a Day in Our Life
「ゼロか10かっていうんは、らしいですね」
独り言のような呟きに顔を上げた先の錦戸は、予想通りに笑っていた。 「読んだん?」 「誰が買うたんか知らんけど、部屋に置いてありましたから」 「ふぅん?」 「まぁ、目新しい話はなんもなかったけど」 「そらしゃーないやろ、もともと俺は引き出しそない多ないねんから」 「豊富とか言われてましたけどね」 人の悪そうな笑い方をした錦戸は、けれどそれは記者のせいだけではないのだろうと考える。そう印象づけるよう演じてみせたのは村上なのだから、ただそれにまんまと騙されただけなのだ。 「しかも恋愛をしなくてもええ、やなんて大きく出たん違う?」 「別に嘘はついてへんよ」 嘘と偽りくらいの差でしかないそれを、まるで明らかに違うもののように村上は言う。まるきり嘘ではないと言う。現に世間一般的な彼の年代にしては随分と長い間、彼女はいない。それだけを”恋愛”と言い切るのなら。 「何か、言いたそうやな」 ゆっくりと、錦戸を見上げる村上の顔に、楽しげな色が滲んだ。 「やから、村上くんには横山くんでよかったんですよ」 「?何やそれ」 「お似合いや言うてるんです」 「そりゃドウモ」 社交辞令的に受け取った村上が、果たして真摯にそう思っているのかどうか。それは読めなかったけれど。少なくとも錦戸は本気でそう言った。というよりも横山以外に、誰がこの人を扱いこなせるだろう。 「俺は珍獣か」 村上は笑ったけれど。あながち間違いでもない気がした。だって村上は、恋われるのが好きで。愛されるのが好きで。まるでゼロだなんて思わない。 「最高は仕事も10で恋愛も10でしょ?しかも職場恋愛なんて、最強やないですか」 「職場恋愛やったら、亮も対象に入るやん」 おまえは違うの?と訊ねて来る村上が、まっすぐに射抜くその視線が、ほとんど病的に錦戸を挑発した。 「俺はええですよ。傍観が性に合ってます」 ゼロでも10でもなければ、それは何なんだろう、と錦戸は思う。中間の曖昧さで錦戸は村上を見ている。ナンバーワンもオンリーワンもごめんだ、と思う。 「今、強姦、て聞こえたわ」 茶化して笑う村上に、 「別に俺は、それでもいいですけどね」 言えば目を丸くしながら、それでも笑い顔を崩さない。思わせぶりなその笑みが錦戸を惹き付けてやまないのだと、彼は知ってそうしているのか、それとも。仕事熱心な彼がそうやってメンバーである錦戸の精神状態をコントロールしているのだとしたら、それはそれで身を任せてしまえばいいのだ、と錦戸は思った。
***** 雛記事@デイリーネタ。
「あ、」
ラジオ局を一歩出た途端、村上が短く呟いて、横山は顔を上げた。 「何?」 「キンモクセイや」 きょろきょろと辺りを見回す村上が、目当てのものを見つけて笑みを浮かべる。 「こんなところにあってんなぁ。花咲かんかったら気付かへんわ」 というか、3年も通ってて今年初めて気付くんもどうかと思うけど。 相槌すら打たずに黙ったままの横山を気にも留めず、一人喋る村上の目線を追えば、その先にオレンジの小さい花々。ふわりと風に乗って、強烈に薫る独特の匂いが鼻をつく。ふぅん、と聞こえるか聞こえないかの生返事を返して、ポケットから取り出した煙草を一本、口に咥えたところでやんわりと村上に止められた。 「何」 憮然と問えば、村上の微笑みが返って来る。 「今だけ一緒に禁煙しようや」 「何で俺がおまえの禁煙に付き合わなアカンねん」 「まぁ、そう言うけどな」 折角キンモクセイが薫ってるんやから。たまにはゆっくり味わってみてもええやん? 言って大袈裟に深呼吸をした村上が、ひどく楽しげだったので。横山は唇に咥えた煙草を黙って箱に戻す。あまつさえ、「トイレに行きたなるわ」などという無粋な返しは声に出さず、口を噤んだ自分を随分と甘いと思った。
***** 健康第一。
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