Wakako's Diary 道すがら記

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年間100万円生活はまだ遠く。。 - 2003年08月03日(日)

暑い。お昼、ふとラーメンを食べたくなってラーメン、お腹が空いているように思えてさらにライスと餃子とセットにした。さすがに途中でお腹が一杯になった。

予備校のフェローは今日は結構質問があった。学習法とか、そろそろ切羽詰まる頃なのかな。進路をつかみ取ろうとしている受験生を相手にしているのは楽しい。

一週間分くらいたまっていた家計簿をつけていて、ぎょっとした。
先月こんなにお金を使っていたとは!これじゃあ年間100万円生活どころか240万円生活だよ!

朝、1リットルのお茶のはいっていたパックを再利用して、お茶のパックを1リットルの水に入れて、1時間おいてから飲んで水だし100万円生活だの胸を張っていたのに。。

去年のくれごろだったか、以前同額を学生で一人暮らししていた友人が一月つかったといってかなり落ち込んでいたのを思い出し、その時軽く流してしまったが、今、その気持ちが良く分かった。


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- 2003年08月02日(土)

蒸されるように暑い。

研修病院の説明を見ていて、名古屋辺りはものすごく手当てが良いことが分かった。月収50万の病院がごろごろある。そのかわり、こきつかわれるんだろうなあ。同じ研修指定病院でも2倍以上格差もあるみたいだし、当直もあるところとないところがある。あと、明記していないけれど、年齢による差別もあるらしい。うげげ。
それから、やりたいことがはっきりしている人は、例えば病理学会の認定研修指定病院だとか、そういう基準で選ぶことが必要になる。

手当ての良いところに行けば、確かに臨床は収入が良いといわれるのも分かるような、丁度折り込み広告で大学の最寄り駅のもう一つとなりの駅から2キロほどの分譲宅地の案内がはいっていた。宅地800万円から、最多価格1300万円。これなら、2年働いてがっぽり貯金すれば家も立つわな。


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いよいよ8月。 - 2003年08月01日(金)

いよいよ8月。再来週か、あるいはそれ以降になるかもしれないが、実験を再開できる予定。今日はいよいよ妊娠ラットを発注し、届くまで暫く待機。新たに御指導していただけることになった。新生児はものすごく小さいらしいので、固定が難しいだろうから、緊張する。固定がうまく行けば、蛍光二重染色ができる。実験がうまく軌道に乗ることを祈っているし、うまく乗るとしたら非常に楽しみな作業である。

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夜帰宅して、やけに身体が火照るなぁと不審に思っていた。どうやら、日焼け止めも塗らずに大学から昼間に歩いて駅まで折田のが聞いているようだ。暑かったんだなぁ。


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またまた夜なべ仕事。 - 2003年07月31日(木)

当初、愛宕山の千日詣でに行こうと友人と約束していたのだが、翌日に差し支えてもなんだ、ということで取り止めに。でも、午後のバイトに行く時、爽やかな青空に無性に歩きたくなり、暫く素朴な商店街を歩きながら、バイトが終わったら行こう、と思う。しかし、コースタイムを見ると4時間はかかりそう。夜、5時から6時に登り始めたら、下手したら頂上につく前に暗くなってしまう。今日は人がゾロゾロ登っているだろうから安全かもしれないが、足元が見えないのは困るので結局断念。

同じく断念した友人と結局何をしたかというと、集まって家内工業宜しくオークションにまたまた出品。手分けして写真を撮って、説明を書いて、アップして、と友人宅で5、6点、私も自宅で数点アップした。

ほんとは、今日中に部屋を片付けてスッキリさせてしまうつもりだったのだが、手がつかない。

こういう単純(?)作業は、ホーソン効果よろしく、人目があるか、共同でやるかした方がいいみたい。


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物に振り回されている私 - 2003年07月30日(水)

今日は物に振り回されているなぁと反省。

そもそも昨日、クレジットカード会社の明細を見て、予想以上に使っていて衝撃を受けたのだ。私がお小遣いとすべき額の、甘く見ても3倍、実際は4、5倍は使ってるんじゃなかろうか。

という訳で、出費を差し控えようと思ったのに、昼間ショッピングセンターに行き、インテリア用品を見て、可愛い柄のクッションカバーが安くなっていルのを見て友人のお祝がそういえばまだだったからと購入。さらにカバーだけではと中身のクッションも購入。かなりのボリュームだ。

さらに、気にいった柄のファブリックがもう売り切れていたので、同チェーン店を求めて京都駅の地下街へ。そこでも雑貨屋さんがバーゲンをしているのを見て、おっとコレはあの子の誕生日に、コレはあの子に、などと買ってしまう。

帰り道、満足感を越えて私はみじめな気持ちになっていた。またこんなに物を買って、またこんなに物を増やして、と。

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買い物依存症というより、足りないと困るという飢餓感が強く、すぐ充足させようという傾向と、自由に物を買うことで、高校生まで、物を自由に買えなかったことへの補償をしているんだと思う。

一番下の妹の時には親たちは気が効くようになって月々お小遣いを与えていたが、上二人の時には、そもそもお小遣いなんか渡そうとしなかった。十分必要なものは与えている、と思ったのかもしれないし、或いは、父も母もそれぞれに自分のことで忙しく、子どもに与える小銭のことなんかに気が回らなかったのかもしれない。

小学校の高学年から中学生と言えば育ち盛りである。
服もどんどん小さくなったりする。ぱつんぱつんやつんつるてんは避けたい。
流行も、追う気はなくても少しは気になる。

そういった娘心は完全にムシされ、妹も私も、時々機嫌の良い時に服を買ってもらうか、或いは、欲しい服を自分でデザインするか、どちらかにだった。そう、その頃私は、家庭科で身につけた技術を引っさげて、生地を買って(確かにそのお金は母がくれた)、フレアースカート(結構簡単だった)やジャンパースカート、セーター、カーディガン、ブラウス、ワンピースを作った。ギンガムチェックの半袖ブラウスは今もあって、2、3年前に、さすがに母がいい加減そろそろ処分しようか(!!!!)などと言い出したが、私がまだまだ大丈夫だからとっておくといって止めた。今も、ある。

妹の方は、大学に入ってからせっせと良い生地を買って来てははじめの頃、スカートなど作っていたらしい。挙げ句、大学を卒業してから服飾の専門学校にも入ったが、その頃になるともう、自分の着るものを作って、ということはしていなかったんじゃないのかなぁ。。

だから、経済的に早く自立したかった。高校生の時、妹の前で母親に「早くひも付き財源は卒業したい」と食卓での会話で言ったし、母も笑って「じゃあそうしなさい」と答えた。

ところが、また不思議なもので、母は若い頃の靴で未だに玄関の靴いれを一杯にしているし・・以前妹と全部だしてみた時、30足くらいはまだまだはけるのがあって、びっくりした・・家を立てた時、2畳くらいの広さの両親専用のクロゼットもつくったのだが、そこもまた服や帽子やスカーフで溢れている。もう一生着ないのではという服も何十着とあるに違いない。若い頃の服が上質でまだあるというのに加え、しょっちゅう母の姉が要らない服を送って来るので、増える一方なのだ。

そして、それは私も同様で、山のように服があり(それがセンスよく揃えられているかとか、着こなしがイイかとかは別にして)、そういう風景を子どもの頃から見なれて来た。

おまけに、文学部時代、ゆっくりゆっくり自分好みの服を揃え、センス良いというお誉めの言葉を一部の固定ファン(!??)から頂くようになっていたのだが、院生の時に火事に遭い、それらを一瞬にして無くしてしまった。私が読みためた本も一瞬にして灰に帰した。阪神大震災や、遡れば戦災、関東大震災、あるいは個別の火災、それらに遭遇するとこうなるのだ、ということが身にしみて分かった。ただし、震災や戦災と違ったのは、あくまで個別だったため、周りの人から有形無形の援助を受けられたことである。家電、家具、洋服、居候先、楽しい企画、、、どれだけ助けられ、励まされたことだろう。

そして、また私は少しずつ集め始めた。時に昔の思い出の服を再び手に入れることを望むように。

話が横にそれるが、この時、大学生協の火災保険を全額支給して頂き、これは、決してマンションの購入資金の頭金にしてはならず、自分の力を世に還元するために使うべきだ、と強く思った。そして、大学院を出る時、これを新たに学ぶ学費に当てようと思った。
それはともあれ、モノに振り回されていてどうするのだ?

変な飢餓感と、あるのが当たり前という既視感が入り乱れている。

おそらく、飢餓感や焦燥と関係なく、必要なものの量はある程度決まっているのだろう。自分が卒論で大切にされるモノが芸術作品であり、モノを振り回してはならないのだ、とハイデガーを読んで書いたのが・・そしてそれは、詳しいポイントは忘れたが、良い着眼点だと評価されたのは・・皮肉である。

モノに、振り回されない自制心が必要なのだろう。


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家内制手工業のように - 2003年07月29日(火)

夜、オークションに出品するために友人の不要品を写真撮影、横で友人が説明文を入力。
あと、びっくりしたことがあった。朝写真を撮って出品したばかりのスカートが、午後、すぐさま売れてしまったのだ。友人にその話をしてオークションの商品説明を見せたら、写真がいい雰囲気を出している、商品説明文がうまい、すぐ売れたのも納得といわれた。
ちょっと嬉しいので、記念にオークションのページをアップ。

ここ数日、オークション以外は余り頭を使ってないなぁ。文学賞も柱を立てただけでほったらかしだし。まぁ、束の間のんびりさせて頂きましょう。

ただし、部屋の片づけだけは、メドを立ててやっておきたい。

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画像はこちらをクリック

サベナsabenaのロングプリーツスカートです(サベナは、イエナなどに置いてあるブランドで、上質で流行に左右されず来年も着れる服作りをしているブランドです)。/プリーツは前面のみで、すっきり着ていただけます。左脇でファスナーで開閉するようになっています。ウエストには飾りでリボンがついており(写真2枚目)、結んだりそのまま垂らして揺れさせたりなど、場面に応じて着こなしが楽しめます。お色は淡いベージュ(生成り)で、生地(レーヨン76%、ナイロン16%、リネン8%)にはわずかに光沢があり、上品な感じです。サイズは38(9号相当)、実測でウエスト64センチ、丈は75センチです。日本製。今季新品タグ付き、定価は13000円です。出番が無いので、きれいなうちに、どなたか着ていただける方に。特にご希望がなければ定型外普通郵便(送料240円)でお送りします。よろしくお願いします!

(追加)/裏地付きです。全く透けませんので、ご安心下さい!あと、生地の光沢は、控えめですが、サテンのような感じです。よろしくお願いします!


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- 2003年07月28日(月)

特筆すべき事柄なし。オークションに新たに3点出品。ただし、全般的に、バーゲンシーズンだし、他を覗いてみても、良い品でお安くても余り入札が無いようだ。

お昼、鮭の切り身の塩焼き、野菜サラダ、味噌汁、雑穀入りご飯。夜、焼そば。一体自分で焼そばを作るのは何年ぶりだろうか?10年ぶりかもしれない。美味しかった。

家庭教師は数分遅刻したと思って謝ったら、生徒さんが開始時間を30分あとだと思っていた。



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夏休み列車 / オークション - 2003年07月27日(日)

夏休みの週末の電車は面白い。青春十八切符を使ってムーンライト列車に呪うとしていると思しき大学生のグループ。職場か、勉強会などのサークルの集まりと思しき、男女のグループ。同数ではないし、媚びようとする雰囲気も少なく、気楽なリュック姿のものや、きれいな麦わら帽子とペイズリー柄のロングスカートの者もいるから、気のあう仲間が休日を利用して近郊に出かけたのだろう。見るところ、年齢は30半ばから20半ばまで開きがありそうだが、皆独身のようである。笑顔が眩しい。
普段、通勤や通学、週末も近郊へのお出かけのものが多い電車だが、青春十八切符を使ってどこかに行こうとする学生達の会話、松山だとか、新潟だとか、ちりばめられる地名、ああ、この電車も今日は晴れの舞台なんだな、夏休み列車だな、と思う。

晴れがましい夏休み列車、晴れがましい笑顔、眩しい、ようやく来た梅雨明け。

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先日なくなったと嘆き悲しんだカーデガンは見つかった。某所にて洗濯物と一緒になっていた。出て来て良かった。
あれ、b.c.stock見に行ったけど完売してたし。
なんせ、4年もののベージュのカーでが、愛用し過ぎて薄くなってて(汗)
冷房よけに余り役立たなくなってるんで、
生地のしっかりしたベイクルーズのおニューが冷房よけには丁度良いのだ。

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友人が、何やらネットオークションで落札し、配送は宅配、支払いはみずほエムタウンで、と指定されたらしい。商品説明にはそんなことは特に言及されてなかったらしく、こっちの都合は聞かんのかい!と一挙にカチーンときて「職場の都合上郵便局くらいしか使えないんで小為替はだめですか?銀行なら振込み1週間は先になります。あとリスク覚悟で定形外で」とお願いしたらしい。そのあと、2ちゃんねるのヤフオクのスレッドをみたらしい。まああるわあるわ、「何で指定してるのに他のでお願いって言って来るんだよ!」ちゅう叩きが。
彼女は、そんなに非常識か?取引は双方向性のもんだろがと腹を立て、そんなに自分の都合で取引したいなら「それ以外をご希望なら入札お控えください」て書いとけよ、と思ったらしい。指定が必要だというのは同感である。

確かに、宅配を使いたがる人はいる。多分、郵便局で重量を量って定型外にするより、コンビニで送料を気にせず出して着払いにする方が、予め送料を計算して請求するより楽だし、おまけに夜中でも出せて楽なんだと思う。
良心的な出品者はリスクはあるけど定型外で送ります、
それが困るなら宅配で、とする人が多いように思う。
実際お取り引きしていても
落札者で宅配希望者はごく少ない(サイズがさほど大きくなくて両方選べる場合、高価なジバンシーのバッグと、なぜか古着のジーンズの時しか宅配希望者はいなかった。あとはみんな定型外。そりゃ、安く落札してるんだから、みんな送料抑えたいだろう。あと、切手支払い希望者も予想外に多い。だって銀行の払い込み手数料だと、口座を持っていない銀行だと210円かかるところが、切手の送料の80円で済むもんね)。

あと面白いのは、その友人はディオールやギャルソンなどのスーパーブランドかフリマの極安ねらいなのに対し、私は結構ほどほどのお値段で程よく良質な商品が好きだということだ。結局、普段通勤や通学、日常において、小奇麗に着れることが私には大切だもの。


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- 2003年07月26日(土)

ビデオ3本を観る。

「クレイマー クレイマー」:
ずっと観たかった待望の一本。お父さん頑張ってる。朝ご飯から手作りだ。夜眠る前に子どもに本も読んでやっている。出て行ったお母さんの出て行く理由も、仕事がしたい、自分の人生を生きたい、というのが真相だったと思うのだが、時代を感じる。
ともあれ、裁判になって、母親が勝つのだが、父親が仕事を辞めさせられたり結うが子どもの学校の先生と話すための遅刻や子どもの熱のための早退だったと知り、結局引き取らないことに。お父さんの熱意が伝わった。

「カッコウの巣の上で」:
刑務所での労役を逃れるべく精神病院にやってきた主人公が、無気力な周囲の患者達を見ていやになり、脱走しようとするが、失敗し、重症患者(?)になってしまう。細切れに見たせいか、精神病院ものというより、別のテーマがあるように感じられた。
あと、なぜタイトルは「カッコウの巣の上で」なのだろう?

「アメリ」:
これも待望の一本。黄味を中心とした画面に、赤や緑がうまく配色されて、非常に画面の構成がきれい。アメリ旋風と言われたのも分かる、小洒落たかわいらしい作品だ。
テーマは内気な主人公が現実との接点を持とうとするプロセスなのだが、これに関しては、少し描き方が弱いような気がした。現実と言うのが、カフェで働きはじめることであっても良いと思うのだが、ここでは、なぜか駅の構内でハートがビビッと来た、同じく内気で想像の世界に遊ぶ青年、ニノとの恋愛を成就させることからなる(同じテーマを描かせたら、アニメと実撮という違いはあるが、宮崎駿の方がずっとうまく描くだろう)。
お互い気になりひかれあいながら、追いかけっこのような過程が続く。その歩みの中で、お互いの性向や気持ちが十分解ったとでも言うのだろうか、最後、言葉や思想を交わしあうこともなく、余りにイージーにベッドインで、ちょっと物足りない。いや、フランス人にとってはベッドインが恋愛の成就とでもいうのだろうか?

砂糖菓子のヌガーのような映画。



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都市のヒートアイランド化 ・ 文学賞 - 2003年07月25日(金)

夏の平均気温,大阪(29.0)が那覇(28.7)を抜いて全国一らしい。
挙げ句の果てに,今まで日本になかった熱帯性のキノコまで市中に自生し始めているとか。

ヒートアイランド現象が起こり,その暑さを解消すべくさらにエアコンを付けてさらに戸外に排出される熱量が増えてしまう。悪循環だという。

エアコンを使わなくていい仕組みを考え出す必要がある。

たとえば,雨の水を貯蓄し,少しずつ蒸発させることが出来る,保水剤を含んだ道路がある。ふつうのアスファルトの道路が50度になる時,この保水剤を含む道路は38度にとどまるという。ただし,効果が持続するのは降雨以降3日間で,コストが二倍かかるという。

トータルで観た時コストが結果として安くつけばいいのだろうが,どうしても近視眼的に物のコストはとらえられがちである。

川にビルの熱を放散されるシステムもあるらしいが(効果的なのかどうかよくわからない。川の温度が部分的に上がってしまうから),全国で6つしかないという。

まだまだ知恵を使う余地はたくさん残されているし,知恵を出し合っていきたいものである。

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母にそそのかされて何となくその気になり(母がいうには,私の日記をつなげれば直ぐ原稿用紙400字詰め50枚になる,という。確かに量としては50枚は十分書ける量ですが。。),昨晩親しい友人には文学賞に応募すると宣言したものの,いったい自分が何を書きたいのか,全く判然としない。つまるところ,何かしておこう,書いておかねば,という気持ちに引きずられたと言えよう。

高校生位から書きたいという欲求はあった。ただし,高校時代に書いたファンタジーは,大学に入って友人に読ませてかなり文章力のある人とお見受けしたとほめられたものの,それ以上書くことなく,頓挫した。抱えていたテーマである言葉と,そして容姿(母と妹との関わりの中での物語でもあるのだが)についていえば,大学院時代,自らが主催していたサークルで発表する機会を得,滔々と話すことが出来,いささか区切りがついた感がある。というか,むしろ,水村美苗「私小説」では,うまくその一部を描き出しているし,容姿については,松本侑子の「巨食症のあけない夜明け」が既に書き表している。
自分なり,他の女性なり,女性についてのドキュメンタリーであることが今回の賞の条件である。自分のことより,おそらく,母について書いた方が,深みがでると思うのだが,そこまでの度胸は現在ない(林真理子の「本を読む女」は良かった)。

いったい私は何を書きたいのだろう?

5月に,ふとめにした他の文学賞の案内を見かけた時も自らに問うたことである。

しかし,何かまとめて各作業をしよう,そう思っていることだけは事実である。

いかに読み物として読めるものが書けるか,それが勝負である。


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