Experiences in UK
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2004年05月31日(月) 第42週 2004.5.24-31 NHS、産前学級

(NHS)
英国では、NHS(National Health Service)という公的医療制度を使う限り、医療費が完全に無料です(国が全額を負担)。ただし、NHSを利用して診察を受けるのはけっこう面倒です。
まず、地域の町医者(General Practitioner,GP)に登録してもらう必要があります。登録してもらえるGPを探し出すのに一苦労で、さらに登録してもらうには実際にその病院まで足を運んで面接を受けねばなりません。
GPで診察を受けるのは原則として予約制です。日本の歯医者のように、電話をしたら「それでは、今日の三時に来てください」とならないところが厄介で、しばしば「では、来週水曜の三時に来てください」という調子です(救急医療は別ですが)。熱が出ていても一週間も経ったらふつうは下がっているものです(英国人はちょっと熱が出たくらいで病院に行かないらしい)。
GPは町医者なので、高度または専門的な医療行為はできません。このため、単なる風邪でない場合は、改めて専門医にかかる必要があるのですが、NHSのシステムを使う場合、専門医にかかるためにはGPの紹介状が必須です。このため、とにもかくにも一度GPに行く必要があるのです。ただし、紹介状を書いてもらったとしても、専門医に診てもらうまで再び長い時間を待たされるという話をよく聞きます。
さらに、経済原理から考えて当然のことながら、NHSで提供される医療サービスの質は、GPも専門医も必要最低限をクリアできていれば良しとする程度のようです(医者個々人の技量は別問題なのでしょうが)。
というわけで、うちの家族では妻と息子だけがGPに登録しており、日本にいた頃から滅多に病院に行かない私は今も未登録のままです。

このように煩わしく問題含みであるNHSのシステムを使わずにプライベート(私的医療制度)の病院で医療行為を受けることも可能です。プライベートの病院では、一般的に手厚くて信頼できる医療サービスを受けることができますが、もちろん有料でしかも高額になります(個人が全額を負担。このため、多くの人は民間の医療保険に加入している)。
うちの家族は三人三様です。病気などの際に妻はGPでの受診で済ませ、息子の場合は日本人の医者がいるプライベートの病院に行っています。私は病院のお世話になったことがありません。

(NHSでの出産)
色々と問題はあるものの、ちょっとした病気であればGPで診てもらうのが費用もかからずいいのですが、出産に関しては、とくに日本人の間ではプライベートの病院を選択する人が多いようです。
うちは六月の終わりに第二子が生まれる予定なのですが、多くの方から「絶対にプライベートで産むべし」とのアドバイスを頂いておきながら、妻のたっての希望によりNHSでの出産を選択しました。この国の普通のシステムで産んでみたかったという理由のようです。
妊娠が分かってからこれまでおよそ8か月、検診等でNHSの病院に通っていたわけですが、日本での経験と比べた場合の違いはあげていけば切りがありません。エコーの撮影は初期のたった1回きりだったので、出産を目前にひかえた今も「逆子」がどうかよく分かりません(いちおう触診で判定してくれているそうですが)。検診の回数自体が日本の時の半分程度で、その中身も問診が中心の著しく簡素なものだったようです。
幸いにもこれまでのところ順調にきているので、今は一ヶ月後に無事に出産が済んでくれることを祈るばかりです。NHSの場合、出産後は1〜2日で退院させられるそうなのですが、その後に担当のミッドワイフ=助産婦がアフター・ケアのため自宅まで訪ねてきてくれるとのことです。

(産前学級1)
日本と同様にこちらでも産前学級があります。今回、妻は地域の自治体が主催している有料のもの(第二子出産専用クラス)とNHSが主催している無料のもの(第一子出産向けクラス)の両方を受講してきました。
それぞれに一度ずつ私も参加することになりました。日本で第一子を産んだ時に両親学級に行く機会がなかったので、この手のクラスに参加するのは私にとって初めての経験でした。
最初に出席したのが第二子出産向けの有料コースの方です。3月頃にあったのですが、6回のうち1回は父親同伴が必要ということになっていました。平日の午後8時スタートの2時間コースということで、仕事を終えてから出かけるのは少し気が重かったのですが、妻におしりを叩かれて参加することになりました。公民館のようなところで時々船をこぎながらビデオでも見ていればいいのだろうとたかをくくっていたのですが、これが全くの見込み違いでした。
参加者は6家族で、会場は閉館後の図書館の一隅でした。ずいぶんこぢんまりとしているなあと、想像していたものとかなり違う様を見て、この時点でちょっと嫌な予感はしました。
定刻を過ぎると、その辺から自分たちで椅子をかき集めてきて、講師の分と合わせて13個の椅子で全員が車座に座ります。何が始まるのかと思いきや、講師のおばさんに促されて、まずは自己紹介代わりに「あなたにとって子供の誕生とは何ですか?」というお題に一人ずつ答えさせられ、それぞれの回答をめぐって簡単なディスカッションをします。
次に、「出産時に男がすべきこと/男にして欲しいこと」というテーマで、男性チームと女性チームに分かれてそれぞれでディスカッションし、紙にマジックで書き上げた各チームの回答について、全員でディスカッションをするという企画がありました。この後、主に様々なバース・プランに関する講師のお話があって、マッサージ法の実践講習などがあり、またまたフリー・ディスカッションをして終了です。
アット・ホームでいい雰囲気のクラスだったとは思いますが、その分英語がままならない身にとってはなかなかの苦行です。学校の授業のような受け身の姿勢で臨んでいたので、予想に反して濃密な英語のディスカッションをさせられることになり(私はほとんど参加できませんでしたが)、終了後はぐったりしてしまいました。

(産前学級2)
先日、私にとって二回目の産前学級に行ってきました。NHSの方のクラスで、こちらは4回全てが、父親同伴が可能なように7時45分スタートで設定されています(2時間コース)。初産の人向けなので、本当は我が家は行く必要がないのですが、外国での出産は初めてであり、かつ無料なので妻は受講することにしていました。私は前回で懲りたこともあり、当初、今回の産前学級は行かない方針を宣言していました。
ところが。ある日のGPでの定期検診の際、妻が看護婦に1人で産前学級に行っているという話をしたところ、「なんで父親は行かないのか」とこっぴどく叱られたらしいのです(うちのGPの看護婦はえらく権柄ずくな人らしく、以前に妻が検診の予約時刻に15分遅れてしまった際にもえらく叱られたうえに、その日の受診をキャンセルさせられたらしい)。実際に、クラスの参加者はほとんどが二人で来ているらしく、受講ついでに事前に病院を見ておくことも有意義だし、等々の説得を受けて、結局、最終回だけ私も行く羽目になってしまいました。
今回のクラスは、基本的にビデオを見て話を聞いていればよかったので、さほど辛い目にも酷い目にもあいませんでした。受講者はわずか4家族だったのですが、有料コースの時とは違って必ずしも裕福ではない庶民といった感じの人たちで、活発に質問などをして熱心にクラスに参加していました。ビデオや講義の中身は知っている話ばかりで、父親が赤ん坊の人形におむつを装着する実践練習の時には、ダントツに見事な出来映えで講師の先生からお褒めの言葉まで頂戴しました。
それにしても感心したのは、講師の女性の熱心な教えぶりです。はじめてパパ・ママになる人には役に立つ話ばかりで、具体的な話からメンタルな話まで、所定の時間を大幅に過ぎても延々と熱く語っていました。イギリス社会の底辺を支える大事な仕事を誠意をもってされているのだなあ、と変なところに感動して、この日は安らかな気分で家路につくことができました。


2004年05月24日(月) 第41週 2004.5.17-24 モナコGP、バーベキュー

(モナコGP)
週末にF1のモナコ・グランプリがあり、BARホンダのジェンソン・バトン(英国人)が二位に入りました。乱戦の中で落ち着いたハンドルさばきを見せ、最後はトップのヤルノ・トゥルーリ(ルノー)とテール・トゥ・ノーズの接戦を演じてくれました。終盤になって周回ごとにバトンとトゥルーリとのタイム差が縮まるにつれ、英国人アナウンサーの中継はボルテージを上げていっていました。
期待通りに今年のBARチームは目覚ましい活躍です。バトンの同僚である日本人ドライバーの佐藤も今回のレースで素晴らしいスタートを切ったのですが、エンジンが白煙を噴き上げて早々にリタイアしてしまったのは残念でした。
佐藤のマシンが白煙を噴き上げたために、視界を奪われた後続マシンが事故を起こしてしまい、英国人ドライバーのクルサード(マクラーレン)がリタイアの憂き目にあってしまいました。レース終了後、英国の放送局リポーターとのインタヴューで、普段は温厚なクルサードがBARチームに対する怒りを爆発させていたのが印象に残りました。エンジンの不調が分かった時点でピットインなどの措置をとるべきなのに、放置して走り続けるから事故を誘発させてしまったという主旨です。
クルサードの気持ちもよく分かりますが、F1ではしばしばあるハード・ラックの一種でしょうし、オイルを撒き散らして走る怪しい車の後ろにぴったりくっついて走ってしまったクルサードの判断ミスとも考えられます。

(馬と英国人の関係)
日本ではあまりお目にかかれないけど、英国で頻繁に目にするものの一つに、馬があります。
ロンドンの道路では、二頭(二人)で一組になった騎乗警官をしばしば見かけます。パトロールなのか馬の散歩なのかよく分かりませんが、車道を悠然と歩くお馬さんの後ろを車がのろのろとついていくのは奇妙な光景です。
彼ら警官が乗っている馬は、体躯が大きく、毛並みのきれいなえらく立派な馬です。あれだけの馬を維持していくだけでも相当のコストだと思うのですが、あの馬が治安維持にどのような意味を持ち、どんな役割を果たしているのかが全くわかりません。
聞くところによると、英国には軍隊にも騎兵隊が残っているそうです。実際の戦闘に騎兵隊が出動することはないのでしょうが、形として今も残されていると聞きました。日本で騎兵隊と言えば、明治の日本陸軍草創期に精強部隊を築いた軍神・秋山好古の名が思い起こされるわけですが、100年以上も前の話であり、現在の自衛隊には影も形もありません。
当時の日本陸軍が手本にしたのは、たしかドイツ陸軍の騎兵隊でしたが、英国人ないしは西欧人の馬に対する文化的な意味での思い入れは、ちょっと特異なような気がします。英国を代表する金融機関ロイズはシンボルに馬を用いていますし(もちろんイタリアのフェラーリも)、英国の伝統的な文化の一つに競馬があり、同じく伝統的なスポーツとしてポロがあります。
馬と英国人(あるいは西欧人)の歴史的・文化的な関係について、機会があったら調べてみたいと思っているところです。

(バーベキュー)
日本にいたら絶対にしないのに、英国に住んでいるということでなぜかしてしまうことの一つに、バーベキューがあります。
こちらに来てから日本人が開いたバーベキュー・パーティに招待されたことが一度ありましたが、我が家もついにバーベキューなるものに手を染めてしまいました。
英国人は、バーベキューが大好きなようです。春になるとホームセンターでは、バーベキュー・セットが大々的に売り出されます。バーベキュー・セットはピンキリですが、炭を使うもので50〜100ポンド(1〜2万円)、専用のガスボンベを使うもので100〜200ポンド(2〜4万円)くらいします。
大抵の英国人の家にはバックヤード(庭)があるので、そこでジュウジュウやるのが基本で、もちろんキャンプ場のようなところでジュウジュウというのもあるのでしょう。文明国・日本では焼き肉はホットプレートと決まっていますが、この国では炭などでちまちまと火をおこして屋外で楽しむものなのです(そもそもホームセンターなどでホットプレートを見かけたことがありません)。

(ジャパニーズ・デイ・イン・マナーフィールズ)
さて、我が家のバーベキュー・セット使い初めはかなり大々的なものになりました。家に面したパブリックな芝生の庭を会場にして、日本人5家族と英国人3家族(正確にはうち1家族は英国に住むフランス人)が集まり、ほとんどの家族に同じくらいの年齢の子供がいて総勢30名ほどの人数になりました。我々が居住しているマナーフィールズという場所で日頃親しくしている日本人家族の共催で、隣人ロビンさんをはじめ知り合いの英国人を招くという形です。
当日午前、事前の綿密な打合せで作成された計画表にしたがって、担当ごとの買い出し部隊が組成されました。当家の主担当である肉は、近くの韓国人街で調達してくる最高にうまい「韓国焼き肉」用の肉です。買い出しが終わると、女性陣が当家台所で仕込みにかかり、その間に男性陣が火おこしに精を出しました。慣れない炭の火おこしが無事に成功し、氷入りの水をはった大きなポリバケツに缶ビールやジュースをぶち込んで準備完了です。

(英国人のゲストたち)
今回招いた英国人ですが、隣人のロビンさんはパキスタン系英国人のお医者さんです。とても温厚な紳士で、我々の入居一日目からのお付き合いです。
ジョアンさん一家は、マナーフィールズに住むフランス人の家族です。ジョアンさんは、妻が日本人以外でもっとも親しくさせてもらっている女性であり、長男のアリクソン君は、うちの息子と同年齢で同じナーサリー(保育園)に通っていることもあり、二人は大の仲良しです。肉弾戦を含めたボディ・ランゲージで、いつもキャーキャー言ってはしゃいでいます。アリクソン君の妹でお人形さんのようにかわいいタリアちゃんを抱いて参加してくれた彼女の夫は、ケンブリッジ大学で数学を修めたという物静かなインテリでした。
マイヤーさんは、マナーフィールズの住人ではありませんが、妻の最初の英国人の友人です。この日彼女が「マサミと知り合ったきっかけはとてもamazingだったのよ」と何回も言っていたとおり、彼女と妻はひょんなことから知り合いになりました。パットニーに住み始めて間もない頃、妻が近くのおもちゃ屋さんで遊んでいる息子をみていたところ、隣に同じように子供を遊ばせている女性が立っていて、それがマイヤーさんだったそうです。あれこれ立ち話をしているうちに家を行き来する仲になり、この日のご招待に至ったという経緯です。ロールスロイス社に勤めているという大柄な夫と3才くらいの息子ジョイセフ君とで参加してくれました。
私は、ジョアンさんやマイヤーさんとは今回がほとんど初対面だったのですが、共にとても話し好きで気さくな女性で、私をはじめ拙い英語の日本人家族とわいわいおしゃべりしていました。ジョアンさんは日本のカルチャーに対する関心がとても高く、タケシ・キタノやクロサワの映画が大好きらしいです(こういう時、我々は日本人として誇らしい気分になるものですが、野球を知らない英国人にイチローやマツイは通じません)。また、マイヤーさん一家は来年、北海道に観光旅行に行くとのことで、お薦めの観光地を熱心に取材していました。

気持ちのいい晴天の日だったこともあり、我々の初めてのバーベキュー・パーティは大成功で終わりました。大人たちは芝生の上で食べて飲んで話して何時間もの時間を過ごし、こどもたちはずっと裸足で芝生の庭と当家内を縦横無尽に走り回っておりました。バーベキューの「締め」として、ホットプレートで作ったヤキソバとオニギリを出したところ、英国人の皆さんは興味深そうに食べていました。
やっぱりバーベキューが病みつきになりそうな気配です。


2004年05月17日(月) 第40週 2004.5.10-17 英国人にとっての日本語、「高慢と偏見」

(英国人にとっての日本語)
英国人と話をする際に、「英語を話すのがへたくそですみません」という言い訳を前もって用意することがしばしばあったのですが、そんな時、ほとんどの英国人が「全く気にしないでいいよ。なにしろ私は日本語について完全に知らないのだから」と言ってくれました。判で押したように、と言っても大袈裟でないくらいの確率です。英国人にとって日本語は、我々にとってのアラビア語みたいなものなのでしょう。
先日バスに乗っていた時のこと。私は日本から取り寄せた文庫本を読んでいたのですが、隣に座っていた三十台後半くらいの女性がちらちらとしきりにこちらを見るのに気づいていました。やがて、どうしても言いたくなったという感じで女性は話しかけてきました。私の読んでいた文庫本の日本語がかなり珍しかったようです。「That’s amazing!」としきりに言っていました。見たこともない文字が並んでいることもさることながら、上から下へと縦に読むことがamazingだったようです。私が表紙を見せて、「日本語は左から右へと横に読むこともある」と言うと、さらに驚いて目を丸くしていました。
実は、同じことを別の英国人に言われたことがありました。その英国人曰く、「縦にも横にも読める言語なんて想像できない」とのことでした。言われてみると、奇妙な気もしてきます。「通常はどっちで書くのか?」と尋ねられて、「日本語は伝統的には縦書きだけど、最近は横書きが主流だ。英語(アルファベット)もずいぶん入ってきているしね」といったような回答をしたところ、「じゃ、新聞も横書きなのか?」と返され、「う〜ん、新聞は縦ですね。」と苦しくなりました。その後も、「中国語はどうなんだ?韓国語はどうなんだ?」と続けざまにきかれて、しどろもどろになってしまいました。

(「高慢と偏見」)
ところで、私がバスの中で読んでいた小説は、英国人作家ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」(中野康司訳、ちくま文庫)でした。
ジェーン・オースティン(1775-1817)は、英国について書かれた本を読んでいると大抵一度は登場する英国を代表する作家のひとりです。ただし、数編の小説を遺して若くして亡くなったことと、作品の内容が地味なこと、それに作家本人もまた極めて地味な生涯を送ったことなどから「文豪」というイメージとはやや異なるタイプの作家です。このためか日本では余り知られていませんが、英国においては国民的作家の一人のようです(ある日本人の批評家は「世界一平凡な大作家」と賞賛しています)。
「高慢と偏見」(原題は ”Pride and Prejudice”。「自負と偏見」と訳される場合もあります)は、紆余曲折を経る一つの恋愛について描かれているだけの小説であり、その限りにおいては、よくできた恋愛ドラマのストーリーのような話ともいえます。しかし、恋愛を題材としつつも、この小説の骨組みをなしているのは、ロマン派的な情熱の物語ではなくて、冷静な人間観察です。的確で周到な人物設定、機知に富んだ会話、全編にあふれる皮肉や風刺混じりのユーモア感覚、絶妙な展開などで読者を一気に物語に引き込みます。タイトルが恋愛小説に似つかわしくありませんが、これが小説の主題を端的に示したものなのです。
日本の小説でいうと、ちょっと突飛かもしれませんが、夏目漱石の「吾輩は猫である」がある意味で非常に似た感じの小説だと思いました。ただし、「猫」のユーモアには少し「ベタ」な面がありますが、「高慢と偏見」の方はもう少しシニカルです。この辺が英国人の国民性と合致するような気がしなくもありません。

(BBCドラマ)
「高慢と偏見」は、数年前にBBCでドラマ化されています。英国民の間に大ブームを巻き起こし、記録的な高視聴率を残したそうです。早速、DVDを購入して見てみました。3夜連続ドラマとして放映されたもので計5時間ほどの大作でしたが、我々は就寝前に1〜2時間ずつまさに連ドラのように楽しみました。
小説のストーリーを忠実に再現しているうえ、その面白みを十分に咀嚼して映像化した名ドラマだったと思います。小説と映像作品が完全に対等のパワーをもち、かつ補完的な関係をもつ希有な事例ではないでしょうか(どうやら、お金、時間、人材のいずれも大量投入したBBC渾身のドラマだったようです。余談ですが、現在NHKが一大プロジェクトとして進めている「坂の上の雲」のドラマ化も、このような成功裏に終わって欲しいものです)。
というわけで、小説、ドラマともにお薦めです(DVDは日本でも発売されています)。
なお、ジェーン・オースティンの小説は、他にもいくつか映画化されています。有名なのは、「エマ(Emma)」とか「いつか晴れた日に(Sense and Sensibility)」です。これらに関しては、私は小説も映画も未見ですが。

(英国のスノッブ)
ウィンブルドンの全英オープンテニス開幕までおよそ一ヶ月となりました(6月21日開幕)。今週末のFT紙に関連広告が入っていました。広告主は、先日ご紹介したウィンブルドン・コモンのホテル、カニザロ・ハウスです(同広告によると、この建物は18世紀初めに個人の邸宅として建てられたらしい)。
カニザロ・ハウスでは、ウィンブルドン大会の観戦ツアーを組んでおり、その値段がびっくり仰天でした。同ホテルに宿泊すると思しき往年のウィンブルドン・チャンピオンのジョン・マッケンロー氏とパット・キャッシュ氏(いずれもBBCコメンテーターとして来英)とのお食事会兼撮影会を売りにしたツアーの値段が、男子決勝戦のコートサイド席での観戦費用コミで、一人当たり2,395ポンド(およそ50万円)でした。ツアーと言っても、ここに含まれているのはカニザロ・ハウスでの食事会(ブランチ)とテニスの観戦チケット、同ハウスからテニス会場までの送迎の費用だけで、宿泊料金などは含まれていません。
マッケンローと食事をしてウィンブルドン大会を観戦することに対してこれだけの大枚をはたこうというスノッブの顔を、一度拝みに行ってみたい誘惑に駆られてしまいます。


2004年05月10日(月) 第38-39週 2004.4.26-5.10 コッツウォルズ、カニザロ・ハウス

(コッツウォルズ Cotswolds)
今週、ゴールデン・ウィークにあわせて日本から訪ねてくれた友人家族といっしょに、コッツウォルズ地方への2泊3日の旅行に出かけました。
コッツウォルズ地方は、ロンドンからまっすぐ西に約150キロの観光地バース近辺を南端として、北に向けて100キロ程度の大きな楕円状に広がる丘陵地帯を指します。「世界でいちばん美しい村々」(某ガイドブック)とか「イングランドの真のカントリーサイド」(コッツウォルド地方議会作成観光パンフレット)とかのキャッチフレーズがしばしば冠されるような、そんな場所です。日本人をはじめとした世界中の観光客に人気が高い英国屈指の観光地といえましょう(といっても単なる田舎なのですが)。
この地方に共通する特徴として、地元で採れるライムストーン(石灰岩)でできた蜂蜜色の家並みと、かつて同地方で隆盛をきわめた羊毛取引が残した歴史的な遺産の二つがあげられます(上記観光パンフレットより)。古い英語で「羊のいる丘」という意味の「コッツウォルド」地方は、14〜15世紀に羊毛業で大いに栄えました。それが故に18世紀以降の工業化(産業革命)の波にさらされず(or乗り切れず)、古い建造物や街並みが現在まで保存されてきたとのことです。
今回、我々が訪れたのはコッツウォルズの南部と中部です。

(南コッツウォルズ)
南コッツウォルズでは、レイコックLacock、カッスル・クームCastle Combeなどの町を訪れました。
レイコックは、13世紀に造られたレイコック寺院(16世紀のヘンリー8世による修道院解体令以降は私邸となった)を中心とした小さな村で、村ごとナショナル・トラストの管理下にあります。すべての住民は、ナショナル・トラストと契約を交わした上で生活しており、勝手に住居の増改築などができないそうです。といったわけで、「時が止まってしまったような、中世の面影をまるごと残した村」(横川節子「ナショナル・トラストを旅する」千早書房)などといわれています。
ハリー・ポッターの映画のロケ地にもなったレイコック寺院内をゆっくりと見て回って出てきたのが午後三時前だったのですが、村のハイストリートはひっそりとしており、たった一軒しかないパブ・レストランは残念ながらランチタイムを過ぎて閉店していました。

(中部コッツウォルズ)
コッツウォルズでは、ガイドブックに載っている主要な観光地から少し外れた脇道に入るとさらに魅力的な風景に遭遇することができると言われています。翌日、中部コッツウォルズの主要観光スポットであるバイベリーBiburyでゆっくりと昼食をとった後に、道路地図にいちばん細い線で記載されている「脇道コース」を車で通ってみたところ、その言葉の正しさを実感することができました。
基本的には、蜂蜜色の石造りの家並みがあり、なだらかにうねる草地が広がり、牛、馬、羊などがいるというだけなのですが、それ以上の景観に不釣り合いな夾雑物が全くなくて、広すぎず狭すぎない空間にこれらが配置されていると、「見事!」とうなりたくなるような風景ができあがります。なお、本来は自分の足で歩いて見て回るのがコッツウォルズ観光のあるべき姿であり、コッツウォルズ内に多数設けられているフット・パスの解説書まであるくらいなのですが、今回我々は小さな子供連れであることなどから車で回りました。

コッツウォルズは、とりたてて何があるというわけでもないのですが、その何千平方キロの域内のどこをかじってみても、自然と歴史を体感できるそれぞれの味が楽しめるような場所だと思いました。点ではなくて面で味わう観光地ということで、そもそもカントリーサイドの観光とはそういうものなのでしょう。
ただし、ここでひとつ注記すべきは、上のように書くとコッツウォルズは「ありのままの自然」が残されている場所という印象を与えるかもしれませんが、そうではありません。ナショナル・トラストのプロパティでなくても、豊かな自然環境や古い建造物を維持・保存すべく人の手が加えられていることが間近で観察するとよくわかります。決して「ありのまま」ということではなく、そこには人の意志が介在しているのです。
コッツウォルズにいると、奈良の「山の辺の道」などが想起されてきます。しかし、「山の辺の道」にも今はところどころにローソンがあったりするのでしょうし、本質的なところが何か違う気もします。何が違い、なぜ違うのでしょうか。

(パプ併設のB&B)
宿は、コッツウォルズ南端の小さな町Grittletonにあるパブに併設されたB&B、Neeld Armsに取りました。今回はパブ併設のB&Bを試してみたかったので、この条件にトップ・プライオリティを置き、あとはパブの評判とロケーション、children wellcomeか否か(家族連れの場合、英国ではこの条件は必須)などの条件で絞り込みました。
パブNeeld Armsは、フリー・ハウスと呼ばれる形態の個人経営パブです。
現代のほとんどの英国パブはビール会社ないしはパブ・グループなどの系列店になっており、経営の安定と引き替えに売るビールの銘柄などが属する系列によって制限されてしまっています。これに対してフリー・ハウスの場合は、ビールの銘柄を経営者が独自に決めることができます。供給過剰で多くのパブが経営難になっているなか、現在ではフリー・ハウスは全体の一割程度しかないとのことです。フリー・ハウスは、ビールの銘柄選定や品質管理にこだわった店が多いとされています。

Neeld Armsは小さな町に一軒しかない人気パブで、平日にもかかわらず夕方の開店時刻の6時を過ぎると、瞬く間に店内は人でいっぱいになっていました。カウンターでは、だみ声の店主とおやじを中心とした客がいかにも気の置けない仲といった感じの会話を楽しんでいました。
カウンターにずらりと並んでビールと会話を楽しんでいるおやじたちの間を縫って、店主にお薦めビールを尋ねてみたところ、店主とそして私の隣に立っていた髭もじゃのおやじ(客)が、共にコーニッシュという名のビールを推奨しました。ポンプの銘柄表示を見ると、その名の通りコーンウォール地方(Cornish)のビールと表記されており、さらに小さな文字でカスク・エールと書かれていました。カスク・エールというのは、パブにある樽(カスク)内で熟成されたエール・ビール(英国のビール=ビター)のことで、パブのマスターが飲み頃と判断した時点でポンプを通して客に供されるビールのことを言います。2泊の間に、本当においしいこのコーニッシュ・ビールを10パイントほど飲んだように思います。
伝統的な英国料理の夕食とおいしいビールを好きなだけ飲んで閉店間際までパブでゆっくりできるパブ併設B&Bは、このうえない旅の宿と言えましょう。
なお、ガイドブックにはいっさい名前が出ていないGrittletonという町も、やはりライムストーンの古い家並みが続くきれいな町でした(Neeld Armsにもライムストーンが使われています)。ところで、パブの塀の上に発見した孔雀が羽根を広げて隣接する教会のてっぺんまで飛んでいく様を見たのですが、野生の孔雀というのはこんなところにいるものなのでしょうか。

(カニザロ・ハウス)
コッツウォルズからロンドンに戻って、当家から車で10分程度の場所にあるホテルでアフタヌーン・ティを初体験しました。
ウィンブルドン地区に住む多くの日本人駐在員が英国を離任する際、最後の記念として宿泊していくという噂のホテルがウィンブルドン・コモンの中にあります。カニザロ・ハウスという名のそのホテルは、かつてお金持ちが所有した大邸宅をホテルに改装したものです。
英国のアフタヌーン・ティについては、様々な場所で解説されていると思いますが、一定の形式に則ってお菓子やらサンドイッチをつまみながらお茶を飲むというものです。個人的な感想としては、茶を飲むぐらいのことで別にホテルまで出向かなくてもいいと思うし、ゴテゴテとした大袈裟なお菓子を食べなくてもいいとも思いましたが、それは男性の視点なのでしょう。

印象的だったのは、カニザロ・ハウスの庭でした。建物に面して野球場が5〜6個は入りそうな広大な庭があり(実際には「庭」という言葉で表現するのは不適切ですが・・・)、さっさとお茶を終えた私はほとんどの時間をこの庭で過ごしました。
向こうの端の人が小さな点に見えるくらいの広い芝生の周囲を森が囲んでいます。森の中には、幾つものイングリッシュ・ガーデンや池があり、全て見て回るとしたら大人の足でも半日かかるような広さでした。イギリスの小説を読んでいると、上流階級のお金持ちが敷地内の散歩に出かけると言って数時間を過ごす場面がしばしばありますが、こういうことかと納得することができました。
こういう場所に十数ポンドのお茶代を払って入り込むことができると思うと、ホテルのアフタヌーン・ティもバカにできないものです。


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