a Day in Our Life


2007年06月24日(日) 薔薇。(亮雛)


 ふわり、と薔薇の香りがした。

 およそその人のキャラクターには似つかわしくない、むせ返るような妖艶な。けれど錦戸にとってはこれほど彼に似合いの香りがあるだろうか、と思った。
 「村上くん、香水変えたんや」
 「お?亮はやっぱり鼻が利くなぁ。そやねん、最近薔薇の香りに凝ってる言うたら知り合いの人が薦めてくれはってな」
 「でもこれ、女性用でしょ?」
 聞けば短く数回、瞬きをした村上が、よぅそこまで分かるなぁ、と呆れたような表情を作る。それともそう思えるほど香りがきつすぎたのかと気にする村上は、豪傑なのだか小心なのだか分かりにくい。恐らくはそれが彼にとっての常識であり、マナーなのだろうけど。
 「違うよ、なんとなく。勘で」
 だからあっさりそう言ってやると少し安心した顔になる。
 女性用のその香りはしかし、嫌味ない控えめな匂いを放っていたから、こんな風に締め切った室内で近づいて嗅ぐ事がなければ、他人に対して嫌味には当たらないと思えた。そこは村上の事だから、量もきちんと調節して、むやみやたらにその豊満な香りを振り撒いたりはしない。
 自己主張は強いけれど、押し付けがましい訳でもない。それは村上の印象そのままで、そこが嫌なのだとも、錦戸は思う。
 「知ってた?俺も最近、薔薇は気に入ってるねんで」
 もともと薔薇という花も香りも嫌いではなかった。錦戸の好きな女性のタイプに薔薇は割りと近かったからかも知れない。色気は必要不可欠、美しいのもいい。残念ながら家庭的なイメージはないけれど、この季節、一般家庭の庭先に咲いているのを見かけることも多いから、庶民的であるとこじつけてみてもいい。
 姿は艶やか、香りは妖しげ。
 他人を巻き込んで惑わすようなやり方は、村上にも少し似ていた。だから薔薇の香りに包まれると、まるで自慰行為をしているような気にもなって、そう考える自分はどれほどマゾヒスティックで、イカレているんだろうと錦戸は思える。
 「ねぇ。その香水、俺にもちょうだい」
 年下の顔をしてそう強請ってみたら、えぇ?と言った村上は、それでも人のいい顔で、
 「それはええけど、同じグループで同じ香水つけてるって言うのも変やない?」
 と至極まともな事を言ったから、錦戸は、にやりと笑ってみせた。
 「逆に、利用すればええねん。同じ香水つけてたら、浮気してもバレへんやろ」
 横山くんに、と囁く声を吹きかけると、逡巡したのは僅か一瞬で、瞬間的に損得を計算したらしい村上が、錦戸以上に悪い笑みを浮かべる。
 「亮はホンマにずる賢いな」

 近づいてくる村上から、先ほどよりもっと強烈な、薔薇の香りがした。



*****
薔薇の香りのする雛ちゃんてどうなんでしょう?

2007年06月22日(金) 古式微笑。(倉雛)


 「なんちゅう顔しとるん、おまえ」

 「え、何が?」
 驚いた顔でそう問われても、その意味が分からなかった大倉は、逆に自分が驚いた。今、自分は何かおかしな顔をしていただろうか。
 「自分で気づいてへんの?ひどい顔しとるで」
 「だから、何が」
 今が本番中で、目の前にモニターでもあればすぐに確認を出来るのだけれど、生憎ここは本番前の楽屋だった。周りではメンバーが好き勝手に寛いでいる。特に目の前では、村上が無邪気にボールを蹴っていた。
 最近は忙しくて大好きなサッカーを出来ていないのだと、それはただのゴムボールだったけれど。気を利かせたスタッフが置いていったものを楽しそうに玩ぶ。そうやって、この人は本当に体を動かすのが好きなんやなって、そんな事をぼんやり考えていた。
 「やから、それや」
 少し苛ついているようにも見える錦戸は、あえて直ぐに言葉にはしない。何で気づかへんの、くらいの高慢さで鼻から息を吐いた。
 「鏡、ある?」
 「…もう、ええわ」
 仕方なく自ら確認をしようとした大倉の素ボケを受け取って、錦戸は今度こそ大きなため息を吐いた。
 読んでいた雑誌から目を離して、その時の大倉を見たのは単なる偶然だったのだ。別に何かを感じた訳でもない。何をするともなく隣で寛ぐ大倉は目の前の村上を見ていて、その顔が。
 ひどく大らかで、
 ひどく穏やかで、
 ひどく優しくて、
 ひどく、
 愛おしい顔をしていた、だなんて。
 そんな顔はそうそう出来る訳じゃない。ただ素敵なだけではないのだ。
けれど、そう言ったら大倉は、何だそんな事、と僅かに笑った。
 「違うよ。これは、俺のキャラやもん。ええんか悪いんか分からんけど、そう笑うとええよって言われて」
 気がついたらそういうキャラ付けをされていたのだと笑う。曰くアルカイック・スマイルと呼ばれるもの。たおやかな、慈悲深い。大倉がそんな風に笑うようになったのはいつからだっただろうか。きっかけは歯列矯正のブラケットを見られるのが嫌で、だから口を閉じて、微笑むように笑うようになったというだけだったとしても。
 「亮ちゃんは感じすぎやねん」
 本当にそうだろうか、と錦戸は思う。
 本人が気づいていないだけなのだ。いつもの微笑い方とは違う、もっとあたたかくて、血肉の通った。爽やかなのに生々しい。錦戸ははっとしたのだ、それほどに。
 だから。
 「まぁ、そういう事にしといたるわ」

 気づいていない大倉には、教えない事にした。



*****
三大微笑。

2007年06月11日(月) 似非レンジャー。(緑→紫(←赤))


 「意気地無し」

 一言、それだけ吐かれた言葉に顔を上げる。意気地なしだなんて、久しぶりに聞いた。それが自分に向かって放たれた単語であることに、グリーンは少し驚いた。
 「驚いた?やって、意気地なしやん」
 瞬きをする間も惜しんで真っ直ぐにこちらを見やるパープルは、怒っているようにも、軽蔑しているようにも見えた。ならば彼はいったい何を蔑んでいるのか。頭で考えようとしたグリーンのそれより速く、正直な胸がちくりと痛む。
 「何で逃げたん。レッドと俺の前から、さっき何で逃げたんや、おまえ」
 ちくちくと痛む胸の疼きが、その時一層痛んだ事で、パープルは間違っていないのだと知った。そして今また顔を歪ませたパープルが、怒っている訳ではなく、実は傷ついていたのだと知る。
 レッドが握った手の温もりが、まだ残っているような気がする。
 ”もう、ええやろ”と彼は言ったのだ。ずっと前からきっと分かっているのだろう、と見え透いた顔で。好きだ、と言うより早く、より感情的な体温が、パープルの皮膚から体内に浸み込む。珍しく茶化す事なく真剣な眼差しが、真っ直ぐに向かってきた。咄嗟に誤魔化そうとしたパープルを尻目に、解いても振り払っても、レッドの腕が懲りずに絡む。まるで逃げる事を許さないように、そうやって、それほどに彼の想いが本当なのだと知れた。
 だから、逃げるようにしてその場を離れてしまったのだ。
 だってその時のグリーンに、他にどうする事が出来ただろう?今まで聞いた事のないレッドの真剣な声に、気圧されるようにして、逃げてしまったのだ。
 だから、縋るようにグリーンを探して顔を上げたパープルが、そこにはいないグリーンに気が付いて、悲しげな表情を向けた事も彼は知らない。
 「俺、は…」
 何か、言わなければならないと思うのに、何を言えばいいのか分からなかった。
 ごめん、と言うのも違う気がする。でもごめん以外のどんな言葉をパープルは求めているのだろう?ごめん以外のどんな想いを、パープルに伝えたいのだろう。
 「…やっぱり意気地なしや」
 澱んだ目でひとつ瞬きをしたパープルは、大きなため息を吐いた。
 「もしおまえが俺を好きなら、黙って抱き締めたらええ事やんけ」
 いっそそうして欲しいかのように、パープルはそんな事を言う。そう言われたグリーンが、いったいどんな言葉を返せば、彼は満足するというのだろう。
 「それすら出来んおまえは、どうしようもない意気地なしや」
 それでも、嫌いにはなれないのだと思った。
 幻滅はしても嫌悪する事はない。それが彼の弱さだと詰っても、優しさにもなり得ると知ってる。
 レッドの想いに応えられない事と、グリーンに想いが届かない事。自分にとってどちらがより辛いのだろう、とパープルは思った。思って、ひどく泣きたくなった。今ここで泣き喚いたら、きっとグリーンはまた困るに違いない。だけど、決して困らせたい訳ではないのだ。パープルは、ただ、
 「ただ、好きなだけやのに」
 「…え?」
 「俺はただ、パープルが好きなだけやのに、やけどそう言ったらパープルは困るんやろ?レッドとどっちを選ぶ事も出来へんのやろ?」
 実際どっちを選ぶん?と問い詰める事も出来たけれど、グリーンはそうはしなかった。だから本当は、告げるつもりもなかったのだ。正に目の前のパープルが、自分の言った事を棚に上げたままぽかんと驚いて、考える顔をしたから。
 「困る…困るけど、」
 「けど?」
 毅然と背筋を伸ばしたパープルは、けれど折れる事はない。

 「でも、嬉しい」
 晴れやかに笑った。



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和歌山公演初参戦記念。

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