うなごと
nyauko



 【駅で逢う彼】のコト。

雨が降ると 思い出す 気懸かりな人がいる

通勤する駅で 時々一緒になる
地下鉄を降りて 改札を抜け 地上への階段を上る

その何分かを共有する 男性

逢えば 並んで歩き
仕事の話をして 趣味の話をして 別れる

それ以上でも それ以下でもない 関係

彼は 40代前半で 白髪混じりの髪
背は高く 中肉中背で  
いつも大きなリュックを 背負っている
その右手には 細長い杖

彼は 目が見えない

「お手伝いできますか?」
いつだったか 私から声を掛けた

「ありがとうございます 助かります」
彼は とても嬉しそうに笑った

杖があっても 見える人の腕を掴んで歩く方が
スピードは断然 速くなる

「次 段差ですよ」「前方から人が来ます」
等と私が言うと 手探りよりは多少
安心感が違うと思う

「毎日歩いている道でも
時々ぶつかったりするんですよ」
その一言に [見えない]という怖さを想像させる

何度か駅で逢ううちに 私の声を覚えてくれた
「その声は●●さんですね いつもすみません」

彼の住んでいる街の駅から 通勤する駅まで5つ
「乗換がないから 楽ですよ」と笑った

彼は 行動力がある人で 趣味も広く
日本酒の会や 蘭の会に入っている

ある時は その大きなリュックに
一升瓶が 入っている事があった
「めずらしい日本酒を入手したんです」と
嬉しそうに教えてくれた
日本全国を 旅したりもするそうだ

音源テープを聴いて 文章に起こすという仕事
音の出るキーボードで 打つとの事
耳を頼りにするので とても集中しなければならない

彼は人当たりが良く 知り合いも多い
誰かと並んで歩いている時は 敢えて声を掛けない
混乱させてしまうかも しれないから

「何年か前までは 見えてたんですけどね」
見えないという現実を 受け入れるまでには
どれ程の苦労が あったんだろう

想像だけでモノを言ったりは したくない
同情でも 偽善でもなくて 
何か お手伝い出来る事があれば
いいなと思う 少しでも

世の中には 色んな人がいる
杖 車椅子 盲導犬と一緒の人達
そして それを 遠巻きに見るだけの人達

普通に見えるという事に 私達は甘え過ぎていないか

不自由を感じながら 生活をしている人達が もし
大切な身近な人だったら 遠巻きに見て居られるのか

彼に出逢ってから 私は 
転がる空き缶や ゴミを拾ったりするようになった
彼が それらで 躓いたりしないといいなと思って
私に出来る事は それ位のこと

雨が降ると 思い出す 気懸かりな人がいる
その右手には 細長い杖 左手には 傘をさすだろう

両手が塞がった状態で 歩く
晴れの日よりも 大変な思いをして居ないか

彼に逢えるか きょろきょろして
通勤する駅で今日も 挙動不審な私は
出来るだけ 雨が降らない事を祈っている


2004年06月13日(日)
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