-殻-

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2003年05月14日(水) 近くて遠い死

今日、親友の父親が死んだ。

親友と言っても、もう10年近く顔も見ていない。
最後に連絡を取ったのはあいつが結婚したときで、
僕にも式に出席して欲しいと電話であいつは話した。
それももう、4年前になる。

その時僕は博士課程2年で、ちょうど学会に参加するために
渡米する期間と結婚式は重なっていた。
残念だけれど式には出られないよ、だけどお前のために、
その日はアメリカで乾杯するよ。
あいつにはそう言った。

最後にあいつと会ったのはいつかと言えば、多分成人式のときだろう。
だから、やっぱり10年会っていないことになる。
それでも僕はあいつを親友だと思っているし、
あいつも僕をそう思ってくれていると信じている。

中学で知り合ったけど、はじめは仲が悪かった。
どういういきさつかは忘れたけど、いつのまにかつるむようになり、
気がついたら毎日毎日一緒だった。
町中を自転車で走り回り、駄菓子屋で怪しげなおやつを仕入れて、
公園でボートに乗りながらとりとめもなく話をした。

バイク乗りに憧れて、同じ2輪だというだけで自転車をぶっ飛ばし、
まるでバイクに乗っているようにスピードを競ったりもした。

中2と高1の夏には、サイクリングに行った。
テントを積んで、着替えもろくに持たず、わずかな小遣いを持って。
一週間も旅行に出ること自体初めてだったし、増してやそれが
保護者なしのサイクリングだ。ちょっとした冒険だった。

今思えば大したことじゃないのかも知れない。
でも、当時の僕たちにはとても大切な時間で、
そう気付きはしなかったが二度とない貴重な体験だった。

くだらないことで大笑いして、喧嘩して、語り合って。
ひとつだけ確かなことは、僕たちはその時なりに真剣だったということだ。

そんな僕たちもいつの間にか年を重ねて、
僕は地元を離れて進学し、あいつは地元に就職した。
会うことは少なくなり、いつしか連絡もしなくなった。
ただ、親同士が仲が良かったせいで、近況は聞けた。

結婚するという連絡も、実家に電話がかかってきたのを、
お袋を通じて聞き、僕から電話をかけたのだった。
本当は会いたかった。会って、おめでとうと言いたかった。

結婚式の日、僕は地球の裏側で、ひとりビールで乾杯した。
約束は守った。

去年の暮れから今年にかけて、母方の大叔父さんが体調を崩して入院した。
お袋が世話をしてたけど、その病院でお袋は、偶然あいつの母親に会った。
お袋は驚いて、何故ここに来ているのかと訊いた。
旦那が癌で入院しているのだと、あいつの母親は言った。

親父さんは細面の、優しい感じのひとだった。
好き勝手に遊びまわる僕たちを、にっこりと微笑んで見守っていた。

そんな親父さんが亡くなった。

あいつはきっと悲しんでいるんだろうな。
そうは思っても、今の僕はこんなにも離れたところにいて、
あいつからも、あの時の僕たちからもずいぶん遠くに来てしまった。
親父さんの顔を思い出しながら、その死がもう今の自分の生活には
何の影響力もないことに気付く。
お袋が、代わりに香典を持って行ってくれるそうだ。
今の僕にできることは、それくらいだ。

僕がいつになく感傷的になっているのは、親父さんのせいじゃない。
こんなときに、ふとあの頃を思い出したからだ。
あれはきっと、僕たちの「スタンド・バイ・ミー」だったんだ、と。

ささやかな、ささやかな英雄体験。
それを共有したという事実だけが、今までもこれからも、
僕たちの間には残っていく。
言ってしまえば、「今」は僕たちの関係にはそれほど意味がないのだ。
「あの時代」は、とっくに完結してしまっているのだから。

でも、だからこそ、これだけの時間を経ても、
僕たちは互いを臆面なく「親友」などという名前で呼べたりする。

さてこれで、とうとうあいつに会う口実ができてしまった。
きっと次に帰ったとき、僕はあいつの家に行くだろう。
そして10年ぶりのあいつの顔を見るんだろう。

親父さんのおかげで、僕たちは「失くした10年」を手に入れてしまう。
不謹慎にも今の僕は、それがただ楽しみだったりするのだ。




2003年05月05日(月) 甘い日々

どうしようもないくらい長閑な春の日。

君の部屋で、遅い朝を迎える。

ほとんど昼食のような朝食を済ませて、
昨日から水を汲み置きしておいた新しい水槽に、
君は熱帯魚を移す。

ふふん、と嬉しそうに君は微笑む。

急に環境が変わった熱帯魚は、
ちょっと落ち着かない様子で泳ぎ回っている。

何も予定のない日。

「今日は読書の日ね。」

僕等は布団に寝転がって、それぞれに本を読む。

窓は開け放して、
春の風がゆるりゆるりと吹き抜けるにまかせる。


僕は、気付かないうちに居眠りしていたみたいだ。
いつの間にか君は、文庫を一冊読み終えようとしていた。

時計にふと目をやると、4時を回っていた。

「よく寝てたねぇ。」
君は甘ったるい声で言う。

「うん。」
僕は答えて、大きな伸びを一つ。

本の続きを読む。
二人ほとんど同時に読み終わる。

傾きかけた陽の中で、
しばらく本の感想を話し合う。

「夕ごはんは?」
「何か食べたいものある?」

君は湯豆腐が食べたいと言い、
僕の車でスーパーへ買い物に行く。

二人で買い物をするのにも、だいぶ慣れてきた。
最初は君がずいぶん嫌がってたけど。

今日は僕が夕食の支度をする。
前菜にローストビーフを食べて、少しだけビールを飲む。

小さめの土鍋に昆布を敷いて、
豆腐を弱火でゆっくり温める。
たっぷりのネギとショウガ、それと鰹節で食べる。

「この季節に敢えて湯豆腐ってのがいいんだよねー。」
君は珍しく、とても嬉しそうに、おいしい、おいしいと繰り返す。

そんな君は、まるで子どもみたいだ。

つまらないテレビを見ながら、ゆっくりと夕食は進む。
随分と長い時間をかけて、僕等は豆腐を食べ切った。

僕は食後に、ビールをもう一本開ける。
君はもうお腹がいっぱいで、そのまま布団に横になる。

食器を片付け終わると、もう10時を過ぎていた。
今日で長い休みは終わる。
「今夜は早く寝ようか。」
「そうだね。」

灯りを消しても、君はなかなか寝付けないようで、
いつものように「お話」をねだる。
とりとめもなく話しているうちに、僕等は寝入ってしまったようだ。


緩やかに、緩やかに、季節はその色を移しながら、
僕等の甘い時間は流れていく。

ほんの少しの息苦しさは、
きっと梅雨の近付いた、湿った空気のせいだ。

きっと、そうなんだ。


2003年05月02日(金) 木蓮

君を突き放した目で見ないと、流されてしまう。
その甘い声に惑わされると、僕はまた弱くなる。

繰り返さないためには、そうしなければ。
でもそれが君を迷わせ、言葉を失わせる。

君は答えを求めている。

なのに、察しのいい君は、
僕が逃げ腰なのにとっくに気付いていて、
決定的な問いを口にしない。

僕は君の優しさや、
ささやかな憧れや、
時折感じる弱さや、
そういうもの全部を、
受け止める自信がないんだ。

答えを急がれる生き方は性に合わなくて、
いつでも選べるような余裕を求めてしまう。


君が僕に、まるで子どものように抱きついて、
ちょっとだけ淋しそうな顔をした。

それに応えてあげることはできたはずなのに、
アタマに余計な回路が挟まっている僕は、
つい意地を張ってしまう。

済んだことを穿り返して責めることは容易い。
でもそれは何も産み出すことはない。
許すことだけが、次を造る。


信じているかと訊かれたら、
僕は信じていると答えるだろう。
だけど、信じ続けて行けるかと訊かれたら、
言葉を失ってしまう。

何故だろう。


君と行った春の山の斜面には、
萌え出す若葉の中で浮き上がるように、
木蓮が散り際の輝きを放っていた。

日一日と、葉の緑さえ色を移す。

そんな風に、
ひとの気持ちも季節の移ろいと共に変わる。

それは、僕がよく知っている。
知っているから、怖いのだ。


また失うこと。
そして、失わせてしまうことが。



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