マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

ひさびさにスイカを食べた日。 - 2003年07月31日(木)

 今日、今年初めてのスイカを食べた。
 扇形に切られたスイカが並んでいて、僕はその中の比較的端っこに近いやつを一切れ手にとって、食べ始めることにした。
 僕は元来スイカがあまり好きではなかった。
 そんなに甘くもないし、だいいち、あのあまりにも多量の種を取るのがメンドクサイ。
 汁気が多くて手がベタつく。
 間違って種でも飲みこんでしまった日には、しばらく、お腹の中からスイカの芽が出てこないかと、心配しないといけない。
 要するに、苦労の割に実りが少ない食べ物、というのが僕の認識なのだ。

 今日、久々にスイカを手にとってみて、かぶりついてみたのだが、正直、そんなに甘くない。
 手もベタベタする。やっぱり種をとるのもめんどくさい。
 でも、このめんどくささと甘酸っぱさが、なぜかとても懐かしい。
 どうして大人たちがスイカを食べさせたがったのか、なんとなくわかったような気がした。

 半分くらい食べた時点で、感傷よりもめんどくささが上回ってしまったけれど。

 僕もまだまだ未熟だな。



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記憶のBGMとしての「ポップミュージック」 - 2003年07月29日(火)

if→itselfさんの2003/07/25【POP】を読んで、なんとなく「ポップミュージック」の「ポップ」の意味が解ったような気がした。
もちろん、学術的に正確な意味ではないだろうけれど。

 僕にとっての思い出の音楽というのは、大概なんらかの実生活の記憶とともにある。それも、たいそう深刻なものから、バカバカしくなるようなものまで。
 片思いの女の子に告白して降られた夜、彼女を送って帰る途中に、カーステレオから「ロマンスの神様」が流れてきて笑い泣きしたこともあったし、槙原敬之の「ズル休み」を聴いて、涙が止まらなくなったこともあった。
 スピッツの「ロビンソン」やMr.Childrenの「イノセント・ワールド」は、外科実習の手術見学のとき、誰にも聴こえないような声で、何度も何度も繰り返して歌っていた。実際、その当時は手術の様子を見ても何がなんだかわからなかったし、ヘタに動き回って手術器具や先生たちに触って、「不潔になる」(雑菌がつく)といけないから、僕たちは手術室に何時間も立ちっぱなしで、手術を「見学」していたのだ。何を学んだかといえば、「手術って、体力いるなあ」ということくらいだったが。
 いまでも「ロビンソン」や「イノセント・ワールド」を聴くと、手術室を想い出す。
 「真夏の果実」は、ずっとリピートしていた時に車をぶつけたので、どうも車の中で聴く気になれないし。
 オザケンの「ラブリー」を聴くと、彼のコンサートで観客みんなで投げた、七色の紙吹雪の記憶が蘇る。僕はそれを2階席から観ていたのだけど、あれは本当に、幻想的な風景だった。
 他にも、ある曲を聴いて、その曲がカラオケの持ち歌だった人のことを想い出すこともある。
 もう、何年も心のメモリから取り出されていなかった人のことを。

 僕は、ifさんの言うところの後者の「懐かしさ」を感じることが圧倒的に多い。
 たぶん、音楽が好きというよりは、自分と自分の記憶が好きなんだろうなあ、という気がする。



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社民党と日本国憲法の危険なセットメニュー - 2003年07月28日(月)

 歴史は流転する。
 今、土井委員長の社民党は、まさに風前の灯火だ。
 彼らは北朝鮮を正当化し、秘書給与を掠めとり、世間の非難を浴びている。
 まあ、口でものすごく正しそうなことを偉そうにいっておきながら…ということで、反感を買っていたのだろうな。
 僕だって、辻元元議員の「パフォーマンスとしての国会での質問」には辟易したものだし。

 でも、最近ちょっと怖いと思うことがある。
 どうも、日本では「憲法を護る」という考えが、薄れてきているのではないか、ということだ。
 「平和憲法なんて、所詮社民党のオバサンたちが言うことと同じ、理想主義の寝言にすぎない」って。
 太平洋戦争後の日本は、この憲法を頑なに護ろうとしてきた。
 解釈をかぎりなく歪められたりしながらも、理念として「平和憲法は大事なものだ」という考えは、日本人に脈々として伝えられてきたのだと思う。
 少なくとも、僕が子供だった頃、10年から15年くらい前の日本はそうだった。
 
 時代は変わった、というより、変わったのだと多くの日本人は認識している。自分たちが攻撃すること、されることに対して、「やられたらやりかえす」もしくは、今の自分たちが立っている世界を守るために、戦争だってやらざるをえないことがあると考えている人は、劇的に増加しているだろう。
 それは、戦後の「民主教育」の矛盾や小林よしのり氏をはじめとする言論人の語る「世界常識」と「日本人の誇り」が、浸透してきた成果なのかもしれない。
 そして、国際貢献として、自衛隊はイラクに派遣される可能性が高くなった。

 僕は思うのだ。果たして、日本人が血みどろになった末につくられた「日本国憲法」というのは、本当に間違っているんだろうか?
 殴られても殴り返さないなんて馬鹿げている、とか、アメリカに押し付けられたなんて言う人が増えたけれど、少なくとも多くの日本人はこの憲法に敬意を持っていると思う。「持っていた」とすべきなのかな。

 でも、考えてみてもらいたい。日本を戦争ができる「普通の国」にしようと訴える人たちは、みんな年寄りや政治家や文化人だ。
 彼らは、もし日本が戦争をすることになっても、まず最初に前線に駆り出されることはない。僕が小林よしのりの「戦争論」に対して、なるほど、と思いながらも違和感を感じるのは、たぶんそのことなのだ。
 兵士たちは、みんな自分がアムロやシャアになる夢をみるが、たいがいの兵士は、「ジャマだ!」とガンダムに蹴っ飛ばされてやられるジムとかボールのパイロットだ。
 待てよ、モビルスーツに乗れるだけで、確か相当のエリートという設定だったな、そういえば。ジムにだって、普通乗れやしない。死ぬのは僕らだ。
 
 「憲法を護れ」と叫んでいたオバサンたちが、勘違いした人々であったとしても、彼らが勝手に護ろうとしていた「日本国憲法」というのが、間違った理念だという結論は誤っている。
 ヘンなファンがいたからって、そのアーティストの曲がすべて無価値だってことにはならないはず。

 確かに、時代にには適応しきれないところもあるけれど、それは適宜、議論を尽くして変えるべきところは変えていけばいいのだ。何も、あのオバサンたちと運命を共にさせる必要などない。時代は変わってきているが、それでも、現代社会が朝鮮戦争時や冷戦時代、ベトナム戦争の時代よりも遥かに危険な時代とは、僕には思えないのだ。
 むしろ、危険だ危険だ、と煽られることによって、僕たちは必要以上にパニックに陥ってしまっている。

 「日本国憲法」ができた当時の日本人は、腑抜けだったわけじゃない。
 その時代の人々は、戦争の痛みを実感して、「例え他の国に殴られて、仮に殴り殺されたとしても『平和』を護ろう」と覚悟していたのだ。
 現代に満ち溢れている「正論」とやらの尻馬に乗っているだけの人たちと、どっちが「勇気」があると思う?


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「元カレ」の憂鬱。 - 2003年07月27日(日)

「元カレ」雑感。

(1)黒兵衛のオヤジ、サービス業失格。

(2)カラオケボックスに泊まったわけないだろ!

(3)ソニンはどうみてもストーカー。

(4)というか、このサイドストーリー浮きすぎ。

(5)「ラブストーリー」(豊川悦司と中山美穂が出てたヤツ)の二番煎じ的なサイドストーリーですね。

(6)しかし、広末は綺麗になったと思う。

(7)だが、内山理名は変わらない。全然変わらない。

(8)僕はデパート関係者じゃないけど「ラーメンフェスタ」なんて定番で集客力の高い大事なイベントは、新人に任せるわけない。

(9)このドラマを観て思うのは、カッコつけて生きようとしている人間のイタさだね。でも、そのイタさは、自分の中にもあるのだよなあ。

(10)でも、ちょっと振り回されてみたかったりして。

(11)彼女はもう要らないけど、元カノはちょっと欲しい昨今。

(12)出たっ!「仕事とワタシとどっちが大事なの?」だから、そのふたつは同じベクトルで比較できないんだって…

(13)↑の質問に、一度くらい堂々と「仕事!」と即答してみたいよね。




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「食べられません」に、なんとなく居心地が悪い。 - 2003年07月26日(土)

 あるアイスクリーム(というか、ハーゲンダッツのクリスピーサンドってやつだ)を食べていたら、その袋に妙に気になる記載があった。

【おいしさを保つため、シート状乾燥剤を封入しております。人体に影響はありませんが、食べられませんのでご注意ください。】

 なるほど、食べられないんだな(というか、この白い紙を食べようという人間はほとんどいないだろう)、と思いつつも、どうも僕はこの文面が腑に落ちなかったのだ。

 「人体に影響はありませんが、食べられません」
 それって、どういうことなんだろう?
 僕の揚げ足取りアンテナは、「食べて体に悪いものじゃないのなら、『食べられない」』わけじゃないんじゃないの?」
 という方向を指し示した。
 確かに、「食べる(口に入れる)」ことは可能だと思う。
 たぶん美味しくないし、消化されずにとんでもないことになりそうだが。
 よほど細かく切って食べないと、窒息しそうだし。
 
 それはさておき、「れる」「られる」には、「受身」「尊敬」「可能」「自発」という4つの意味合いが含まれている。
 では、この「食べられません」の意味は?ということになるが、その場合に、この文章の主語はなんだろうかと考えなければならない。
 おそらく(シートは)人体に影響はありませんが…ということだと思う。
 そう考えると、シートを尊敬したり、シートが受身になったり、シートが自然に何かの感慨を得たりするのはおかしいので、やっぱり「可能」の「られる」なんだろう。
 
 でもねえ、「可能」の用法であれば、毒じゃなきゃ「食べられる」よ、たぶん。
 僕は食べませんけど。

 まあ、本当に人体に影響がないとすれば「食べても美味しくないし、栄養にもならないので、食べないでください」(というか、「食べない方がいいですよ」だね)というのが正確な情報だと思うのですが。

 それとも「食べる」という言葉の意味は、ただ口に入れるだけじゃなくて、それを消化して栄養にするところまで含まれているということなのかな。
 実際「食べられない」とか書かれると、食べてみたくなるような気も、ちょっとだけするんですけどね。

 やっぱり言葉って、難しいよなあ。



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名馬として死ぬことと、名馬なのに処分されること。 - 2003年07月25日(金)

スポーツニッポンにこんな記事が。

【86年のケンタッキーダービー、87年にはブリーダーズCクラシックを制し、95年から日本で種牡馬生活を送っていた米年度代表馬ファーディナンド(父ニジンスキー)が昨秋、日本で不遇の末に死亡していたことが米の競馬雑誌に掲載され、米国内で問題となっていることが24日、分かった。同馬は95年から静内のアロースタッドでけい養されたが産駒成績が上がらず(97年から7年間で出走頭数33頭で勝ち上がり8頭、計12勝)、01年に個人牧場へ移籍。2年間で8頭に種付けしたものの昨年9月に種牡馬登録を抹消し、処分された。】

〜〜〜〜〜〜〜

 ストレートに言ってしまうと、この「処分」=安楽死(だったかどうかは、当時馬に聞いてみないとわかりませんが)ということです。
 世界的名馬が、極東の競馬後進国で安楽死させられていた!というような論調なんでしょうね、おそらく。
 僕たちのイメージでいえば、オグリキャップがインドに売られて(インドを挙げたのは、あくまでも「競馬後進国」という意味です、念のため)、そこで安楽死させられていた、という感じでしょうか。いや、オグリじゃさすがにアイドルすぎるから、スペシャルウイークくらい?こういうニュアンスの違いは、競馬フリーク以外にはわかってもらえないこと確実だけど。

 競馬の世界では、一昔前までは、「どんな活躍馬も、レース中の事故で死んでしまったり、走れなくなったら馬肉」ということが当然でした。
 そういう、「誰もが知っていたにもかかわらず、公にされることが無かった事実」は、「ハマノパレード事件」によって世間に知られるようになりました。
 宝塚記念などを制した希代の逃げ馬、ハマノパレードは、レース中の怪我で「予後不良」の診断を受け、安楽死処分となりました。
 ある記者がその後を追跡したところ、この名馬の亡骸は、安楽死させられたあと、キロ幾らかの一塊の「さくら肉」として、市場に並べられたのです。
 それは、何もこの馬に限ったことではなく、当時の「常識」でした。
 どうせ死んでしまうんだったら、少しでも金になれば…と馬主が思うのも、必ずしも理不尽とは言い難いでしょうし。
 しかし、この事件に対する競馬ファンの反響は非情に大きなものでした。
 「あれだけ活躍した馬を肉にするなんて残酷だ!」と。
 確かに、僕たちファンにとっては、それは耐え難い「悲劇」 
 人間の都合で走らされた馬たちが、命を落としたからといって(しかも、いままで多額の賞金を馬主にももたらしてきたはずなのに)、そんな扱いを受けるなんて許しがたいことなのです。

 そういったファンの声もあって、いわゆる「名馬」たちは、調教や競馬の際に「予後不良」となって安楽死処分を受けても、食肉にされることは、表向きはなくなりました。手厚く葬られたり、お墓がつくられることも多くなりました。
 日本中央競馬会(JRA)でも、G1を勝ったような功労馬たちについては、もし種牡馬、繁殖牝馬として成功しなくても、「処分」されることなく余生がおくれるように援助するようになったようです。
 
 それにしても、その対象になるのは、ごくごく一部の馬だけなのですが。

 多くの競馬ファンは、ライスシャワーという馬の名前と姿を心にとどめていると思います。小さな体でミホノブルボンをメジロマックイーンを破ったステイヤー。 しかし、この馬の名前が僕たちの記憶に残っているのは、おそらく、彼が生涯3つ目、そして最後のG1である天皇賞・春を制して長いスランプからの復活を遂げた直後に、淀(京都競馬場)の最後の直線の手前でひどい骨折を発症し、還らぬ馬となった、という事実が大きいのではないでしょうか?

 そして、不世出の逃げ馬、サイレンススズカ。
 一番人気に推された天皇賞・秋での突然の失速。
 この名馬も、競走成績からすれば、G1は宝塚記念を勝ったのみ(エルコンドルパサー、グラスワンダーに圧勝した毎日王冠は、インパクトが強かったけど)なのですが、その名と姿は、深く競馬ファンの心に刻まれています。

 僕たちはいつも思うのです。
 もし、ライスシャワーやサイレンススズカの子供がいたら…と。
 しかし、考えてみると、サイレンススズカは、血統的にも種牡馬として成功していた可能性が高いかもしれませんが、長距離でしかG1勝ちがなく、血統的にも父リアルシャダイというヘビー・ステイヤーであったライスシャワーが、種牡馬として成功を収めていた、という想像ができる競馬ファンは、ほとんどいないのではないでしょうか?
 日本の「名馬」で、種牡馬として大成できなかった馬は、たくさんいます(というより、成功した馬のほうがごくひと握り)。
 オグリキャップ、ミスターシービー、スーパークリーク、ミホノブルボン、メジロマックイーン、ビワハヤヒデ、イナリワン…
 まだ現役の種牡馬である馬も含まれていますが、彼らの現在の種付け数と相手の牝馬の質を考えると、大逆転ホームランが出る確率は、非情に低いでしょう。
 おそらく、ライスシャワーも生きていれば、単なるこれらの馬の一員になっていた可能性が高いのです。
 そして、亡くなったときに、新聞の片隅の記事でファンはそれを知る…

 もちろん、ファーディナンドは、病気で亡くなったわけではなくて、経済動物としての価値が無くなったから殺されたのですが、実際、馬一頭の世話をするのには、けっこう多額のお金と人手がかかりますし、「処分」の決断をした個人牧場だって、別に好きで処分したわけではないのだと思います。
 どこか引き取ってくれるところがあれば、処分という結論にはならなかったでしょうし。
 でも、ひょっとしたらアメリカなら、どこかの牧場で面倒みてくれたりしたのかなあ…
 
 しかし、種牡馬として活躍馬も出せずに平穏な一生を送って忘れ去られるのと、血統は残せなくても人々の記憶の中に残り続けるのと、どちらが幸せかと聞かれたら、馬はどう答えるでしょうか?
 それ以前に、走るのもイヤだし、痛いのもイヤ、死ぬのもイヤ、ただ、それだけのことかもしれないけれど。

 同じアメリカの名馬であったサンデーサイレンスの生命のために、人為が尽くされたことを考えると、やっぱり、一抹の寂しさは感じるのですが。


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憂鬱からひとつかみ<次は野望篇> - 2003年07月24日(木)

(1)選挙のための吸収合併だそうだが、もう既に「選挙に勝つための国会議員」だな。本当の仕事がわかってるなら、当選しただけでダルマに両目を入れるのは間違ってないか?

(2)合併したら、「自由民主党」だね、所詮。

(3)パルマで干されそうな中田のニュースから客観的に考えると、現在の中田はイタリア人からみると「自分のポジションにこだわって監督の指示に従わず」「実力に比べて年俸がものすごく高額で」「態度がデカイ」という、まるで日本人からみたペタジーニのような存在なのではないだろうか?
 そりゃ、バッシングもされるよな。

(4)某超人気サイトの掲示板をみていて、暗い気分になった。結局、実際に書かれてることと書いてもらいたいこと、というのは、永遠に平行線のような気がしてきた。

(5)雨の日にノラ・ジョーンズを聴きながら顕微鏡を覗いていると、一瞬だけ自分がものすごくハイセンスな人間のような気がした。
 次の瞬間、プレパラートを落として割っちゃったけど。

(6)昨日の「トリビアの泉」で一番面白かったのは輪ゴム。



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「知ること」の暗闇。 - 2003年07月23日(水)

 僕たちは、いろんなことを知ろうとして毎日生きている。
 それは、生きる意味だったり、幸せになるための方法だったり。
 好きな人の気持ちだったり、人類社会の真理だったり。

 でも、「知る」ということは、常に痛みを伴う。
 人類の未来を知ろうとすれば、究極的には「滅亡」かもしれないし、生きる意味なんて、本当は誰にもわからないのかもしれない。
 好きだったけど別れた女の子が、他の男と幸せになっている姿を見て、「知らなきゃよかった…」と思う男は、けっして少なくないはずだ。
 古瀬キャスターの例のスキャンダルを知れば、テレビに出ている彼女の胸を見るたびに、この胸をH谷が…と妄想しない男はいないだろう。
 知らなければ、すべては想像の世界で、美しく飾られたままだったのに。

 新しい研究をしようとして、自分の限界を知ってしまうこともある。
 逆に、こんなものは論文にならない、ということがわかることもある。
 もはや、誰かひとりの献身の力で、世界を変えるなんて不可能なんじゃないか、ということを知ることだってある。

 どうして、人間は知ろうとするのか?
 「知ること」には、小さな喜びと、大きな痛みが伴うというのに。

 「わかってよかった」と「知らない方が良かった…」
 年を取ると、後者の頻度が上がることだけは、厳然とした事実だ。

 それでも、人間は知りたがるのだ。
 それが、自分を不幸にする情報だとわかっていても。

 

 


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暴言のための暴言なんて、もう要らない。 - 2003年07月22日(火)

 暴言を吐く人、というのは、どこにでも存在する。
 とくにネットの世界では、匿名性もあって(断っておくが、ネットの匿名性なんて、信用しないほうがいい。あなたが匿名なのは、「わからない」からではなくて、今のところ「あなたのことを面倒なことをしてまで知る必要がない」と考えている人ばかりだからだ)、確信犯的に他人の悪口を書いたり、物事に文句をつけたりする人がいるのだ。
 
 とはいえ、掲示板に書き込みをしたり、サイトをやっていたりすると、やっぱり、何らかのリアクションが欲しいのが人情だろう。
 しかし、「普通のこと」や「当たり前のこと」をいくら書いても、よほど上手くなければ(もしくは、かわいい女の子でもなければ)あんまりリアクションなんて得られないものだ。
 でも、いわゆる「暴言」とか「誹謗中傷」なんてのは、「非難」であれ、「反論」であれ、なんらかのリアクションを生み出すことが多い。
 結局、どんどん、「文句のための文句」や「暴言のための暴言」をはじめるようになってしまって、どうしようもなくなるのだ。
 書きたいことじゃなくて、反応がありそうなことを書いてしまって自己嫌悪という、悪循環。
 暴言を繰り返す政治家をみて、自分がどう思うか考えてみたら、「暴言のための暴言」なんてのが、いかに自分の品位を貶めているか、わかりそうなものなんだけどなあ。
 でも、ついつい派手なほうへといってしまうのだ。

 そんなことを考えつつ、僕は、「今日もやってしまった…」などとひとり悩んでいたりするわけだ。
 
 しかし、昨今ではいくら暴言でも、「面白い暴言」でないと、誰も相手にしなくなっている。
 辛い時代だね。

※この文章は、自戒の念をこめて書いているもので、特定の他人を誹謗中傷しているものではありません。


 



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憂鬱からひとつかみ<テレビ雑感篇> - 2003年07月21日(月)

最近のテレビ雑感。

(1)「私と仕事のどっちを選ぶの?」という質問に対する正解は「両方に決まってるじゃないか!」だ。実際にそれが可能かどうかはさておき。

(2)というか、恋愛にかまけて仕事をきちんとこなせないようじゃ、結局不幸になるって。

(3)でも「私と彼女のどっちを選ぶの?」という質問に応用してはいけないよ。

(4)あんな島に、柴咲コウとか大塚寧々がいるわけないじゃん。

(5)「クイズ・ヘキサゴン」を観ているといつも、「この番組って、もうひと工夫すれば、もっと面白くなるんじゃないかなあ」と思う。でも、どうすればいいのかは、よくわからない。

(6)7月にして、野球中継は消化試合モード。

(7)ニュースを観るたびに「そんな辛いときには、インタビューに答えなくてもいいんだよ」と思ってしまう。

(8)サザンの新曲、サビの部分はちょっと唐突というか、他の部分と違和感ありすぎ



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「炎のストッパー」津田恒美投手の記憶。 - 2003年07月20日(日)

 今日は、「炎のストッパー」こと、津田恒美投手の命日。
 子供の頃からの生粋のカープファンだった僕にとっては、津田投手は忘れられないピッチャーだ。
 それは、必ずしもいい思い出ばかりじゃない。
試合の終盤になって、カープがピンチに陥り、監督が審判に「ピッチャー津田」と告げると、ファンは「また津田か…」とやや不安な気持ちになったものだった。
カープのストッパーとして、彼の前任者であった江夏に比べれば、経験も浅いし、マウンド上でのふてぶてしさでも到底足元にも及ばなかった津田。
ストッパー・津田はけっして磐石の存在ではなかったし、けっこう打たれもしたし、フォアボール連発で自滅、なんて試合もあった。
津田は球種も少なくて、変化球ではストレートが取れず、ストレートを投げればヒットを打たれていたような気がする。
気合が最大の武器で、いつも全力投球。いいときはいいが。一度打たれ始めると、歯止めが利かない。
もちろん、ストッパーとしてチームを優勝にまで導いたのだから、実際には抑えた試合のほうが多かったのだろうけど、彼の名前が呼ばれるのは、カープファンであった僕にとっては、不安な時間のはじまりだった。
あるシーズンのはじまりから、津田は絶不調だった。
以前以上に、出ては打たれ…が続き、2軍に落ちて、それ以降、彼の名前を新聞などで見ることはなかった。
何か病気で休養している、という話は伝わってきたが、「はやく良くなるといいね」と軽く思ったくらいだった。
そのうち帰ってくるだろう、くらいの印象だった。

もう、彼の存在すら忘れてしまったある日、僕は新聞のスポーツ欄の片隅で、こんな記事を見つけた。
【おくやみ 津田恒美投手 元広島東洋カープ投手 死因は水頭症】

のちに僕は、彼の妻が書いた「もう一度 投げたかった」という本で、津田の闘病生活を知った。脳腫瘍による、若すぎる死。最期の瞬間まで持ち続けた、マウンドへの執念。
津田は、僕たちに見えないところで、生きるための全力投球を続けていたのだ。

津田恒美、1993年7月20日に逝去。享年32歳。
あれから、ちょうど10年が経ち、僕も今年、32歳になる。
津田さん、ついに追いついちまったよ。

不思議なものだ、現役時代は登板するたびに不安になっていた炎のストッパーの記憶が、今では、僕に勇気を与えてくれる。

ありがとう、炎のストッパー。永遠に全力投球の人。



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本がたくさんあるところ各論。 - 2003年07月19日(土)

 僕は本屋が好きだ。
ネットをやるようになって、前ほど入り浸ることはなくなったけど。

 本屋のいいところは、適度に賑やかで、適度に静かで、適度に人の気配があって、そして、本がたくさんあるところだ。
 いい本屋というのは、歩いていると自然に「面白そうな本」が目にとびこんできて、いつの間にか手にたくさん本を抱えていることになる。
 そういうとき、「これはあまり手に入りそうもないから」ということで、他の本をあきらめて、レジに持って行ったちょっと難しい本や専門書なんてのはたいがい読まずに、軽い気持ちでなんとなく買った本のほうが、意外と読んで面白かったりするものだ。

 ブックオフとかも嫌いじゃないんだけど、あそこに行くと、「面白そうな本を探そう」というより、「掘り出し物の安い本をみつけよう」という気分になってしまい、結局、面白い本というより、分厚くて読むのに気合が要る本を買ってしまって後悔することが多い。

 本がたくさん並んでいると、そこにはある「空気」が生じてくる。
 街の大きな書店の専門書(たとえば、アートや宗教の)コーナーなんてのは、独特の雰囲気がある。

 僕はそういう雰囲気は好きなんだけど、病院の図書館だけは、ちょっと苦手だ。なんだか、ものすごく空気が重い。
 誰もいない病院図書館の地下室で、古い医学書などを探していると、ほんとうに怖くなってしまう。
 単に仕事嫌いなのか、置いてある本の内容の重さなのかは、よくわからないけれど。



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「修飾するもの」がない世界。 - 2003年07月18日(金)

 オグリキャップの有馬記念のDVDを観て、僕が涙していると、横で彼女が「そんなの、馬が走ってるだけじゃない」と言うのだ。

 確かに、競馬というのは、緑の芝の上を(「砂の上」ももちろんあるが)馬が走って、ゴールに一番早く着いた馬が勝ち、というものだ。
 オグリが、とか馬券が、とか、騎手が、といった思い入れの要素が無ければ、「単なる馬のかけっこ」に過ぎない。
 野球だって、球を投げて、棒切れで打つだけだ。
 
 僕らは、そういったものに、ドラマを見出して、自分の人生に起伏を与えている。「オグリの精神力」とか「イチローの集中力」とか。
 いろんな「修飾するもの」を自分で作り出して、その対象に一喜一憂し続けている。
 実際は、野球がなくても、競馬がなくても、テレビがなくても、愛が無くても、そんなに人生困りはしないような気がするのだ。
 「修飾するもの」に惑わされなければ、世の中なんて、もっとシンプルなんじゃないかなあ、と思う。
 シンプルな世界なんて面白くないとわかっていても、僕はときどき、そういう世界に逃げたくなる。
 




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久々の「鬱からひとつかみ」<お仕事編> - 2003年07月17日(木)

(1)「痴漢冤罪ネットの代表が、盗撮で逮捕」
 捕まったとき、自分で携帯を壊したらしい。痴漢冤罪って、けっこうヒドイなあ、と僕はずっと思っていたけれど(男としては他人事じゃないからさ)、この男ひとりのせいで、たぶんみんな「どうせやったんだろ!」と思われるなあ。最悪。

(2)非恋愛体質だという自覚があるのだが、こうやって椅子に座って顕微鏡で標本をみていると、無性に「恋がしたいっ!」とか思う。

(3)「ターミネーター3」が、「マトリックス・リローデッド」の直後に公開されているのは、ひょっとして「マトリックス」で映画熱に目覚め「何か映画が観たい!」と思ってた人々の受け皿を狙ってのことなのだろうか。

(4)「HERO」いいなあ、ジェット・リー。中国人にとっては、日本人が「ラスト・サムライ」の予告をみたときのように噴飯ものなのかもしれないけど。

(5)携帯電話の送信履歴は20件記憶されているのだが、いちばん古いのが5月というのはいかがなものか。おまけに、その20件のうち、仕事関係とローソンチケットとココ一番屋とかが大部分で、人名なんて全然ありゃしねえ。

(6)一度でいいから、「用はないんだけど、なんとなくかけてみた」という理由で電話をしてみたい。

(7)みんなが「至急でお願いします」なんてオーダーしてきたら、どれから先にやったらいいのか、全然わかんないよ。

(8)と思ったら、「大至急でお願いします」とかいうのがあった。

(9)そろそろ、「大々至急でお願いします」って書く奴が出てくるな。



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『週刊少年ジャンプ』の黄金時代! - 2003年07月16日(水)

1983年「北斗の拳」開始当時の『週刊少年ジャンプ』の連載陣
(別冊宝島・『僕たちの好きな北斗の拳』より)

・Dr.スランプ(鳥山明)
・キン肉マン(ゆでたまご)
・CAT'S EYE(北条司)
・キャプテン翼(高橋陽一)
・よろしくメカドック(次原隆二)
・ウイングマン(桂正和)
・コブラ(寺沢武一)
・天地を喰らう(本宮ひろ志)
・シェイプアップ乱(徳弘正也)
・風魔の小次郎(車田正美)
ほか…

 というラインナップを見て、このころがまさにジャンプの黄金時代だったよなあ、と思ったのです。これに「北斗の拳」が加わったわけですから。
 実際に「発行部数日本一!」を塗り替えていくのは、この後の時代になるわけですが、その頃(たぶん、これから数年後くらい)の『ジャンプ』は、僕たちからすると、「最近のジャンプは面白くないなあ」と思うようになってからのことで。
 「内容がピークを過ぎた頃に、人気のピークがやってくる」という「東京サンシャインボーイズの法則」は、ここにもあてはまっているのです。
 当時小学校高学年だった僕にとっては、当時の「ジャンプ」は、すごく背伸びした本で、「Dr.スランプ」や「キン肉マン」はともかく、「CAT'S EYE」や「コブラ」なんて、読んでいるだけで「オトナの世界」を感じさせられたものでした。といいつつ、コーラのビンで「サイコガンごっこ」とかをやっていたわけですが。
 だいたい「シェイプアップ乱」とか「天地を喰らう」の第1話とか、「少年誌がこれでいいのか?」と子供心に思ったものです。
 でも、そういうのが子供にとっては面白かったんだよなあ。
 
 今の『ジャンプ』は、お行儀良くなって、「子供の教育上よくない」なんて言われなくなったんでしょうし(「世紀末リーダー伝たけし」の作者が買春で捕まったとき、「子供の夢を壊した」なんていわれたくらいですから)、青年誌も隆盛ですから、昔ほど「大人向けのマンガ」は載らなくなったんでしょうけど、それはそれで、今の子供たちはけっこう、「子供騙しだな」とか思ってるんじゃないか、という気もします。
 
 まあ、少なくとも20年前と比べても「マンガが子供に悪影響を与えている」とは言い難い気はしますね。
 20年前の悪影響が、当時の子供が親になってから効いてきてるのかもしれないけどさ。

 でも、本当に面白かったんだよなあ、当時の『ジャンプ』は。


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今日二十歳になった、最愛のキミへ。 - 2003年07月15日(火)

 キミにはじめて会ったのは、まだ僕が子供だったころ。
 居並ぶ女の子のなかで、いつもキミの周りには、人垣が絶えなかった。
 キミは、みんなのアイドルだったよね。
 
 キミが初めて僕の家にやってきたとき、恥じらいながら一糸纏わぬ姿になったキミに命を吹き込んで、僕はキミを一晩中愛したものだった。
 キミは、今までの子とは違って、繊細で、すばしっこくて、美しい声をあげていた。

 僕たちは、いつも一緒だった。僕が家に帰ると、いつもキミは待ってくれていた。
 ときには、移り気なキミが他の奴と一緒にいるのを指をくわえて眺めていなければならないこともあったなあ。

 キミは、気まぐれだった。
 僕の何日間もの愛の奇跡を何もなかったように無にしてくれたこともあったし、テストの前の大事な時間に、キミに求められることもあった。
 もちろん、僕だってときには苛立って、キミに罵声を浴びせたり、閉じ込めてしまったりもしたこともあったけど。

 でもね、僕はキミがいてくれたおかげで、寂しさから離れることができた。
 キミは、僕が嬉しいときも、悲しいときも、いつも同じ笑顔で僕を迎えてくれた。

 今では、キミは僕の部屋の片隅で、昏々と眠り続けている。
 ときどきキミの声を聴いてみたくなるんだけれど、弱虫な僕は、もしキミが死んでしまっていたら…と想像すると、怖くて君を起こすことができないんだ。
 
 今日は、キミの20回目の誕生日。
 せめて、Happy Birthdayを言わせておくれ。

 20歳おめでとう。

 そして、ありがとう、ファミコン。


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あるプロレスラーの死と臓器移植の裏側に。 - 2003年07月14日(月)

参照リンク「30万ドルの行方」『D−POINT』の記事より)

 この記事を読んで、2000年の5月に亡くなられたプロレスラーのジャンボ鶴田さんのことを思い出してしまいました。
 当時まだ49歳だった鶴田さんの突然死(しかも場所がフィリピン)について、僕は意外な念にとらわれたのですが、鶴田さんはB型肝炎による末期の肝不全で肝臓に癌もあり、厳しい状態にもかかわらず可能性を求めてフィリピンに渡航し、なんとか現地のドナーの肝臓の移植にまでこぎつけたもののドナーの肝臓と血管のサイズが合わずに亡くなられた、ということでした。
 実際は、移植がうまくいっても、癌の転移などもあり、救命は難しかったらしいのですが。

 このとき僕が思ったのは、「フィリピンという国では、そんな癌の転移もある患者さんに、肝臓移植をするのか…」ということでした。
 本来、移植を受ける人の順番としては、「生命の危険が至近で、移植による救命の可能性が高い人」というのがリストの上位に上がってくるはずのものなので(生体肝移植では別)、ちょっと変だな、ということでした。
 やはり、せっかくの臓器だから、それによって助かる可能性が高い人に移植すべきと考えるのが常識ではないでしょうか。
 裏では、臓器ブローカーの存在なども囁かれていたものです。
 結局、真相については、鶴田さんが亡くなられたということもあり、藪の中、なのですが。
 でも、仮に「何か」があったとしても、「何をやってでも助かりたい」という人間の心境を一概には責められないのもまた事実。

 子供の海外での移植手術のために、募金をしている話をよく耳にするのですが、あれだって、ある意味「日本人が、地元の子供たちの臓器を買いに来ている」と現地の人には思われているかもしれません。
 今の「臓器不足」の状況では、誰かにその臓器が移植されれば、その臓器があれば助かったかもしれない命が存在していた可能性は非常に高いでしょう。
 だからといって、もし自分自身や身内や子供がそういう状況にあれば、「金でどうにかできるのなら…」と考えるのは、全然おかしな考えではないわけで。
 
 「金があれば、何でも許されるのか!」というのは、死に直面していない人間のキレイ事、なのかもしれませんね。
 実際に悪質な臓器ブローカーが存在しているのはまちがいないようですが、それを利用してでも生きたい、という人間が後を立たないだろうなあ、とも思うのです。

 だからこそ、何らかの「歯止め」をかけていかないと、おそらく事態は改善されることはないでしょうね。
 しかし、いろいろ取り締まっても、けっきょく、「なんとか生きたい」という人間の欲望と貧困があるかぎり、地下に潜るだけで、悪質なブローカーは撲滅できないような気がします。


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ファミコン発売年に、いちばん売れたゲーム。 - 2003年07月13日(日)

1983年の7月15日に、任天堂のファミリーコンピューターが発売された。
その年のヒットゲームベスト3

第1位 ベースボール(任天堂)   235万本
第2位 麻雀(任天堂)       213万本
第3位 マリオブラザース(任天堂) 163万本

 この記事を読みはじめたとき、当時を知っている人は誰でも、「1位はマリオブラザースに決まってる」と思ったのではないだろうか?
 僕もちょっとびっくりした。
 麻雀もこんなに売れていたなんて。

 当時のファミコンは、けっして子供向けというスタンスではなかった、まさに「ファミリー」コンピューターだってことだよなあ。
 それにしても、「定番」というのは強い。

 まあ、今では「野球」も「麻雀」もいろんなゲームが発売されてしまい、特定のソフトだけがものすごく売れる時代ではなくなってしまったのだろう。
 「麻雀」なんて、ファミコンは2人麻雀だったけど、昔は夢のようだった「4人麻雀」ができるソフトが、1000円くらいで買えたりするわけで。

 それにしても、「勉強にも使えるから」とかいって、ファミコンを買ってもらった時代が懐かしい。
 勉強に「も」使えるだけで、個人的には勉強に使うつもりはさらさら無かったのだが。
 実は、親も「仕方ないな」とか言いながら、自分も「麻雀」やりたかっただけだったりしたんだろうなあ。
 自分が大人になってみると、なんとなくそんな気がする。


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「感情」と「理性」は、相反するものだと誤解している人々へ。 - 2003年07月12日(土)

Mr.Childrenの名曲「イノセント・ワールド」に、

♪さまざまな角度から 物事を見ていたら 自分を見失ってた

という1節がある。

 僕がこの曲をはじめて聴いたとき、もっとも心に残ったのは、このフレーズなのだ。
 
 僕は、20歳くらいまで、なんでも物事を冷静に公平に、客観的にみていこうと努めていた。「公平」で「平等」だあることは、何より正しいと思っていた。

 でも、最近つくづく思う。
 人間は、完璧に冷静で客観的になんて、なりようがない。
 物事はすべて、僕が僕であるかぎり、僕という人間を通してしか認識されないものなのだ。
 
 「感情論」なんて、バカバカしい、とあなたは思うかもしれない。
 そんなのは、ワイドショーのコメンテーターや井戸端会議のオバチャンたちに任せておけばいい、って。
 僕も高校生くらいのころは、そう思ってたさ。
 でも、「法律」とか「秩序」なんてものは、天から降ってきたものでも、地から湧いて出てきたものでもない。
 たくさんの人間の感情が、歴史によって積み重なり、人間がより安全に生きやすくなるために、「法律」として具現化されたものなんだ。
 もちろん、「法律」になってしまえば、それを構成している『感情』という細胞は、識別することはできないけれど。

 「感情論なんて、バカバカしい」と言うのは、「水蒸気は、雨とは関係ない」ということだと、僕は思う。

 だいたい「過剰な感情論は危険だ」という発想だって、そういう「感情の洪水」に溺れて苦しんだ、先人たちの「経験」の蓄積に過ぎない。

 でも、この世には、他人の注意を引くための、偽の「感情」や「理性」が多すぎるんじゃないかな。

 「感情」と「理性」は相反するものじゃない。
 完璧な「理性」なんて、存在するわけがない。
 もし、そんなものが存在するなんて思える人間は、とても「感情的」なのではないか。

 僕は、好きなものは「好き」、嫌いなものは「嫌い」(これは敢えて書く必要もないんで、黙ってるかもしれないが)、正しいと思ったことは「正しい」、間違っていると思ったことは「間違っている」と書く。

 そして、わからないことは、「わからない」と書いていきたい。
 


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「普通の12歳」なんて、もうどこにもいない。 - 2003年07月11日(金)

 今から約20年も昔の話ですが、僕は、純真な12歳ではありませんでした。
 毎日広場で野球をしたりなんてしなかったし、泥だらけになって遊んだりもしませんでした。
 中1になるときに転校してきた中学校は、ただひたすら荒れていて、ヤンキーが「○○ちゃんとヤッたけど、よかったぜ」なんて話をトイレで普通にしているような学校でした。
 おまけにその中学は、市内の3つの小学校から生徒があつまっているマンモス校で、入学式の後、それぞれの出身小学校別に生徒が固まっている中、ひとりポツンと教室にいるのは、とてもとても辛かった記憶があります。
 固まっているクラスの中に入りこんで来た転校生のほうが、みんなに構ってもらえる分ラクだったのではないかな、と思いました。

 中学校時代は、帰宅部でした。
 吉川英治の三国志にシビレました。
 たまに遊びに来てくれる小学校時代の友達とファミコンだけが、人生のオアシスでした。
 成績は、それなりに優秀でした。
 運動は苦手で、家で本を読んだり、ゲームばかりしていました。
 人と話すのも苦手で、自分から話しかけられない性格でした。
 女の子とも、ほとんど喋ったことはありませんでした。

 勉強はできたので、いじめられたりはしませんでしたが、クラスの「頭のいいヤツ」と少人数のグループを作って、あまりそこから出ることはありませんでした。

 「青春」なんて言っている大人は、バカだと思っていました。
 尾崎豊の「卒業」を聴いて、「教室の窓ガラスを割るとか、そんなつまらない反乱をやっても何も変わらないだろ、バカだな。それなら勉強して東大に行って、このつまんない社会を改革してみろよ」と思っていました。
 タバコは、体に悪いから吸いませんでした。

 学校でも家でも、基本的には「良い子」でした。
 万引きなんて、やったこともありません。
 親が悲しむのが嫌だったのと、将来の自分のキャリアに傷がつくと思っていたからです。
 ヤンキーに絡まれたら、「お前らが俺のところに将来金借りに来ても、絶対貸してやらないからな」と心に決めつつ、ひたすらに耐えました。



 あれから、20年経ちます。
 たぶん、僕はあの頃より素直で自由です。
 エロトークだって、多少は似合います。
 彼女だっています。
 嫌なヤツとは、あんまりつきあわなくてよくなりました。

 まだまだ完璧には、程遠いけど。


 結局、紙一重なのかもしれませんね。
 僕のような、健全でない人間にとっては。
 
 でもね、ほんとうに健全な人間なんて、いるのかな?
 子供らしい子供なんて、いるのかな?

 そういうのって、川にはメダカがいるはずだ!
 という先入観のもとに、ずっと絶滅目前のメダカを探し続けるようなもの。

 ただ、ひとつだけ言えることは、12歳という年齢は、「善悪の判断ができない年齢ではない」ということです。人を殺すことが社会に反することだと、わからない年齢ではないでしょう。
 悪いことをやれば罰されるのは、当たり前です。
 14歳の誕生日を迎えたとたんに、スイッチでも入るかのように理性に目覚めるわけがない。

 子供らしくできる子供は、そうすればいい。きっと大人も喜びます。
 子供らしくできない子供は、もっと大人になってください。
 もしくは、大人になるまで、なんとかガマンしてください。
 大人は、「子供らしく」と言いながら女子高生を買い漁り、その一方で、「高校生が売春するなんてけしからん」とか言えるカシコイ生き物です。
 買う人がいなければ、誰も売りようがないのにね。

 そこに矛盾を感じるのは、ごくごく普通の人間です。
 ぜんぜん変じゃありません。

 だいたい、イマドキ原っぱで遊んで、何が面白いものか。

 しかし、よく考えてみたら、これだけいる12歳の人口のうち、そういう犯行に及ぶものはごくごくわずかで、大部分の12歳は、いろんな矛盾を抱えながらなんとか「普通に」生きているわけですよね。
 この世界の12歳よ、他人を傷つけちゃだけだよ。自分が損するだけだから。
 
 「理解がある」大人が思っているほど、みんな子供じゃないよ、12歳なんてさ。


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サイト運営者の欺瞞と閲覧者の傲慢。 - 2003年07月10日(木)

サイトを何のためにやっているのか?というようなことを最近よく考えている。

先日「POPOI」というサイトに行ったら、管理人の入江舞さんが「多忙なので、しばらく休みます」という意味の閲覧者への連絡事項を書いていたのだが、その文章の締めは「ごめんなさい」だった。
 「こんな内科医ですみません」のBBSが荒れていて、そのキッカケになったのは「最近女の子の話ばっかりで、ワンパターンでつまらない」という書き込みだった。

 僕は、文章を書くのが好きで(もちろん、いろんな人とやりとりをするのも好きなんだけれど)このように自分の時間を割いて書いているのだけれど、最近、サイトをやっていて良かったと思うことと同じくらい(ときにはそれ以上に)イヤだなあ、と思うことが多いのだ。
 よく、サイト運営者の運営の意義として「実生活では得られないような友達をつくりたい」というのがあるのだが、僕は別に、サイトに友達作りという目的を求めていない。
 ところで、みんなそんなに友達が欲しいのか?
 そんなに友達作りのためにかける時間があるのか?

 じゃあ、何のために?と考えてみたのだが、やっぱり自分が書いたことに対して、世界から返ってくるリアクションが面白かったのだと思う。
 はじめてメールが来たとき、スゴイ、と思わなかったかい?
 見知らぬサイトからリンクしてもらったとき、なぜかとても嬉しくなかったかい?
 掲示板にはじめて書き込みがあったとき、リンク先が怪しいネットビジネスのサイトでも、消すのに躊躇しなかったかい?

 最近、面白くないのだ、本当に。
 性格には、面白さを上回る不快さを感じることが多い。
 なんだかわけのわからない嫌がらせメールとか来るし。
 僕が医者だからと言って、自分がつきあっていた医者へのクレームを書いてこられても困るわけで。
 今、日本に医者が何人いるか知ってますか?
 全然珍しい仕事じゃないし、「医者」という職業に属する人の中にも、いろんな人がいるのです。
 内容にクレームがあるのなら、ちゃんとした文章で書いてくれれば、誠意を持って対応するつもりなのに、何処が悪いのかすらわからず、ただ気持ち悪い。 

 イヤなら読まなきゃいいのに。
 読むのも読まないのもタダなんだから、更新しようがしまいが文句言われる筋合いもない。違うかい?
 そう思う一方、サイトなんてのは、読んでくれる人がいないと成立しないという面もあるんだよなあ、実際。
 全く同じことが書かれていても、読み手の数によって、全然その反響が違ってきたりもするものだし。

 しかし、「更新できなくてごめん」っていうのは、ある意味傲慢でもあるよね。
 「相手が楽しみにしている」ていう前提があるわけだから。
 もちろん、僕だって「POPOI」を楽しみにしている人間のひとりなんだけど。

 ひとつだけ言えることは、サイトが大きくなればなるほど、面白くもある反面、そういう対外的なストレスは増えてくる、ということだ。
「POPOI」よりも更新頻度が低いサイトなんて星の数ほどあるし、「こんな研修医…」より面白くて多彩なパターンのサイトがそんなにあるとは思えない。
 それに、サイトというのは、大きくなればなるほど(そして、管理者が自分を隠そうとすればするほど)書けないことが多くなるのだ。
 家の日記帳になら、実名で上司の悪口が書けても、1日1万ヒットのサイトに書けるわけないじゃないか。

 ワガママとワガママの衝突のエネルギーで、サイトというのは管理者にも制御しきれない、とんでもない怪物になっていく。

 書きたい人が書きたいことを書き、読みたい人が読みたいことを読む。
 そんなシンプルな喜びは、もうココには無いのか?




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「夏の日の1993」と1993年の夏の日々。 - 2003年07月09日(水)

「夏の日の1993」という曲をご記憶だろうか?
 今朝、ラジオを聴いていたら、この曲を歌っていたclassという2人組が今夏に再結成し、この曲をセルフカヴァーしたのだとか。
 カヴァーされた曲自体は、「う〜ん、前の方が良かったかなあ…」というか、前のバージョンを聴きたいなあ、と思わされるようなものだったけど。
 この曲、曲名どおりに1993年に発売され、大ヒット。その後も、山下達郎の「クリスマス・イヴ」のように、夏の定番として、毎年夏になるとコンスタントに売れていたとのこと。
 「ナインティーンナインスリー、恋をした〜」
 というフレーズを聴いていたら、なんだか、10年前のことを思い出してしまった。
 そのとき、部活の飲み会の2次会で、僕はこの曲を歌っていて、みんなに囃したてられていたのだ。
 「誰に恋したんですか〜」ってさ。
 僕はその夏、ある女の子とすごくいい感じだったのだ。
 後から気がついたのだけど、あれは、たぶん恋だった。
 そのときには、まだ違うと思っていたのに。
 向こうからアタックしてきた、不思議な女の子。
 結局、それは僕の妙なプライドと彼女の移り気のために、ひと夏の恋、だったんだけど。

 なんだか、この「夏の日の1993」を聴くと、そんなカラオケボックスの壇上での照れた気持ちと、あのほろ苦い夏のことを思い出してしまう。

 でも、そのことは、年々甘い記憶になってくるのだよなあ。
 年をとるのも、悪くないのかもしれない。



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乗り物酔いと依存心とリストカット。 - 2003年07月08日(火)

 僕は乗り物酔いがひどい。
 子供の頃は、家族旅行のたびに酔って吐いていたし、ヘタしたら外食に行く車で酔ってしまい、食事が食べられないことすらあった。
 酔い止めの薬とか、前に座って景色を眺めるとかいろいろやってみたけどダメだった。
 酸素が足りない金魚のように、外の空気に向かって、ただうつろな目で口をパクパクするのみ。
 さすがに、今は前ほど激しく酔わなくなった。
 自分で車を運転するときは、まずそんなことはないし(でも、たまに山道などでは自分で運転していて気分が悪くなることもある)、二日酔いとか、乗り物が激しく揺れたりしなければ大丈夫だ。
 最近は、乗り物の大部分が禁煙になってくれたおかげで、かなり助かってもいる。

 ところで、以前は、「乗り物酔いが酷い子供は依存心が強く、甘えん坊」なんて言われていた。
 さて、それは事実なのかどうか?
 希代の乗り物酔い男としては、むしろ、神経性の消化器症状のような気がするのだが。
 
 ただ、ひとつだけ言えることは、乗り物酔いをしない人間には、そのつらさはわからない、ということだ。好きで酔ってるんじゃない。
 そんなふうに考えると、リストカットとかをする人の辛さも、きっと僕にはわからないんだろうなあ、と思う。
 本人にとっては、ガマンできないこと、なんだろうから。

 実際には、乗り物酔いの人を介抱すれば、自分の人生にメリットがあるかもしれないが、リスカの人の場合、メリットがなさそう、ただ、それだけのことかもしれない。


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せつない七夕。 - 2003年07月07日(月)

 今日は7月7日、七夕だ。
 最近はそんなにたくさんはないのかもしれないけれど、昔はいろんなところに短冊を吊るした笹がみられたものだった。
 そんな「迷信」なんて信じない僕にとっては、短冊を書く(しかも、それって自分の願いが、不特定多数に見られる可能性があるんだよ!)なんてことは、とても恥ずかしいことだという意識があって、滅多にそんなイベントに参加することはなかったし、書くとしても当たり障りのないことを書いてお茶を濁してきた。
 
 大学の5年になって、病院に出入りするようになると、そこにもたくさんの七夕飾りを見るようになった。
 そこには、全部ひらがなの幼い字や、達筆すぎて読むのに困るような字で、さまざまな願いが書かれている。

 「はやくびょうきがよくなりますように」
 「妻が退院できますように」

 それらの言葉を見つめていると、涙が出そうになる。

 僕は、短冊に書いた願いが叶うなんて、これっぽっちも信じてはいない。
 でも、このささやかな心からの願いを誰か叶えてくれないものか、と心から思う。
 本人にも、家族にも、医療者にも手が届かない、失われていくもの。
 それでも、手が届かないと知りつつも、空に向かって手を伸ばさずにはいられない気持ち。
 
 病院の七夕は、毎年、ちょっと切ない。



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「半年も付き合ってた男のこと、忘れるわけないじゃない」 - 2003年07月06日(日)

「半年も付き合ってた男のこと、忘れるわけないじゃない」
半年しかつきあってないのかよ!
 とテレビにツッコミを入れた視聴者の数、たぶん一千万人以上。

 というわけで、不作といわれる今シーズンのドラマの中、僕が「Dr.コトー」と並んで期待していた「元カレ」の第一回を観た。
 感想としては、広末性格悪そうな女やなあ、とか、内山理名がどうしてこんなに最近たくさんテレビに出ているのか意味不明、とか、天野の登場意義は、ダンスができるってことだけなのかなあ、とか。
 まあ、今回はプロローグみたいな感じだったので、内容はこれからなんだろうけど。

 ところで、広末涼子という人は、最初は「爽やか清純派」というスタンスで大ブレイクしたのだけれど、一芸入試で早稲田に入ったり(ちなみに、広末は、もともとけっこう生成期優秀だったらしい。その割には大学に最近は全然出ていなかったりするのだが)、モデルの彼との逢瀬が写真週刊誌を賑わせたり、撮影のドタキャンで、すっかり「プッツン女優系」になったりしていたのだが、最近また、人気が出てきたような印象がある。
 どうも、メチャメチャやっているうちに、周りも「そんな自由な生き方のヒロスエはけっこう凄い!」というスタンスになってきてしまったみたいなんだなコレが。
 まあ、困った人も、ずっと持続してやれば個性になることもある、ということか。

 ところで、このドラマを観て思ったのだが、ヒロスエと内山理名を天秤にかけるなんて、主人公は贅沢な男なのだが、この設定って、2人の魅力が、元カノ≧今カノ、じゃないと成立しないんじゃないだろうか?
 元カノが山田花子で、今カノが菅野美穂だったら、誰もそんなの悩んだりしないだろう?
(いや、一部には好みが違う人だっているんだろうけどさ)
 つまり、内山理名は、ドラマの中での恋の勝ち負けはともかく、女優的には、ヒロスエ以下だと思われているってことだよね、きっと。
 というわけで、今回も敵役っぽい内山理名。いつか勝てる日が来るのだろうか?
 しかし、悪役にしても、どうしてこんなに日曜の夜に内山理名が出まくっているのか、僕としては理解に苦しんでしまうわけです。
 一視聴者としては、日曜日のオリックスの連敗記録が止まった今、内山理名のドラマ内での連敗記録の行方が気がかりではあるんだけどさ。
 
 だいたいキミたち、伊豆の温泉に3泊4日って、濃すぎないか、それは?
 そんなに長い間いても、やること無いと思うぞ。



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「7月4日」が来ると思い出す、あの映画。 - 2003年07月04日(金)

 今年も「7月4日」がやってきた。
 日本人である僕にとっては、かなりどうでもいい日なのだが、アメリカは「独立記念日」なのだ。
 (これを書いている時点では、たぶん現地はまだ3日)
 で、映画の題材なんかにもけっこうなっている日なのだ。
(最近ではそのものズバリで、「インディペンデンス・デイ」なんてのもある。内容は宇宙人襲来モノだが)

 ところで、「7月4日に生まれて」という映画を御存知だろうか?
 もう十数年前になるのだが、独立記念日に生まれた「アメリカの正義」を信じるアメリカ人の若者が、ベトナム戦争に従軍し、悲惨な戦争体験の末、負傷により下半身不随になり、最後は平和運動に目覚めていく、という内容。主演はトム・クルーズで、公開当時はかなり話題になった映画だ。

 僕はこれを20歳そこそこのときに、家のビデオで同じ部活の同級生と観たのですが、その時のことは、まだ鮮明に覚えています。とはいっても、あるひとつのシーンだけなんですが。

 それは、下半身不随になったトム・クルーズ演じる主人公が、自分の生殖機能が失われた(要するに、「セックスできなくなった」ってことですね)ことを知って、「ペニス!ペニス!!」と叫びまくるというシーン。
 本人にとっては、切実極まりない問題だと思うのだけれど、実際にこのシーンを同級生の女の子とかと一緒に観ていると、すごく隣が気になるんですよこれが。
 実際は、みんな平然とした顔で観ていて、ひとり緊張しまくっていた僕より、みんなオトナなんだなあ、と痛感したわけです。
 
 今では、ベッドシーンとかでも、「脱ぎが甘い!」とか思ってしまう立派なオトナになりました。


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「『マトリックス・リローデッド』が解らない女たち」って… - 2003年07月03日(木)

参考リンク:『Pinnie-the-Wooh』Thu Jul3,2003 「リローデッド、わかんね」


 昨日ラジオを聴いていたら、クイズの回答者の20代くらいの女性が「マトリックス、面白かったですよ、ストーリーはよくわかんなかったけど」と言っていました。
 さらに、番組のDJが言うには、女性週刊誌(たぶん「女性自身」だったと思う)には、「マトリックス・リローデッド」が解らない女たち」とかいう特集記事まで載っているのだとか。
 映画を観た帰りに、「ねえねえ、わかった?」って言い合ってたカップルの声も耳にしましたし。
 けっこうみんなわかってないんですね、「リローデッド」。
 いや、僕も自分でどこまでわかっているか、怪しい限りなのですが。

 しかし、「リローデッド」の凄いところは、「わけわかんなくても結構面白い」という点にあるのかもしれません。
 指摘されているクドイまでの踊りのシーンとか、100人スミスのシーンも、観ていると必要以上に長くてクドイ感じなのですが、だからこそ、けっこう印象に残るシーンでもあるような気がします。ああ長かった、って。

 昔から、「わけわかんない映画」っていうのは、けっこうあって、「2001年宇宙の旅」とか「パルプ・フィクション」なんてのは、観た人の多くは理解できなかったのではないでしょうか。
 評論家やメディアが「凄い」って言っているものを「わかんなかった」って大声でいうのは、結構恥ずかしいので表沙汰にならないだけで。

 逆に、「フォレスト・ガンプ」みたいに、「内容は理解できるんだけど、これで何が言いたいんだろう?」とか思うこともあるんですが。

 「リローデッド」って、たぶん、僕みたいに「ちょっとわかったような気がする人間」の優越感を刺激するのが狙いなのでは。
 ドラクエ2で、ラゴスを自力で見つけたときのような感じ、とでも言いましょうか。
 マニアにとっては、「自分だけがわかったような気になるバランス」
 非マニアには、「爽快なアクション」
 要するに、観客の好みに応じて愉しめるようになっているんじゃないかなあ、と。

 「わからない」のは、まさに製作者の計算通り。
 たぶん、「わかりにくいように作っている」と思う。
 少なくとも、積極的にストーリーを理解させよう、という意識はないはず。

 僕もいまひとつ釈然としないながら、エージェント・スミスが登場するたびにニヤニヤしていたのです。
  
 というか、「リローデッド」って、コンピューターの知識がない人には、全然理解不能の話なのでは。

 でも、僕は「レボリューションズ」も観るつもりです。
 予告編ではスミスがずらっと並んでたし、いったいこの話にどんなオチをつけるつもりか、やっぱり気になるもんなあ。



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驚愕の「やりサー」と青春の蹉跌。 - 2003年07月02日(水)

(1)お昼のワイドショーを観ていて、東京の大学には「やりサー」というのがあるというのを知った。サッカー部のマネージャーになる新入生女子に「先輩に釣られに行くみたいなもんだ」と憤る大学時代を送ってきた僕にとっては、空からメテオな気分。

(2)「集団レイプなんて、今の大学生の風紀の乱れは信じられない!」
 とコメントしていたのが山本カントクだったりすると、人間って立場によって変わるものなのだな、と心にポイズナ。

(3)「全裸遺体の男児、身元発見」というヤフーの見出しに、この短い字数であなたたちが最優先の情報として選んだのは、「全裸」なんですか…記者にライブラ。

(4)押○学を昨日テレビで観たのだが、いまだに彼を見ると「奥■恵」を思い出してしまう自分に気がついた。しかもこの真ん中の字、いつまで経っても「■」なんだよなあ。
 傷ついた僕の心にエスナ。

(5)中日・川崎投手、「心無いファンのために」オールスターファン投票1位!
 「心無いファン」は、投票しないと思われ。まあ、FAでヤクルトを捨て、移籍した中日では1軍で1球も投げずに年俸2億だからねえ…どっちからも嫌われるわな。
 今はアストロン、だね。



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たぶん、こうして人は頑固になっていく。 - 2003年07月01日(火)

最近、「MOTHER」の再発売版を少しずつやっている。
どうも、昔のものに回帰してしまい、なかなか新しいほうへ行けなくなっている自分を意識してしまう。
正直に言うと、平行してやっている「FF10」(いまどき「10」で申し訳ないんだけどさ)などは、10時間くらいやっているんだけど、いまだにスフィア盤とやらの使い方がよくわからないのだ。
そして、マニュアルをよく読んでまで、それを理解しようと思えない自分がいる。

昔はよかったなあ、なんて一括りにしたくないけれど、その一方、このままでは「新しいもの」を受け入れる土壌が、自分の中に無くなってしまうんじゃないかなあ、という気もする。
たぶん、こうして人は頑固になっていく。

そうそう、今日から下半期。
5月は「テキストコンテスト」の決勝とかがあって、サイトに来てくれる人が非常に多かった。「テキコン終わったら、閑古鳥が鳴きまくるのでは?」と正直不安だったのだが、6月は5月と同じくらいの数の人が来てくれた。

馬券は当たらなくても、論文は書けなくても、カープは不甲斐ない試合を続けていても、僕は、それなりに幸せです。



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