Comes Tomorrow
ナウシカ



 中傷放置=ネット管理人を書類送検

「学校裏サイト」の中傷放置=ネット管理人を書類送検−大阪府警 (時事通信)

ネットの中傷書き込みで、掲示板の管理人の刑事責任が問われるのは異例とのこと。
ネットはバーチャルとはいえ、それがリアルに及ぼす影響がある場合は、やはり刑事責任は免れないのでしょうね。

ネット人口も増え、こういう犯罪も多くなってくるのかな?
匿名だからといって、何でもありで好き勝手やっていると痛い目に遭いますよということですね。
皆さん、お互い気をつけて、楽しいネットライフを過ごしましょう。



2007年04月27日(金)



 共依存症について

随分前に書籍の紹介文としてUPしたものですが、再度挙げたいと思います。

『共依存症〜いつも他人に振りまわされる人たち』
著・メロディ・ビーティ
訳・村山久美子


頼まれなくても他人の世話に明け暮れる。
相手を喜ばせようといつも自分は後回し。
そして、思いどおりにならないといって腹を立てる。
この本は、自分の人生を他人に捧げてしまった「共依存症者」への処方箋である。

なぜいつも自分が犠牲になるのか。
なぜうまくいかない人間関係にしがみつき、相手をコントロールしようとして結局振りまわされるのか。
「愛しているだけ」で相手を変えることができるのか。
本当に、あなたがいなければ彼は駄目になるのか。
こんな疑問に自らも共依存症に苦しんだ著者が明快にアドバイス。
自分が変われば「他人に振りまわされない人生」が手に入る。

共依存症者とは…
特定の他者の行動に左右されていて、かつ、自分は相手の行動をコントロールしなければならないという強迫観念にとらわれている人のこと。
アルコール依存症者の妻や、アルコール依存症者に影響されたアダルト・チルドレン、慢性病患者の介護をしている人、行動障害のある子供の親、責任感のない人とつきあってる人、看護婦、ソーシャルワーカーといった、介護や援助を職業とする人たちをはじめとして、多くの現代人が共依存症にかかっていることが明らかになっている。
本書は専門家のためのものではない。
アルコール依存症、賭博マニア、過食・拒食、仕事中毒、色情狂、犯罪癖、家庭内暴力の息子、神経症の親…そうした嗜癖者によって翻弄されてきた共依存症者のための本である。

******

それと今回追加で、以下に挙げたいと思います。
こちらでは目次だけ挙げますが、詳しくは、リンク先の心と家族の相談室【依存症】を見て下さいね。


◆共依存症者は、自らを犠牲にして他人を助けたり、世話したりする

◆共依存症者は、他人の行動、感情、考え方・状況・結果を変えようとコントロールする

◆共依存症者は、何か身の回りに問題や危機が起こっていないと空虚になる

◆共依存症者は、依存心が強く、一人でやっていけるという自信がない

◆共依存症者は、考え方、視野がせまい。社会・地域・自然などへの関心・貢献が薄い

◆共依存症者は、現実をしっかり見つめようとしない

◆共依存症者は、「No」と言えない。「私」を中心に話せない

◆共依存症者は、コミュニケーションの技術に欠け、必要なもの欲しいものを要求できない

◆共依存症者は、他人とのバウンダリー(境界)がはっきりしていない

◆共依存症者は、自分の身体から出るメッセージに気がつかず、感情の適切な表現ができない

◆共依存症者は、怒りの問題がある

◆共依存症者は、忍耐強く、静かに時を待つ、ということを知らない

◆共依存症者は、罪の意識によくおそわれる

◆共依存症者は、物事が極端。ほどほどに、ができない

◆共依存症者は、過去の間違いから学ぶことができない

◆共依存症者は、被害者意識にとりつかれている

◆共依存症者は、自分自分のまわりに害があるのに波風を立てないように四苦八苦する

◆共依存症者は、愛情としがみつきを取り違える

◆共依存症者は、権威者を恐れる

◆共依存症者は、理想郷、ファンタジー(空想)、社会のおきてにとらわれる

◆共依存症者は、相手の気分を敏感に察して、先へ先へと頭を働かせる

◆共依存症者は、ウソをつかなくてもよいときにウソをつく

◆共依存症者は、自己の確立ができていない


2007年04月26日(木)



 ユンソナ「豹変発言」の真相 もともと日本が嫌いだった?

Infoseek ニュースより

タレントのユンソナさんがソウル市内で開いた記者会見で、「歪曲された日本の歴史教育に傷つき苦しみました」などと話したことが報道され、ネット上ではこれを「反日発言」だとし、ガッカリしたというコメントが並んでいる。しかし、過去の報道を調べると、彼女が豹変したわけではなく、どうやら考えは一貫していたらしいのだ。

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あとの文章はリンク先の記事を読んでほしいんですが、従軍慰安婦の問題で、あれはあったとかなかったとか、あちこちでいろんな論争になっているけど、事実は一つなわけで、なんで”あるなし”論争になるのか、ほんと私は解せません。

私の訪問看護先のおじいちゃんで、フィリピンに戦争に行ってた人がいて、いろいろと話をしてくれました。
海軍にいたらしいんですが、その方は小さな偵察船(5人乗りと言われてました)に乗っていたそうです。

それで大きな母艦?の周囲で、敵の船や攻撃がないかどうか偵察するらしいんですが、ある日、フィリピンの沖近くで日本の母艦がアメリカに追撃され、真っ二つに割れ海に沈んでしまったのだそうです。

その方は何もできず、ただ沈んでいく母艦を眺めているしかなかったそうです。
アメリカ兵はすぐ近くにいたようですが、その方の乗っている船はあまりに小さかったので攻撃を受けることはなかったと言われてました。

それで、なぜ従軍慰安婦の話に繋がるかというと、その沈んだ母艦にフィリピンから強制的に連れてこられた女性100人(だったか150人だったか)が一緒に乗っていたというのです。
その方は、従軍慰安婦という言葉は使わず、『パンパンの女や』という言い方をしてました。
私は以前、そういう女性のことを『パンパン』と呼ぶということを聞いたことがあったので、すぐにわかりましたけど。

その方は、沈み行く母艦の看板に並んでいた多くのフィリピンの女性たちのことが忘れらないと言っていました。
無理やり連れてこられて、日本軍と一緒に海に沈んでしまった女性たち。

それにしても『パンパン』って、なんて軽い言葉でしょう。
勝手に連れてきて、勝手にそう名づけて、勝手に…

こういうこと書くと、またどこの海で、どんな母艦で、いつ?みたいな質問をしてくる人もいるかもしれないけど、私はフィリピンで戦争体験をした『忘れられない』証言とやらをしてくれた、その方の話を信じますね〜
こんな話、いきなり作り話で訪問看護師の私に話すとも思えないし。

”あるなし”論争の前に、まずは証言に耳を傾けましょうと言いたい。


2007年04月11日(水)



 『文藝ミュージシャンの勃興』

『文藝ミュージシャンの勃興』

先日面白いCDを買った♪

『ミュージシャンというより、昔の文士。
美人に貢がせ、原稿破る。
ロマンとリアルのせめぎあい。

シュガーフィールズ原朋信と田辺マモルの企画による、同人誌のようなコンピレーション・アルバム。』

だそうだ。
私はその中の曲を聞くよりも、CDの中に入っている冊子の文章に魅せられて、何度でも読んでしまう。

詩があったり、エッセイがあったり、小説があったり。
その中でも、う〜んと唸ってしまった文章。


『ギャラ』  西里一茶雄

生きることはノーギャラであります
それだけではお金にならないのであります
生きることは いかなる労働よりも過酷である にも関わらず
生きる分だけのギャラが支払われないということは
人生とは何と不条理でありましょうか

せめて交通費だけでも、と請求書を書いてみたものの
私が何処から来たのか 何処へ行くのか 今何処にいるのか
私自身全く検討がつかないものでございますから
どうにも正当な支払いなど望めないのであります
人生とは何と非合理でありましょうか

この分だと きっと死もノーギャラであります
どんな死に方でも 誰のためであろうとも 同じ金額であります
美しくても 醜くても 悲しくても 嬉しくても
私には 一銭のギャラも入ってはこないのであります
そしてそれこそがまさに 私の生きている理由なのであります

人生とは何と無邪気でありましょうか


2007年04月03日(火)
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