ゆうべのことば

2017年04月18日(火) 遠浅の眠り

そっと唇で食んだ水は
分厚く柔でひんやりとして
寄せては返す血潮に合わせ
膨れ上がっては萎んでいく

碇の付いた腕を掲げて
空気を掬って掻き分け掻き分け
少し左に傾きすぎると
そのまま陸地を恋しく想う

私は服を着ているのだから
砂利の不快感を恐れず
足をびたんと踏みしめて
跳ねる雫にただ浸っていればいい

沁みないように瞼を閉じれば
まばたきの音が途絶え
舌の表面を風が過ぎ去って
喉まで真っすぐ抜けていく

柔らかと温かが似て
明るいと痛いが混ざり
漸く言葉を放し飼いにする
まるで孵ったばかりのように

涎がつうと垂れ
私がはみ出す
まるで還っていくかのように



2017年04月17日(月) 遠浅の眠り

そっと唇で食んだ水は
分厚く柔でひんやりとして
寄せては返す血潮に合わせ
膨れ上がっては萎んでいく

碇の付いた腕を掲げて
空気を掬って掻き分け掻き分け
少し左に傾きすぎると
そのまま地べたを恋しく想う

私は裸なのだから
砂利の不快感を恐れずに
床をびたんと踏みしめて
跳ねる雫にただ見惚れていればいい

沁みないように瞼を閉じたら
まばたきの音が途絶え
舌の上を風が過ぎ去って
喉まで真っすぐ抜けていく

腹の底で燻る花が
風に煽られ大きくなって
ゆらゆら花粉をまき散らす
ぐらぐらと世界を覆う
とうとう口から漏れ出た炎は
世界を赤い闇に染める

涎がつうと垂れ
私がはみ出す
まるで生まれたてのように
うしろへ、うしろへ

柔らかいと温かいの違いが分からず
明るいと痛いがまるで同じに思えて
このまま文字を放し飼いにすることを
私は眠りと呼んでいる



2017年04月16日(日) 桃猫・改

痩せた月が笑えば
くしゃみ
桃色をした猫が
ぴやぴやと鼻を疼かせた

思い切り伸びをして
段 段段と 段
落ち続けるトンネルで
音も色も感情も
ひとり分遅れて降ってくる

罪悪感が涙を流し
携帯電話を握りしめても
コンセントは届かない
名前を読んだら
束の間のおはよう

「私が戻れたらならきっと
私の言葉を聞きたがるから
私を覚えていて欲しいんだ」

口にした端から
言葉が薄皮のように剥がれ
他人事になっていく
伸ばした指より遠いところで
浮かれたように漂って



2017年04月11日(火) 残酷な君に捧ぐ

ハルは誰にでも優しい
いわゆる博愛主義者の如く
美しさを鼻にかけることなく
儚げな香りをまとってほほえみ
気紛れな手でいともたやすく
別れの切なさに震える乙女の頬を撫で
新たな門出に向かう若人の背を押す

ゆえに誰もが凍えながら君を待ち侘び
君が去るのを惜しむのだろう

どれだけ皆に愛されようと
決してひとところに留まろうとせず
飄々とした足取りで音もなく通り過ぎ
後には痕跡さえ残さないから
苛烈な日差しにつむじを焼かれた者は
果たしてあれは幻ではなかったのかと
自らの記憶を疑う羽目になる

ゆえに人々はあらん限りの言葉を尽くして
君との思い出を記録するのだろう

寄り添うように温かな雫を降らせ
いっとう華麗に散る花弁を贄に
人の涙を美しい過去に変えてしまう
優しく残酷な季節にこの詩を捧ぐ



2017年04月10日(月) 【未】さくら

昔から春の種を巻く人は後を絶たず
細かな根を張り土壌と一体となっているから
私の取り分などはもう残っていないのだ

桜の話をしたく思えど
種まく人は後を絶たず
微細な根が隙間に這い入り
土壌を抱いているために
例え枝葉を引き抜いたとて
足の下にはみっしりと
桜の根がはびこっている

掘り返された剥げ山に
吹きさらしの砂丘に
果ての見えない湖に
ひび割れたアスファルトに
滑りやすい喫茶店の床に
桜の根ははびこっている



2017年04月09日(日) くるまめく夜

夜を切り裂き続ける
タイヤの擦れる甲高い音
ブレーキをかけているのに
どうして停まれないのだろう

交差点を照らすのは
赤くまんまるな光だけ
三色を行き来するはずの信号が
怠慢して点滅ばかりを繰り返す

月は真新しいマンションの陰で
すっかりサボりを決め込んで
人間に作られた紛い物が
代わりに道を照らしている

それすらいかにも渋々で
わざとらしい咳払いを繰り返す
怠け者ばかりの夜なのだ

まったく困ったご時世である
ひとつしかない役割を投げ出しては
他にすることもなかろうに

ひょっとしたら俺以外
誰もが休んでいる夜なのか

ひょっとしたら俺だけが
走り続けている夜なのか

たったいま前を通り過ぎた
隣の家のコロですら
万歳をして犬を休んで寝ていたよ



2017年04月08日(土) 涼やかに鳴り響く明日(2005)

一切合切しょーがない
ぬるい風が足元を通り過ぎた

沢山魚がぶら下がって重くなっているネクタイ 大漁
重そうだね苦しくありませんか
テレビの砂嵐みたいな模様のリュックサック しょって
行ってみようか他所の国

誰も呼んでない 誰も待ってない
見つけた人だけの為の舟に乗り込んで

さぁ いってらっしゃい みてらっしゃい



2017年04月07日(金) アイロンとワイシャツ(2005)

濡らして 熱して 押し付けて
その音はまるで拷問のようです

押し付けられて 伸びて 硬くなって
その様はまるで囚人のようです

悪意の無い刑罰
恐怖の無い悪人
そう考えてみれば大差は無いような気もしますが



2017年04月06日(木) 化け猫

痩せた月が笑う夜
花の色をした猫と出会った

そいつは酷く饒舌で
甲斐甲斐しい恰好をして
言葉巧みに私を誘い
段を登らせ穴を覗かせ
思い切り背を蹴飛ばした

放り込まれた空洞の中
景色は私の眼に追い付けず
ただ色として上に流れる
私自身の意識も同じく
後から遅れて着いてくる

「申し訳ない、申し訳ない」

ぼろぼろ涙を流しながら
謝る己の声を聞く
握りしめた携帯は
何処に繋がっているのだろう

手繰り寄せた記憶の先に
見覚えのある名が浮かぶ
文字を表示した画面が
頭の片隅に残っていた

夢を見る時は連絡すると約束したのだ
にわかに我を取り戻す

「戻ったら私はきっと
『私は何を言ったのか』と尋ねるから
代わりに覚えていて欲しい」

口に出した端から言葉が剥がれて
他人事のような気になる
声も視界も何もかも
手を伸ばしても届かないほど上空で
浮かれたように漂っていた

この先どこに落ちるのか
落ちたらどうなってしまうのか
恐れない私を私は恐ろしく思った

(後の事は覚えていない
ただ唐突に時間が来たことを知った
ラッパを吹き鳴らす兎が居らずとも
大人は一人で帰れるものだ

「だから教えて欲しいんだ
『私は何を言ったのか』」

人の言葉を手放して
只管にゃんにゃんと口ずさむ私は
酷く饒舌だったらしい)

**********
桃色の猫と出会った

そいつはひどく饒舌で
甲斐甲斐しい恰好をして
俺を言葉巧みに滑り台の上へ誘うと
思い切り背中を蹴飛ばした

「申し訳ない、申し訳ない」

ぼろぼろ涙を流しながら
謝る己の声を聴く
握りしめた受話器は何処に繋がっているのだろう

手繰り寄せた記憶の先には一人の男の名があった
その名前がディスプレイに表示されていたのを
頭のどこかで記憶している

これが夢だと理解したから
「戻ったらすべて忘れてしまう。
お前が代わりに覚えておいて」
そう頼んだら肩の荷はすっかり下りて
あとはもう落ちる事だけ考えた

にゃんにゃんと口ずさむ俺はひどく饒舌だったらしい
一人の男の感想だ



2017年04月05日(水) 骨の羽化

リィリィと骨が鳴る
空を探して首をもたげてみると鳴る
どうしたものかと不思議がって首を傾げてみると鳴る

ちょうど頭と体が交わるところ
ざらついた岩を乗せられて
潰され 削られ 粉々になった 砂が流れる
森の奥であぶくを吐き出し続ける秘密の湧水のように

鳥たちは木の上にいる
獣たちは草の陰にいる
虫たちだけが骨の傍らに寄り添っている

小指の爪に点在する白い斑ほどのごく微かな虫たちは
薄っすら透けた甘露のごとく色の混ざった羽を震わせ
精いっぱい足を踏ん張り互いに押し合いへし合いしながら
どうにか己の取り分を増やそうと必死になってもがいている

それは確かにひとつの生き物だった

うごめく集合体はやがて歪に膨れ上がって
自分たちの輪郭を作っていたはらわたを突き破り
真赤な砂をそこらじゅうにぶちまけて
月の光に照らされながら散り散りに飛んでいった

リィリィ リィリィ これでおさらば

一人分にも足りなくなった骨は手を振る事もできずに
ただ音もなくないている


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小石ゆうべ [MAIL]

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