Wakako's Diary 道すがら記

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カテキョ日和 - 2002年08月05日(月)

家庭教師三軒。
順序的に楽だった。

途中、家庭教師中にふと悲しくなって泣きそうになったりとか、
電車で空に泣けてきたりとかしたけど、
最後のお家で元気をいっぱいもらった。
(ついでに梅ジュースまでいただいた)
古文と漢文の解説をして、充実感もあったし。




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東西新風堂 asian taste old furnitures 大阪・江坂 - 2002年08月04日(日)

昨日は、友人と、同じく友人のデザイナーが勤める、大阪・江坂のインテリアショップへ。江坂で下車するのは初めてだったので、ちょっとドキドキした。
あいにくデザイナーの友人は不在だったが、なかなかなこだわりのあるお店でした。友人は名前を「真子」というのですが(おそらく年下のバイトの人たちにも)「真子ちゃん、真子ちゃん」って呼ばれてるのがなんか凄く微笑ましかった。
HPはhttp://www.bekkoame.ne.jp/~tomoo-kです。ランチ・喫茶もあります。御覧遊ばせ。

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午後から仕事に行って、思うように受注がとれなかったが、声は意外に出たので良しとして。。
帰り、土曜日でがらんどうの大阪のビジネスビル街を歩いていると、街灯と車のライトで照らされて、まるで人工の廃虚みたいだった。

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今日は、午前中新快速にのっているとき、空が青いのが妙に恨めしいくらい、泣きたくなった。どうしてひとりなんだろう、とかまた思ってしまって。大阪までの道のりが妙に長く感じられた。

友人とランチして、いい刺激を受けた(また昨日や今日みたいに年の近い女友達といるとそう悲観的ではなくなったのだが)。仕事のこと、楽しいこともたくさんある、とか。休日のビジネス街は整然としていて好きだ。

そのあと仕事に行く予定だったのだが、妙な悪寒がして、のどの調子も悪いので(電話は声のトーンが上がるので声帯に緊張を強いるらしい)、またまた休ませてもらう。帰宅して、また数時間眠りこけた(体調不良なのか、それとも逃避しているんだろうか?)。

この変な孤独感から脱するためには、もう少し気分が落ち着くことが必要なのかなぁ。。Oh my god!!!!!!


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宝くじの呼び込み、その他。 - 2002年08月03日(土)

昨日は宝くじの呼び込みのバイトをした。
炎天下どうしよう、と思ったが、割に曇りがちで、時々夏の雨が降り、割に楽だった。4時間だから、声のだし方がなれてきたなぁと思う頃終わり。

派遣さんと銀行さんの連絡がうまくとれていなかったみたいで、銀行さんは売り出しの最終日だと思ってたみたいだけど。

とにかく、お腹も違和感があるし、
そのうえ吐き気がしたらまずいと思って、薬は飲まないで行った。
休憩を多くとれたので、覚悟の割に楽だった。

しかし。。あれで時給で、交通費さっ引いても1240円でしょ?
それで呼び込む効果があるんだろうか。
「サマージャンボ宝くじ好評発売中です!
本日は大安吉日、ぜひこの機会にお買い求めください!」ってば、
下手な呼び込みしといてなんだけど。。
学園祭みたく、とりあえずやってますと主張することが大事?

あと、高槻でやったんだけど、道をけっこう聞かれた。
全然分からなくて答えられなかったので、
土地カンがあったほうがいいなぁって思った。
(高槻は、ベッドタウンって感じで、雰囲気が京都や大阪よりもむしろ八王子とかに近い印象を受けた)

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とうとう、朝になって、母が「スナップ写真ない?明るめの。」と言った。
今までの何となくを脱して、
ついに親戚に見合いのはなしを本腰を入れて頼む気になったらしい。
してやったり、と言う感じだ(にやり)。

前の日に「お願いだからzweiだけはやめてくれ」と言ったと思ったら。

いや、自力で、あるいは日常で自然に出会えればいいのですが、
すくなくともフツーの出会いおよびその他紹介が今まで不首尾であり、
かつ日常において出会いそのものが期待しづらい以上、
出会いの一環としてお見合いもよかろうと。

見合いを親に頼んで「してやったり」なんて思う私も私で歪んでいる面があると思うが、6年くらい前?に大蔵省だか法務省だかの人のはなしを勝手に親が「ワカコは学生ですから」と断って以来、私の意向も聞かずに!と、恨みがつもっているのである。

まぁ、イイトシして親も何もないのであるが(そして肝心の親は周囲の猛反対を押し切って結婚している)、結局、娘の私も決してマシンではなく、さびしいだとかつらいだとかいう感情や、結婚/育児したいとかいう自然な気持ちがあると親に認めさせたいんだと思う。

この期に及んで、親に認めさせるも(あるいは裏を返せば親が認めないといけないということも)ないわけなのであり、苦笑を禁じ得ないのであるが。

ま、趣味。お見合い。って、まあいいか。

いいですよ、3月に台湾の写真館でとったイブニング姿のやつも提出しようじゃんよ。

で、どうも雰囲気として医療系を当たるつもりらしくて、
超忙しくて家庭を顧みる暇もない(しかし大和撫子と結婚したい)
外科医とか、そういう方を紹介されるのでしょうか???
うーん。いやいや、目を肥やすのもよかとですよ(汗汗)。

竹内久美子さん言うところの、「口下手な理科系男」って方々も存在しているはずなんですが。。(でよほど、名詞持って研究室めぐりでもしようかと思ったりもするんですが)

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テレビで「実録福田和子」を観た。すごいね。動物的によく生き延びてきたと言うか。










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お休み - 2002年08月02日(金)

昨日は午前中は家庭教師に行く。
一昨日の夜から薬の副作用(だと思う)で吐き気がしたので、
午後からは仕事を休んだ。
だいぶん眠り、休んでよかったかなと。

それにしても処方された薬は副作用のむかつきがきつい。
食欲なくなる人もいるんですよ、といわれ、夏バテもあるのかも知れないが、その通りで、体重が順調に(?)減ってくれるではないか。
ダイエット効果は嬉しいけど、一緒に処方されたむかつきを抑える薬がまたむかつくのよ。吐き出しちゃったもん。薬かえてもらわなきゃ。。


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あれれ? - 2002年08月01日(木)

気付いたらいつの間にか日付変更線をこえて八月に。

夏も本番、早いものだ。

よい八月となりますように。


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どうやって精神的に安定をはかるか。 - 2002年07月31日(水)

下訳にもなってないような付箋だらけの状態で
カルテの翻訳を出し(渡して)、
ふとスケジュール帳を見ると、なんと。
異様に詰まっているではないか。
東は滋賀県から西は大阪まで、各種バイトが。。
(JR西日本のアーバンネットワークじゃあるまいし。。)

うげげ。

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昨日は、物凄くひさしぶりにK大病院に行った。
カルテを見ながら、5年ぶりですね、と言われた。
夏休み中のせいか、5年前と比べ、待ち合い室の様子は大分穏やかになっていた。思いつめた表情の人より、わりに穏やかな表情の人が多いのである。

3分ならぬ、5分診療でだったが、
・突然泣ける
・過眠(これは思い起こせば去年からで、
語学の授業中であっても先生の真ん前で寝ていたものである)
・考えの固着
ということから投薬を受けた。
薬が効きはじめるまで、2週間程かかるそうだが、
早速副作用の方は感じて、ちょっとムカムカした(副作用をやわらげる胃薬を舐めて飲まなかったため)。

まぁ、容量の限られたお弁当箱に変ないれ方をしているのを、
きちんと詰めるためにお薬は有効なんだと思う。


学校のこととか、いろいろ、無理にがんばる必要はないけど、
自分が力を十分に出せるためには、
実生活でも精神的に安定することが必要だな、とつらつらと思った。

今の学校入ってからだけでも、去年の前期試験のこととか思うに、
(逃避も入ってるけど)力をいい形で出せているとはちょっと言いがたい。


カウンセリングを受け始めてから2年以上になるし(9月に終了する予定だったが、継続した方が良い気がしている)、必要に応じて薬物治療を利用したり、十全かは良く分からないが、必要に迫られるうち、結構専門的ケアを受けるようになっている。

問題は。。これらの専門的ケアを含め、「実生活」をどうやってより精神的に安定したものとするか、である。

いい仕事をする、あるいは今の私が学業を続けるにも、
精神的に安定することが必須である。

お弁当箱の中を、ほどほどに御飯とおかずが入るようにすること。

これが特効薬、なんてことはないと思うが、私みたいな人に肯定されることが重要な人間は、自分の精神的な安定と充実した生活のためには、
身近に支えあったり理解し合えたりする人がいることが重要な気がする。


と母親に言ったところ、
「あんた分かってるじゃない」といった。 
ただ、もう少し気楽に、と。

うーん。

そうかもしれず、そうでないかもしれない、
そして、「自分の手に入れたいものは手に入れる」自己実現の心理学、
あるいは林真理子的(失礼)欲望マシーンであるよりも、
フランクル的に自分に人生とその使命は与えられている、と思うべきなのかも知れない。

が、少なくとも、御大層ではない私は
自分の望む生活に対して、アンテナは張っておこうと、思った。


うーん、しかし、人はすぐにはゲットできないから、
まずは精神的安定か。



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2002年夏⇔1996年初夏。 - 2002年07月30日(火)

1996年の5月29日は、greatな日だった。いや、dreadfulな日だった。

(以下、続く)




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ひとり。 - 2002年07月29日(月)

他の人はこんなことは気にせず、
私がどん底を見てしまうからかも知れないけど、
一人でいることの恐ろしさは、
つまり見ている人がいないことの恐ろしさは、

いつのたれ死しても誰も気付かず、
そしておかしくなっても、自己管理がしっかりしていない限り、
気付くのがおくれてしまうということである。

誰かといると楽しいとか、プラスになるとか、
あるいは安心感があるとか、甘えられるとか、

そういうこと以前に、

一人でいることは、

どこか生命の危険と裏腹で(だからといって人といれば安心だと言い切れないのだが)、

それが一番恐ろしい。


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お母さんへ。 - 2002年07月28日(日)

(後で)


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親の承認/チャンスが与えられる時のために - 2002年07月27日(土)

今日も、バイトの帰り、京阪特急の中で涙がぽろぽろこぼれてこぼれて、止まらなかった。
何に泣いているのか分からなかったけれど。

涙がこぼれてこぼれて止まらなかった。

(以降かきかけ)


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