- 2004年03月16日(火) 母とお金のことばかり書いているが、 どうも私は脇目も振らずに働かねばならにようであり、 思うに、今は日本社会が豊かになり、不労所得を得やすくなったから腹も立つのであり、これが戦後間もなくであればみなほぼ必死で働いていたのだから、腹も立たなかったであろう、 つまり、親がそもそも時代が数十年古いのだから、私もそういうモードで生きれば腹も立たないであろう。 あと、母の論法は「お替わりするなら今のお皿をきれいに食べてしまいなさい」なのに対し、私は「寒いからさらに何か羽織りたい、と思っているのに、羽織る暖かい物をあげるから一旦全部脱ぎなさいよ、と言われているように感じる」のである。 さてはて、風邪は相変わらず、鼻がよく出る。気がつけば3月も半ばを過ぎた。 - またまた、お金、と自立の話 - 2004年03月15日(月) 気温が暖かだったのと、夜の家庭教師を休んだおかげで、身体がその分楽になった。 母は風邪を治して頭を冷やして考えろと言う。 でも考えたところでどうしたら良いのさ? 自分の意志で大学にまた入ったんでしょ、と言われるとその通りでぐうの音もでない。でも目標があればなんて言う理想論だけでは人は生きていけない。 必要になれば援助するわよ、という母の言葉は私には額面通り受け取れない。結局ギリギリまで援助したくないだけじゃない、と。 だから怖くて私は働くことを辞められない。スケールは全然違うけれど、会社員の友人がかつて、「わたし仕事辞めたらもう翌月から食べていけなくなるもん、だから辞められないよ−」って、他のやめた子を前にしてだか、やめた子の話題の後だかに言っていたけど、その心境はよく分かる。 わたしの場合、「貯金があるからいいさ!」とばかりに仕事を辞めたり転職もどきをしたりした挙げ句、派手な立ち回り(でもないが)よろしくまた学生をしている訳だが、その貯金も受験勉強中やら大学2年間やらでどんどん目減りして行って(ほんと、既習得単位を認めてくれて暇な教養課程だったら、バイトしまくってたと思う。それもバイトッていうより、派遣でかっちりはたらいてたんじゃないかなあ)、今は単純計算して月4万ずつ崩して行ったら卒業までになくなる計算だ。こりゃあ、教科書を月々しっかり買ってればなくなるじゃないですかなどと思うにつけ、友人同様、怖くてわたしは走ることを辞められない(同等に語れないが)。 まさいてや母は先月、母自身の精神状態が張り子の虎状態の時だったので仕方ないとも思うのだが、資格をつけて働けというのと同時に養ってもらえばいい(学生の間と言う意味?なんだろうか。発言の辻褄を合せようとすれば)とものされ、わたしはなんとも言えないキレかけ圧迫された気持になった。実際それが一番(賢い方法)なのかもしれないし、ケセラセラ、なんとかなるさ、ッて思ってれば気になりさえしないことかもしれないが、なんだかわたしはプつッと来たのである。 と騒いで書き立ててみたところで、果たしてわたしが意固地になっていた自立というのが何のことやら、精神的に大人なのかすら曖昧で(さすがに自分のことを「お子さま」とは言わなくなったが)、自立、そして自律できているのか疑わしい。 というほど肩に力を入れるものではないのかもしれないが、夢を実現しようと頑張っていた友人がある日ふっと「疲れたなぁと思ったら言って下さい」と家庭に入った気持や、別の友人が同じく「生活に疲れた」と結婚し、そのあと自嘲なのかあっけらかんとしているのか分からないが、表面上はあっけらかんとした口ぶりで「家庭内援交だよ」とのたまう気持も分かる(気が)するのである。 しかしまぁ、この国では大学生は親に庇護されてしかるべきと見なされてるんだねぇ、なんだか窮屈なことよ。 - - 2004年03月14日(日) 相変わらず風邪でほとんど眠ってます。 はあ、早く回復したい。 ++ 体調が悪い時は機嫌が悪くなったり気弱になったりする。 私は入力のバイトをしながら目が痛くてたまらない時ケチな親を恨んでいた。新車を買うくらいなら娘の国民保険でも払えと。マシな投資の仕方をしろと。 少し体調が回復したので実家に用があったついでに母にそう言った。 母は、体調の悪い時にいきなりヒステリックに言うなとか、前もって言えとか言っていた。 私はでも八つ当たりしたくて言いたいことを言って電話を切った。 ただ、両親が多少ケチトイウか締まり屋なのはおいておいて、私も親に対して突っ張っている所があるのも事実である。親はだから更にズに乗って(?)娘に援助するとか言いながら、援助しなくて済むものならと多分思っていて、今までのところ一回無理するなと差し出した以外貰った覚えはない。ただ、大学への授業料だけは(これこそ学生が幾つであろうと)親のところに請求書が行くので出して頂いているので、まったく援助がない訳でなく、それについては感謝しているが、私よりずっと年上のお姉さんが親から仕送りしてもらっていたりするのはうらやましくない訳がない。 かといって、コストパフォーマンスを重視して実家から通える範囲の医大に行っていたら(多分2校通える範囲にあると思う)どうかというと、それこそ日々自分を殺していそうで、まぁ幸いにマッチングなんて言うシステムも出来たことなので、出て行くことに対して精一杯爪を研いでいたとは思うが、自分を殺すこととバイトでしんどいのとどちらを選ぶかと言われれば私は後者を選ぶし、後者を選んでいる。 そして同じくまずはコストパフォーマンスを外して考えたとして、入れる大学として東北の某大学を勧められたが、悩んだ挙げ句そこに出願しなかったのも正解だったと思う。バイトがこちらほど都合よくはないだろうし、そもそも季節や好きな時に好きな所にいけるし好きなように人とまじわれる(という錯覚がもてる)こちらに比べてまたもや鬱々としていたであろうことは想像に堅くないからである。 まぁ、その分、南木先生みたく、本の世界に没頭して、違う世界を編み出していたのかもしれない。 というわけで、私は全然成熟していない。イイトシをして親を恨むもないだろうし、 気を使われるべきは多分母なのに。 - - 2004年03月13日(土) 風邪悪化。ほとんど眠ってます 靴下を履かずに寝て足が冷えたのが直接の悪化の原因かと思います。 友人から差し入れようかと電話を貰ったのだけれど 留守電の申し出に お願いしたくてもファックス番号が(電話番号も)分からない 手当りしだいにうろ覚えの番号に送ってみているが 届いているのか間違っているままなのか分からない 前にファックス番号また教えてよと言ったのに 友人は気付かず無視されたので ヘルプを頼まなくてもいいように回復したい それが一番 ++ 幸い、めくらめっぽう送ったファックスのうち一つが友人の手許に無事届いたらしい。友人来訪。ありがたや。ありがたや。 なんかすごく嬉しいわね、こういう差し入れって。 - ああ健康、健康よ - 2004年03月12日(金) 仕事・・目が激烈に疲れる。おまけに鼻をかんでばかりで目と鼻が赤い。昼に目薬を買いに行ってなんとか回復(目薬で疲れ目を癒すなんてホント小学生の時以来だよ!あの頃は効果があるのかないのか分からない治療を受けに学校の近くの眼科に週2、3回も言っていたものだ。。目を赤外線で暖めたり、視力を測ったり、、とほほ。ホントまた目がよくなったらいいなぁ、、) ++ 婦人科健診の情報を一生懸命さがしてみた。分かりにくすぎる!受けろ受けろと言うなら一緒に情報も提供しろ!>アエラ! 検査キットのページを発見。なるほど、家で手軽にできる時代なのね。 ともあれ、情報提供という一点においても、まだまだ医療サービスはビジネスチャンスがある、というか顧客ベースにシフトしうるぞ(怒)。 あと、日本の大学という所は、非常に奇妙な所である。社会人経験者を解く別枠で採っていたり、学士入学制度を設けていたりする割に、年一回の健診は二十歳仕様に出来ている(ように見受けられる)。大学生の年齢は二十歳前後だと決めてかかっているのかね、全く。40歳だからといって癌健診を追加したり、30代以上の女性だからといって乳がん健診をしていたりするという話はとんと聞かない。<やってたら失礼。どうよ、大学。 ++ 怒りついでにあと二つ書いておくと、大学の事務の空いている時間というのも非常に奇妙である。9時から12時、午後1時から5時。窓口をあける時間を授業時間とぶつけるなっちゅーの。用があれば授業抜けて来いッてことかい? 極言すれば、9時から12時、午後1時から3時くらいまでは閉めててもいいから、昼休みにあけろ。あけろっちゅーの。昼休みをずらしてとるとか工夫しろっていうの。 あと、健診を本気でやりたいなら、定休日は平日にして土日に随時実施しなさいよ、と保健所に言いたい。無職者は平日に公的サービスを、有職者は有休取って人間ドッグを受けろッちゅーのかい、全く。 平日の限られた日だけ巡回検診して受診率がどうのこうのって言うなよ全く(怒) - - 2004年03月11日(木) 風邪・・幸い少しマシに。 仕事中・・眠くならず。素晴らしい!ただ、目がすっごく疲れた。 内容のない日記が続いてる(汗)。 ++ 最終回の一回手前で、初めてドラマ「白い巨塔」を見た。こりゃ、面白いわ。先生までが夢中になってみているのも納得。もっと最初から見てればよかった! ++ アエラ、しつこく「負け犬」特集。男性の負け犬記事を入れて計4回。どうもアエラの売りらしい。今回は「勝ち組負け犬」「負け組負け犬」「勝ち犬自慢」をしているのが特徴。っていうか、負け犬だって多種多様だから、単に勝ち負けで測るのは無理。それに、ヤンママは勝ち犬なのか??根本的にこの論争って、限られた層での話になってないか? と心の中で文句をつけつつアエラを読んでしまっている私(ちなみに、妹は3回目くらいで嫌気がさしてもうアエラは読まないことにしたらしい)。 - - 2004年03月10日(水) 今日は日曜日の雪が嘘みたいに暖かでした。 昨日から風邪をひいててちょっと辛いです。 セーターを2枚着て寝てます。 夜間リカバーして昼間はちゃんと働いてます。朦朧としないように注意しますね。 今日も早めに眠ります。 - - 2004年03月08日(月) 3/7 料理オフ(ホームパーティー)大人10人、ちびっ子3人で賑やかで楽しかった。美味しかった。 雪すさまじ。 3/8 暫く忙しいです。どこもそれなりに新鮮です。 朝電車までダッシュして目当ての電車に乗れたのはいいのだけれど、猛烈にお腹が痛くなって結局一旦下車したので遅刻。とほほほほ。 いろいろ思ったりええ?と思ったりしたような気もするのですが今宵はココまで。 - コノゴロ - 2004年03月06日(土) 3/2 実験の染色がうまく行き(THのほう)、写真をとった。興味深い結果だ。写真、今は簡単にとれるんだねー(って昔やったことがある訳じゃないけど、今もよく電顕の写真とかは撮ると暗室で現像してるようで、大変だなーと思っていたので)。スマートメディアに保存すればよく、顕微鏡を覗きながら画面を操作すればオッケー。ちょっと感動。もう一つのほうはもう一度念のために見ることにする。 3/3 特筆すべきことなし。というのは昼間の話で、憧れの(!???)ムーンライトながらに乗った。これが座り心地いいし、全席指定なので怪し気な客もいないし、オススメ。けっこう若い人が多く、半分は女性かな。かなりわくわくした。 3/4 妹のところへ。最初はそもそも、妹と「陸奥に旅行したいね」って話だったのが、旅行のついでに東京に寄ってッたら?という妹の申し出になり、さらにそれのみになり、さらに妹の引っ越しの前になり、引っ越しの手伝いもかねることになったのであった。妹は大体片づけが出来ているようだ。そもそも、非常にシンプルに住んでいるから片づけも楽(我が身を反省)。ほんと、シンプルライフは大切だね。。。とイイ刺激に。 とまあ、余り役には立ってないかと思われるのだが、修理するものは持ち込みしてくれといわれたので、妹と一緒に一つづつ新宿まで持って行ったのは役にたったかな? 東京都美術館のマルモッタン美術館展よし。今までなら陳腐!とかしか思わなかったかもしれないが、ベルト・モリゾという女性画家の作品、世界と調和した感じでいいなぁと思う。 上野の精養軒、眺めよし。 あんかけスパゲッティよし。 友人達から刺激を貰う。 3/5 10時半頃までのんびり眠ってから、妹と佐倉へ。片道2時間かけて行く。天気よし。 佐倉市美術館は非常にこじんまりとしていた。 フランツ・ハルスとその時代展を見に行く。 こじんまりとした展示だが、ゆっくりじっくり見れてよかった。カタログ購入。 お疲れさまでした>妹さま 3/6 明日からまた寒くなるらしい。もうちょっといろいろ見たかったけど、ひとまず帰って来て早速働いてます。 お会いしたいなぁと思いながら連絡取れなかった皆さん、ごめんなさい。またの機会にね(普段頻繁にやりとりして相手の動静が分ってないとなかなか声がかけづらい、ってのは言い訳なのかな)。 - - 2004年03月01日(月) 清潔で安全でなんだかンだいってもそれなりに豊かな国から、 金持ちとつましく生きる人がいる国、安全はどこかあやふやな国へなりつつある、いいことなのか悪いこと何か、 小さくていい。 北欧のように、頭を使って国を作る国にしてほしい。 ++ 染色。 まあまあきれいに染まっているように見える。 封入しないとはっきりとは見えないけれど。 寒の戻り、 数日体重計に乗っていない。怖いよーー。 ++ 明け方、非常に奇妙な夢を見て、「状況的に怖い夢」など口走っていた。追い詰められたりする夢ではなかったし、最高度にコワーい夢ではなかったんだけど。残念ながら内容を覚えていない。 さらに朝寝していて、夢を見た。 双子の中学の同級生が出て来て、1人が自殺したという設定で、わたしはそんなに親しい訳でもなかったのに、その死を克服できていないと、高校の教室で思わず授業中に・・メンバーはなぜか今の同級生が混じっているのだ・・隣の教室に行きその妹にそのことを涙ながらに訴える。もう2年半前のことだよといわれて、ああ、私の一眠りは長いからなぁとこぼす。 不思議なゆめだ。 昨晩は更にプールで水泳の夢。結局泳ぐ前に列に皆で並んでいるうちに終わったんだけど。寒くもなく、しんどくもなく、メンバーはやはり今の同級生が混じってる。ただひとり明確に小学校と中学の時仲良かった子がいた覚えている。 -
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