どうか、この僕に翼をください
この僕  

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■ 治療開始後初めて見舞いに

母と私で弟の見舞いに行った。
パジャマを持ってきて欲しいと云われてたので、私の使ってないのを持っていく。紳士物のだから大丈夫ということで。
弟と私は普段も服の着回しもしてるから、私が弟のパジャマにしてたの着てたり、Gパンも履いてたりするしね。w

顔色も良くて元気そうだ。
プレドニンを20錠飲まなきゃいけなくてとは云ってるが
今は副作用も出てなくて大丈夫だよとけろりとしている。
いやいや最初は薬が体に合うかどうかの反応が怖いから注意するってことで、副作用は投与を止めて数日して免疫力が落ちてきたら出てくるかもしれないからと云ってやったが。出てくるかもじゃなくて、たぶんきっと出るはずなのだが、今が全然平気なので本人あんまり解ってないような感じ。><
そいえば、昨夜夜中にしゃっくりが出て止まらなかったとか、面会したときは止まってたけど、薬の影響らしい。
プレドニンは相当苦いらしくて飲むのが大変そうだ、夜にメールでそう言ってきたよ。><

突然、弟の上司の専務さんが見舞いに来てくださった。
私は初対面なので挨拶をした。うちの父と同じく程の歳なのに凄く行動的で若く見えた。仕事忙しいのについでだからとたびたび見舞いには来てくださってるし、フットワーク軽いなぁと。そして面倒見がよい人なのかなと。弟はほんと良い上司に恵まれて良かったと思いました。普通上司がそんなたびたび見舞いになんて来てくれないよ。

主治医の先生から今回の病気の説明を受けたとき、以前の病名は弟からは繊維症だと聞いてましたが、過去のデータを以前の病院に問い合わせたら病名は急性骨髄性白血病となってますが間違いないですか、と私たちに確認された、当然間違いないですと答えたが。弟が解ってなかったことにまじで驚いた。
で、今日それを確認したら、当時は子供だったので先生は繊維症だと弟には云っていて、それをずっとそうだと思ってたらしい。。。><
定期検査で今までも病院行ってたし診断書とかも貰ってて解ってるはずだと思ってたのに、まさか二十数年後にこんなことが発覚するとは。。。ふぅ
こんなけのんきな性格なら今回もまぁ無事乗り越えられそうな気がするよ。w

2011年01月28日(金)

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■ R-CHOP療法

昨日リツキサン投与して、本日エンドキサン、アドリアシン、オンコビン投与と錠剤プレドニン。
今のところ異常なしとの弟からのメール有りで一安心。
これから副作用が出てきてしんどくはなるんだろうけど。。。

嫁も今日、高額医療費事前免除の申請手続き出来たようで、昨日ばたばたして手続き早くするように伝えて良かった。
治療費が高額になるようなので事前申請が今月分に間に合って良かったです。


・リツキシマブ+シクロフォスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン(R-CHOP療法)
http://www.ganchiryohi.com/kouganzai/nh_lymphoma.html
初日にリツキシマブ、シクロフォスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチンの注射投与を受けます。加えて、初日から5日目まで連日プレドニゾロンを服用します。その後21日目まで、薬を休みます。通常3〜8コースの治療を受けますので、治療費合計は858,990円〜2,290,640円となります。



2011年01月27日(木)

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■ 高額医療費制度/事前免除

高額医療費制度の事前に免除できる制度のメモ

・厚生労働省:高額療養費制度を利用される皆さまへ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken13/100714.html
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken13/dl/100714a.pdf
  ↑ここの8頁と15頁参照
  

・全国健康保険協会:健康保険給付の申請書
http://www.kyoukaikenpo.or.jp/9,0,123.html
【4】【70歳未満の方が医療機関に入院したときの窓口支払額を軽減したいとき】
   健康保険限度額適用認定申請書 

http://www.kyoukaikenpo.or.jp/8,268,25.html#限度額適用認定
〈高額療養費の現物給付化〉
70歳未満の方であっても平成19年4月より「入院される方」及び
「外来で在宅時医学総合管理料、特定施設入居時等医学総合管理料及び
在宅末期医療総合診療料を算定される方」の高額療養費を現物給付化し、
一医療機関ごとの窓口での支払を自己負担限度額までにとどめることが
できるようになりました。
この制度を利用するには、事前に全国健康保険協会の各都道府県支部に
「健康保険限度額適用認定申請書」を提出し、「健康保険限度額適用認定証」
の交付を受け、医療機関の窓口に認定証と被保険者証を提出してください。


【4】の健康保険限度額適用認定申請書
   ↑これが事前に免除出来る申請書。

健康保険限度額適用認定申請書 記入例
http://www.kyoukaikenpo.or.jp/resources/content/123/20100805-163118.pdf


・全国健康保険協会 愛知支部
http://www.kyoukaikenpo.or.jp/13,0,94.html
愛知支部の所在地・連絡先
http://www.kyoukaikenpo.or.jp/13,0,94,198.html


・リツキシマブと新規抗B細胞抗体(リツキシマブは商品名リツキサン)
http://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/topics/rituximab.html
5.費用のこと 参照


昨日主治医から高額医療制度の話が出たのでいろいろ調べてわかった。
嫁も入院時にそのような案内チラシ貰ってたそうだけどなかなか事前にはわからないよなぁ。
ほんとこういうのはわかりにくすぎで困る。><
嫁さんが明日手続きに行くそうなのでこれで月末締めまでに間に合うかな。

弟の具合は本日から抗ガン剤治療で、リツキサン投与は問題なかった模様だが、お腹が痛くても痛み止めが時間空けないと使えないから辛そうな感じらしい。
点滴の分量が減ったとかで食事を少しでも食べるようにしているらしいが、といっても重湯だしなぁ。。。
明日から他の抗ガン剤投与だし。。。うーがんばれ><

2011年01月26日(水)

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■ 先生からの説明

先生からの説明を聞きに父と私で病院へ。嫁とも合流。
母は調子が悪いんで留守番です。
ようやく検査の結果で病名がわかった。
びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫。Stage�掘憤幣紂�
当初膵臓ガンかと云われたのはリンパ腫の影響で膵臓が圧迫されて膵管胆管が通らなくなって膵炎になっていたと云うことらしい。
緊急入院が12/29で今日が1/25。。。どこが悪いかが解るまで長かったな。

先生からの説明でR-CHOP療法を行うとのこと。
明日から早速治療開始です。
以前の白血病の時よりも抗ガン剤の副作用等も軽く済む感じに思えたがどうだろう。
そして免疫力が下がってC型肝炎が暴れなければよいのだが。。。

がんばってくれよう〜><

2011年01月25日(火)

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■ 病室移動

血液内科の病棟へ移動したらしいが、今までは南で窓際だったから暖かかったのに、今度は北で廊下側なので寒いとメールきた。
今日は骨髄採取したらしい。
造影剤も入れたので明日レントゲンするようだ。

2011年01月21日(金)

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■ 母と私とで見舞いに

父の調子と都合が悪いので、母と私で弟の見舞いに。
今日は入院してから初めての食事が出たそうで、朝食昼食ともにおもゆとみそ汁の具無しだったそうです。それでも食事が出たことでちょっとほっとした。
それに初めて便も出たと云うことで、管が上手く繋がって流れていると云うことでしょうかね。
今日は母と私と嫁も揃っていたので先生からの途中経過の説明を聞いた。
とりあえず最初に聞いた膵臓ガンの疑いは薄くなって、リンパ腫の疑いが強くなったとのこと。まリンパ腫採取の検査結果がまだ出てないので、はっきりとは言えませんと云うことでしたが。
結果は来週月曜日に話をと云うことでした。
結局リンパ腫の影響で膵炎になって膵管胆管が細くなってたのではないかと云うこと。。。しかしこんなのは珍しいと先生が云ってました。
リンパ腫ということで血液科に変わるので、明日には病室移動するそうです。
最悪ではなくなったけど、リンパ腫も大変だからなぁ。。。。
しかし珍しいとか云われてもなぁ><

2011年01月20日(木)

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■ 両親が見舞いに

日月の雪もなんとか止んで、寒波も少しは止まったか。
それでも寒いんですけどね。

今日は弟のリンパ節の採取検査なので両親が病院へ行きました。
私は留守番です。
まだお腹は痛かったりするらしいけど元気そうらしい。
血液検査の結果もだいぶ良くなってるらしい。
2、3日前から薬の点滴はなくなって栄養剤だけらしいです。
リンパの検査結果も悪くないと良いのになあ。。。

2011年01月18日(火)

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■ 雪が止みません

昨日から大雪警報出てます。
交通機関は運休してたり遅れてたり。。。
ほんとは今日見舞いに行く予定にしてたんだけど、無理ですね。
メールで今日は腹部のレントゲンあると連絡が。
結果良い方向にいってると良いのになぁ〜
明日はリンパ節から採取検査するそうです。
早く雪止んでくれればいいのに。。。会いに行けない。

2011年01月17日(月)

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■ メールがきた

リンパ節の検査は火曜日に決まったそう。
時間はまだ未定。
日中は痛くないようだけど、夜は痛いようで痛み止めしている。
痛みが無くなればいいだけどなぁ。。。

2011年01月15日(土)

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■ 両親が見舞いに

今日は両親が弟の見舞いに行った。
嫁は休みを取っているので病院で合流。
私は留守番です。

今日は弟は安定していたようです。
丁度自分で体を拭いていたそうで、母が手伝ったと。
首の点滴はまだ慣れてないらしく動きにくそうみたい。

母曰く便のような物が出たらしい、ほとんど水っぽいが。
これは上手く管が繋がってると云うことだろうか?
絶食状態だから便が出ないと思うのだが。。。
弟は云わなくてもいいよと云ったらしいが、母は看護婦さんに伝えてきたそうだ。

嫁には会えなかったので夜電話したら調子が悪かったそう。
夕方着替えは病院に届けたそうです。
そりゃ体調もおかしくなるよ。
私も胃痛で調子悪くなってることだし。
それにしても両親はたくましいな。

2011年01月14日(金)

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■ 内視鏡検査

両親と私、嫁さんも仕事休みを取って病院へ。
弟の病院へ行く前に自分もかかりつけの医者に行った。
売薬飲んでても胃の調子が良くならないのでとりあえず安心するために診て貰っておいた。

内視鏡検査は3時半からなのでそれまで弟や嫁さんと話をする。
弟は私が昨日持っていって貰ったマンボウのぬいぐるみのキーホルダーが頭元に下げてあってそれをさわりながら話してた。

看護婦さんが呼びに来てストレッチャーに乗って検査室へ。不安そうな顔をしてたけど顔色はまぁ良かった。

待ってる時間は長く感じる。
他の患者さんを見てると弟と同じように首の当たりに点滴を刺してるので最近はこんな風なんだなぁと思ったり。
予定通り1時間半+準備や移動時間で病室に戻ってきた。
麻酔が効いてるらしくまだぼんやりしてるけど大丈夫そうだ。

主治医の先生から今回の説明を受ける。
私は初めてなのでいろいろなんだかんだと質問してしまった。
でも何かを聞きたいのに何を聞けばいいのかわからなくてもやもやもした。
今回の内視鏡で胆管と膵管に管を通した。
とりあえず管が通ったのでこれで黄疸と痛みが消えれば食事が出来る状態になるかもしれない。
しかし他にも問題が、リンパ腫かもしれないと。細胞を取って検査するとのこと。
それと自己免疫症であるかもしれない。この場合はステロイドで治療していく。
あとナトリウムも漏れている?ので点滴で入れていると云っていたけど。
ナトリウムが足りなくなると朦朧となるらしい。。。
他の検査もいろいろするのでまた1週間後の検査結果が出ないとどの治療をするのか決まらないと云うことで、検査結果待ちです。
その間急変すると云うことは無いというので、まぁちょっとほっとした。

以前弟が白血病の時、私はドナーだったので先生にそのことを伝えておいた。
また何か提供することがあるだろうか。。。。

2011年01月13日(木)

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■ 点滴処置

鎖骨当たりに点滴を入れる処置をする日なので両親が見舞いに行った。
私は留守番なので。
母親が私の変わりに何か持ってってやるから何かない?というのでマンボウのぬいぐるみのキーホルダーを渡した。
マンボウは私のネットでのシンボル的でもあるし、マンボウは海のお医者さんという話があるのを思い出したから、母にその話をしてマンボウを渡した。
母は以前に旅行に行ったときに、弟と私と母のイメージで買ったキツネの3個のキーホルダーを持っていった。

ひとりで留守番してるとやっぱり泣いてしまう。

両親から話を聞く。
点滴処置してもらったら首付近に処置されたそうですが。
今ってそうなんですかね?
寝返り打つのとか大変そうに見えたと母がいってました。
明日は内視鏡検査があるので怖がってるメールが届く。

私自身は胃痛がづっと続いたままで食欲不振です。


2011年01月12日(水)

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■ 見舞いに

平日で嫁さんは仕事なので、私がひとり見舞いに行くことにした。
今は痛さはないんだよ、と云ってるけどだるそうな感じ。
夜には痛くて座薬を使うらしいが。。。
二人っきりだったから、ハグしてくっついて写メをとって手を繋いでいろんな話をした。
前向きになって貰いたいので、下らない話や笑い話とかして楽しくすごした。
私は泣くわけにはいかないので泣かなかったけど、帰り際涙ぐんでる弟を見て溜まらない気持ちになる。
頭撫でて、また来るからねと帰ってきた。。。

2011年01月11日(火)

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■ 叔母さん達が来てくれた

叔母さん夫婦といとこが実家に車で来てくれた。
そこで両親を乗せて病院まで見舞いに。
私は留守番です。
ひとりでいると涙が出てきて困る。

2011年01月10日(月)

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■ 弟の車

弟の車検がもうすぐで、おまけにすでに相当走っているので車をこのまま車検通すか、廃車するか。
実家近くのディラーなので車を実家に持ってこなければならないことに。
父もいま健康状態がいまいちなので高速を運転させるのは怖いし、どうするか。
結局父が見舞いに行って、嫁が運転して父を乗せて実家まで来ることに。嫁さんもいつも運転するわけではないので一人で運転させるのもかわいそうだのでこういうことに。
免許持っててもまったく運転できない私は役立たずだった。

弟が結婚して以来、初めて嫁さんだけで実家に来た日になりました。
いつもは夫婦で一緒にきてたからね。

弟も嫁が運転するのを心配してたようだった。
無事に着いたよとメールすると、ほっとしてた。

2011年01月09日(日)

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■ メールでやりとり

土曜日で嫁が休みなので、こちらからは見舞いにいかなかった。
メールでやりとりをする。
嫁が行けないときに見舞いにいこうと思う。

2011年01月08日(土)

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■ 主治医からの説明

まだこのときはそれほど心配もしていなかった。
弟が先に主治医からおおまかに説明を聞いたらしい。
良くないらしいとのメールが来たので母に電話させることにした。
そしたら抗ガン剤治療をしなくてはならないという話だった。
夜に主治医からの説明を嫁一人で聞くことになっていたが、一人で聞くのは大変なので両親もあわてて病院へ行った。私は留守番でした。
いろいろもろもろ心配で胃が痛くなってくる。。。

両親帰宅後に主治医からの説明内容を聞く。。。
膵臓ガンでstage��bらしい。。。
レントゲン写真を見せて貰ったらしいが膵臓の頭の部分が黒くなって胆管と膵管が細くなって見えない状態とのこと。
管が通ってないので絶食で点滴状態にしているらしい。
この状態では抗ガン剤治療も何も出来ないとのこと。
まずはこの管が通るよう出来るかが第一の問題。
細すぎるので上手くいくか解らないとのことだった。。。

いろいろネットで調べたら調べるほど、絶望的な気持ちになった。
膵臓ガンは完治しないし自覚症状が出たときには既に手遅れ状態だとある。。。

この夜は涙が止まらなかった。。。

2011年01月07日(金)

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■ 弟が入院

昨年12月29日に弟入院。
仕事納めで実家に寄ってくれたんだけどお腹が痛いと云ってて昼食を一緒に食べたんだけど食欲もなくあまり食べられず、そのままソファーで横になってた。
その後自宅に帰ってからも調子悪かったらしく救急病院へ行き検査した結果アミラーゼ数値が高いと云うことで即入院だった。
アミラーゼが高いと云うことは膵炎の疑いか。
年末年始ということもあって年明けに主治医が決まるらしいと云うことだった。
まさかそんな大袈裟なことになるとは思ってなかったので驚いた。。。

年明けて1月2日に父は調子が今ひとつなので母と私で見舞いに行く。
まぁ顔色は良いようだが、痛み止めしないと痛いらしい。
それに点滴だけで絶食状態だが食べてないけど空腹感はないらしい。
なんにしても早く治るとよいなぁ。。。

2011年01月02日(日)

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■ 残ってた。。。

まだココ残ってたんだ。
じゃあココに書くかな。。。


2011年01月01日(土)
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