Dailymovie
DiaryINDEXpastwill


2003年07月29日(火) オーロラの彼方へ

本日7月29日は、日本アマチュア無線連盟が制定した
アマチュア無線の日だそうです。
(ちなみに、世界アマチュア無線の日は4月18日)

オーロラの彼方へ Frequency

2000年アメリカ 原題直訳「周波数」
ビデオ(VHS)・DVD あり(松竹)
製作
ビル・カラッロ(「アメリカン・ヒストリーX」など)
トビー・エメリッヒ (「デッドコースター」など)
グレゴリー・ホブリット(「ジャスティス」2002兼監督など)
ホーク・コッチ(「僕たちのアナ・バナナ」など)
監督
グレゴリー・ホブリット
脚本
トビー・エメリッヒ
音楽
マイケル・ケイメン(「Xメン」など)


1969年、ニューヨーク上空にオーロラが発生します。
その空の下、
実直で愛妻家の消防士
フランク・サリバン(デニス・クエード)も、
妻で看護婦のジュールス(エリザベス・ミッチェル)も、
そして、野球大好きで元気な5歳児ジョンも、
いつものように、いつもの生活をしていたのですが…
フランクが消火作業中の事故で殉職してしまいます。

その30年後のNY。サリバンの家には、
成長したジョン(ジム・カヴィーゼル)が住んでいました。
まじめに警官の仕事をしていますが、
恋人とはどうもうまくいきません。
そんなある日、またもNY上空にオーロラが発生しますが、
ジョンはその日、古い机の抽き出しから無線機を発見します。
それは消防士だった父の遺品でしたが、
ジョンが面白半分に交信した相手は、
どうやら、30年前の父のようです。
オーロラの影響で、時空に歪みが生じていたのでした。

ジョンはそれを利用し、
父親の事故死という“既に済んだこと”を
免れようとしますが、
そこはそれ、タイムパラドックスというやつで、
そのために、また別な悲劇を生じさせてしまうのでした。

運命を操作することのリスクに恐れを抱きつつも、
愛する人を取り戻したいという純粋な気持ちには
きっと共感できることでしょう。
(結末はまあ、賛否両論ありましょうが)

個人的には、
「ああ、アメリカだなあ」と感じさせる部分が2つありました。
1.何が何でも「ハッピーエンド!」
あの悲恋の代表選手『人魚姫』の物語を『リトル・マーメイド』として
ゴキゲンなラブコメに仕立ててしまったお国のやることときたら…。

2.まぁた「父と息子と野球」だよ…。
アメリカ人は、英語のほかに映画語とベースボール語を話すのでしょう、きっと。

とはいえ、技術の粋を結集して(のかな)つくり上げた
オーロラのスペシャルエフェクトには
やはり目を見張りました。
オーダーメイドの高級カーテンのようです。
つまり、筋書きがどうのというよりは
(別に脚本がヘボいというわけではないけれど)
美しい映像とか家族愛というような“エッセンス”を感じ取って
心酔すべき映画ではないかと思います。


2003年07月28日(月) 映画よろず屋週報 Vol28

1866年7月28日、『ピーターラビット』シリーズでおなじみの
絵本作家ビアトリクス・ポターが生まれました。

そこで本日は、
ピーターラビットの故郷・イギリス湖水地方にちなみ、
パストラルでリリカルでジェントルでビューチフルな
英国田園風景を思い出させる作品を、幾つか御紹介いたしましょう。
(実は去年の今日も、全く同じ着眼でメールを配信していました)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

眺めのいい部屋 A Room with a View
1986年
モーリス Maurice
1987年
ハワーズ・エンド Howards End
1992年

3本とももちろん英国資本で、
原作E.M.フォースター、
製作イスマイル・マーチャント
監督ジェームズ・アイボリーでした。
もはや「3部作」って感じです。
(それぞれのお話で、キャストのダブりはあっても
関連は余りありませんが)
大昔、「イギリスの金持ちは田舎に住んでいる」という
乱暴な教えられ方をしたことを思い出しました。
ところで、いかにも英国タッチな映画を数多く撮っている
ジェームズ・アイボリーって、
実はカリフォルニア生まれのアメリカ人だって、
御存じでしたか?

スカートの翼ひろげて The Land Girls
1999年イギリス デビッド・リーランド監督

第二次大戦中のイギリスのお話。
Land Girlsと呼ばれる女性たちが、出征した男性にかわり
農場で働いていました。
そこで知り合った3人の女性たち、
ステラ(お嬢様)、アグ(インテリ)、プルー(庶民派)が
三人三様の魅力で、恋や友情のエピソードを繰り広げます。
それぞれを、キャサリン・マコーマック、レイチェル・ワイズ、
アンナ・フリエル
が演じました。
また、彼女たちが働くロレンス家の息子ジョー(じき出征)を
スティーヴン・マッキントッシュが演じています。

戦場のキックオフ War Game
(短編アニメーション)
2001年イギリス デイヴ・アンウィン監督

これは「偶然見た」方というも多いのでは?
NHK教育で昨年末に放映されました。
ソフトのリリース及び再放送が待たれます。
本日のテーマからは、やや外れているのですが…。
第一次大戦中、サッカーが大好きな純朴な農村の青年たちが、
勇んで戦地に赴き、クリスマスの日だけ「休戦」して
ドイツ兵たちとサッカーのプレイを楽しんだという
実話に基づいたお話でした。
アニメの絵柄としては地味なのですが、
戦地の塹壕の中で、生まれ故郷に思いを馳せるくだりが
何とも言えない気持ちにさせます。
短いけれど、しっかりと胸に打ち込まれる楔のような作品。
声の出演として、ケイト・ウィンスレットも参加していました。

マクベス巡査(テレビシリーズ)全18話
Hamish Macbeth
 1995年イギリス 
監督 パトリック・ラウ/ニコラス・レントン
/シド・ロバーソン

今や、イギリスを代表する役者ロバート・カーライルが、 
ハイランド地方のロックドゥという架空の村を舞台に、
愛されるお巡りさんハーミッシュ・マクベスを演じている
コミカルなミステリー。
このロックドゥというのがまあ、とにかくのどかな村で、
何しろ第1話に登場する犯罪が、いきなり「塩泥棒」です。
といっても、あっと驚く事件がその裏に隠れてはいますが…。
マクベスを補佐する世話焼きのTVジョン、
彼を憎からず思う地方紙記者イザベル、
雑貨店店主と、けばけばしい小学校教師の恋など、
キャラクターとエピソードの多彩さで楽しませてくれます。
村内の道の幅員表示が「羊3頭分」だったりするのも笑える。
ちなみに、イザベラを演じていたのは、
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』で【嘆きのマートル】を演じた
シャーリー・ヘンダーソンです。


2003年07月26日(土) 失踪

1967年7月26日、
女優サンドラ・ブロックが生まれました。

失踪 The Vanishing
1993年アメリカ
ジョルジュ・シュルイツァー監督


監督のシュルイツァーが本国オランダで1988年に撮った
「消失 ザ・バニシング」のセルフリメイクだそうですが、
私はオリジナルの方はまだ見ておりません。

3年前、デートの途中、スタンドで給油している間に
姿を消してしまった恋人ダイアン(サンドラ・ブロック)。
その彼女を必死で探し、その疲労のために生気が抜けていた
ジェフ(キーファー・サザーランド)は、
ふと入ったダイナーで、
ウェイトレスのリタ(ナンシー・トラヴィス)に出会います。
彼女は高校の同級生でしたが、
疲れ切った彼の身の上を聞いて同情しているうちに、
ジェフと愛し合うようになります。

が、ジェフは、
ダイアン探しを諦めたわけではありませんでした。
最初こそ理解を示すものの、
だんだんとジェフの煮え切らなさに腹を立て始めたリタは、
彼がダイアンを忘れられないのなら
別れた方がいいと考えるようになります。
ジェフのダイアン捜索は、愛ゆえというよりも、
一体何がどうしてどうなった?と、
3年前に消えた謎を探りたいという気持ちに
変わっていたため、
ジェフもまた、これが潮時かもと
ダイアン捜索を取り止める決意をしますが、
そんなとき、彼女の失踪に深くかかわった
人物(ジェフ・ブリッジズ)からの働きかけがあり……

てな感じのストーリーですので、
サンドラの出番は決して多くありません。
とはいえ、
重要な役どころであることは間違いありませんし、
“失踪”までの短い間、
あの豊かで魅力的な表情をたくさん見せてくれました。
実は、彼女がなぜ姿を消してしまったかは、
映画をごらんになるとすぐにわかるのですが、
というか、上記の2つのパラグラムだけでも
大体の見当はつくかと思いますが)

一応、その点も伏せさせていただきましょう。

ジェフは終盤、ダイアン失踪の謎を解くために、
ダイアンの身に降りかかったことの追体験を迫られます。
この辺の描写は、体長が悪いときにごらんになると、
ちょっと気持ち悪いかもしれませんが、
体感できるサスペンスということで、お勧めです。

また、夏の休暇に車で旅行に出られる方は、
高速のS.A.や「道の駅」で
お連れさんと別行動をとっている間、
もしも彼女(彼)がこんな目に遭っていたら?などと妄想すると、
その不安な気持ちが、旅のスパイスになるかもしれません。
(そんなスパイス、要らんわい)


2003年07月23日(水) ラスト・プレゼント

7月23日は「文月ふみの日」です。
そこで、“手紙”が心に残るポイントとなっている
こちらの作品を。
(ただし、どこに使われているかを書くとネタバレになりますので、
その辺は伏せてあります)


ラスト・プレゼント 
The Gift/Sun Mool

2001年韓国 オ・ギファン監督


予告編を見ただけで、
「あ〜、こりゃ“ダメ”だろうな」と思ってはいました。
(というか、この時点で少し涙がにじみました)
そこに追い打ちをかけるように、
「どんなに泣いても、恥ずかしくありません」の一言。
私はその言葉に寄り掛かるように、
素直に泣かせていただきましたが、
思い切りの慟哭の後、
我に返ったら、やっぱり恥ずかしかったです。

子供の頃から人を笑わせるのが好きで、
結構いいとこのボンなのに、親に反抗して
売れないお笑い芸人稼業を続けるヨンギ
イ・ジョンジェ)は、
子供服の店を経営する妻ジョンヨン
イ・ヨンエ)と2人暮らしです。
息子もいましたが、小さいうちに亡くしてしまいました。
妻は、夫が何とか世に出られるようにと
内心応援してはいますが、
なかなか素直になれず、けんかが絶えません。

ジョンヨンは重い病気に侵されていましたが、
人を笑わせる仕事のヨンギの心に
負担をかけるのを恐れ、ひた隠しています。
が、仕事がうまくいかないことと、
ジョンヨンのつんけんした態度にイライラしていたヨンギも、
妻の病を知るところとなります。
そこで、
高価な漢方薬を「ギャラがわりにもらった」と偽ったり、
断絶状態の自分の両親と妻の仲を和解させたり、
まどろっこしい方法でジョンヨンへの「思いやり」を示しました。
また、(売れないなりに忙しいので)
人に頼んで、妻が久しく会っていない懐かしい人々、
殊に小学校時代の初恋の男性を探させたりもします。
ジョンヨンはジョンヨンで、ヨンギのために
業界のエラい人の奥方に取り入ろうとしたり、
地道な「営業」活動をしていますが、
そんなそぶりは、もちろん露ほども見せません。

そんな、本当の気持ちのすれ違う生活の中、
ヨンギはお笑いコンテストに出場し、
順調に勝ち進んでゆきます。
しかし、一方のジョンヨンの病状もまた
進行していくのでした。
そして、決勝まで勝ち進むヨンギと、
しんどい体をおしてそのステージを見つめるジョンヨン。
勝敗の行方は?
そして、ジョンヨンは初恋の人に会えるのか?

どこか、O.ヘンリの※『賢者の贈り物』を思わせる
美しき皮肉が実によく効いていました。

どうして病気だってことを黙っているんだい!
だって、あなたに負担をかけたくなかったから…
ばかだなあ、君の苦しみが僕の苦しみなんだよ。
おお、ヨンギ!


↑とまあ、某国のロマンスもののような、
こういう展開にはなりません。
そのじれったさが涙を誘います。

また、最初は詐欺としてヨンギに近づいてきたのに、
行き掛かり上、
ジョンヨンの初恋の人を探す手助けをさせられる
お間抜けな2人組が、
なかなかキャラクターが立っていました。

※おせっかい解説『賢者の贈り物』
貧しい夫婦がクリスマスプレゼントを贈り合うために、
お互い最も大切にしている物を売って金をつくることから生まれた
なんとも皮肉な結末を、夫婦愛にくるんで描いた
温かな物語でした。
病気の画学生と年老いた画家との心の交流が悲しい
『最後の一葉』と並んで、あまねく知られているであろう
O.ヘンリーの名編です。


2003年07月21日(月) いまを生きる

1952年7月21日、
俳優のロビン・ウィリアムズが生まれました。

いまを生きる Dead Poets Society
1989年アメリカ ピーター・ウィアー監督


豪州時代の作品
『ピクニックatハンギング・ロック』(1975)から
比較的近作の『トゥルーマン・ショー』(1998)まで、
この人って、きっとすっごくマジメなんだろうなあ、
という感じの人柄が窺われる、
そんな作品を撮る監督が、ピーター・ウィアーです。

アメリカ東部の全寮制名門私立校で
型破りで印象深い国語教師キーティング
ロビン・ウィリアムズ)と
彼から大なり小なり、そのやわらかい心に
影響を受ける少年たちの織りなす、よくできた群像劇でした。
“少年たち”を演じた中でもまさに出世頭、
今や八面六臂の大活躍を見せるイーサン・ホークが、
コウサギの如く心細い少年トッドを演じたのも
何だか愉快な気がします。

原題の“Dead Poets Society”とは、
キーティングが学生時代に参加していた詩のサークル名で、
物語の軸となるのは、それを知った少年たちが
ぜひともそのサークルを復活させようと奮闘する部分でした。
軸となるわけですから、騒動の輪もまたそこを中心に描かれていきますが
詩人ウォルト・ホイットマンが
リンカーン大統領の死を悼んで読んだと言われる詩の一節、
“O Captain! My Captain”(おお、船長!我が船長!)が、
少年たちがキーティングに声をかけるときに使われたりと、
お茶目さと格調の高さがいいバランスのシーンが登場しました。

さて、“少年たち”の、トッド以外のメンツはというと、
悲劇の優等生ニールがロバート・ショーン・レナード
『スウィング・キッズ』ほか。E.ホークとの変わらぬ交友も有名)
勇気を出して恋を実らせるノックスが
ジョッシュ・チャールズ『スリーサム』など)
キーティングからの影響を最も受けた
チャーリー“ヌワンダ”をゲイル・ハンセン
(彼カワイくて、個人的には一番“萌え〜”だったのですが、
今何してるんでしょ)

憎まれ役キャメロンをディラン・カスマン
飄々とした秀才タイプのミークスがアレロン・ルッジェロ
ミークスと名コンビのピッツがジェームズ・ウォーターストン
『キリング・フィールド』などのサム・ウォーターストン
の御子息だそうで、全体に縦長なところがパパそっくりでした)

というような感じでした。
残念ながら、後半4人の役者さんに関しては、
日本では本作以外、目ぼしい出演作が知られていないのですが、
それでも、この映画をごらんになったことのある方なら、
「ああ、いたね、そういう子」と、思い出されるのでは?
それにしても、本当にどこに行った>ゲイル・ハンセン

ところで、ほとんど役に立たない余談を1つ。
邦題『いまを生きる』は、作中登場する詩の一節
“Carpe diem”(カーペ・ディエム「今日をつかめ」/ラテン語)
からとられたようで、
これは英訳すれば、Seize the dayとなるそうですが、
全くそのものずばりのタイトルのR.ウィリアムズ主演映画があります。
『ミッドナイト・ニューヨーカー』の邦題でビデオリリースされましたが、
現在も入手可能かどうかはわかりません(DVDはないようです)。


2003年07月20日(日) オテサーネク 妄想の子供

7月20日の花は“アメリカデイゴ”
花言葉は「夢・童心」だそうです。

そんなわけで、
よくも悪くもひたむきな子供の感情が引き起こした
悲喜劇が描かれた、こんな映画をどうぞ。


オテサーネク 妄想の子供 Otesanek
2000年チェコ ヤン・シュヴァンクマイエル監督


先日見たばかりなのですが、
まさに度肝を抜かれました。
そして、ぜひいつか御紹介したいと思ったので、
本日、ややこじつけ的に御紹介することにしました。

(以下、粗筋は“日常日記”からの転載です)
子供が授からないホラーク夫妻
ヴェロニカ・ジルコヴァヤン・ハルトゥル)が、
木の根を赤ん坊型に成形したものを
オティークという名の男の子に見立てて
「育てて」いるうちに、その木製の赤ん坊に命が宿り、
赤ん坊にあるまじき鯨飲馬食の果てに、
なんとホラーク夫妻の飼い猫を食べてしまいます。
その後は大暴走して、
「有機物ならなんでもえーんかい!」
とツッコミたくなるような様子で、
とにかく、命あるものをばりばりと食いまくり、
巨大化していくのですが、
ホラーク夫妻は、我が子を処分することができません。

そうした状況が昔話の『オテサーネク』にそっくりだと気づいた
アパートでホラーク夫妻の隣に住むシュタードレル家の娘
アルジュビェトカ(クリスティーナ・アダムコヴァ)は、
困り果てたホラーク夫妻が地下室に隠したオティークと
心を通わせ、自分の貯金や小遣いを使ってまで、
オティークに食べ物を与えようとしますが…

今回キーワードにした“童心”という言葉は、
このアルジュビェトカからの連想です。
彼女はもう、子供そのものでした。
思い込みが激しくて浅はかなのに、
それでいて妙に洞察の鋭いところもあり、
残酷さと優しさが同居したような少女でした。
これを、始終ぶすーっとした顔で演じた
クリスティーナ・アダムコヴァは、
はっきり言って美少女とは言い難い御面相です。
また、ホラーク夫妻の“子供”の存在に不審を抱き、
夫妻を追い詰める言動を見せるので、
ああ、こいつが話をかき回すんだろうな…と思って
軽くウンザリしながら見ていると、
実は、民話と現実の出来事の一致をおそれ、
オティークを守ろうとしているのだとわかります。
人間の子供とフリークス(など)が心を通わせるという素材も、
な〜んかどっかで見たことあるぞ〜と
思わないではありませんが、
その子が別段、美少年・美少女でなくても、
好感は抱けるものだと実感しました(とっても失礼)。

それから、“オティーク”というキャラクターですが、
クリーチャーの完成度としては、
凡百のアメリカ映画より下かもしれません。
動きもぎこちないし。
ところがまあ、これが非常におどろおどろしくて、
そのくせ、赤ちゃんっぽい喃語のせいか、
かわいらしくさえ感じさせることもあるのです。
確かに、赤ん坊の一種の得体の知れなさ
時として恐ろしいものだという、そんな面が
よくよく表現されていたと思います。
アルジュビェトカに感情移入してしまうと、
「貯金箱を割ってもまだ足りない」
というもどかしい気持ちが
本当によくわかると思います。


2003年07月19日(土) 私は人魚の歌を聞いた

私は人魚の歌を聞いた
I've Heard the Mermaids Singing

1987年カナダ  パトリシア・ロゼマ監督


タイトルからして電波なにおいがしますが、
幸か不幸か、それは否定できません。
主人公ポリー(シーラ・マッカーシー)は、
どう控えめに言っても電波婦人です。
が、その彼女の豊かな想像力のおかげで、
美しい心象風景を楽しめるところもまた
魅力的な作品でした。

ポリーは、30歳をちょこっと出た、
寂しげな顔だちで、何をやってもうまくいかない、
何だかおどおどした女性です。
職業は秘書で、
ガブリエル(ポール・バイヤージォン)という
美しく才能豊かな女性が切り盛りする画廊に
勤めるようになります。
彼女に憧れ、
自分もアーティスティックなことをしてみたいと
こっそり写真を撮るようになったポリーは、
同性である彼女に思慕を抱く自分に気づくのでした。

けれども、ガブリエルには恋人(女性)がいました。
それにショックを受け、傷つくポリーでしたが、
のみならず、ガブリエルの本性ときたら……

他愛もないストーリーではありますが、
前述のような心象風景の描写で
ファンタジー色に満ちた心理ドラマに仕立てています。

どうやらDVDのリリースはされていないようですし、
ビデオも廃盤になっているようですが、
もし、何らかの形で見ることができたら、
妙に心に残る(ひっかかる、刺さる、へばりつく
1本になるであろうことは請け合います。

ところで。
私はこちらはまだ見る機会に恵まれないのですが、
同じくロゼマ監督・脚本作品で、
『月の瞳』(1995年)というものもあるそうですが、
こちらは女性同士の愛の交歓がなかなか際どく、
(しかし美しい……でしょう、たぶん)
そうした興味から手に取られた方も多いと聞きます。

今調べましたらば、
最近会員になったオンラインレンタルDVDショップに
しっかりラインナップされていたので、
早速、希望リストの第1位に入れました。


2003年07月17日(木) イノセント・ボーイズ

1841年7月17日、イギリスの諷刺週刊誌
『パンチ・ロンドン・シャリヴァリ』発刊に因み、
7月17日は「漫画の日」だそうです。

イノセント・ボーイズ
The Dangerous Lives of Altar Boys

2002年アメリカ ピーター・ケア監督

1991年、31歳の若さで亡くなったクリス・ファーマンが遺した
“最初で最後の小説”を原作に、
ジョディー・フォスターが製作に乗り出しました。
(日本では、ハヤカワ文庫から『放課後のギャング団』のタイトルで
刊行されています)


カトリック系の中学校に通う14歳の少年、
フランシス・ドイル(エミール・ハーシュ)は、
親友のティム・サリバン(キーラン・カルキン)と、
ウェイド、ジョーイの2人を加えたワル仲間とともに、
説教ばかりしていけ好かない校長
シスター・アサンプタ(ジョディー・フォスター)に
一泡ふかせてやりたい、と考え、
乙女殉教者・聖アガタの石像を勝手に持ち出すなど、
アホに行動力が加わると、ろくなことがないなぁ
第三者(つまり映画の観客)をもうんざりさせるような
いたずらを繰り返します。

ところで、フランシスには、コミック創作の才能がありました。
自分が生み出した、ちょっと風変わりなヒーローが
悪者たちをやっつけるという、ストーリーの単純さはともかく、
その悪者たちというのは、
シスターやケイリー神父(ヴィンセント・ドノフリオ)といった
“恩師”を醜悪に戯画化したもので、
その画力はなかなかのものです。
これは、作中アニメ化されたものがたっぷり見られますが、
アニメの作画を担当したのは、
実写化もされた『スポーン』の原作でもおなじみのイケメンまんが家、
トッド・マクファーレンだそうです。


一方フランシスは、
マージー(ジェナ・マローン)という美少女と
ティムのいたずらを“いいきっかけに”つき合い始め、
夢中になりますが、彼女のある告白に衝撃を受けます。
そして、それを自分の胸のうちにおさめておくことができず、
ティムに話してしまったことが、
結果的に悲劇の幕開けとなるのでした。

尼さんルックに身を包み、
スクーターで街を駆け抜けるジョディ・フォスターの図は、
ある意味、お宝映像かもしれません。
彼女扮するシスター・アサンプタは、
フランシスやティムをまさに目の仇にしますが、
「あの子たちはいい子だから、正しい方向に導きたい」
という信念によるものでした。
とはいえ、その了見の狭さはやはりいただけないので、
素直に耳を傾けられない、どころか
「一泡吹かせたい」と考えてしまう少年たちの思いも、
わからないではありません。

ただただ、
ここに描かれた「若気の至り」の代償の大きさには、
胸が詰まります。
結果的に愉快な思いは残りにくい作品ではありますし、
こういうタイプの映画の邦題に
「イノセント」という言葉を使ってしまうような点にも、
一種の鈍さというか、
紋切り型な感じを覚えないではありませんが、
(同じダサダサでも、「放課後の〜」云々の原作タイトルの方が
まだ合っていた気がします)

若いエネルギーを持て余す少年たちの姿は
生き生きと描かれていたと思います。


2003年07月16日(水) ジョンQ −最後の決断−

1997年7月16日、
「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)
公布されました。
これは↑日本のお話ですが、
本日は臓器移植にまつわるアメリカ映画を。

ジョンQ −最後の決断−
JohnQ

2002年アメリカ ニック・カサヴェテス監督

不安定な労働条件で工場で働く
ジョン・アーチボルト(デンゼル・ワシントン)と
その妻デニス(キンバリー・エリス)は、
時にはお金のことで軽い言い合いをすることはあるものの、
元気で素直な息子マイク(ダニエル・E・スミス)と3人、
仲良く暮らしていました。

ある日、野球チームに所属するマイクの試合を
夫妻で見にいくと、
マイクは突然、プレイ中に倒れてしまいます。
病院に担ぎ込まれ、検査をすると、
マイクの心臓には、重大な疾患があることがわかりました。
今までの健康診断でわからなかったのは、
ジョンの加入していた医療保険の
制度的欠陥のせいでしたが、
心臓移植をしなければ助かる道はないといいます。

とはいえ、臓器移植には莫大な費用が必要です。
が、ジョンの欠陥保険は、
当然のように「んなもん」には適用されません。
人ごとだと思って、投薬で苦痛を和らげて
徐々に「見殺し」にすることを勧める
ターナー医師(ジェームズ・ウッズ)と
涼しげな顔がちょっと冷酷ささえ感じさせる
病院の理事長レベッカ(アン・ヘッシュ)……

また、臓器移植の困難な点は、
費用の問題だけではありません。
マイクと適合する臓器を持った患者、つまりドナーが
「脳死状態」になるのを「待つ」しかありません。
その待機者リストに名前を載せる費用がまた大金で、
ジョンの財力では、これとて賄えるかどうか……
何とかお金をかき集めても、どうにもなりません。
そうこうしているうちにも、マイクの病状は悪化し、
一刻を争う状況に追い込まれます。
「あなたはいつも、「何とかなる」って言うけど、
なら何とかしてよ!」

弱っていくマイクを見るに絶えず、
電話でジョンに当たってしまうデニスに、
ジョンは、
「わかった、何とかしよう」とある“決断”を……

実際には、もうあちこちでストーリーが
詳らかにされていますし、
ここから先が物語の核心です。
が、奥歯に物が挟まったような言い方で恐縮ですが、
この場はあえて、ここで切っちゃいます。

アメリカの医療保険の問題点、
医師の職業倫理、マスコミの使い方、
どこにでもありそうな仲良し家族の幸と不幸、
とにかく、いろいろな要素が含まれていて、
飽きさせません。
難をいえば、マイクを救おうとするジョンの行為が
ややゴネ得に見えてしまうことと、
伏線の張り方が慎ましくないってことでしょうか。

ジョンの“決断”後、
ストーリーに絡んでくる人物としては、
レイ・リオッタロバート・デュバル
役どころや絡み方が見物です。
あの、いかにもお話かき回しそうな顔のオッサンと、
何をやってもそれなりに見えてしまうジィ様が、
この映画では、
しっかりコメディパートを担当していました。

なお、ジョンQのQとは、
主人公ジョンのミドルネームQuincyの頭文字ですが、
それ以上に何か含むところがあるのかは、
映画を見る限りではわかりませんでした。
御存じの方、御一報いただけませんか?

(2005年8月24日補筆)
アメリカの公的文書記載例の名前欄に使われる名前として、
ジョン・Q.パブリックという言い回しがあるらしいですね。
辞書で引く限り、これこそQが何の略かはわからなかったのですが、
まあ、そういうことなんでしょう。



2003年07月13日(日) 映画よろず屋週報 Vol56「我が胸の底のここにいつも置いときたい10本」

特集
「我が胸の底のここにいつも置いときたい10本」

今日7月13日は、
1974年のこの日に「エクソシスト」が公開されたことに因む
「オカルト記念日」なんだそうです。

が、私はオカルトというジャンルをほとんど見たことがありません。
よって、特集を編むのは不可能です。

そこで、今日がたまたま私の超個人的な
“記念日”であることにも着目し、
今日の気分で選ぶ10本を、脈絡なく選ばせていただきました。
ただ、「1国1本」を心がけたので、純粋なベスト10ではなく、
この国の映画ではコレが好き、というものを10本羅列した感じです。
が、いずれもマイベスト50には入っているものばかりです。
(同率○位がずらっと並んだベスト50です。
全部が1位という言い方もできなくはありません)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
チャーリング・クロス街84番地
84CharingCrossRoad

1986年アメリカ デヴィッド・ジョーンズ監督

ニューヨーク在住の作家と、ロンドンの雇われ古書店主による
尊敬と友愛と知性と人情の物語。実話がベースです。

フル・モンティ The Full Monty
1997年イギリス ピーター・カッタネオ監督

6人のデコボコおじさんたちが脱ぎ去ったのは、
洋服だけではない!
厳しい現実という裏打ちのある痛快コメディー。

ラブゴーゴー Love Go Go
1997年台湾 チェン・ユーシュン監督

「Be Rap」(学校へ行こう!)のジョン・レノソに歌わせれば、
「♪あんまり意味がない 恋してるのにブサイク」
ってところでしょうか。
それでいて、とってもラブリーな映画です。

運動靴と赤い金魚
The Children of Heaven

1997年イラン マジッド・マジディ監督

あんなお兄ちゃんがいたら、自分のこのネジ曲がった性格も
もちっとマシだったろうな……と、大人になってから思う
そんな、世界中の“虐げられた妹”たちに捧げます。
あそこまでいい兄でなくてもいいから、せめて、
結構ジャイ子をかわいがっているジャイアン、
ひまわりベイビーを抱くしんのすけ…クラスの
兄貴が欲しかったなあ(私感)。


地下鉄のザジ Zazie Dans Le Metro
1960年フランス ルイ・マル監督

オシャレ、ファンキー、美しいほどに加虐的で絵になる……
そんなブランド映画というか、シンボル映画というか、
ありますよね、そういうの。
この、フランス製秀作スラップスティック映画も
その1本かもしれませんが、
そういうことを考えず、たくさんの人が
この映画を見て、素直に歯を見せて笑えたら
とってもいいだろうなあと思います。

ライフ・イズ・ビューティフル
La Vita e bella

1998年イタリア ロベルト・ベニーニ監督

この紹介↑は、「ネタバレ」が前提となった文章になっています。
一応、フォントと地の色を同一にすることで、
パッと見では読めないようになっておりますが……。

プリシラ
The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert

1994年オーストラリア スティーブン・エリオット監督

この映画のアメリカ版リメイクは『3人のエンジェル』ですが、
公開中の『チャーリーズ・エンジェル/フル・スロットル』の紹介で、
まんま“3人のエンジェル”というフレーズに触れることがあります。
おかげで、リメイク版…を通り越して、
しばしばこの『ブリシラ』を思い出すようになりました。

マイライフ・アズ・ア・ドッグ
Mitt Liv Som Hund

1985年スウェーデン ラッセ・ハルストレム監督

知性的な子供というのは、ある意味かわいく、
そして何より悲しいものですね。

青春デンデケデケデケ
The Rocking Horsemen

1992年日本 大林宣彦監督

こんなにも原作のよさが生かされた映画って、
またとない気がします。

愛され作戦 Keiner liebt mich
1994年ドイツ ドリス・ドーリエ監督

秀作邦題コンテスト、なんてものがあったら、
絶対に上位入賞はカタいと思います。
(そのコンテストは、映画の内容に即したタイトルであることがポイント。
そうでもなくて、タイトルだけ独り歩きしているような映画って
結構多くないですか?)


2003年07月12日(土) バス停留所

1988年7月12日、
映画監督のジョシュア・ローガンが亡くなりました。
(享年79歳)

バス停留所 Bus Stop
1956年アメリカ ジョシュア・ローガン監督


ほかにも『ピクニック』『草原の輝き』などが知られる
ウィリアム・インジの戯曲の映画化です。

セックスシンボルといえばこの人、な
マリリン・モンローが、
アクターズ・スタジオでの演技の勉強を経て、
「女優気取りの売春婦」とタカをくくっていた
ローガンをすっかり魅了し、
公開後は、
「モンローがついに女優になった」
騒がれた…んだそうです。
(と、森田信吾氏のコミック『栄光なき天才たち』で読みました)

バス停留所、といっても、
バスが1時間に1、2本しか来ない地方で育った娘が、
東京に出てきてから、タイムテーブルを見て
「わぁ、3〜5分おきに運行だって!やっぱ東京はすごいなぁ」
と大声で驚いて恥をかいたり(トホホな実話)
酔っ払いが前後不覚の状態で家に持ち帰ったりする(実話?)

例のポールが立っているだけのアレではなくて、
簡易な宿泊施設もあるような
長距離バスの停留所が舞台です。

フランス語で“かわいい奴”を意味する
シェリーという名の歌手(モンロー)と、
そんな彼女に一目惚れし、
“チェリー”と訛った読み方で追いかけ回す
朴訥なカウボーイ、ボウ(ドン・マレー)を中心にした、
微笑ましくもコミカルな人間ドラマでした。

都会で一流の歌手になることを夢みる娘と、
投げ縄自慢のモンタナのカウボーイは、
一生知り合うこともなかったかもしれないのに、
たまたまバス停留所で出会ってしまった…
人がある地点からある地点まで移動するってことは、
つまり1つの人生が移動するってことなんだな、などと
考えてしまいました。
何しろ、さまざまな人生が一堂に会する場所は、
この映画のような“バス停留所”を初め、
世界中の至るところにあります。
それも、それと全く意識しないようなところに。
平凡な毎日も、ちょっとした外出だけで、
ドラマに触れる糸口になり得るのですね。
ましてやそれが、遠い距離を運んでくれるバスと、
それに乗ろうとする人々の間ならば、なおのことです。

ボウは、シェリーこそが我が人生の伴侶と思い込み、
嫌がる彼女を
強引に自分の田舎に連れ帰ろうとしますが、
そんな自分の流儀をシェリーに批判され、
ハタチ過ぎて遅ればせに「成長」のごときを見せる
体の大きな少年というような印象でした。
シェリーの方は、それまで数々の恋に破れ、
ストレートに自分への思いをぶつけるボウに
結局はほだされていきます。
素朴といえば素朴な、全く直球、ある種正統派の
ラブコメディーなので、
今となっては少々古くさいお話ではありますが、
映画全体が持つ、温かみのある雰囲気は
お勧めするに値します。


2003年07月08日(火) いちご白書

1948年7月8日、女優のキム・ダービーが生まれました。

いちご白書 The Strawberry Statement
1970年アメリカ スチュワート・ハグマン監督


清々しい曲調の“サークル・ゲーム”、
俯瞰で見おろすボート部の練習風景、
タイトルはキュート、幕開けさわやか〜なこの作品は、
1968年、米国コロンビア大学で実際に巻き起こった
学園闘争に材をとった映画です。
この原作を著したジェームズ・クーネン自身も、
学生組織のchairman役で出演していました。

活動家に言わせれば「体制側」であるボート部員で、
その実、単なるノンポリの
サイモン(ブルース・デヴィソン)は、
「ちょっとトレンドだし、ヨサげ♪」くらいの軽い気持ちで
(ここまでアホではありませんが↑)
学園闘争に参加し、学長室に立てこもりますが、
そこで、リンダ(キム・ダービー)という
かわいい女子学生を見初めます。
彼女はフェミニスト活動家で、実は彼氏もいますが、
サイモンのことを憎からず思い始めます。

ボート部員としての「体制側の学生」の生活と、
ボート部の仲間とのケンカで負ったけがを、
「警官にやられたのか?」と勝手に勘違いして
怒りをあらわにする活動家たちとの交流の狭間で、
サイモンの中で「何か」が目覚めます。
平和を願う人間が腐った警官に殴られてる、
こんな社会はおかしい!


この映画のモチーフになっている学園闘争の年、
1968年にまさに生まれた私は、
この時代の空気を全く知りません。
私にとっては単なる歴史のヒトコマでしかないのですが、
怒れる若者の普遍的な姿は、無理なく理解できました。
クライマックスの衝撃も語り種の、
青春映画のある種の傑作といえましょう。

「いちご白書」のいちごについては、
作中、説明がされていました。
「学生たちの主張は、
「僕らは赤い苺が好き」
と言うのと変わらない戯言だ」と、
そういう趣旨のことを、大学学長が言ったんだそうです。
赤(アカ)はもちろん、共産主義の暗示でしょうが
ふ〜〜ん。
でも、おかげで
こんなに印象的なタイトルになってしまった皮肉って……。


2003年07月01日(火) おかしなおかしな大追跡

6月29日、4度のオスカーを受賞した
キャサリン・ヘップバーン女史が
96歳で亡くなりました。
セックスアピールのある美人女優というよりも、
知的で強い女性のイメージや、
スペンサー・トレイシーとの関係など、
「1人女性」としてのファンも多かったのではないでしょうか。

残念ながら、私はまだ見ていないのですが、
彼女は1938年『赤ちゃん教育』というコメディーに
出演しています。これは後年、
映画評論家ピーター・ボクダノビッチにより絶賛され、
その後、映画監督になったボグダノビッチは、
少しアレンジしたリメーク作品を撮りました。

おかしなおかしな大追跡 What's Up, Doc?
1972年アメリカ 
ピーター・ボグダノビッチ監督

大きな鼻と、独特な存在感が特徴の
バーブラ・ストライサンド
自由奔放で魅力的な女性を好演しています……が、
この映画の真の「主役」は、全く同じ形の4つの鞄です。
サンフランシスコのあるホテルに、その鞄が大集合したことで、
映画やドラマをあれこれ見慣れている人ならば、
次の展開がわかりそうなものですが、
(そう、言うまでもありませんが、入れ代わっちゃうのです。
ついでに、そこに犯罪まで絡んでしまうのは、まさにお約束)

坂の多いサンフランシスコの街を生かした
ほどよい品さえ感じるドタバタ劇は、
見ていて飽きさせません。

キャストももちろん魅力的です。
ストライサンドと同じ鞄を持っていたことから
彼女演じるジュディに振り回される、
気弱でお固い男ハワードを
色男ライアン・オニールが頼りなく演じ、
彼の強烈なフィアンセ、ユーニスを
マデリーン・カーンが怪演しました。

子供の頃、なぜか深夜にテレビで見て、
あんな女の人(ジュディ)になりたい、と思った覚えがあります。
物事に動じず、人を翻弄しても嫌らしさがなく、
しかも計算が早い!
帽子の中に隠された長い髪も、
おしゃれな親戚のおねーさんたちのそれを彷彿とさせ、
憧れと親しみを呼ぶものです。
が、大人になってから見てみると、
ユーニスの、“コミカルな凄まじさ”も捨て難いと思いました。
ライアン・オニールは、
この2年前に主演したある映画の中の有名な台詞を
「くだらん」と一刀両断してみせるサービスぶりです。
ちなみにその台詞はこちら。↓
(気になる方は、マウスでこすってみてください)
Judy: Love means never having to say you're sorry.
Howard: That's the dumbest thing I ever heard.

オリジナルは、言うまでもなく『ある愛の詩 Love Story』
ライアン・オニール演じるオリバーの台詞です。


ユリノキマリ |MAILHomePage