a Day in Our Life


2005年06月28日(火) てのひら。(安雛)


 「ヒナちゃん。頭撫でてもえぇ?」

 質問のような、確認のような、そんな軽さで聞いてみた答えの代わりに、村上くんは黙って大きな瞬きをした。それは珍しく二人っきりの車内で、邪魔する人も見咎める人もいなかったから、そんなことが言えたのかも知れない。
 「…えぇよ」
 日頃の安定したテンションより少しだけトーンダウンした村上くんは、言って軽く頭を差し出した。それきり黙ったその頭にそろそろと手を伸ばす。ゆっくりと触れた髪の毛は、最近えらハマりのサッカーをするのに直射日光を浴びるせいで、記憶よりも痛んでいる気がした。クセのある髪がごわごわと手の腹に触れて、けれどその感触が無性に嬉しくて、ドキドキしている心臓を認めた。
 タクシーの安定した振動に揺られて、時折互いの体が少しだけ大きく傾く。飽きずその頭を撫でながら、戯れに時々テンポを変え、時々髪に指を絡めた。
 されるがままの村上くんを横目で盗み見ると、黙ってフロントガラスの先を見つめて、なぜ急に頭を撫でようと思ったのか、聞こうか聞くまいか、考えているのかも知れなかった。もし、なぜそんなことをするのかと聞かれたら、こう答えるつもりだった。
 「ヒナちゃんはいつも人の頭を撫でるけど、撫でられることがないから。ほんなら俺が撫でてあげたいなぁ思っただけやねん」
 内心で答えたつもりが、つい口をついて出たらしい。上目遣いで見上げた村上くんと目が合った。
 「アカンかった?」
 駄目押しのように確認すると、いや、えぇよ、と短く返って来る。視線を落として。代わりに甘えるように、頭がもぅ少しだけ傾いたから、それが肯定だといいように解釈した。
 「まさかヤスに頭撫でられるとは思てへんかったけどなぁ」
 呟いた声は少し弾んで、それが欲目でなければ村上くんは、気持ちよさそうに目を閉じて。嬉しそうに笑ってくれた。



*****
頭を撫でる人。

2005年06月08日(水) 牽制。(亀+亮)


 「先に言うとくけど、」

 意味ありげに口を開いた錦戸を見上げた亀梨は、黙って続きを待った。
 「あの人に手ぇ出したらタダじゃおかへんで」
 言われた言葉は予想の範疇だったような、それでいて晴天の霹靂くらいの唐突さで、それはそうやってあからさまに釘を刺してきた錦戸への驚きだったかも知れない。だからと言ってはい、そうですか、とあっさり頷く訳には行かない。
 「何それ、それは俺個人に言ってんの?」
 それとも、と亀梨は言った。もちろん、と笑った錦戸の視線が舐めるように亀梨を捕える。
 「どっちもや。おまえのグループのメンバーにもよぅ言うとけよ」
 「あの人はエイトのものってこと?」
 「そぅや、」
 そもそもあの人、と呼ばれた先輩がそんな風に二人の間で取り扱われる”モノ”ではないのだけれど、まるで流行りモノのように誰もが欲しがっている状況は、当たらずとも遠からじだと思えた。だからこそ錦戸は今、亀梨に向かい合ったのだろうと思う。だから、
 「自分だってNEWSと掛け持ちしてるくせに、偉そうに言えるわけ?」
 錦戸にそんなことを言われる筋合いはない、と思えたのだった。中途半端に二つのユニットを行き来する彼に、まるで上から目線で言われるのは負に落ちない。もちろんそれが彼の意思によるものでないことは分かっているけれど、そんなに大事なら、なりふり構わず四六時中、一緒にいればいいでしょう?
 だから、と錦戸は同じ台詞を繰り返す。だから、それが。含み笑いに似た笑い方で亀梨を見る。まるで余裕と自信に満ちた、その微笑い顔。
 「だから、俺はあっちの監視も兼ねて掛け持ちをしとるってことや」
 あっちはあっちで目ぇ離されへんからな。分かるやろ?と錦戸は笑う。エイトのメンバーは甘いとこあるねん。危機感として、あっちの状況を分かっとらへん。やから、俺が見張っとるんやないか。
 「…そぅだったんだ」
 挑戦的に向けられた視線を受け止めた亀梨は、無意識にぶるりとひとつ、身震いをした。武者震いだったかもしれない。自分たちはこれから目の前の彼と、その後ろに控える人たちを相手にしていかねばならないのだと思った。勝てる見込みがあるのかないのか、それは分からなかったけれど。だからって不戦敗はしない。
 「そう、覚えとけよ」
 二十歳を期に随分と変わった印象を受けた錦戸に、負けないと思った。勝とうとは思わない。けれどきっと、負けない。
 「分かった、覚えておく」
 今はそう返すことが、精一杯だったけれど。



*****
壮大な夢でした。

2005年06月05日(日) 解禁…したはいいものの。


 重い木の扉を叩くと、静かな声が返った。

 ドアを開けて中に入ると、部屋の奥に鎮座した大きなデスクから、回転椅子を回してまっすぐにこちらを振り返る目線が交わった。一歩中に入ったものの、その場から動けずに立ち尽くしていると、目だけで微笑った部屋の主は、音も立てずに立ち上がる。言葉はなく、ただゆっくりと近づいてくる静かな足音が数歩分、耳に入ったと意識する間に目の前に立った目線が先ほどより近づいた。いつもぴったりと着込んだ軍服は僅かな襟の乱れもなく、上まできっちりと結んだ帯を経て、顎から唇へ、そしてゆっくりとその大きな瞳へと辿り着いた。至近距離で目線を合わせて、それでもまるで言葉は出てこない。
 何をしに来たのか、あるいは聞こうとしたのかも知れない。けれど他でもない今夜、この部屋を訪ねた理由などひとつしかなくて、何か言おうとして来たには違いないのに、いざとなると何をどう、伝えたらいいのか分からなかった。
 「大尉。……私は、」
 一度交わらせた視線は、もう外さなかった。至近距離で見たその顔が、僅かに揺らいだように見えたのは気のせいだったかも知れない。
 いつも固く唇を結んでいた上官が、幼く笑った口から二本の八重歯が覗くことを知っていた。真面目で厳しくて、けれど隊員のことを親身に考えてくれた、彼が上にいたからこそ自分は今までこうやって、隊務を全う出来たのだと思う。
 そう、いつからか自らの存在意義は変化して。ひどく背徳的な、非国民と罵られかねない、そんな密やかな思いで毎日を積み重ねて来たのだ。
 改めて目の前の顔を見る。いつだって真っすぐに見返してきたその瞳は、今も純真な眼差しを向けていた。その目を覚えておこう、と思った。きっと忘れないように、墓場まで持ってゆくつもりで。
 明日、自分は死にに出る。行きの燃料と爆弾だけを積んだ特攻機に乗り、儚くも散っていく。戻ることは許されない、だから。
 「私は帝国の為に死ぬんじゃない、あなたの為に死にに行くんです」

 それはひどく誇らしい、意味のある死だと思えたのだ。



*****
約束…果たされるのかな。

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