掛かり過ぎてしまったこと、 十分聞けてない項目(離婚女性で離婚の理由になった妊娠出産経験など)があり、まだまだだなあと。 オスキーの練習は外科手技。こちらは血圧と違い、十分時間が取れそうです(あがらなければ)。まず第一に不潔清潔の区別(これができていないと再試になる)と、鉗子の使い方に十分気をつけたいです。 - 夢/メガネ - 2006年02月06日(月) 今朝は、親しい友人が東京に転勤する夢を見た。 今生の別れではないけれど、かなり悲痛な面持ちでさよならの挨拶をして、「また遊びに行くね。こっちにもおいでね」と言った。 あわてて起きて冷静になってみると、彼女は全国転勤ありコースからブロックコースに昨秋変えたので、大きな転勤がある訳はなかった。。 ++ さて、12月のフィールド実習の発表会の日の朝にメガネを踏んづけ、歪んでレンズのはしっこが欠け(歪み以外は見るのに支障ないレベル)、さらに年が明けてからもメガネを踏み、さらにハードユースのため、良いレンズだったようだが、埃をふいたあとの傷が積もり積もって、レンズ表面に傷が増えてしまったので、いい加減、新しいメガネを作らねば、と、思っていた。 今日は、朝は寒さの余り頭痛がして寝ていたが、良くなったので、胸部診察の練習のあと、久々に放課後仕事がなかったので、オフ気分でるんるんとメガネを作りに行った。 難しいねえ。。これは、うまくフレームの上が私の目や眉に沿うかたちになっていて、かなりのヒット作だったのだけど、もう売ってないのよね。。プリプリ。 仕方なく、丈夫だしちょっと仕事仕様かなとチタンのフレームにしてみた。一応、色は明るい茶色。そう、茶色の丸っこいのが優しくていいかな、と思っていたけど、なかなか条件にあうフレームがなくて、、丈夫だからいいか、と妥協しました。 レンズを薄くするので、出来るまで一週間かかるらしい。ガーン、オスキー(実習試験)に間に合わない、、けど、まあいいか。。 ほんとは、今のフレームが気に入っているから、このままレンズだけ変えてもらえれば良いのだけど、そもそもセルフレームは長もちしないような作りになっているらしいので(お店の人曰く)、残念ですが、こちらはこちらでスペアにします。 - リベラ「彼方の光」 - 2006年02月05日(日) ついに、2月1日発売だったCDリベラ「彼方の光」を買って来ました。 神々しく、そして澄んだ歌声が素晴しいこともあり、商品価値があるからだろうけど、NHKドラマ「氷壁」の主題歌が、放送前から東芝EMIから発売予定になってたのは凄いよな。。この主題歌「彼方の光」は、ドラマの音楽担当者さんが作曲されており、力量ある方なんだなあと思う。 一応、クラシックの声楽コーナーにあるのですが、むしろヒ−リング系と言われるエンヤの音楽に近いんじゃないかなあ。 英語の歌詞が、美しい声にかき消されずに聞こえて来ると、ドキッとする、そんな神々しさ。 ちなみに、店頭にテレビドラマ「氷壁」のサントラのCDのほうは、同じ2月1日発売なのに一つもなく、がっかり。。売り切れちゃったのかなあ。 今は、enya "a day without rain"聴いています。 エンヤはケルトで、リベラはロンドンッ子達だけど、 その他にもコアーズなど、 UKは綺麗な声の方が多いですねえ。 - 「夢追うベトナム人の子ども達二人の選択」(NHK人間ドキュメントより) - 2006年01月30日(月) 昨日見たTV番組より(昨日の夜のNHKは「移民」づいていました)。 日本にやって来て、姫路に住んでいるベトナム移民たちの話。 彼女は、10年ほど前に、 日本の方が将来があるから、と来たという。 ベトナムでコンピューター技師のキャリアウーマンだったのに。 日本では時給700円で自動車工場で働いてる。 こんな国で申し訳ない、と思ってしまう(いや、来た本人の自己責任と言えばそれまでですが。。)。 ベトナムの方がいまは発展性あるんじゃないかなあ。。 (友人も不思議がっていたが、ひと頃より現在停滞しているのかな?) 難民ならともかく、イイ暮しがある、とだけ移民するのは危険だなあ、 と思う。かつては(いまも)、アメリカに行けば良い暮しになる、とアジアから、ヨーロッパから、南アメリカから、人が移住していったのと同じ理屈で、彼女は日本に子供を連れて来たのだ。 現在、彼女は、娘に少しでも良い教育を受けてほしい、と一生懸命働いている。毎日残業、家事は中三の娘がしているという(夫とは、来日後、離婚)。 日本語の難しい言葉が苦手だけれど、娘は学校に毎日通っている。がんばれ!ベトナム語と日本語の通訳を目指しているそうだ。だから、ベトナム語が学べる公立高校(あるんですねえ)に通いたいと、神戸市内の高校(神戸高校らしい)を受験予定だとのこと。 これから、いくつも大変なことが起こると思うけれど、乗り越えてね! ほんとうに、がんばってほしい。 ちなみに姫路には30年前からベトナム難民&移民さんが住んでるらしい。難民受け入れ施設があるから。 そして、市立のとある中学校には、中学3年生に14名のベトナム人の生徒が在籍しているそうだが、うち七人が長期欠席という。 いじめや、家で子守りをしているという理由の欠席者もいるけれど、大半は日本語が十分に分らず、授業についていけなくて休むらしい。切ない。。 中学も十分行っていなかったら、移民の彼らにどんな将来が待っているのだろう? 他にも日本では、朝鮮半島からの強制連行を始め、 中国残留孤児の方々の戦後長く立ってからの引き上げ、 ブラジル日系人の労働力移入など、 国家レベルで人の移入を行なっている。 国家レベルでなくても、自治体などではアジアから花嫁を迎えている。 せめて学校で、そういう人に向け、 「日本語教室」ってやってるのかな、と大きく疑問に感じた。 日本語教室もしないで、日本語わからないからと学校に来ない人を放置する、それも義務教育で、それはどうよ?と感じた。 これから、日本政府は外国からもっと労働力を入れようとしている。 その際にも、もし受け入れるなら、受け入れ側の教育も必要だし、さらにきちんとした日本語教育や、就労のバックアップが必要になる。そこまで政府は考えているんだろうか。 ふと、これを書きながら思い出した。 小学校の時一年だけアメリカに住んでいたが、 移民国家だから当たり前のようにどこの学校にも 「英語を母語としない生徒のための英語学級」があった。 毎日、午前中はそちらに通っていた。 ワークブックでアルファベットから覚え、SVO、過去形も習ったなあ(貝が出てくる中国の昔話を読んだ)。ワークブックは個別指導だった。 その他、クラスで一緒に活動したりして、ホームクラスよりこっちの方が楽しかったなあ。。 それに引き換え、だ。 日本に帰国してみたら、ちょうどクラスにアメリカ人の男の子が転入して来たのだけど、日本語もろくにわからないまま授業中は放置されてたのよ。机に座らされて。勿論、彼は移民の子供ではありませんでしたが。 私自身は、当時は「英語なんて嫌い!話したくない!」人だったので(子安美智子「ミュンヘンの小学生」ご参照あれ)彼に話し掛けもしなかった。勿論、気が合うあわないはあるし、彼と遊んでる人たちは多かったから、友だちがいないとかいうことはなかったけれど、あんなにわからない授業に椅子に座ってないといけない、っていうことは、辛いと思う。実際、すぐ彼は、座学の授業中は本読んだり好きにしてたけど。 でも、私は少しは彼のこと、配慮してよかったのかもしれない。 あと、日本にいる間、彼に日本語の授業があったという話は聞いたこともなかった。一体、それって、どうなんでしょう。。 今、日本で日本語を母語としない人に対して、日本語教育ってどのくらい提供されているんだろう。残留孤児の人たちに対して、ある程度は提供されているとは思うんだけれど。。 少しは、マシになっていると良いんだけど。。 でも、まだまだ、移民受け入れ以前の国です、日本は。多分。 -
|
| ||||