『親G』赤裸々トーク <最終夜>

えー、大変長らくお待たせ致しました!
『親G』赤裸々トーク<最終夜>でございます。
2005年9月19日の日記として書いておりますが、実は今日は2006年1月23日でございます。
はい、年が明けております・・・。
あけましておめでとうございます・・・。

言い訳していいですか?
「だめ!」と言われても、書いちゃいますけど。
最終夜は『親G』に関わってくれた方に1人ずつコメントを書こうということで、ひとまず劇団員に向けてのコメントを書いたんです。
そしたら、結構長くなってパワーを使い、続きは後日に。と言うことで、草稿を保存・・・したはずでした・・・。
で、後日、「よーし、終わらせるぞー!」と思い、パソコンを開いたら、
なーーーーーーーーーーーーーーーーいっっっっっ!!!!!!

以上、言い訳でした。
きっと保存し忘れたんです・・・。
自業自得です。
すみませんでした。
と言う訳で、大分経ってしまいましたが、記憶を呼び起こしつつ、みんなにコメントを送りたいと思います。

まずは、40歳の主役―親G・石川 巌
彼にとって、『親G』は最後の舞台でした。
就職を決めた為に、これから先クレモンに参加できるかわからない、とのことだったんです。
「就職する前にもう一度クレモンで舞台がやりたい!」
彼のその一言で、『親G』の公演が決まりました。
ダントツの台詞量と運動量!
その上仕事で稽古に来れない日もあり、大変だったと思います。
でも、本番では熱い「親G」を見せてくれました。
敵役の僕も、彼と熱く台詞を交わすことができました。
一時は「クレモンをやめる」とまで言っていた彼ですが、公演後に「脚本やスタッフとしては関わって行きたい」と言ってくれたので、安心しました。
そして、僕は役者―石川巌とまたいつか共演することを諦めてはいません。

続いて、34歳のヒロイン―節子役の安原 さな
彼女のセンスと努力には、いつも脱帽。
節子のことをヒロインだと思ってなかったみたいだけど、そりゃあもうヒロインですよ!
主役の厳吾郎の奥さんなんですから。
もっと言えば、『親G』は節子の愛を取り戻す物語なんですから。
今までとは違う生活感のある役、そして揺れ動く繊細な節子の心情を文句のつけようがないくらい丁寧に演じてくれました。
ありがとう。
そして、これからもよろしく!

24歳の4歳児―まゆみ役の長内 薫
彼女も職場や環境が変わる関係で、「『親G』を最後の舞台にしたい」と言って来ました。
とは言え、石川巌と同じく公演が終了してから、「できる範囲でこれからも関わりたい」と言ってくれたので、よかったんですけど。
でも、そうですよ。
好きなことを無理してやめることはないよ。
今は無理でも、何年かしたらまた状況が変わって、普通に参加できるようになるかもしれないしね。
今までも長内にはかなり若い役をやってもらったことがありましたが、まさか幼稚園児をやってもらう日が来るとは!
しかも、初の汚れ役(?)でした。
今までの清純派な彼女のイメージをいい意味でぶち壊す、めちゃめちゃアホな役でした。
あんな長内が見てみたかったのよー。
彼女自身もすごく楽しんでやってくれたので、嬉しかったです。

笑いの最終兵器―樺島役の山崎 奈美
この女、俺に内緒で照明の中澤千恵子を丸め込み、勝手に自分用のサスを作りやがった!
ただでさえいっぱいいっぱいのテクリハで、なぜか知らないきっかけが1つ増えてるんですよ。
まあ、面白かったので「そこはこういう動きにしようか」なんて俺も演出つけちゃったけど・・・。
とにかくパワフルで、アドリブの宝庫!
『親G』の笑いを一生懸命引っ張ってくれました。
これからは、サスが欲しい時は俺に相談するように!

そして、照明の中澤 千恵子
彼女は、公演の度に確実に成長します。
今回はそんな彼女を信用して、ほとんど彼女が出したプランのままで行きました。
シーンをやってる間に少しずつ変わって行く照明が良かったな。
後は、夕焼けの照明が綺麗でせつなくて良かった!
クレモンの照明は、彼女しかいません!
これからもよろしく!

とまあ、以上の5人が今回中核を占めたクレモン劇団員です。
今回は、仕事や他の舞台の関係で参加できない劇団員が多く、上記の5人には本当に助けてもらいました。
そして、客演の皆さんからもパワーを頂きました。
以下は、客演の方へのメッセージです。

初舞台でダントツの台詞量―清太郎役のくら ひろあき君
正直言って、「清太郎」は初舞台の人にやってもらう役ではありません。
台詞も出番も多いし、演技の幅が求められる役です。
最初くら君が参加してくれた時は、「オヤマダ」も決まっていなかったので、「オヤマダ」をやってもらおうかと思ってました。
でも、稽古でどう変わるか見てみたかったので、しばらくは両方やってもらってました。
その稽古の中で、彼の「清太郎がやりたい」という思いが伝わって来ました。
まだちゃんと決まっていないにもかかわらず、早い段階で清太郎の長ゼリフを入れて来てくれたんです。
あの時は、感動したな。
彼は歌を歌う人で、シャイな彼も歌を歌う時には輝いていた。
清太郎には路上ライブをするシーンがあったので、そのシーンがあることで普通の芝居をする部分でも感情表現がしやすくなるのでは、という理由もあり、彼に清太郎をやってもらうことに決めました。
主題歌の「がんばれ」は、彼にはキーが高かったみたいですが、逆にそれを必死に歌う姿に胸を打たれました。

本間佳代?・・・ほんまかよっ!―笠原 朋子さん
この役、元々は別の役名がついていました。
でも、最初にこの台本を稽古に持って行った時、今回はスタッフとしてサポートしてくれた劇団員の澤田真紀が「清太郎が名前の由来を語るシーン」を読んで、「そう言えば、私の友達に本間佳代って子がいたよ」と言っていて、「面白い!」ということになり、使わせてもらいました。
と言っても、ご本人に許可はとってませんけど・・・。
笠原さんとは、「絶対王様」のワークショップで知り合いました。
線が細くてスタイルがいいのに、演技をすると独特なキャラになるのが面白くて、「いつか共演してみたい」と思っていたところに、クレモンの女優不足が発生し、お願いしてみました。
そして、快諾。
今まで悪役をやることが多かったらしく、「佳代」のようなかわいらしい(悪く言えば、ブリブリしてる)役は、初めてだったらしい。
しかも、「実は刑事だった」というドンデン返しがある為、そのメリハリを出すのに苦労していました。
やったことがない役をやった今回の経験が、彼女が更に飛躍する為の大きな一歩になったことを願っています。
ミュージカルの学校に通っていたということで、ダンスはかなりノリノリで踊ってくれました。
彼女を見て、「顔で踊る」ってこういうことなんだな・・・と思いました、とさ。




※えー、書き途中ではございますが、一端アップしてしまいます。
書き途中の日記があると、新しい日記が書けないんですよ。
なるべく早く完成させますので、また見てみて下さいね。※
2005年09月19日(月)

『親G』赤裸々トーク <第2夜>

はい、続きものにしたので「第2夜」です。

そうです、9月初めの公演の出演者1人と音響さんが見つからないまま、7月末を迎えていました。
音響さんはまだ見つかっていませんでしたが、音楽は石川いわをの友人でロックバンド「LooseR」のベーシスト―ISHIさんにお願いして、何曲か仕上がって来ている状態でした。
それ以外の曲も、後から来る音響さんが少しでも楽になるようにと、僕も少しずつ選び始めていました。
しかし、もう音響さんの宛ては尽きていました。
これはもうお金を出して、プロの人に頼むしかないな、と思い始めた頃、今回チラシとパンフレットの絵を担当してくれた、さいとうようこが「トコちゃんは?」と言いました。
「トコちゃん」というのは、もともとさいとうようこの友達で、なんと8年前に「乾坤一擲」という劇団で上演された僕の初の作・演出作品『早すぎた嵐・・・』で音響のプランニングをしてくれた横川明子さんのあだ名です。
もうすっかり芝居から離れているという話を聞いていたので、お願いするのは迷惑かな?と思っていたのですが、「ここまで来たらそんなことも言ってられない!駄目もとでお願いしてみよう!」ということになり、お願いしたところ、なんと快諾っ!
それが8月12日。
公演3週間前でした。

あとは、俳優1人を残すのみとなりました。
その時点で足りなかったのは「オヤマダ」です。
でも、もし見つかった人が僕がやる予定の「ダンディズム」に合いそうな人だった場合は、僕が「オヤマダ」をやるつもりでいました。
と同時に、見つからなかった場合のことも考え、どうしても避けたかった「役を削る」という選択肢も考え始めました。
その場合は「オヤマダ」をなくし、その役割を「ダンディズム」と「ダイナマイト」に振るしかないと思いました。
でも、それで負担が増えるのが僕だったらいいのですが、ダイナマイトの永井さんの方が負担は重くなってしまいます。
なぜなら、第2秘書課を仕切っているダンディズムが何回も厳吾郎達の前に姿を現してしまうと「悪の親玉」の威厳がなくなってしまうからです。
親玉は、人を使ってなんぼです。
しかも、クライマックス前に自ら節子とまゆみを誘拐しに行くというシーンがあるだけに、そのシーンで「とうとうこいつが動き出した!いよいよクライマックスが来るぞ!」とお客さんに思ってもらう為には、それまでのダンディズムは、オフィスで優雅に椅子にもたれかかっていなければならなかったのです。
しかも、オヤマダがいなくなることによって、なくなってしまうシーンもありました。
少なくとも、オヤマダがダイナマイトと一緒にカラオケに行って、店員を演じている実は刑事の佳代にダンディズムへの不満をもらす、というシーンはカットせざるを得ないなと思っていました。
そしてなんと、その時点ではまだ台本も仕上がっていませんでした・・・。
もう滅茶苦茶だーっ!

7月中に仕上げるのが目標でしたが、人探しやチラシ・音楽・映像・舞台監督との打ち合わせなどで時間を奪われ、それでも徹夜でパソコンに向かい、台本を進め、バイトに行って、稽古に行くという日々でした。
しかも、見つかるかどうかわからない役の登場シーンを書くのが一番辛い!
でも、見つけるつもりで探しているし、出すからには意味のある役にしたい!
と言う訳で、役者も見つかっていないのに増えて行く「オヤマダ」の登場シーン・・・。
でも、そろそろ期限を決めなくては・・・ということで、8月20日までに見つからなければ、オヤマダを削るということにしました。
ギリギリだ・・・。
ギリギリ過ぎる・・・。
ギリギリガールズ・・・。


でも、そんな時、救世主が現れました!
それまでも救世主が次々と現れてくれましたが、最後の救世主―僕が絶対王様のワークショップで知り合った松本哲也さん(てっちゃん)です。
彼が「オヤマダ」を引き受けてくれたのが、8月19日。
期限の1日前。
そして、本番の2週間前・・・。
しかも、台本が仕上がったのが、8月22日。
本番の10日前・・・。
ほんとギリギリだ・・・。
「・・・。」ばっかりだ!

でも、それからは苦しくも楽しい日々でした。
「人が全員揃っている」という当たり前のことに幸せを感じる日々。
「作品を良くすることだけに集中できるって、なんて素晴らしいんだ!」と思いました。
これは「当たり前だと思っていることにこそ感謝しなさい」という神の思し召しだったのか?とまで思いました。
別に僕はキリスト教の信者ではないけれど。
そして、キリスト教にそんな教えがあるのかも知らないけれど。

とまあ、やっと本番を迎えるまでを語ることができましたね。
あとは、参加者1人1人にコメントを送ったりしたいなあ。
でも、今日はもう寝たいなあ。
と言う訳で、1回で書き終えるつもりだったのが、3夜連続のシリーズになる訳です。
明日も見てね♪
でも、これって劇団の恥部をさらけ出してることになるのかしら?
でも、書かずにいられぬこの想いっ!

劇団員の皆さん、最終的にはうまいことまとめますので、ひとまず最終夜まで読んだ上で、可か不可かご返答下さい。
まあ、その前に読んじゃう人もいっぱいいるだろうけど♪
おやすみなさい。
2005年09月18日(日)

『親G』赤裸々トーク <第1夜>

はい・・・。
毎度のことながら、2週間近く前の9月4日(日)に公演は終了致しました。
そして久し振りに、公演が終了して、ほっとして、体調を崩しました・・・。
最近は、そういうことなかったんだけどなあ。
公演についての日記を書くのが遅れるのは、いつも通りなんですが・・・。
そんなのいつも通りにするな!って感じ?
すみません。

でも、体調を崩しそうな予感はありました。
なぜなら、僕が10年演劇をやって来た中でも3本の指に入る、いやもしかしたらトップかもしれないくらいハードだったからです。

特に最後の1ヶ月は、体が僕に聞いて来るんですよ。
「ねえ、休んでもいい?」って(笑)。
聞いて来ると言うか、叫んでると言ってもいいくらい。
バイトが終わって、電車に乗って、爆睡して、稽古場のある駅に着いて、目を覚ます。
すると、マイバディ(僕の体)が言うんです。
「このまま終点まで寝てから折り返しても、稽古開始時間には間に合うよ。寝なさい!」って(笑)。

と書いても、演劇歴がもっと長い人に言わせれば、「10年くらいで何を言っとる!」って感じかもしれませんが、そりゃあ盛り沢山の10年でね。
2週間前に演目変更になったこともあれば、本番5日前に役者の怪我で公演中止になって、連絡が間に合わなかったお客さんに劇場で頭を下げたこともありますよ。
そんな10年です。
そんな10年の中でも、トップに入るかもしれないハードさとは何ぞや?
さて、やっと本題に入りますね。

今回は、石川いわをが最後の公演かもしれなかったんです。
彼は就職を決心して、「これを最後の公演にしたい」と言って来ました。
彼は、クレモンを始めるきっかけを作った人で、彼がいなければ「クレイジー・モンキー・シアター」という劇団は誕生しませんでした。
劇団の名付け親も彼です。
今回の『親G』は、「5周年記念公演」という名目でしたが、回数で言うと「第6回公演」でした。
そのうちの2回、彼は作・演出もしたし、つい最近まで劇団代表でした。
「つい最近まで」というのは、引退を決めた彼に役者に集中して欲しいという思いから、一足早く僕が代表を交代したからです。
前回まで出演していた倉富君は実家に帰ることが決まっていたし、仕事や所属事務所などの関係で今回は出演できないという役者が倉富君の他にも3人いました。
その時点で、『親G』をやるには男性キャストが2人足りない状態。
前回のままの人数で行けば、男性キャストはぴったりで、女性に至っては2人余ってしまうという計算で、「ダブルキャストにしようかな?でも、みんな嫌がるかな?」と悩んでいたのに、蓋を開けてみれば、その逆の状態っ!
「あれ?クレモンの人数を考えながら書き始めたのに、なんで足りないんだ?」という感じでした。
まだその時点では、全体の5分の1くらいしか書いていない状態だったんですが、今後の展開も考えると、それ以上役を削ることは避けたかった。
削るとしたら、山崎奈美がやった「樺島さん」と笠原さんがやった「佳代」をドッキングさせる、もしくは永井さんがやった「ダイナマイト」とてっちゃん(松本さん)がやった「オヤマダ」をドッキングさせるという2つの手段しかないなとは思いましたが、「樺島さん」と「佳代」をドッキングさせると、「樺島さんの面白さ」と「佳代のかわいらしさ」が半減してしまう。「笑いの樺島」「意外性の佳代」という役割分担も曖昧になってしまう。
「ダイナマイト」と「オヤマダ」をドッキングさせると、「田山田証券の第2秘書課」は、それはそれは小さい悪の組織になってしまう。
もちろん、暴力団という設定なので、ダンディズムの上にもオヤマダの下にも、舞台には出て来ないけれど、実際にはたくさんの人間がいるという設定です。
でも、その広がりを感じさせるには、少なくとも3人は悪役が必要でした。
第2秘書課を仕切る「ダンディズム」と、それに反発しながらも言うことを聞く下っ端の「オヤマダ」と、ダンディズムの唯一の理解者でオヤマダをなだめる「ダイナマイト」がいて、初めて悪の組織が成立するのです。

と言う訳で、男性が2人足りない状態で、しかもプロ志望の女優2人がオーディションの結果待ちなどの理由で返事待ちの状態。
その時が5月末。
いわをが公演に参加できるリミットは、9月中旬。
いつも使っている浅草橋のアドリブ小劇場に問い合わせたところ、9月で空いているのは、2日(金)〜4日(日)に公演をする日程のみ。
ひとまずそれを仮予約して、ミーティングをしました。
そして、僕を含めみんなが、石川いわをと最後に芝居を作りたいという想いだった上に、長内薫も最後の舞台になるかもしれないということが発覚し、「これはもう客演を頼んででも舞台をやろう!」ということに決めました。

そして、6月の初めから稽古がスタート。
しばらくすると、オーディションの結果待ちだった女性2人が2人ともオーディションにうかってしまった・・・。
「うかってしまった」と言うか、もちろん本人達のことを考えれば喜ばしいことです。
でも、これで男4・女5の芝居の男2・女2が足りない状態に・・・。
うおーーーっ!!!
しかも、最初にオファーした男性2人も稽古には来てくれたものの、「ごめんなさい」だぁーーーっ!(「ねるとん紅鯨団」風、・・・古い?)
その4人の「ごめんなさい」があまりにも立て続けだった為、かなり露骨に落ち込んでしまい、みんなに心配されてしまいました・・・。
でも、その後、7月初めに笠原さん、7月中旬にくら君と永井さんの出演が決まりました!
あと男性1人だ!
だけど、その時点で実は、音響さんもまだ見つかっていなかったのです・・・。

はい、今日はここまで!
続きものにするつもりはなかったのですが、『親G』の公演までの道のりを最初から語り出すと膨大な量になってしまうことに今気づきました。
なので、題名に「第1夜」を付け足しました。
最後まで読んでくれた方、ありがとう!

かなり赤裸々に語っておりますなあ。
劇団員の皆さん、
「おい、箕輪っ!それは黙っとけ!」
という発言がありましたら、お早めに私までご連絡下さい。

では、皆さん、また明日の夜、お会いしましょう。
おやすみなさい。
2005年09月17日(土)

箕輪達昭な日々 / みの

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