Wakako's Diary 道すがら記

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- 2003年05月24日(土)

5/23
指導教官の先生が一週間ほどお休みされていて、それをいいことに(?)ますますスローモードの一週間だった。でも、そろそろ論文も読んで向上を目指そう。。

共同実験センターの器機を初めて利用して切片を作った。余り皆知らないから使ってないそう。嬉々として借りにいったのだが、しか〜し、借りるとメンテナンス代としてクリオカットの場合、一回500円なり。メンテナンスする職員さんがおられる。ふうむ。ということは、講座で持っている機械は、自分のところでメンテナンスできることが前提なのですな。
一回500円の割に、標本はがたがたの切片になって余り意味のない作業となってしまったし、意気消沈。何がいけなかったのだろう?切り方がまずい?それとも標本が劣化している?

5/24
風邪がまだ抜けなくて、部屋の片づけを(せねばならぬと思いながら)余りする気にならない。よく眠る。



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喜捨 - 2003年05月22日(木)

はじめて、周囲での前評判も高かったドラマ「動物のお医者さん」を見ている。獣医学部の話なので、試験とか、研究室とか、身につまされる。試験の結果で名前を張り出すところだとか。一緒にドキドキしちゃう。岸田今日子のおばあさん役は適役だと思う。スッゴイ笑える!今まで見てなくて損した気分!

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今日は5月2日以来実に20日ぶりにラットの脳の還流固定を行なった。まぁまぁうまくいったかなぁ。ラットの体重はおよそ305グラム。なお、ラットとマウスの価格表によると、マウスの方がはるかに安い。ラットの4分の1か5分の1くらいかな。ちなみにマウスの一番安いもので一匹500円なり。貴重りんこ。

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地下鉄の駅の切符売り場の前で、昨日の朝、「電車賃がたらんねん。20円持ってない?」と尋ねられ、20円渡した。代わりに12度数残っているテレホンカードを貰った。つかわないかなと思ったが、いいことをした気分になり、一日のスタートが気分よかった。

今日も、同じ時間に地下鉄の駅を通りかかると、昨日と同じ格好をしたオジサマがいた。私の顔を見るなり寄って来て、「また電車賃がないねん。220円もってない?」と尋ねられた。ホームレスに違いない。
今日は私は立ち止まりもせず、手を降ってないよと示して通り過ぎた。そもそも、「また」というけど値上がりしてるし。。

それが良かったのか悪かったのか。少なくとも悪いことをしたような気はしなかった。おそらく彼は、そうやって誰彼となく声をかけて、お金を手に入れたらならば、電車賃ではなく、100円のおにぎりニ個などを手に入れているのであろう。

彼が余りにも毎日声をかけて来たら駅員さんか、はたまた警察か市役所に私は苦情をいうのだろう。今のシステムでは行政が、ホームレスが目立つ地域では対策を行なうことが普通のような感じである。

以下は、あくまでも個人的な考えなので、きちんとした宗教感や宗教団体への理解に基づいたものではないことを予め断っておく。

ふと、イスラムでは、信仰の中に貧しい人への喜捨というのが含まれていたことを思い出した。だから、医療も寺院に付属していることがある。

仏教でも、そういう考えはあるのではないだろうか。実際、奈良時代の皇后で仏教の考えに基づき、慈善施設である施薬院を建立した。

京都には沢山寺社仏閣があり、多くのお賽銭を人々は備えるが、のみの市をやったり、健康を祈って炊き出しを年中行事として行なったりすることは聞くが、ホームレスに炊き出しというのは聞いたことがない(あるのかもしれないが)。そういったことは、コストも人手もかかるし、参拝者を増やす訳ではないから、しないのだろうか?
でも、ノミの市よりよほど宗教の本質に近いのではないだろうか。

寡聞にして私がそのような行いを知らないだけなのかもしれない。

もちろん、だからといって、宗教団体の自発的な行為に任せれば済むといいたいのではない。ただ、その方が、駅の切符売り場で声をかけられるよりは、はるかに人もお金を喜んで「喜捨」あるいは「寄付」するのではないか、そう思ったまでである。

あのホームレスの男性をまた見かけることはあるのだろうか、そう思いながらキーを叩いている。


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波乗り - 2003年05月21日(水)

気温のアップダウンが激しく、月曜日いったんよくなったと思いきや、またなんとなくぐずぐず風邪ひきさんです。みなさんも気をつけましょう。

今朝はとても夢見が悪く(夢見が悪いと大体このごろ寝坊します)、なぜか小学校のときの面子が出てきて、私も小学生で、体育の授業で私だけ何かができなくて、夢の中で大泣きしていました。目が覚めてみたらそれは夢だったのだけど。

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昨日は午前中、病院に行った。
このごろは、あまり落ち込んだりしませんが、疲れてくると、思考が飛んでると思うんですけど、なぜだか死にたいと思ったりしてしまうことがあります、そういうときには、早く寝るようにしてます、私はそういった。

そういう時、先走ってる、って思うかとたずねられ、私は「はい」と答えた。

先生は、言った。「本質的に欝は疲れだから、眠って休息をとるってのはいい。よく性格と関連付ける人がいるけど、あまり性格が几帳面だからとか関連付けないほうがいい。波乗りみたいに、自分の調子をつかむことです」と。

自分の調子を見ながら、休んだり、作業したり、前に進んだりしていくこと。

「前に進め」の信号を出すことしか知らなかったら、体も心も休めなくて悲鳴をあげる。いろいろな信号の出し方を知ること。

そして、疲れたとき、全か無の法則みたいに他にすべがないかのように「死にたい」と思う必要は実はない(思いつかないからこそ、本人は困るのだけれど)。疲れたり、うまくいかなかったりしたとき、すぐgive upというか、思いつめずに、他にも方法があるんじゃない?と落ち着いて考えられること。自動思考の回路から抜け出すこと。

波乗り、視点をちょっと変えてみること。

ゆっくりゆっくりでも、前に進んでいくこと。


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修理  - 2003年05月20日(火)

たったの6000円(!!!!)で復活したvaioクンは、快適である。以前(3年前か?)、同じようにハードディスクがおかしくなったとき、製造元のソニーに修理してもらったが、そのときは7万円もした。それを思えば、桁が違うということは、製品となったときやメーカーでの修理が人件費ということでいかにコストがかかる(商品に上乗せしている)かよくわかる。なんだか、まともにパソコンを購入したり、修理するのがばかばかしくなってきた。ちょっと腕があれば(そのちょっとの腕が問題なのだが)、自分で簡単にできちゃうものね。

修理といえば、このvaioクンと同じくやる気なく一日置いておいた自転車を、やはり動き回るにはあったほうがいいと、修理に持っていった。ちょっと夕日に照らされて晴れ間が出ていたおかげか、日曜日にどうしようもなくボロ自転車に見えたのが、少しまっとうに見えたから修理に行く気になったというのもある。

持っていくと、おじさまが優雅な手つきでいったんタイヤの中のゴムを外してからタイヤにまたかぶせてくれた。そして抜かれてしまった空気入れのピンを差し戻し、空気を入れて、元に戻った。それからピンの上にゴムのカバーをかけておしまいだ。

「おいくらですか?」
私は尋ねた。おそらく、前回そうだったように、今回も「ぴんはプレゼントします」と、ただで直してくれると思うのだが、いつもいつもお世話になっているし、見事な手つきに私はすっかり感心したし、修理代を払いたい気持ちになったのである。

「そうだなぁ」と考え込んでからおじさんは「じゃあ、100円だけいただきます」と言った。
「ありがとうございました!」と私は100円渡し、おじさんは「気をつけて乗ってね!」と私を見送った。

こんなぼろぼろの自転車、下手すると、お店によっては修理に持っていったとき「買い換えたほうが安いですよ」と言われる。でも、ここのお店は、若いお兄さんも、おじ様も、決していやな顔一つせずに直してくれる。だから、信頼して、いつもお世話になっている。

こういう、「技術」って大事だな、とつくづく思う。

まぁ、肝心の私のほうは、相変わらずちんたらとやっていて、いい加減、ラットの脳の切片をきれいにマッピングしたいのだが。。


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LAN生活 / 殻 - 2003年05月19日(月)

ふふふ。ついにジャンクと化していた私のvaioクンが素晴らしくもよみがえり、windows meを搭載した6ギガのマシンとなった。そして、研究室の自分の机に大学用の私専用パソコンが置かれ、LANにつながれ、ちょっと調べ物をしたいときやメールを書きたいときに簡便に使えるようになった!ふふふ。家のadsl接続のiBookよりやはりLANは速い。自分で組み立てられると修理も安価に手軽にできていいですなぁ。。いやはや、今まで雑な扱いをしていたのが申し訳ないくらい、素晴らしくカムバックした。

というわけで、この日記も現在大学の5階の部屋で書いている(染色の待ち時間なり)。うれしいなぁ♪

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書き漏らしたこと。

金曜日の夕刊を読んでいて、桜井淳子さん結婚、とあって、ちょっとびっくりした。何に、というと、彼女の年齢が30歳だったことに。なんとなく、ドラマ「ショムニ」のまま、彼女の年齢が27歳くらいでストップしていたのだった。時間がたつのは早いなぁ。。自分のことも棚に上げているけど。。(汗)

このごろよく、自転車の悪戯に遭う。昨日も、やられた。自転車のタイヤの空気入れの部分のピンを抜いてあるのである。おかげでタイヤがぺちゃんこ。もう5,6回やられた。このごろ撤去されることはなくなったけど、代わりにタイヤがさいなまれている。
ただ、本体ももう7年は乗っていて(早い!)かなりがたが来ていて、いいかげん、まだ乗れるんだけど、鍵もぎいぎいいってるし、どうしようかなぁと、やるきなく鍵をつけっぱなしでアパートの駐輪場においている。

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勝手なもので、子どもは人の顔色を伺ったりせず、よく笑う、のびのびとした子に育てたい、なんて思うが、自分のことを顧みると、よく笑うかもしれないが、時にそれは必要以上に笑っていたこともあったし、無表情だと小学校の時担任に言われたこともある。親は精一杯愛情を注いでいたのだと思うが、それでも私は母親に叱られるのが怖かったし、ある年齢以上になるまで、親に胸襟を開くどころか壁を作って覗かれまいとしていた(それは何も親に対してだけではなく、ほとんどの人間に対してそうだった)。

殻を被っていた。

自分は理解されない、と思い、同時に、自分を守るために殻にこもっていた。

だから、自然に道ばたで人とすれ違うように、肩の力を抜いて人と関ってこれなかったのだと思う。

肩の力を徐々に抜くことを知ったのは、大学に入ってからだ。

むしろ、抜き過ぎた面もあったかもしれない。ナニカを成し遂げると言うことにおいては。

ただ、ようやくここ2、3年で、自分が必ずしも特異な部類の人間ではないことが・・大学在学中から少しずつ感じていた感情が・・腹の底におさまって感じられるようになって来た。

普通で平凡だ。

ある意味、なんら向上心がない思いかもしれないが。それは。

被っていた殻は何から私を守ってくれていたのだろう?

自分の世界にたゆたうことを保証してくれたそれは、同時に、
私を色々なものから遠ざけることにもなったのではなかろうか。良し悪しは別として。

少しずつ折り合いをつけて生きていく。

一つずつ、決して特別なことではなくても、
一つずつ生きていく、時にそれは滝にダイブするようなものかもしれないが、
その一つ一つが、かけがえのなく、そして貴重な歩みなのであり、
そして、その一つ一つの結果が、ナニカにつながっていくのだろう。


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- 2003年05月18日(日)

昨日の朝から咽が痛く、悪寒が。sarsじゃないかと脅えてみたりしたが、大分良く眠ったり、葛根湯を飲んだり、医薬品の咽飴を舐めたり、暖かいハーブティー(ローズヒップ)を飲んで喉を潤したりしているうち、日曜夕方の今、大分良くなって来たようである。おかげで、まともに本を読んだり出来なかったなぁ。用が終わるとすぐうとうと眠ってしまうんだもん。

解剖のご献体法要行事のために、実家から式服を送ってもらう。

今日は余り食欲なし。
昨日は夕食にマーボ茄子、筍炊き込みご飯、味噌汁。マンダリンミカン。手を動かし始めると結構楽なものです。ただ、余程疲れてる時は、めんどくさいというのを越えて作って余計疲れる気にならない。何ごともほどほどか。

という感じで、余り中身のない今日の日記。体調はいい方がいい。

要らない服を処分しよう。。。



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住宅地の中を、道に迷う - 2003年05月16日(金)

今日はスライドグラスを脱水透徹封入し、カバーグラスを載せるだけだったので(カットする機械クリオカットを他大学からの研究者さんが使っておられたので新しく切片を作る作業を来週に回したため)、午前中早々に退出した。

歩いて駅まで向った。新しい道を開発しよう、かつ、ショートカットを、なんて思ったのだけど、やけに一里山(大学近くの住宅地の町名)は広いなあなんて思ってたら、ぐるぐる回ってたみたいだ。

昼前の小学校の横を通ると、体育館裏があって、そして、中からバスケットボールをつく音がした。横の運動場でも授業中だった。校庭側に向けて、時計の針が11時をさしていた。

こんな時間に、こんなところを歩いている私ってなんだろうと思った。
ここの住民でもないのに。
異邦人(エイリアン)。
ここにはここの生活があるが私はここに住んでいない。

瀬田、というか、一里山あたりは、実は私の実家付近に似ている。分譲宅地の庭付き一戸建ての住宅地、都市計画があるんだかないんだか、くねった道、ところどころ緑地、宅地開発前の昔からの人家、アパートやマンション。
年月を経た住宅の庭は、緑が溢れ、季節の花が色とりどりに咲き誇り、洗濯物がはためき、見た目には心が安らぐ。
それでも私はここのは住もうとせず、大学から距離をおいている。なぜだろう?
結局、大学から心理的に距離を置くこと、もう一つ世界を持つことを優先してるんだろうな。

なんてことをつらつらと考えながら歩いていた。
さすがに、予定外の一時間近く、30分なら疲れなかったほどの荷物を持って歩いたので疲れた。

帰宅してから、思いっきり2時間近く眠り、復活。

夕方から大阪のテアトル梅田まで映画を見に行く。ついでに新しい化粧品を試したりして幾つか買った。

映画はくらくらしました。ケン・ローチら監督の短編にノックアウト。


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- 2003年05月15日(木)

ラットの脳の切片を免疫組織化学法を使って染色しているが、なかなか適当な濃さにならない。今日も、狙いより濃くなってしまった。私の手技がまずいのか、はたまた、実際に濃すぎるのか(今日は計算間違いはしていないはず)。最後、屈んで一生懸命切片をガラス棒で拾っていたら、ちょっとした作業なのだが、肩が凝って気持ち悪くなってしまった。肩凝り大敵。帰宅後一眠りして、今復活したところ。

村井理子「ブッシュ妄言録」(ぺんぎん書房)・・笑える。それとも、笑え、、ない?


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- 2003年05月14日(水)

雨降り。首尾よく家庭教師をゲット。ただし、化学の計算問題が特に苦手とのこと、しょっ中、免疫組織化学染色で一次抗体の希釈倍率を間違えている私だから、要注意です。明るい素直そうな子で良かった。

過去に嫉妬しても仕方ない。今を、これからを、生きる。

オークションに出した眼鏡が予想外の高値で売れてラッキー。パソコンリニューアル代(詳しい方にパーツを交換して新生してもらっている)にします☆


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グラビアの好きなわたし - 2003年05月13日(火)

カテキョを新たに始めたいな、と思い、学生課に向っていつもはチェックしていないアルバイト斡旋情報のファイルを繰った。あるある。今日の日付けの求人、それも職員さんによれば私が到着前に届いたばかりの、ぴったりな家庭教師の求人が。ツイてる。

早速アポをとり、明日伺うことにした。

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今日は「アメリカ「超帝国主義」の正体」(小学館文庫)を読み終えると共に(この筆致は結構好きだ。ただし、私自身一次資料にあたっているわけではなく、この著自体、筆者なりの解釈なので、ひとつの指針にするのが良いのだろうが)、同じ著者の「タリバン」(光文社新書)を読み始める。

今日もサウジアラビアの首都リヤドの外国人在留地区で爆破事件が起こったし、国際情勢から目が離せない(少なくとも上記の読書により、正確な知識をえたかどうかはさておいても、より意識を向け、理解しやすくするだけの効果があったとしよう)。

同時に、前々から通信販売のカタログが好きな私は、この頃グラビアに飢えていて、空いている時間に「MORE」6月号を買ってしまったが、どうもWITHの方が(恋愛や家計に関しては)まだ記事を書いているスタンスが好きだ。自分を持ってる女性が輝いてるとか、そういう記事の方が私には受け入れやすい。MOREの方は、合コンでのモテ服の分析とかしていて、それはそれでおそらくある程度のニーズがあるのだろうし、それ以上に、潜在的に、ちまたで何となく喧伝されているよりも「(合コンに行くであろう/合コンを必要としている)恋人のいない女の子」がいっぱいいると言うことを表しているのだろうが、どうもねぇ、合コンてそんなにいいかねぇ、一度にひとり、落ち着いておつきあいできる人がいれ売いんじゃないの?という疑問、もてるのも大事かもしれないが、より大事なのは、周りの人やつながりがある人とうまくやっていくコミュニケーションスキルじゃね〜の?という大きな疑問はさておいて、まず人間、第一印象が大事だとか言うのはある程度は分かるし、こざっぱりとした格好は接する人に好印象を与えるのも分かるのだが、
服だけでねぇ、人間モテるもんじゃないですよ、って気がして辟易した。また会いたいかどうかとか、会って一緒に過ごして楽しいかどうかとかは、服で差し当たり気が惹けたとして、それとは別のカテゴリーの話でッせ、などと心の中で突っ込みを入れる。それでも紙面の大多数を占めるグラビア的な部分は楽しく見てしまう。あと、着回しとかコーディネートの部分を参考にするという感じ。メイクの「着回し」も所要時間まで載ってて面白いけど、ファンデーションとかはかっ飛ばして掲載してて、ちょっと不満。

まぁ、何も考えず、「あ、きれい」「いいな」と思ってみられるのがグラビアのよさ、ただ、物欲が刺激されるのが難点。

帰り、駅まで歩いて、ちょっと脇道の川沿いの桜並木がいきいきとした緑になっていて、木陰が気持ちよかった。


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