→→メインホームページ「T.M.NET」←←

31 最近の車

最近しょっちゅう思うんだけど、ヘッドライトまぶしすぎる車多いよ!もうほんとむかつくね!ヘッドライト上向きにしてるのもあるんだろうけど、最近の車のつくりだったり、ライトを交換したりしてなるのかな?とにかくまぶしい。
あれって危ないよね。対向車のライトで視界が悪くなって事故につながることなんて十分にあるわけだからさ。規制とかないのかな?どの角度までしかあげちゃいけないとか、光の量というかパワーみたいのに制限をつけるとかさ。まぶしいと思ってる人多いはずだよ。俺の周りなんてみんな文句いってるもん。友達と車乗ってるときなんかもう相手の車に暴言はきまくってるからね。「てめ〜!こら!○×▲※★◎☆!!×××!!!」ってな具合です。はい。
事故がおきてからでは遅いからねぇ。JAFによると自分のラインの左側を見ながら走るといいっていう(対向車のライトに視界を奪われないため)けどさ、それにだって限界あるし、ねぇ。あとウィンカー出さないで曲がる車もなぜか多い。意味わかんないよ!ハザードださないで勝手に停まる車とか。もっかい教習所から出直せ〜!!
2003年05月31日(土)

30 雨の日の喜び

もうすぐ6月になって、台風が吹き荒れるね。少年時代、雨が大好きだった。今はもう全然なんだけど、小学校がピークかな?雨が降るとうれしかったんだ。そりゃ遠足とか運動会にとっちゃ天敵で、嫌いだったけど、普段の生活の中ではなんかあの雨降りの景色がよかったんだ。授業中にものすごい雨が降ったり、時には台風なんてことになると、なんか閉じ込められている面白さみたいのがあるんだよね。台風だとほんと帰れなかったりして、でも小学生なんて特にあわてて帰らなきゃならない理由なんてないし、習い事にいかなくていい理由にもなるから、うれしかった。そんなイメージがあるから、ただ雨が降っているだけでも、「閉じ込められている感」が感じられて、その狭い空間をクラスの友達と共有できてるよろこびみたいのがあった。あと、雨に濡れて帰るのも大好きだったな。ランドセルの中の教科書なんかぐにゃぐにゃになるんだけど、そんなのはおかまいなしでさ。
最近は雨が降ると憂鬱な感じがして、だめだ。それでもその頃感じた喜びを思い出せば、まだ今の自分にも雨に対して喜びを見出せはするんだけど、そうでもしないとやってけない。ただ雨が降ってるだけでうれしかったんだな〜。すごいよね。
2003年05月30日(金)

29 ACミラン優勝☆

ここで初めて今日の出来事を書くことになるね。今日、UEFAチャンピオンズリーグ02-03の頂点に我がACミランが立ちました!イェ〜イ!!パチパチ!ワァ〜!!!キャ〜!!(興奮状態)
えっと、知らない人のために説明しておくと、世界各国には多くのサッカーのクラブチームがあるんだね。日本でいうJリーグのクラブチーム(鹿島アントラーズとか、ジュビロ磐田とか)の海外ばんなわけなんだけど、その中でヨーロッパにあるサッカークラブのナンバー1を決めるのが今回の大会なのさ。ヨーロッパはとてもサッカーがつよくて、南米やアジアなんかからも優秀な選手はみんなヨーロッパに集まる。中田はイタリアの国内リーグ・セリエAで俊輔と一緒に頑張ってるし、稲本や戸田はイングランドの国内リーグ・プレミアリーグで頑張ってる。まぁ、ヨーロッパでナンバー1ってことは、世界中で一番強いクラブチームといっても過言ではないのだ!これから南米のナンバー1と、真の世界1を決める試合が、トヨタカップといって日本で行われるて、それに勝てば本当の世界1になるんだけどね。とにかくめっちゃうれしいわけさ!この大会のベスト8には、粒ぞろいの強豪が集まったんだ。誰でも知ってる有名どころを言うと、「レアル・マドリード」。ここはロナウド、ジダン、フィーゴ、ロベカル、ラウールなんてすごいやつらが集まったチームなんだ。あとは、「マンチェスター・ユナイテッド」ベッカムのいるところだね。「インテル」レコバ、ビエリ、クレスポがいる。
そんな強いチームがひしめく中、決勝に駒を進めたのが、「ユベントス」と「ACミラン」どっちもイタリアのチームなんだ。「ユベントス」はデル・ピエロ知ってるでしょ?かっこいいよね。彼がいる。今年のセリエAの王者。対する「ACミラン」は赤と黒の縞模様のロッソネロと呼ばれるユニフォームをまとったイタリア優男連中!
試合はミランが絶対!!!にゴールだったのに、審判のわけわかんない判定でノーゴールになり、かなりストレスをためたまま、結局PK戦に!ことごとくはずされる中、最後のキッカー・シェフチェンコが冷静に決めて決着!PKじゃないほうがよかったけど、勝ててよかった!
長くなってしまった・・・。うれしかったんだ。
2003年05月29日(木)

28 セールストーク

どうやら俺はセールストークが得意だということが、ここ数年でわかった。本当の意味でのセールストーク(バイトでするやつ)はとりあえず今はおいといて、本当に自分がいいと思うものを友達に薦めるとき、力を発揮することがある。このサイトでの紹介の仕方はまたそれと違うもので、友達に直接口を開いて、そのものの良さを語りだすととまらなくなる。それに加えて、俺の周りには、俺と歯車が見事にかみ合ってしまったかのように、俺の言葉に影響されやすい人間がわりといる。その中でもとりわけ影響を受けやすい友達は、なんと俺のトークで、大学の学部を変えてしまった。別にそんな気があっていったわけではなく、ただ自分がいいと思う理由をつらつらと語っていただけなのだが、自分でも驚いた。ちょっと自慢気に語ってしまったけど、まぁ少しだけ自慢かな?(笑)ちなみに学部を変えてしまった友達は、その後もいろいろと俺の話にしてやられてしまい、文句を言うこともある。悪気はないんです。。
2003年05月28日(水)

27 始まりの記憶

自分が思い出すことのできる自分の一番古い記憶はパズル。なぜか俺はちっちゃいころ、たぶん2歳とか、そんくらいのころだと思うんだけど、そのころから一人で黙々とパズルをやっていたんだ。俺のあとちょうど1年半後に妹が生まれて、生まれる前の時期から、生まれて育てている期間も、親曰く、俺のことはほっぽっといて一人で遊ばせてたらしい。。ひどいや。。そんなんでも俺は別にそれはそれでよかったっぽくて、ひたすら一人で遊んでた。その遊びがパズル。パズルをしていたときの記憶はすごく残ってる。まるで飽きることはなくって、同じパズルを何度も何度も組み立ててはばらして、また組み立てて。ずっと繰り返してた。
何年もたって、子供のころのことを親から聞かせてもらって、自分の記憶も蘇ってきて思ったんだけど、小さい頃に一人でパズルをし続けるのって、心理学的に、なんかありそうじゃない?って思った。
絶対今の俺を形作る要素の大きな部分を占めてると思うんだ。それがなんなのかってよくわからないけど、パズルってそーゆー何かしら不気味な要素を感じるんだよね。解明してみたいなぁ。
2003年05月27日(火)

26 歯ブラシのコマーシャル

歯ブラシのコマーシャルを見ていて、ふと気づいたんだけど、あーゆーのってこんなに落ちますよ!って歯の汚れを歯ブラシでとる映像があるじゃない?そのとき絶対に全ての汚れをとってないんだよね。コマーシャルで歯ブラシの素晴らしさをアピールしなきゃならないのに、汚れが残ってるんだ。それってたぶん「コマーシャルでは汚れが全部落ちていたのに買って使ったら落ちなかったわよ!」っていうクレームを未然に防ぐためなんだろうね。でも大変だよな〜。そーゆークレームに前もって対応しておくための決まり文句みたいのがすごいでしょ。アメリカなんて、紙コップひとつに注意書きが前もって山ほど書かれているらしいからね。「熱いのでお気をつけください」とか書いてなくて、それで誰かがこぼして火傷して、「熱いって知らなかったから火傷したんだ!どうしてくれるんだ!」って言われたら責任とらされちゃうわけだもんね〜。いやいや、大変だ。ちなみにそーゆークレームをする人って俺ん中でいつも「おばちゃん」のイメージなんだ。そんなクレームをしない全国のおばちゃん。ごめんなさい。ぺこり。
2003年05月26日(月)

25 「親友」という言葉

「親友」という言葉を使うことを俺は好まない。親友というのを口に出すのが恥ずかしいとか、そういうことでは全くなくて。親友と思うことは否定するわけでないし、いいと思う。ただそう口に出してしまうと、なんか恩着せがましく感じられるし、その言葉がなくてはやっていけない脆さが感じられて、俺は嫌なのだ。そしてこの言葉を使うことで友達を紹介しようとする人にも、その点に関してはうんざりしてしまう。
友達の仲の良さには差があるだろう。人類皆兄弟なんて今更言う人いないだろうし、誰とだって仲良くできるわけじゃない。それに仲良くなるにしたって、仲良くなり方がある。心の中で、「この人といるよりはこの人といる方が楽しい」といったことも当然ある。まぁ綺麗ごとはやめようじゃないか。
でも、親友という言葉を誰かに使うことで、何かしら差を感じさせるリアリティがあって、俺は悲しくなる。たぶんそれは出会っては別れていく人間関係の中で、親友ということをお互いに言葉に出して、認識しあって、他の人にも言葉に出して、認識してもらって、お互いの人間関係を表す矢印に、切れないようにテープでぐるぐる巻きにするような、そんな作業なんだと思う。それはその相手のことが大好きで、これからも大切にしたいと思う気持ちがあればこそで、その点に関して言えばいいことなんだけど、そんな別れを恐怖する思いを感じさせないような関係になれれば、親友なんて言葉は使わなくてよくなる。
親友という言葉をよく使う人からすれば、そんなことを思って使っているわけじゃないよ!って思う人もいるかもしれない。そうかもしれない。考え方次第だから、答えはないし、いけないことではない。
2003年05月25日(日)

24 駄菓子屋

小学校の頃、夏休みになるとしょっちゅう近所のプールに行って、帰りに駄菓子屋で駄菓子を買って食べていた。うちはプールに行くと、入場料(たぶん夏は子供100円くらい)と、コインロッカー代100円分が親からもらえた。ロッカー代は返ってくるから、帰りにその100円は駄菓子を買えたんだ。
みんな知っての通り、100円あれば駄菓子はそれなりに買える。まず欠かせないのが、30円のジュース。知ってるだろうか?ビニール製の容器をかじって穴をあけて、そこからチューチュー吸って飲んだんだ。で、あと70円。その70円は時によって使い道が違ったからあまり覚えてないけど、ベビースターラーメンと、粉のジュースの元、合わせて40円でよくふたつを混ぜて食ってた。ベビースターラーメンの中にその粉を入れて、よく振って、口に流し込む。すぐむせるけど、それがうまかった。あとはすもも。うまい!
最近街から駄菓子屋が減ったと思う。前によく行ってた駄菓子屋はこの間ひさしぶりに通ったらつぶれてた。お菓子を食べることが遊びだったあの頃、懐かしい。。
2003年05月24日(土)

23 旅の話〜富士編〜

旅の話最終回!前回で四国へと渡った俺と連れは、その後帰路についた。帰りは行きとは別のルートで帰ろうということで、東海道を通って静岡に入った。俺は富士山というものを間近で見たのはこれが始めてのことだった。電車の先頭車両から目に飛び込んできた風景は、俺を唖然とさせた。ここまでとは!感動した!
俺の友達には静岡出身の人が結構いる。そのときは彼らがとてもうらやましかった。。。
山というのはずっとそこにどんと居続けるからか、とても威厳があるように感じられる。力強く、優しい。それに加えて富士山というのは美しい。実に美しい。外国人が日本に来て「オォ〜!フジヤ〜マ〜!」なんて喜んでいるシーンが思い浮かぶ。世界のことはよくわからないけど、世界的に見ても素晴らしい景色なんだろうな。でもゴミが原因で世界遺産には選ばれなかったとか・・・。残念なことだ。
うちらは富士から身延線に乗り、北上した。静岡出身の友達に温泉の場所を聞いて、「稲子」という駅で下りた。富士から北上すれば、ちょうどいい位置で富士山を眺められると思ったんだけど、この駅は山林が邪魔してみることができなかったんだ。くやしい〜!この「稲子」という駅も、四国の「田井ノ浜」と同じく何もない駅だった。でも、もちろんそれがよかったんだ。この旅で求めていたのは、そんな田舎の風景だったから。
稲子で温泉に入り、静岡を後にし、甲府でその晩はとまった。翌朝、甲府からの帰路でまた富士山を眺めることができるかもしれないと思ったけど、結局は無理でそのまま帰宅。
必ずまた富士山を見に行く!今度は最高の富士山を求めて!
2003年05月22日(木)

22 キャンパス

俺の通う大学は、吉祥寺から歩いて20分ぐらいのところにある。俺はこの大学を含めた学園が、小学校で憧れて以来ずっと好きだ。学校が取り決める決まりごとや、教師や、システムといったものは特に魅かれるものなどない。みんなもそうだろう。ただ、この学園は緑がとても多く、実に広々としていて心地が良い。
おそらく何年も通い慣れて、当たり前のように思えてしまう緑の多さや、木々の大きさや、余裕を感じさせるキャンパスに、俺はしょっちゅう見入っている。本当に心地良いんだよ〜。よかったら一度来てみるといい。欅並木なんかは東京百景に選ばれているぐらいだからね。
2003年05月21日(水)

21 ファッションにおける色使い

前のバイト仲間がカラーコーディネーター(!?)の資格をとるために専門学校に通っていて、そこで学んだことを少し教えてくれた。ほとんどのことは忘れてしまったけど、ひとつだけ覚えていることがある。それは「黒中心の服の着こなしをする人はセンスのない人だ」といった感じのことだった。黒という色は、ファッションにおいてすごく楽のできる色だと思う。なんにでもとりあえず合うし、黒を嫌う人というのも少ない。要は「無難な色」なのだ。その友達が言ったことを真に受けたわけではないんだけど、そのことがずっと頭に残っている。
高校時代、俺は原色をメインに派手な色使いを好んでいた。派手な色を着ることが、多少刺激的であり、心地よかった。気持ちがひきしまるし、いつも新鮮でいられる気がしていたのかもしれない。今でも原色は好きだ。でも、明らかに、間違いなく、最近の俺は落ち着いた色を求めるようになってきている。
黒を基調とした色使いというのも、なかなか奥が深いものだと思うし、全身黒ということはあまりしない。だいたいが派手な色もポイントとしていれて、バランスをとるようにしている。でも、黒をメインにした色使いもいいじゃないか!なんて思いつつも、やっぱりあの言葉が忘れられないでいる。。。(泣)
2003年05月19日(月)

20 喫煙者に対して

いつも快くVoiceを見てもらっている人の中に、もしかしたらこのVoiceを読んで気分を悪くする人がいるかもしれない。その点に関しては申し訳ない。でも、俺は言わなければならない。間違ったことを言うつもりはない。世の中には間違っていないことだからといってなんでも言ってしまうと、うまくいかないことが多い。これも多くの場合そうだ。でもその可能性を知った上で、俺は言わせてもらうことにする。
俺は極端にタバコの煙が嫌いだ。これは精神的にも肉体的にも受け付けてくれないのだ。タバコの煙を吸うと気分が悪くなるし、タバコの煙は目を痛くする。においがつくのもすごく嫌だ。だからといって、俺はタバコを吸うなというつもりは別にない。いや、むしろ吸いたいのなら吸うべきだ、と思う。吸いたい人には吸いたい人なりの言い分がある。体は確かに悪くするかもしれない。でも、それを承知で吸うのなら構わないじゃないか。後にタバコのせいで調子が悪くなって、後悔するかもしれない。でも、そのことで後悔していることに対しては喫煙者を見て、俺は馬鹿だとは思わないだろう。だって、人生には後悔するようなことが溢れているんだもの。タバコの身体的ダメージも同じだ。喫煙以外のことで何かしら後悔をする俺が、喫煙のことで後悔している人間を否定することはできない。
ただ、禁煙者のことを考えたときに、今の喫煙者の多くに見られる喫煙に対する姿勢は間違っていると思う。かつては禁煙者で、喫煙者をけむたがっていた人間が、喫煙し始めると、コロっと姿勢が変わる。それは大衆の習慣に飲み込まれてしまっているんだ。正しいとか、間違っているとか、そういうことを考える以前に、大衆の習慣に慣れることを当たり前のこととして飲み込む。最近は禁煙に対して積極的に取り組む企業やら、公衆の場やらが増えてきている。禁煙者としてはもちろんうれしい限りだ。そこで喫煙者の中には「喫煙者は肩身が狭くなった」とぼやく人がいる。でも、よくよく考えてみればこれまでが肩身が広すぎたのだ。公然と人に迷惑をかけることが認められていたのだという認識がほしい。
それと、これは喫煙者がどのように受け止めて喫煙しているのか、生まれてくる子供のことだ。これは男も女も関係ないのだと言うことをみなさん知っているだろうか?女だけに影響があるのではない。これって可能性の問題じゃないと思う。これによる後悔は、先ほど言った後悔とは意味が違う。馬鹿だ。人に迷惑をかける後悔は否定しなければ、自分も救われない。
禁煙者は肩身が狭くあり続ける。喫煙者の前でけむたがろうものなら、「何おまえ!?タバコも吸わしてくれないの?」と言わんばかりの目で見られることがある。ふざけるな。人に迷惑をかけない喫煙者になろう!
2003年05月18日(日)

19 旅の話〜四国編〜

旅の話第三弾!前回「関西編」で神戸を堪能した俺と連れは、翌日神戸でレンタカーを借りて、淡路島を経由して、四国へと渡った。目的地は、以前俺がテレビで見て、いつか行ってみたいと思った駅だった。駅の名前は知らず、「徳島県の海岸沿いの駅」ということしかわからなかったんだ。でも、そんな駅はひとつしかなかった。駅の名前は「田井ノ浜」。駅のホームから直接出ている階段(5段くらい)を下りると、そこはもう浜辺だった。そんな駅、日本中探したってそうあるもんじゃない。駅はこれでもか!ってくらいのちっちゃな駅で、もちろん駅員さんなんかいなくて、電車は1時間に1本も通らないんじゃないかな?ホームの長さは15メートルくらいで、春先だったものだから、そんな駅に用のある観光客なんて一人もいなく、静かだった。できることなら晴れた日に来たかったんだけど、残念ながらその日は曇りに小雨って感じの天気だった。特に何をしたわけではなく、何もない駅だからただ散歩をしただけにとどまったけど、俺はすごく満足した。できることなら今度は夏の晴れた日に来たい。相変わらず何もないだろうけど、そんなことは問題じゃないんだ。
2003年05月16日(金)

18 かっこつけ

小学校のころ、「かっこつけること」は格好悪いことだった。「かっこつけてんじゃね〜よ!」ってみんなもよく言い、言われたと思う。その頃のこの科白は、今のそれと違うニュアンスがあるとは思うけど、その頃の自分たちにおける「かっこつける」ということは批判の対象だった。おそらく中学生のころもあまり変わらなかったんじゃないかな?そしてかっこつけないんじゃなくて、かっこつけてることを悟られないように生きるということを、無意識のうちにしていた気がする。
でもいつからだろう?「かっこつける」ということに対しての意識が変わったのは。少なくとも今、俺はかっこつけてる。これは間違いない。もちろんそれは外見の問題だけではなくて。外見はもちろんかっこつける。そりゃ、自分が格好いいと思う格好をするのだから、格好つけてる。
かっこつけるということは実に慎重な作業だと思う。何よりも大事なのはバランスだ。自分が自分のことを好きになり、好きであり続けるためのバランスをとり続けなければいけない。かっこつけが見当違いなこともあるだろう。それは格好いい観点が人によって違うのだからしょうがない。基準となるものは唯一、自分の格好よさに対するセンスしかない。もちろん俺がそんなことを偉そうに語れることではないんだけど、少なくとも俺だって22年間、四苦八苦しながらかっこつけてきたという、輝かしい経歴があると自負している。なのだから、せめて世の中にあるひとつの意見としての効力ぐらいは発揮してもいいだろう。少なくとも、かっこつけ続けることで前進できる。あくまでも自分の中でだが、自分が格好いいと思う理想にちょっとづつだけど近づくことができる。Where there's a will, there's a way.だ。
みんなの「かっこいい」ってどんなの?
(「格好つける」をあえて「かっこつける」にした。俺が言いたいニュアンスはここが重要だったんだ。)
2003年05月15日(木)

17 羊飼いのいる風景

なんの偶然か、『羊をめぐる冒険』を読んでいる最中に、目の前のスクリーンに羊が映し出されていた。俺はよく授業中に退屈してしまうと、本を読む。
映像には、ウェールズ地方の広大な土地で、羊飼いに飼われる羊の群れがいた。羊飼いはなぜかいつも俺に「ハーメルンの笛吹き」を連想させる。ちょっとした丘の上から、街を見下ろすことができる。羊飼いは笛を吹いて、羊は仲間の群れにもみくちゃにされながら、柵の中におさまっていく。残されたのは真っ黒い牛が数党と、犬。
見渡す限りの牧草地で働く羊飼いを遠くに見える街は、優しく見守っているようだった。世の中にはこんな世界もある。遠い国の話ではあるが、今、この同じ時間の流れの中、羊飼いは羊を柵の中へと導き、俺は言葉を文章へと導く。
2003年05月14日(水)

16 コンビニにて

いくつかのコンビニでは支払いをするときに、お金を受け取って、その金額を入力して、最後にお客さんの年齢をうちこむことで、エンターを押したのと同じことになる。これは客層別にどのような商品が売れるのか、調査するためだと思われる。年齢をうちこむといっても実際正確な年齢がわかるはずもなく、10,19,29,49,50〜くらいの感じに分けれらていて、その年齢間に当てはまるキーを押す。そこで、俺だったら19歳以上、29歳以下ということで、29のキーを押してもらえればいいわけだが、たまにそうもいかないときもある。服装によって変わることがあるのかもしれないが、だいたいは年相応と言うか、そこまで大きくはずれることはなく、店員は29を押す。たまに若く見られてか、はたまた押し間違いか、19を押されることがある。これは結構うれしい。でもついこないだ、49を押しやがった店員がいた!論外だよ!ありえない!キーの押し間違いだとしても許さない!少なくとも俺は30以上には見られたわけだ。はぁ〜・・・ショック・・・。店員は俺がそんなの見てるなんて気づいてなかったんだろうけど、俺はいつも見てる。これからも怖いけどみるだろうな。
2003年05月13日(火)

15 旅の話〜関西編〜

旅の話第二弾!旅立ち編の引き続き、西へ西へと向かった俺らは、長野の塩尻から名古屋、奈良と経由して、西の都・大阪へとやってきた。大阪へは何度か来たことがあるんだけど、言葉の違う土地へくると、なんとも言えぬ緊張感がある。街では当然のようにみんな関西弁で、電車で俺らが標準語しゃべってると、ちょっと物珍しげに見られる。いつも「うわぁ〜!しゃっべってるよ〜」って思いながら平然を装ってる。俺の友達には大阪出身の人が何人かいて、関西弁をしゃべるけど、むこうで聞くのとはまた違う。どうも名古屋を過ぎたあたりから関西弁に出会うようになった。
で、観光をしに来たわけだけど、やっぱり大阪も人が多い!俺も連れも、人ごみがあまり好きではないので、宿泊だけ大阪で、観光は神戸。この街はいい!俺のイメージで言うと、関東で言う東京が、関西で言う大阪なら、横浜は神戸だな。要はしゃれた街なわけよ。中華街あり、異人館あり、神戸ハーバーランドあり。中華街やハーバーランドなんかは規模で言うと、横浜やお台場の方が断然大きいんだけど、神戸は神戸で楽しめる。
でも神戸で一番おすすめの観光地と言えば、異人館!これは神戸港ができた当初に、領事や貿易関連で滞在するのに、神戸の高台に住居を構えた外国の方が、帰国のために空き家になった家を、有料、無料で公開している建物の総称なんだ。俺は中までは入ってないけど(終わる時間が思ったより早い。)ここの街並みは、まるで外国。道路のつくりから、走るバス、街頭にいたるまで、すべてが異国なのだ。しかも高台にあるため、絶景!
ただ、この異人館へは前に来たことがあっただけで、このときの旅では行けなかった。。。なんでやねん!
2003年05月12日(月)

14 夢で見た白い部屋

夢を見た。だだっ広い部屋で、俺が暮らしている。部屋は真っ白。玄関を開けると2畳くらいのスペースがあって、扉がある。俺はそこで靴を脱ごうかどうしようか迷うんだけど、気づいたときには土足で部屋に入っている。どうやら俺の部屋は靴を履いて暮らす、アメリカンスタイルらしい。
2畳の玄関前から扉を開けると、15畳ほどの広いスペース。家具は全て白く、大きなソファ、ローテーブルなどが広い部屋のど真ん中に、ドンと置かれている。ちょっとした散らかりっぷりを感じるが、汚らしさは感じないし、あくまでも色は白。
部屋の隅にはキッチンがある。手入れが行き届いてるわけではないが、相変わらず汚らしさは感じない。
部屋の四隅にはそれぞれ扉があって、クローゼットが二つと、トイレと風呂。どこをあけても白い。
ただどこの白さも、完璧な白さ、つまり真っ白というわけではない。土足であるいてるだけあって、床は汚れているし、部屋の光の照らし具合も、どこか明るさの中に心地よい暗さが含まれている。どうやら窓はないらしく、蛍光灯が切れ掛かっているのかもしれない。
そこで俺はただ呆然としている。白い服装をした俺は、部屋にいることを感慨深く噛締めているようだった。
そして、俺はこの部屋で暮らすことにひどい快楽を感じている。

これがある日見た夢の話。今にして思えば、理想の部屋に出会った気がする。
理想の部屋のことをよく考えたけど、まさか夢の中で見つかるとは・・・。
もちろんこれは俺の深層心理を表しているんだろう。どういうことだろう。
2003年05月11日(日)

13 旅の話〜旅立ち編〜

昨年の春、当時のバイト仲間と二人で旅をした。俺は海外ってやつに行ったことがなくて、どこかへ行った話となると、日本国内の話しか出てこないんだけど、日本にもいいところはたくさんある!ということで、そのときの旅の話。
みなさん知っているだろうか?青春十八切符ってやつの存在を。18歳までしか使えないっていう誤解を招きそうなネーミングだけど、実際はそんなことはない。5回分がセットになって、11500円。で、JRの鈍行のみに乗れるというものなんだ。そいつをつかって、JRの時刻表を片手に、行き先はその場その場のノリで決めながら行ったんだ。
JRって東京の山の手あたりを走ってるのを想像しがちだけど、ローカル線はそりゃすごい!バスかよ!っていいたくなるような電車がうようよ。
最初は二人で、JR中央線の武蔵境駅に集合し、ホームで「どこいこっか〜」なんていって、時刻表に載ってる日本の路線の地図みて、「とりあえず西に行こっか〜」ってことで西に向かった。朝っぱらだからテンションは低い低い。。
2003年05月10日(土)

12 大都会

人ごみがだいっきらい!新宿、渋谷、原宿、池袋といった大都会は好きになれない。マイホームタウン吉祥寺がベストだね!吉祥寺でも人すごく多いときは多いけど、それでもあそこまでなら我慢できる。慣れてるってのもあるんだろうけど。
大都会に行くと思うんだけど、あの人ごみって本物かなぁ。ちょっと嘘くさくない?いくらなんでも多すぎだと思うんだ。だってあんなぎゅうぎゅう詰めの電車から、わぁ〜!って人が降りて、それが一日何十回も繰り返されて、そんな人間いないだろ!って思わない?たぶん俺が思うに、誰かがだまそうとしてるんだよ。大都会ぶろうとしてさ。
日本って人口何人だっけ?1億2千万くらい?1億2千万ってそんなにいるか〜?ん〜・・いるよなぁ。でもさぁ、うちら実際に自分たちの目で確かめたわけじゃないじゃない。ちっちゃい頃に小学校で教えられて信じてるけど、もしかしたら国にだまされてるかもよ。
そんなわけない?いや〜、わかんね〜よ。マジで。
2003年05月09日(金)

11 眠りにつくまでに

うまく寝付けない夜は、さまざまなテクニックを持って眠りへと導く。
といっても、全然たいしたことじゃなくて、まず音楽を聴くんだ。いつも俺はイヤホンで音楽を聴きながら寝るんだけど、あまりに寝付けない日は、音楽をなるべく聞き流せるJAZZなんかにする。そして体を横に向ける時間を長くする。これはどういうことかというと、右を向いて寝ようとしている時に眠れないと、今度は左に寝返りをうつ。そうすると、急に体が沈み込むように眠れそうになる。で、そのまま眠れればいいんだけど、それで眠れないと、今度は体が左に慣れてくる。そしたら今度は右に戻す。これを夜な夜な繰り返すわけだ。
ここで必殺技!ちょっと我慢して片方を向いている時間を長くする。寝返りをうたない。そのまま眠れてしまえば結果オーライ。我慢して我慢して、さっと寝返りをうつと、ベッドの中へずぶずぶと沈みこんでゆく。あとは無心・・・。
自分の寝息を感じながら、一気に夢の中へ!さぁ!やってみよう!
2003年05月08日(木)

10 ホームページをつくるということ

ホームページをつくる目的はいくつかある。自己満足だという人がよくいるけれど、そういってしまったら自分が主体となって積極的に行うことは、全て自己満足だと思う。
さて、ひとつには俺は話したがり、ということ。伝えたいことはたくさんあるし、それを普段あまり会えない人にも伝わるのなら素晴らしいと思う。よくいろんなことを考えてる。まだ短いけど、これまでを見ていてくれればわかるとおり、結構くだらないことも考えてる。たぶん行動していることが考えずにしていることが多い分、頭ん中が暇してるんだと思う。
そして、どうも俺は音楽、本、映画、漫画と、人に薦めることが多く、また、人にお薦めを聞かれることが多い。良いと思った作品があると、こんなにいいもんがあるよ!!ってみんなに教えたくなるし、そんなことばっかやってるから、いろんなこと知ってるだろうと思われて、聞かれることも多い。(実際はそんなに知らないんです。。)それならホームページって便利じゃない?ってこと。
あと、文章を書くのが好き。うまい下手は別として、好きな人はやるべきだよ。
話したがりと言ったけど、それと負けないくらいに聞きたがりでもある。要するにコミュニケーションをとることが大好きなんだ。聞きたがりの欲求を満たすことは難しいけど、俺がアクションを起こすことで、みんながリアクションを返してくれることはとてもうれしい。そして、もしこれがきっかけで、自分もホームページつくってみたい!って人がでてきてくれて、(結構いるんだよ)つくってくれれば、俺は毎日そのホームページにお邪魔するだろうね。そして俺の友達がみんなホームページをつくるようになったら、最高だなぁ。
2003年05月07日(水)

9 潔癖症ではないけれど・・・

俺は潔癖症じゃない。どこからどこまでが潔癖症という定義があるわけじゃないから、実際はなんともいえないところかもしれないけど、たぶん俺は潔癖症じゃない。電車のつり革も問題なく触るし、部屋に掃除機をしょっちゅうかけたりもしない。
だけど、外出先でトイレに入って、便座に座るとき、絶対にトイレットペーパーを便座に敷いて座る。もしくは中腰でぷるぷるいってる。なにもせずに直に座るのはみんないやだろう。でも俺は、便座をきれいにするウェットペーパーみたいなもので拭いて座るのでも絶対にいやだ。みんなこんなことをいちいち話し合ったりしないだろうから、みんながどうなのかはわからないけど、とりあえず俺の中で極端にいやなことがこれ。誰にでもひとつやふたつあるんじゃないかな?
便座にトイレットペーパーを敷いて座るってことを覚えるまでは、いつも中腰でぷるぷるいってた。知ってからは随分と快適になったなぁ。
2003年05月06日(火)

8 子供の日

子供の日、といえばこいのぼり。今日もいろんなお宅でこいのぼりを目にした。年月が流れるにつれ、祝日になる日のイベントは減っていく。節分の日、桃の節句、子供の日、七夕、などなど。できることならそういったイベントを今でもできたらいいなぁなんて思うんだけど、今更子供の日に何をするんだ?っていう、ねぇ。第一もう子供じゃないだろ!って言われちゃったらそれまでだし。
でも、そんな一年に数回ある祝日の中でも、子供の日は何かしら期待をさせるものなんだよね。なぜか。
もちろんなんもないよ。ここ数年。でも、子供の頃の習慣が今だ抜けきっていないのか、少しだけわくわくする。それは空を泳ぐこいのぼりを見ると特に、だ。ほんとかどうかしらないけど、桃の節句は女の子の日、子供の日は男の子の日っていうのがあった。(そうだよね!?)子供の日には兜を飾って、こいのぼりを泳がせた。うちは妹がいるから、子供の日だけは、俺のほうが偉くなった気がして。何かしら許される気がしてた。逆に桃の節句はおとなしくしてるわけだけど・・・。
小さい頃、ベランダで空を泳いでいるこいのぼりに乗ろうとして、危うくベランダから落っこちるところだった無邪気なわたくしも、こんなに大きくなりました。ぺこり。
2003年05月05日(月)

7 小春日和

小春日和って春の言葉のイメージがあるけど、実際は良く晴れた初冬の穏やかな気候のことをさすらしい。でもまぁ俺は今日、俺の中での小春日和を感じた。むしろ暑いくらいだったけど、よく晴れた春の日曜って、どこか独特の空気が街を流れる。
今アルバイトでピザ屋のデリバリーをやってるんだけど(バイトの話は追々)、バイクで地元を走っていると、気候もそうだけど、どこか違う。自分の家の庭の手入れをする奥さんの表情なんかが違う。道端で立ち話してるおばちゃんたちの勢いなんかが違う。自分の中で沸き立つ高揚感なんかが違う。ちょっとしたことだけど、そういうときって幸せを感じてしまう。単純だから・・・。
2003年05月04日(日)

6 呼び起こされる記憶

小さいころ、お決まりの遊び場のひとつの広場に豚小屋があった。そこはいつも異臭を放っていて、広い広場だったから、みんなその豚小屋からはなるべく離れて遊んでたんだ。でも子供のころはそれでもやっぱり豚さんに興味があって、臭いの我慢して豚を見に行ったりもしていた。
豚小屋のにおいって独特の臭さがあって、なんていうのかな〜、赤ちゃんのうんちのにおいあるじゃない。うんちなんだけど、そこまで臭くはない、ちょっとかわいいくらいのにおい。そこに草臭さを足した感じ、にプラスアルファくらい。
今日、そのにおいと同じにおいをふと嗅いでさ。最初「くさっ!」って思ったんだけど、「あ〜、でも懐かしい〜」って感じたんだ。そのころのあの広場が思い浮かんだ。鉄塔の下で、何もない原っぱでいろんな年の子供が集まって野球をしたり、サッカーをしたり、鬼ごっこをしたり。日が暮れてくると親が来て、もう帰るわよ〜って。楽しかったな〜、あの頃。
2003年05月03日(土)

5 COLORS

色ってやつが好きです。色が好きっておかしな表現かもしれないけど、色が好き。う〜ん・・・表現を間違えてるね。色に興味がある、ということだ。
特に好きな色は赤だけど、他の色も好き。色って不思議なパワーがあるのさ。知ってのとおりにね。視覚で捉えて、色でもってイメージを植えつけて、うちらの感情までもコントロールしてしまう。
赤だったら刺激的で情熱の色。青だったらやすらぎの色、寒さを感じる色。オレンジだったら暖かさを感じる色。などなど。一つの色を見たときや色名を聞いたとき、好きとか嫌いとか、嬉しいとか悲しいなどといった感情を伴ったイメージを心に描くじゃない。(色の感情効果というらしい)そんな色のパワーってすごいよね。
何かを作り出すときに、色は欠かせないものであるのも、そんなパワーがほしいからさ。絵を描くならもちろん、詞を書くにしても色の力は大きい。メーカーが商品をアピールするにしても色使いには相当気を使うに違いない。
そんな色の中でも「原色」が特に好き。無限にある色の中で、彼らは極端に偏っているからね。そんなとこがいいよ。
2003年05月02日(金)

4 タイムマシーン

ようやくアトムも誕生する時代になってさ(できてないけど)、子供のころ思い描いてた未来ってどんなだったろうって思い返してみた。まぁ子供の想像力だから、そりゃすごいもんよ。まるっきりアニメの世界になっちゃってるわけだけど、せめて少しくらいそんな面もあってもよくない?かろうじて携帯とかはそれっぽいかもしれないけど。
んで、これからをまた考えてみてさ、タイムマシーンはまず無理だと思うのよ。(そんなの当たり前!?)
車はいずれ空を飛ぶでしょう。もう十数年か、下手すりゃ数十年は先だろうけど。宇宙にも進出するよ。時が流れれば余裕で。でもタイムマシーンは無理でしょ。
そーゆーことをこの年になって改めて考えてみて、時の流れだけはどうしようもないだろってわかった。それはもし未来でできてたら、今の時代に未来人がきて戦争を止めたり、災害を未然に防いだりするはずなのにこないから。というわけじゃなくて、そーゆーんじゃなくて。しかもね、冷静になって考えてみるとタイムマシーンいらねぇや!
やせ我慢じゃないよ!(汗)あったらあったで困るでしょ。人権問題とかやばいでしょ。法律がおっつかないでしょ。
ねぇ。
2003年05月01日(木)

VOICE / マッキー

My追加