Wakako's Diary 道すがら記

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- 2004年02月29日(日)

書評メルマガ発行。うっかりしていて書評メルマガが前回の発行から1か月半経っていた。ううむ。やりがいのある形にしたいです。

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感染症恐るべし。鳥インフルエンザはどこまで広がる。

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病気を抱えている人に励まされる私って。。

優しさに包まれて。

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偏差値50の生き方に出している気がしないでもない。
勝ち組に比して。
それぞれ括弧付きの偏差値50と勝ち組。



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京都コンサートホールにて - 2004年02月28日(土)

当方、ごくごくアマチュアのクラシックリスナーです。

昨日、京都コンサートホールに初めて足を運びました。

中世の古城を思わせる階段部分が
螺旋系のゆるい坂になっており、
「あ、これってさりげなくバリアフリーなんだ」と感心。

また、帰りには、
憧れの京都市バスの「臨時バス」に乗ることが出来、
北山から出町柳までノンストップ、所要7、8分という
快適さを堪能いたしました。

曲目の一つの眼目は
全盲のピアノ奏者 梯剛之(かけはしたかし)さんのピアノ伴奏にあり、
柔らかいピアノの音が非常に楽しかったです。
(新京都ライトハウスのオープン記念コンサートだったのです)

そして、何より楽しんだのは、
京都市交響楽団による、
「ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調」でした。
「新世界交響曲」につぐ人気曲になっているんだそうです(<パンフより)。

中でも印象的なのが第ニ楽章と第三楽章でした。
第ニ楽章はまるで朝を思わせる快活さ、
宮崎駿の映画作品のBGMに使いたい感じです。

うって代わって第三楽章は哀調を帯び、
私にはフランス映画の予告編が見えました。

パリの街角
女、ため息をつきながら
「je t'aime, mais... 」
(字幕)私を愛してないのね。。

「灰色のパリ、
男と女、報われることのない愛、実らぬ恋の花が咲く」
斜体で、画面の左下から右上に向って字幕

いい。うん、使えるぞ。

と思っている間に第四章。
トランペットがまるで開城のようです。

これは色鮮やかなルネサンスの城かな??
祭典だろうか??
などと夢想している間に終わり。

・・というわけでイマジネーションを掻き立てられました。

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受付ではライトハウスの職員の方にお世話になりました。
やはり目が見えない方なのですが、
声のする方向を敏感に察知され、顔を向けて話をされます。
複数人と話していても大丈夫のようです。
感覚が鋭くなるのでしょうか。
いわゆる健常者の方が、相手にきちんと身体を向けて話をしないこと多々ありますが(意図的なそらしではあるのでしょうが)。

しかし、お世話になったので、感謝の意味を込めて
お礼を口にしてからおじぎをした時、その方は反応されませんでした。

これだけ感覚が機敏な方なのに、
と思った時、はっとしました。

目が見えないから、おじぎをしていても見えないのだ!

以前、大学の医学概論の授業の時に、
聴覚障害のある先生が来られました。
いいお話だったので、みな、最後に目一杯拍手をしました。

その時、ストップがかかりました。
聞こえない方に対しては、拍手の代わりに、手のひらを見せてふって下さいね、それが拍手になるんですよ、と。

その際と同じ恥ずかしさを味わいました。

まだまだ、幾つになっても、学ぶことや
共感を寄せるべきところに気付くことは沢山あるな、と恥ずかしさと共に
感じた瞬間でした。




(おしゃべり系MLへの投稿と重複)



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et.cetra - 2004年02月27日(金)

いろいろ書きたいことがある

派遣への登録、久しぶりに「自己PRは?」と聞かれ、面喰らったこと、そして疲れたこと(エクセルが特に十分に出来てないなぁって。ワードも以外に落とし穴があることが分ったし)。

心理傾向テスト。

病気がちの親を幼少時に持つこと。

多分それがアダルトチルドレン、というか、子ども時代に十分子どもで着なかった一つの要因だろうな。

でも一番辛いのは本人だろうな。

キャリアプランニングに関わるコストについて。

京都コンサートホールに初めて足を踏み入れたこと、
そのコンサートについて。
梯さんという目の見えない(は不十分かもしれない)ピアニストの演奏。
ドヴォルザークのめくるめく音楽。

いろいろ沸き上がるように書きたいことがある。

差し当たり今はメモ。


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- 2004年02月26日(木)

not so special day today

コツコツ自宅で勉強してるのが好きなタイプかもしれない。

記事より。
乳がん検診、X線撮影対象を40歳以上に 厚生労働省検討会

子宮頚ガンはなんと20歳以上を検討しているんだって。

先日テレビでエビータ(33歳で子宮癌なくなった)見て恐ろしくなり、私も子宮癌検診を受けよう!と思っていたところだから、タイムリーな(??)。。

「同和利権の真相〈1〉宝島社文庫」および「アメリカ以後」光文社新書 (134)購入。


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春眠暁を覚えずして - 2004年02月25日(水)

このごろ眠り過ぎだ。
多分、平均10時間は眠ってるぞ。
大学が始まったらこんなに確保するのはむつかしいぞ(帰って来てから速攻眠れば別だが)、、

ふと、思い出す。

10最年長の友人(お姉さん)。薬学部に通っていた彼女は、病気を抱えながら在学したこともあり、休み期間中になると、ひたすら眠らないと身体が持たなかったという。

私もそうなのかなぁ??

まるで糸が切れた凧のようによく眠っているのは確かである。
眠りをひたすらチャージしているかのように。

そして、まるで現実に向き合うことを避けているかのように。

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国公立大学は今日は前期試験で、
夕方5時頃、河原町今出川に出ると、人の往来が活発で、わくわくした。新鮮だ。
今の大学付近は人通りがそもそもないから、夕方になるとますます寂しく侘びしくなるものね。少なくとも、ふらふらしていて気持いいところではない。保安林を切り開いたというところがますます。田園地帯というのとは違うからねえ。

人の活気がそこそこ私は好きらしい。




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何気ない一日 - 2004年02月24日(火)

今日はひさ〜しぶりにメルマガ「こころ」を発刊。とほほほほ。
これからどういう方向にするか少し考え中。記事の配信にするか?

そろそろ4月に向けてリハビリを、、と思いながら、
今日は8時38分に飛び起きたらもうゴミ回収車が行ってしまっていて、
それでふて寝(!???)してしまった(汗)。

ホントに何しているんだか。

応募書類書いて、久しぶりに左京郵便局まで自転車飛ばしたから、まあいいかな?

こういう、毎日が○曜日状態(勤勉になろうと思えば幾らでもなれる筈なんだが)て、文学部の院生の時みたいだなぁと感心してみたり。

そんな何気ない一日。




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街の大きさを身体で感じて /  研修医のうつ - 2004年02月23日(月)

2/22−23

自転車で久しぶりに下鴨を通った。
きれいで、懐かしくて、新鮮だった。木々が美しいなぁと思った。

上賀茂の向こうまで行って、京都も広いな、と思った。

最近、undergroundばかりで移動してたから。

目一杯、自転車を漕ぎながら、自分の身体で町の広さを感じた。

ちょうど、日曜朝のテレビの「所さんの目が点」で、歩くことの大切さをやっていた。1万歩(2時間半ほど)歩いて300キロカロリーの運動。階段ののぼりなら30分で、自転車は一時間で同等のカロリー消費になるという。ならば乗らない手はない。

この調子だ!春は身体が軽い。

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久しぶりの実験は、手際が悪かった。やでやで、まあぼちぼちいきましょうか。

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時々、このひといじめられたり外されたことないんだろうな、って思うことがある。

時々、このひと、外されないために一生懸命振る舞って来たんだろうな、と思うことがある。

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こんな記事を見つけた。
 
研修医4人に1人、1〜2ヵ月でうつ状態に 文科省調査

ううむ。「労働環境の改善はもちろん、やりがいを感じる仕事を与えるなどストレスの緩和に配慮する必要がある。うつの予防・早期発見が安全な医療につながる」とあるが、その通りだと思う。働く人の健康も、患者さまのために大事だ。


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- 2004年02月21日(土)

今日も春のような暖かさだ。4月中旬相当の気温らしい。このまま暖かくなればよいが、そうは問屋がおろさない。

勉強していてほとほといやになって来た。問題集を解いている時はまあまあ快調だったのだが、どうもきちんと理解できていないらしく、実際の問題となるとからきしダメ。愕然。甘くはない。

コンピューターの方もあちらこちら傷が。。わたしゃこれを5年は使いたいんだ。

デハデハ


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春待ち月 - 2004年02月20日(金)

晴れ。春のように暖かだ。気温も、桜の頃くらい暖かくなっているのではないだろうか。

早速自転車を購入し、乗ってみる。

友人が、私が「文学部」のことを「ブンガクブ」と書くのを、対象化しているのと、愛着を持っているからだと評したが、確かにその通りで、ほのかな、どころか、かなりの愛着をあの時代に抱いている。

思い返せば、文学部のあの薄暗い校舎やそこでの先生、授業、に愛着を持っているより、年齢のことなんか気にしたこともなく(当たり前に、ではないにしても、ストレートに人生は進んでいくものだとどこか思っていた)、自分が若いのは当たり前であり、そして、無限の可能性を抱いている(正確には、無限の可能性を抱いていると思い込んでいた)自分に、私は未だに愛着を持っているのだろう。

が、もう時も経ち、無限の可能性どころか、夢を実現させていってもいい年頃ではないだろうか。

空はどこまでも青いように人生の可能性は無限だと思っていた頃の私は、28才頃には国連の辺りを闊歩しているなどと夢見ていた。

しかし、それは甘い期待で終わり(実際には、何か方向を間違えた努力をしてTOEICやTOEFLでちょっとばかし優秀な点を取るに終わり、その努力は、ちっぽけな語学学校の講師としてまずは小さな芽をだした。次にそれをバネに高校の英語教員になった。そう思えば、無意味な努力ではなかったのだとは思う)、
紆余曲折(?)を経て私は医学部に在籍していた。

しかし、医学部に入るまでがモラトリアムだと思っていたのに、いつの間にか、学生の間はゆっくりで善いと思い始めている。

それは悪いことではないかもしれないし、実際にモラトリアムなのかもしれないが、どこかしら自分に覇気がかけている気がする。

メルマガにしても、これが将来の自分の職につながるかもしれないからと真剣に打ち込む人もいれば、私はものも書きたいだのなんだの御託を並べながら、メルマガはほったらかしにし、種々の無償の努力をしようとせず、ただ日記だけは、それでも内発的原動力から書いている。

ものを書きたい、論理的な思考を鍛えたい、というのなら、書けばよいではないか。

○○になりたい、△△をしたい、というのなら、一歩ずつ行動を起こせばよいではないか。

そうそう、棚からぼたもちは落ちて来ないし、
幸運の女神さまはとても素早くて、前髪を掴むのはとても難しいのだ。

医学部に入り、早くナニモノかにならねばと焦ることを放棄(しようと)したせいで、さらに最近私はあと5年はある、などと思うに至っていたが(気がつけばあと4年か)、もう少し夢に対して貪欲に目標にし食らい付いてよいのではないだろうか。

春だ。暫く、スローペースで過ごしていた。4月からのこともある。そろそろ、復帰しよう。少しずつでいいから。


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心ほどけて春 / 盲導犬 - 2004年02月19日(木)

春のように暖かな日だった。春の足音が、もうそこまで来ている。

こういう日は、心がほどける。

丁度、解剖実習の納棺の日だった。

合わせて、3年生たちは今日が神経系の再試験の日だったとのことで、
みなから解放感が立ち上っていた。

その喜ばしい気を、私も目一杯身体に受けた。

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深夜、勉強しながら、プロジェクトXの再放送を見ていた。戦後間もない時期の、日本初の、盲導犬の訓練の話だった。

犬を馴らすところから、すべてが手探りで、本当に大変そうだった。

ふと、高校の教員をしていた時の英語の教科書を思い出した。盲導犬の話が出ていた。いや、教員の時ではなく、その前、教育実習の時だった。高校二年生の教材だった。

そのとき、私はいかに盲導犬という存在が素晴らしく、そして視覚障害者の手や足になるのか、生徒達が余りにもしらけているのを尻目に、熱っぽく話したつもりだった。必要な存在なんだ、確保されて然るべきだ、と。

そのとき、訓練するハウツーはもう出来上がったものであり、それよりも、必要な人に行き渡らせる方法が欠如しているのだ、そんな思いで教壇に立っていた。私なりに語ったつもりだった。

しかし、それは全く不十分だった。犬をしつけるプロセスがどんな試行錯誤を重ねて培われたものか、それを私は知らなかったのだ。

ときどき目からウロコが落ちる。

この日も、また、一枚、不十分ながらにも、落ちた。


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