Wakako's Diary 道すがら記

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情けなくて涙する。 - 2003年10月20日(月)

電車で寝過ごして2つ先の駅まで行ってしまった朝。

せっかく狙いを定めて還流固定をした生後4日目のラットの切片を切る段になって、ぐちゃっと潰してしまった昼。

おまけに1日目、2日目のも柔らかいので切ったが怪しい。

私の仕事の雑加減と来たら。

締め切りも迫っているのに。

一体どれだけの労力と、そして何より試薬とラットを無駄に遣ったことだろう。

悔しいやら情けないやらで、人目をはばからず電車で涙がこぼれた。

せっかく実験のチャンスを頂いているのに、
先生ごめんなさい、不器用すぎて人選が間違いのようです、
と心の中でいつも謝っています。

せっかくだからある程度まとめた結果も出したいのに。

授業、実験(そわそわと)、そして綱渡りのように移動して夕方からアルバイト。

バカな私。エネルギーをきちんと予測し、配分できない私。

幸い、アルバイトの帰り、友人がファミレスで勉強していて、誘ってくれた。呼吸器の勉強をちょっと。ストロベリーティーが暖かくてとてもおいしかった。心が温かくなった。


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- 2003年10月18日(土)

非常に空が青くて晴れたよき日だった。

今日は人体構造学(血液、リンパ)の試験があった。予め問題も示されていたし、調べてつくっておいた答えさえ間違っていなければばっちり得点できているはず。。

そのあと、切片を載せたプレパラートが乾いたので封入してから、友人と梅田で待ち合わせて美術展を堪能する(見聞録はメルマガbookwormをご覧下さい)。
そのあと、友人はベーシックな形のセーターを購入し、それから一緒に勉強するという当初の目標を達成するため京都に戻る。生協のタダ茶を飲みながら、程よく空いている学生食堂は、3時間でも4時間でもいられて居心地が良かった(少々、ドアが空いていたり換気扇が回っていたりして寒かったのを除けば)。

お互いニコニコしてほころんだ笑顔で過ごせるってのはすごくいい時だ。


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女性性をめぐる問い - 2003年10月17日(金)

修士時代を思い出すと、疲れている時、弱っている時、いまだ涙が出てしまう、先日、そう書いた。

それは何がつらいか、

思うに任せぬ自分の能力(見合った努力をしたのか?)、
孤独だったこと、より正確には、必要な時に必要な助けを借りるのが下手だったこと、
そして、女性性が欠落していた、あるいは充足されていなかったように感じられて泣いてしまう。

それは今もどこか似ていて、
社会的露出度の高い女性(水着になっているとかそういう意味ではなく、社会で活躍しているという意味)は、おそらく、美しく、知的で、プライベートも満たされているに違いない、とどこか私が思ってしまい、

そして自分が望むほど手にしていないことに涙する、悔しくなる、

そのパターンは一緒かもしれない。

しかし、なぜ活躍している女性は美しくて知的で家庭もキャリアもだと
私は思い込むのだろう?

それが自分の理想型だからだろうか?

それが社会の圧力だからだろうか?

確かに、メディアに登場する女性は美しいことが多く、

また、今も女性は「華」扱いされることもある。


私を人間としてみてよ、(人間として、という意味での)女性としてみてよ。

香山リカがあきらめなさい、持ってるものだってけっこうあるじゃない、というように、現状に満足することが解決なのだろうか、それとも手に入れるべく邁進することなのだろうか、

実際には二者択一ではなく、満足しつつ、これというものは手に入れる、

しかしそれでも十分贅沢な望みなのかもしれない。

相変わらず今日も、心が狭いなと思いながらも、

勝手に連想した家庭もキャリアもの美人を相手に涙した私。

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追記

思い出すに、修士時代、学術交流(??)サークルをやっていた時も、
「マドンナ崇拝」があって、無言の美醜の圧力を感じて、
よくいじけていた。

もちろん、美醜にこだわらずに「私にはコレよっ」と前を向いて胸を張っていきていられればそれがベストだが、男性メンバーのうち1人も同意してくれた通り、やはり無言の(どころか夕言の)圧力はあった。

ふと、ありあり久々に思い出した。


++

あっという間に一週間が終わった。

気がつくと明日試験だ。

いつまで私は人の良い個別指導員を続けるのだろう。
予習がいつも膨大に必要だ。

テレビドラマでピアニスト フジ子・ヘミングの壮絶な人生行路を見た。
聴力を一旦損ないながらもピアノと共にいきてきたその半生は、文字どおり壮絶。お金がないので食事は採れない。氷砂糖をかじりながらドイツやオーストリアに滞在し続ける。ハングリー精神というのか、芸術家精神というのか、圧倒される。そして、親子の愛憎激しい関係にも。




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人体構造学、呼吸器に / メルマガ「こころ」 - 2003年10月16日(木)

人体構造学が「呼吸器」に入った。パワフルな授業に乾燥した空気で、何やら目が疲れた。授業中、ノートを取る姿勢も悪かったのかな?

おまけに、疲れた目をなんとか使ってアルバイトの予習(数学)をしたせいか、帰宅後頭がふぉあーとしてしまって、いろいろやらなきゃーと思いながら、まずはむしゃむしゃ梨で水分補給と休憩して、あったはずのプリントを探しているという始末。見つかってよかった、ふう。

授業では「世界を広げよ!」という先生の熱いメッセージに意を強くした次第(勿論、責任あっての行動である、とも仰っておられたが。。汗汗)。

なお、相変わらず、というかますます友人はパワーアップして意欲的に帰宅後勉強しており、このペースについていきたいっ、と切に思っています(祈)。

彼女はきちんとイメージと言葉で理解して把握するタイプだから、言葉面をなぞりがちだった私などは非常に彼女の把握パターンは参考になる。

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昨日、まぐまぐにメルマガ「こころ」の登録許可がおりた。すごいすごい。1日で早くもまぐまぐの登録者が100人を突破している。まぐまぐ恐るべし。まぁ、実際に配信し始めたらどうなるのかわからないけれど、登録者だけ合わせたら、pubzineと合わせてもはや先行bookwormを越えてるよ!?

これは新たな活路の鉱脈となるのか!??

bookwormの方は、内容を刷新するなりコンセプトを絞るなりしていかないと、現在頭打ちという感じ(実際、私自身の読んだ本でここ2号分は出してないし。)

楽しみながら、質のいいものを出し続けたい。






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- 2003年10月15日(水)

今朝は一時間目から授業だったのに、
二度寝して起きたら8時!
おまけに母から電話かかってくるし…
いやいや、心配してくださるのはありがたい。
(時々私の日記を読んでいるらしい。
妹が実家でブックマークに加えたせいに違いない。)

仕方ないので、駅からタクシーを大学まで飛ばす。
(ちょうど、電車とバスの接続が悪い時間なのだ)

午後はスケッチだったので、
みんな念入りに書いていたようだが、
さっさと切り上げてしばらくサボっていた実験の続き。

見たいところの神経線維が染まっているのを確認できた。

ただ、ピークがどこにあるのか、確認するのはまだ他の生後日数のも調べなければ。


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いまだ、過去は - 2003年10月14日(火)

とある場での自己紹介のために、昨日次のような文を書いた。

現在:医学部医学科在学中。
 学業の傍ら、解剖学教室にて指導を受け、科学技術振興事業団社会技術研究
 推進事業の「脳科学と教育」瀬川チーム研究会 の中の、「ドーパミンニューロンの生後発達」の実験を少々させて頂いております。 
 
 その他、趣味で 書評メルマガ【bookworm】
   <http://www.mag2.com/m/0000117685.htm >
 エッセーメルマガ「こころ」
   <http://www.pubzine.com/detail.asp?id=24019 >
 を創刊し、なんらか自分を社会に活かせないか模索中。

 経歴:文学部美学美術史学専攻、修士課程まで修了。学部時代はのんびり
 友人と文芸同人誌を作るノンポリ(!??)学生であった。修士1年目に、
 若気の至りか、「隣の研究室は何をしているところぞ」と多分野交流を目指し、
 同級生と共に学術交流サークル「ポリフォニア」を設立、
 その後3年にわたり月に1,2回のペースで研究会を持つ(現在は活動停止)。
 目標達成には程遠く、
 参加学生の知的好奇心を刺激し、交流を深めるにとどまったかもしれないが、
 他の分野での研究手法を垣間見、議論を活発に行えたのは収穫であった。

 同時に、修士在学中に、人文系の研究の意義とは何ぞやと(研究もろくにしないで)悩んでばかりおり、文献に埋もれるよりも人にかかわる仕事をしたいと思い
(今思うに、研究に携わりながら人に関わっていくことは十分可能であったが)、
 教員免許を取り始め、修士修了後、高校の英語教員に。
 1年の勤務の後、さらにいわゆるフリースクールの非常勤を経て、
 医学部に入学。

++

これを読まれた人はどのような印象をもたれるか分からないが、
私は書きながら、こう書いてみると修士時代ずいぶん活発に(片手落ちながらも)
動いていたように感じ、同時に悩んで(ばかり)いたことも思い出し、
涙がとめどもなく流れ落ち始め、そのまま眠ってしまった(挙句、翌朝寝坊した。苦笑)。

誰しも、思い出したくない過去というのがあると思う。

私の修士時代がそんなに不幸だったかというと、そこまでどん底ではなかったのだろうが(客観的に見て)、相変わらず、疲れていたのもあいまって、涙が出てしまった。克服というか、消化(かつ昇華)できてないなぁ、と。

以前、というより、去年のちょうど今ごろ、鎌倉にて旧知の親しい人に修士時代のことを成り行き上話すことがあった。
そのとき、話を聞きながら、ぽつりと「よほど大学院の(あるいはこのばあいは研究室の、と言い換えていいだろう)冷たさが応えたんだねぇ」と言われた。

それだけではないにしても、
相変わらず過去に涙する私って何でしょうね。

++

あと、日記に数日前元気ではないとかいたけれども、
私はそう日記に書けるのはまだいいと思っている。
というか、すれ違う人には挨拶するように、
元気でない私を出せない場がほとんどである。
それをここで、率直に書く、そして率直にその状況と向き合う、
そういう日記の使い方をしてみたいと思っている。


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実験 / メルマガ - 2003年10月13日(月)

雨が降っていたので、ハイキング、というか、ちょっとした山歩きは中止。

早く起きたのだが、雨に安心して、午前中はよく眠った。午後から暫くサボっていた実験をしにいった。サンプルが少々心もとない。。(大人のラットと違って、見たい部位が未発達と思われる)うまく染まってくれますように!

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新しいメルマガ「こころ」を始める。といっても、「こころ」をテーマにした日記の一部分を配信するもの。仮に始めてみて、発行部数が(これがすべてでは全くないけれど)今度は一月300−500いかなければ、潔く止めて、HPを今まで通り活用することにします。

既存の書評メルマガbookwormの方は、コンセプトを絞った方がイイなと思っていたのですが、その話を寄稿してくれた友人にしたところ、「え?本と美術と映画ってのはどこにいった?」と言われました。人によって広く読みたい人、絞ってこれはこの分野に関しては信頼できる(使える)メルマガだと利用したい人、色々みたいです。

なお、この日記ページから、めるまが「こころ」の登録ができます。






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心の居場所 - 2003年10月12日(日)

心の居場所、という言葉を初めて耳にしたのは、私がブンガクブ・テツガク科美学専攻の院生の時だった。

研究室に、授業でもない限り、行けないんです、と私は言った。
「院生用の机がないから、勉強しにいくってことはできないんです」

「心の居場所がないんだね」
と、返された。

先生は、院生の精神衛生がよろしくないことをデータとしてまとめ、研究報告にされるのだと仰った。

机、心の居場所。もっと正確には、心が取り付くことができる場所。

そう、机があれば、ぽつねんとしてでも座っていられる。むしろ、小学校や中学校、高校では、他に遊んだり話したりする相手のいない子は、机に張り付くように座っていることもあり、それはそれで机が居場所になっていたのだ。教室、あるいは学校の中で唯一(かもしれない)の誰にも譲らなくていい、固有の場所だったのだ。

机にかじり付く、そこを取りつく島にする。

私も一時期、机を取りつく島にしていたことがある。

以前も日記に書いたことだが、
なんだかとても学校生活が空しく思えて(病的というより、この目覚めと言った方が適切な空しさ)、卒業まで何日と机にカウントダウンを書いていた。欠席はしなかったと思う。そういう発想はしなかった。一日一日、数が減っていくのが嬉しかった。早く、卒業したかった。

同じことを、爆笑問題の太田光さんがしてた。彼は高校を早く卒業したくてしたくてたまらなかったのだと言う。同じように、机に座って本を読んでたらしい。友だちのいない高校生だったという。

それが大学に入ってから同じクラスでいきなりコンビをくむ田中裕二さんと出会ったのだから、人生どこで開けるか分からないよ。

ともあれ、これを聞いたとき、私の中学最後の年は、一気に浮かばれた。そんなに強く意識していた思い出ではなかったけれど、あ、ひとりじゃなかったんだな、とほっとしたのだ。

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大学構内にある、学生保健管理センターで、今思えばお喋りに似た診療を受けていた。

追い詰められて涙ばかり出て、資料は集めたけど修士論文がかけません、と初め扉を叩いた。

いきさつなどを時間をかけて聞いてもらい、また、それなら書けるから、今度10枚書いてきなさいよ、と軽くいわれ、次の診療時間に見せてねといわれた。とにかく枚数さえ書けばいいときが楽になり、ノルマをこなすことができた。同時に、やっと筆が動き始めた。

その最後の診察の時だった、心の居場所。


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そのあと、心のケアが叫ばれるようになると共に、心の居場所という単語は時折目に触れるものになっていたのに違いない。

今日もまだ、ちびりちびりと
妙木浩之「心の居場所の見つけ方」講談社(2003/09発行)を読んでいる。

物理的に自分の居場所があればだれも自分のアイデンティティーなんて疑わなくて済むという。疑わなくて済んでいる人、或いは程度が軽くて済んでいる人もたくさんいるのだと思う。

物理的な居場所、取りつく島があって、最終的には自分が自分の居場所になることが大切みたいだけど、なかなか、私は自分の居場所は自分ですって、漂泊の旅人みたいに言えないし、あるいはもっと初歩的に、物理的に私の居場所はここです、ってなかなか言えないよ。

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他人に、この人は安心だと思わせることは大事だ、と今日読んだ箇所に書いてあった。今の私は、人を騙せないという意味では安心だろうけれど、人の心を開かせるほど安心できるやつだろうか?

かつて人の心を開かせるのは私の特技だったみたいで、よくそのように言われたものだが、そのとき無意識に動いていたのは単なる依存症の私だったかもしれないし、そうでなかったかもしれない、そしてそのとき持っていたよい部分を、また意識的に取り戻していきたい。


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マクドナルドのベーコン・レタスハンバーガー - 2003年10月11日(土)

友人が来てくれて、久しぶりに(半年ぶりに)会った。

なんかパワー貰った。

また、叔母から送ってきた洋服が山ほどあったのだけど、
友人が3枚貰ってくれて、とても嬉しかった。

余りにも部屋が散らかっているので、
「片付けたい!」と言われちゃったf^^;
片付けてほしいです、ホントに。

彼女が持ってきてくれたマクドナルドのベーコン・レタスハンバーガが、
さり気ないなりをしていたけれど、
すごくおいしかった。

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また、日記を読んで頂いている同じ立場の方から、昨日の日記について、ご自分のご経験や解決法をメールで頂きました。同じような気持ちや悩みを共有する人がいる、私だけではないんだな、と、とても心強く思い、また、近視眼になっていることから抜け出すことが出来ました。

本当に、感謝します。

気軽に愚痴をこぼせたり、

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悩みを共有できたりすることは、
とても精神衛生上大切なようです。


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元気ではありません。 - 2003年10月10日(金)

率直に書きます。

あまり元気ではありません。

というか、週末で疲れているのも大きいと思います。

新しい学年には、慣れるまでしばらくかかると思います。

出会いがあれば離れていく関係があって自然ですが、
今日初めて、はっと、前の学年のMlからいつの間にか外れていることに気付きました(そのくせ、MLサーバーから広告だけ送って来るのは残っているのが厄介です)。気付くのが遅すぎるけど、ちょっと寂しかった。

前の学年で2年かけて作って来た人間関係を、この後も、一緒に授業を受けていた以前と同じようにとは行かないにしても、宝物にしちゃダメなのかなって。

って同じ境遇(失礼m(__)m)の友人に言ったら、脱会する手間が省けたと思ったらしい。

確かにそれはそうかもしれない。

でも、残る関係は・・どの程度あるかわからないけど・・残るのかもしれない。

とにかく今は、学級では自分から話し掛けない限り、前の学年でも一緒だった二人の優秀なヒメたち以外から話し掛けられることもない。

入学式の後の自己紹介で、以前は教員やってました、って言っただけで「センセ−センセ−」って話し掛けて貰えた前の学年とは大分勝手が違う(当たり前と言えば当たり前だが)。

なんかね、グループに入り切れなくて人付き合い苦手な割に(あまり長時間人といると疲れやすい)、グループという名の情報利益団体に入れないってことが寂しいって言うか、外されてる気になっちゃうって言うか。。
これは今に限らないんだけど。

外れてるのかもしれないし、外れてないのかもしれない。
外れていても大したことではないのかもしれない。
入れて、って言えば良いのかもしれない。

積極的に仲良くしようとしてるように見えるよ−って愚痴を聞いてくれた友人は言ってくれたけど、その実リターンは今のところ少ない気がする。

ともあれ、新しい人たちと

どこが良いバランス点なのだろう?

ここは勉強する場所、って割り切って、プライベートの空間は別に確保している人もいるけど、私はそこまで強靱じゃない。

相変わらず、小学校のころから悩んで来たことに悩まされている。

悩まなかったのは、、中学1年の時と、ブンガクブの学部時代かな(苦笑)。高校の時はシャットアウトしてたからある意味悩まなかった。
ブンガクブね、ちょっとはあったけど、変に噴出しちゃったことが(繰り返すけど、あのときは本当にありがとう)。そういう意味で、温泉ぬるま湯パラダイスでした、大学時代。

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などなど友人に弱音を吐いていたら、

いまは学校が生活の全てになっちゃってるのでそのきつさはお察しする、
ほかにも世界はあるさ、と思いつつその世界にも居場所はあったほうがいい、ジェネレーションギャップでは、地道に話し掛けるのが一番では、

と暖かいお言葉が。。

ありがとう。

てなわけで、読書やメルマガその他、他の世界を持つことは、私の心の支えの一つなのです。お願いです。余り頭ごなしに批判しないで下さい。
一つの活路として見て下さい。




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